Episode.4
その女の子は色は違えど同じデザインの初期プレイヤー服を着ているからアンデッドではない。同じプレイヤーだ。その女の子は小柄で両手を目に当てしくしく泣いている。顔は下を向いており、よく見えない。
「・・・お、お願い・・・助けて・・・」
女の子はすすり泣きながら言った。
―――どうするべきだ。この言葉は誰に向けた言葉か判断できない。もしかしたら誰に向けたものではないただの独り言かもしれないからだ。
だが、次の言葉で誰に対して向けたのかわかった。
「・・・そこに・・・木の裏に・・・いるんでしょう?」
木の裏に隠れてる奴なんて俺しかいない。どこにも他のプレイヤーはいなかったはずだ。泣いている女の子を無視するというのはためらわれるが危険だ。
まず、俺は現実世界の未練が残っているが、デスゲームになった事実を漠然ながら信じている。どうしたらいいのかはわからない。でも、生き抜けば道が開けるのならそうすべきだ。
俺は既にこの状況を受け入れている・・・と思う。だが、あの女の子から受ける印象は、この状況に混乱し、考えるのを止めて現実にうちひしがれているように思える。
助けてあげてもいい。一人の命は重いのだ。助けるべきだ。
だが、俺にできるのか?
俺は自問自答を繰り返し、最終的な結論に至った。
助ける。
女の子が助けを求めているのだ。強いものは弱いものをいじめるのではなく、助けるべきだ。
俺は強いものなんかじゃないのかもしれない。まだ身体が震えてるさ。
それでも俺は木の影から隠れるのを止めて、女の子から見える位置に立った。
俺は刺激しないように優しい口調で言った。
「どうしたんだ?」
「うわあああああああああああああああん!」
俺の姿を見ると女の子は泣きながら走って、俺に抱きついた。
何だこの子は、いきなり抱きついてくるなんて無防備じゃないか?
女の子の考えはよくわからないな・・・。
女の子は俺の胸でわんわんと泣く。
これはまずい。このゲームについての情報は少ないから確かではないが、俺が見ていた映画やプレイしていたゲームでは聴覚が生きており、音がしたらゾンビが集まってきた。もし、このゲームのアンデッドたちも同様ならば女の子を泣き止ませないとな。
「お、おい。落ち着け。泣きたい気持ちもわかるがゲームが始まってしまった。さっきアンデッドを見たから大声を出すとこっちに来るかもしれない」
俺だって泣き叫びたい。何しろアンデッドが1m以内を歩いたのだ。あれに襲われてどこか噛まれでもしたら既に亡くなっているかもしれない1000人に入っていたかもしれないからだ。
―――女の子に胸で泣かれるなんて初めてだ。泣き止ます方法なんてわからない。このまま泣き続けられたら危険が高まる。
俺は泣き止まない女の子を胸から離し口を押えた。
「いいか、助けてはあげるけどそんなに泣かれたら何もできな・・・い」
思わず言葉を言い切ることが出来なかった。なぜならその女の子があまりにも美少女だったからだ。健康的なハリのある肌で小さな顔、頬はりんごのような赤い色。くりくりとした大きな目で、涙で余計に眩しいほどキラキラしている。鼻は低くスッと通った鼻筋の下に、ぷっくりとしているが薄く鮮やかなさくらんぼ色の唇。髪の毛は漆のように黒く艶やかで、さらさらと靡いている。
このゲームでのアバターは現実の自分の顔そのものではないが、その顔をもとにしてモデリングされる。だからこの子は現実でもかなり端正な顔つきをしているのではないかと思われる。
俺は今どんな顔をしているのだろうか。
女の子はひくひくとして泣いているが、徐々に口を押えている手ごしに落ち着いていくのがわかったため手を放した。
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
女の子はおびえたようにフルフルと震えて謝った。
こんなにか弱そうな女の子に対して少し強引すぎたか?こんなに可愛い女の子にそんなことをしてしまったことに後悔してしまうな・・・。
決して下心があるわけではないが、今まで女の子に好意をもたれた方がいいと考えていたからそう思っただけだ。
「わかってくれればいい。アンデッドが向こう側に向かって歩いて行った。だから反対側に行こう」
俺はドキドキした胸を静まらせるために深呼吸したが静まらず、冷静さを保ったように言った。
「・・・い、いや。・・・だって・・・だって!」
女の子はわなわなと震えて目を丸くし、首を振り拒絶のジェスチャーをして言った。
「怖いのはわかる。でも、俺たちは何も持っていないし情報も少ない。安全な場所だってどこにあるかわからない。助かりたいなら探索をして夜になる前に寝るところを確保しよう」
「The end world of the dead」の世界の時間の進み方は現実世界とリンクしている。午後5時ごろには日が暮れ始めてそのあとは日が沈み夜になるそうだ。季節はどうかはわからないが、ここは日本ではないから四季がないかもしれないし地域によって異なると言われている。今は午前10時頃のためあと8時間くらいか。
女の子は動こうとしないため、俺は背中をさすってあげて小さく囁いた。
「大丈夫だ。 大丈夫・・・行こう」
何が大丈夫なのかはわからない。女の子を落ち着かせるつもりで言ったが、無意識的に俺は自分に大丈夫だと暗示する意図で言ったとも思う。やはり俺は強くは無いのだ。
俺は自分の弱さを感じながら女の子の背中をさすり続けてあげて、女の子はこくりとうなづいた。
女の子の手を取り俺は歩き始めた。