Episode.3 幻想でもあるし現実でもある
目の前が暗転し、その世界が映し出された。
「―――――どこだここは」
俺は左右に首を振る。
そこは高い木が連なり、葉や枝の隙間から日が差し込んでいる暗い森だった。
形容すると、晴れた夜だろうか。月の光では明るすぎる。星の光が放射状に照らすのではなく、その真下を直線にところどころを照らしているイメージだ。
地面は落ち葉が枯れた枯葉で土が見えず、しんしんとした静けさの中で囁くような葉音が立っている。
心地よい風だ。
「俺どうなるんだよ・・・」
城栄は脱出方法があると言った。それは生き抜くこと。そうしたらわかると言った。これは希望か絶望かもわからないし嘘なのかもしれない。死ぬことも嘘なのかもしれない。けれど証明する方法は無い。だから何をしたらいいのかもわからない。
いや―――――生き抜くと言うのならば当初の目的とは変わっていない。この世界に来たのはVRマシンで仮想世界を体験したかったからだけではない、ゾンビものの映画やゲームから得られる恐怖、スリルが快感で、何度も世界がゾンビで溢れたら・・・という妄想をしていた。だからこの世界は俺の願いを叶えてくれると信じていた。
だが、もうそれは無理なのかもしれない。だって――――――
俺は思考を止めて、あることを思い出した。
胸ポケットに手を突っ込みタブレットを手に取る。そして、確認した。
「ログアウトのアイコンが消えて、十字架のアイコンになってるな」
城栄が言ったとおり生存者と死亡者を確認するためのアイコンだろう。
十字架のアイコンを押した。
アバターネームがアルファベットのみのため、アルファベット順に文字が並んでいる。
「Survivor」という文字が光っており生存者を表している。その横には「The dead]という文字が暗くなっており、それをタップすると文字が光った。
「もう、こんなに・・・」
アバターネームが並び、その隣には日本人の名字に名前が書かれていた。画面の上には死亡者の数―――――1014人。まだこの世界に降り立ってから3分程度しか経っていない。なのに、約1000人が死んだ。
もしかしたら俺は運がよかったのかもしれない。俺がいる場所は都会や街ではない、何もいなさそうな過疎地域のようなところだ。もし仮に街に多くのアンデッドがいてプレイヤーがそこに降り立ったのなら、約1000人のプレイヤーが死んだこともありえなくないかもしれない。
そんなことを考えている間にも死亡者リストは増えていく。
500万人のうちの1000人だからそんなに多くは見えないかもしれない。しかし、その1000人だって生きていたのだ。一人一人に家族がいて、愛されていたり愛してもいるだろう。学校に通い楽しい思い出もあり、仕事では辛いこともあったかもしれない。子供がいたかもしれない。親に仕送りをして介護をしていたかもしれない。その一人の人生というのを深く考えるとグッと心が締め付けられそうだ。一人殺すだけでも大変な重罪なのに1000人。まだまだ増えるだろうし、もしかすると500万人全員が死ぬかもしれない。
数字だと実感が湧かないかもしれないが、命というのはそれだけ重いものなのだ。
次にバッグのアイコンを押した。アイテムインベントリだ。何も所持しているものはなかった。
それならば―――――
「この世界がゾンビもののゲームとそう変わらないならまずはあれだな」
それは武器を調達すること。身を護るためだ。映画では人間が素手でゾンビの頭部を破壊することもあるが、あれは過剰な描写だ。映画ならではの。ゾンビの肉が腐敗していて脆くなっていたのなら簡単に肉ははじけ飛ぶだろうが、骨は主にカルシウムでできた無機質。だからそうそう脆くはならない。素手で頭の骨を消し飛ばすことなんて無理だ。バットでなぐってもやっと陥没するだけだから、絶対に素手ではダメージを与えられない。
武器が手に入るのならできれば斧がいい。理由は先ほどの問題があがらないからだ。斧というのはいとも簡単に木を切り落としてしまう。薪割りをしたこと人があるのならわかるだろう。だから思いっきりまっすぐにアンデッドの頭部に斧を振り落としたら、頭蓋骨をパックリと割って脳を破壊できるだろう。
さも脳を破壊したらアンデッドが行動不能になるように言ったが、確かそんな情報を見た気がする。公式サイトでのPVでヘッドショットを受けたゾンビが動かなくなっていたから多分行動不能になるのだろう。
そのときガサガサと音がした。俺は咄嗟に木の影に隠れる。
プレイヤーかアンデッドかわからないため身の安全を図るとともに、少しだけ頭を出した。
「―――アンデッドだ」
それは醜悪という一言に尽きる姿だった。髪は土や埃で汚れ、肉は腐敗し骨の形がわかるほどに痩せこけ、服はボロボロで赤黒くなっている。
徐々に奴は俺との距離を詰めていき強烈なにおいが漂う。
「ぐぉぉぉぉ・・・」
低く小さいうめき声だ。こんなデスゲームにならなければその姿に興奮しただろうが、今は絶望感で一杯だ。その臭いも現実世界では経験したことが無く、そのリアルさに感動もしていただろう。
アンデッドはゆっくり、ゆっくりと俺の横を通過しようとするので俺はアンデッドの視界に入らないように木の後ろに回る。この木の模様の一つ一つもかなりの表現の高さだ。
「―――――行ったか」
アンデッドは森の奥へと消えていきひとまずは安心するが、しかし、
「―――――!?」
再びガサガサと音がした
―――クソ!またか!
また同じように木に隠れて少し頭を出すとそこには――――女の子がいた。