Episode.1 The end world of the dead
今から1年前に日本の企業であるノスタルクリエーション社が新技術を駆使したヘッド装着型VRマシン「ネクスト」の販売を開始した。
それは現実世界で見て、聞くといったことを、デジタルコードで構築された仮想世界で全く同じように「体験する」ことができる夢のようなゲームハードだ。
また、その1か月後に一つのVRMMOパッケージの販売も開始した。それは剣と魔法が織りなすファンタジー世界が舞台のVRMMORPG。
これまでのMMORPGというのは2Dや3Dのアバターをディスプレイから眺めてマウスやキーボードで操作していたが、現実世界の身体を動かすように、一人称視点で仮想世界のアバターを操れるのだ。
VRマシンは全世界で500万台以上が人の手に渡ったが、唯一のゲームパッケージの販売は初回の10万本のみ。段階的に販売していく予定であったが、サービス開始3日目のときにサーバーが落ち、復旧不可能になったのだ。
ノスタルクリエーション社は非難を受け、多くの人が待ち焦がれた仮想世界はしばらくお預けになった。
しかし今日多くのVRマシン購入者は仮想世界にダイブすることができる。
なぜならば、2つ目のVRMMOであるオープンワールド型サバイバルVRMMO,「The end world of the dead」の本サービス開始であるからだ。
それは、パンデミックが起きて多くの人類がゾンビになった世界で生き抜くというゲーム。実在する土地をモチーフにはしてはいないが、文明の発展具合は現代とほぼ同じ。
都市や街などへ行き、物資を調達したり資材を集めて拠点を建築することができる。明確な目的は存在せず、遊び方は人それぞれ。善人、悪人になって他のプレイヤーを助けたり裏切りをしてもいいし。生きることを諦めて自殺することも可能。
最初のVRMMOパッケージではβテスターが募集されたのだが、公式サイトに500万を超えるアクセスがありサーバーがダウン。結果的に1か月もサービス開始日が遅れた。
ノスタルクリエーション社はそのことを危惧してか、「The end world of the dead」ではβテスターを募集しなかった。そして、これ以上VRマシン購入者を待たせないように、プレイを希望するすべての人に販売。その数500万本。ほぼ全てのVRマシン購入者が希望した。
―――――そして、「The end world of the dead」はまもなく正式サービスが開始されようとしていた。
『接続を開始します――――――――仮想世界へのダイブが成功しました。』
何もない真っ白な空白の世界に、無機質な女性の声が響く。
『ようこそ、「The end world of the dead」の世界へ』
『アバターネームを入力してください』
すると透明なキーボードが浮かび上がった。
文字をうつ場所は枠を囲むように青い光でひかっている。
物理キーボードではなく、SF映画でよく見る仮想キーボードのようなものだろう。
これこそが仮想世界ならではのものだ。
俺は慣れた手つきで小さいころから慣れ親しんだ名前を入力した。
『Russelでよろしいでしょうか?』
無機質な女性の声が聞き、Enterボタンを押す。
『確認いたしました』
『ゲームを始めるためのアバターを自動的に作成します、しばらくお待ちください』
透明なキーボードが消えて、Now Loadingの文字が代わりに浮かび上がった。
『―――――完了しました、「The end world of the dead」の世界をお楽しみください』
一度目の前が暗転し、その世界が映し出された。
「―――これが、仮想世界か・・・」
そこは花や木、雑草すら生えていない荒れ果てた土地で中央には高くそびえたつ石塔。
石塔のまわりには他のプレイヤーが地面に座っていたり、立ちながらプレイヤー同士で仲良く話している姿が見られる。
俺は目をパチクリさせて、本当に仮想世界であることを確かめる。
しかし、それは無意味だ。ここは仮想世界ではあるのだが身体の感覚は現実世界と同一。
それでは何の証明にもならない。
視点の高さといった身体の感覚に違和感は一つも感じないのだが、目の端に映る腕の違いに気づき、腕を持ち上げた。
「これ―――俺の身体なんだよな?」
腕の色はいつもとは違い、少しだけ日に焼けたような健康的な肌。
辺りには続々と新たなプレイヤーが現れ、一瞬戸惑うような素振りを見せて、直後に、
叫んだり、泣いたり、ガッツポーズをするなど多種多様にその喜びを表現する。
現在時刻、午前9時45分。
午前9時から「The end world of the dead」への接続が可能となり、9時50分からチュートリアルが開始される。午前10時にはオープンワールドであるこの世界の各地にランダムでプレイヤーは飛ばされることになっている。
俺は知り合いを探すために歩こうとするが、信じられないくらいの人の数に顔をしかめる。
遠くを見るとあちこちに石塔が建っており、その周りをプレイヤーが取り囲んでいる。
地平線の向こうまで続いており、おそらくその影にも人が隠れているだろう。
「どれだけ人がいるんだよ・・・」
ため息交じりに言う。
友人と一緒にプレイする約束をしているのだが、こんなに人が多いと見つけられそうもないな・・・。
ゲーム開始時にテレポートされるし後でいいか。
あれこれ考えていると―――――
現在時刻、午前9時50分。
石塔から鐘の音が鳴り響いた。
『皆様、この度は「The end world of the dead」のご購入ありがとうございます』
その声は仮想世界にダイブした時と同じ無機質な女性の声。
『時刻午前9時50分になりましたのでチュートリアルを開始いたします』
座っていたプレイヤーは立ち上がり、話をしていた人はやめ、「うおおおおおおおお!!!」と喜ぶ歓声が湧き起こった。
『まず初めに、皆様は胸ポケットからタブレットを取り出してください』
歓声はまだ続いているが、すこし落ち着きそれを皆探す。
胸をまさぐると、爪がコツコツと音がし、それを取り出す。
それは縦10cm横5cmの長方形の薄いタブレットだった。
『タブレット下にあるボタンに右手の人差し指をかざしてください』
俺は言われるがままに指を置く。暗い画面が点灯する。
『画面をご覧ください、画面上の方に5つのアイコンがございます』。
アイコンには鞄だったり工具の絵が表されている。
『この5つのアイコンについて左から順に説明させていただきます』
『バッグのイラストのアイコンはインベントリです』
『世界には食料品、医療品、銃などのアイテムが落ちており、拾ったものを確認することができます』
『食料品など一部のアイテムは時間が経つにつれて腐っていきますのでご注意ください』
この世界では過ごしていくうちにだんだんとお腹が空いていき、何も食べていないと死ぬそうだ。
高いところから飛び降りると骨折もするし、出血してしまったときには医療品が必要らしい。
『工具箱のイラストのアイコンはクラフト機能です』
『斧で切った木などを木材や簡単な武器にすることができ、拠点の制作などが可能です』
世界にはアンデッドが溢れているのでどこにも安全な場所は無い。街にある建物で身を守ってもいいのだが、クラフト機能を使って資材を得て、拠点を制作できるらしい。
『エクスクラメーションマークのアイコンは依頼の有無を確認できます』
エクスクラメーションマーク―――――所謂びっくりマークだ。
『世界には皆さんのほかに生存者であるNPCが存在しており、接近してくる可能性があります』
『そこで、NPCから依頼をされることがあり、依頼を達成すると報酬を受け取ることなどができます』
NPCには最新の人工知能が搭載されており、違和感なく会話をすることができる。NPCにはなかなか出会うことができないそうだが、生きていくために役立つものがもらえるらしい。
『地図のイラストのアイコンはマップです』
『現在は何も記されていませんが、一度歩いた場所は表示されるようになり現在地を確認できるようになります』
世界はどの程度の大きさかはわからないが、噂では現実世界にある大陸ひとつ分くらいの大きさと聞いた。仮にそうだとしたら、驚かずにはいられないな。
『ドアのイラストのアイコンはログアウトボタンです』
『プレイを終えたいときはログアウトボタンを押してください』
当然だがこれはゲームだ。
いくら現実世界のように見えてもこれは人の手によって作られた仮想世界。皆、学校や仕事などすべきことがあるのでいつでも現実世界に帰還することができる。
俺も現実世界では高校生なのだ。部活だってやっているし学校からだされる課題だってある。
一昨日だって苦手な国語の課題を休日に5ページやって来いと国語の教師に言われた。
嫌な教師だ。毎週必ず何かした課題を出してくる。
こんなものサボって、この仮想世界を大いに楽しみたいものだ。
『何かご不明な点がある場合はタブレットからマニュアルの方をお読みください』
『以上でチュートリアルを終了いたします』
プレイヤー達はまたもや「うおおおおおおおお!!」と湧く。
その歓声はさきほどよりも大きく、地面が揺れそうなくらいだ。
『それでは、午前10時になりましたら、テレポートを開始――――――――――』
プレイヤー達のボルテージが上昇する中、
突然、無機質な女性の声はプツンと途切れてしまった。