Episode.10
「くそっ!!あと少しだったのに!」
地面を殴りつけ拳の跡が付いた。腕の筋肉がピクピクと痙攣する。
死んだ男は目と口を開いたまま、血を垂れ流している。俺たちと同じような初期装備を着ているが、血で染まっている。
「ごめん・・・僕遅くて・・・」
俺の怒り狂う振る舞いからかシェルデンが謝った。
「謝ることは無い。俺が到着した時には既に噛まれていた」
シェルデンのせいではない。だが、心優しい奴だ。この表情を見せては心を苦しませてしまうのではないかと思い地面を眺め続ける。
「この人が亡くなったのは残念だけど、そうじゃないんだ・・・僕あの光景を見て動けなかった・・・。ラッセルは物怖じせず飛び込んでいったのに・・・動けなかった。自分が許せないよ・・・」
シェルデンは俯き猛省するかの如く申し訳なさそうにしていた。
「気にすることはない。俺はただ一心で前が見えていなかっただけだ。シェルデンのような常に気を配るような繊細な奴なら仕方ないさ」
俺は自ずと男を助けるべくアンデッドを対処した。そこでシェルデンに止めをさすように言ったのだがシェルデンは男の凄惨たる姿を目にして呆然としていた。
当然だ。
シェルデンは血が飛び散るようなゲームをプレイしたことはあるだろう。
もしこの世界がデスゲームではなく、その現場に居合わせてもそのリアルさに驚いただけだろう。
しかし死んだ男の苦しんだ表情、断末魔は偽物ではない。
本物なのだ。
キャンセリングシステムから痛覚に関するコードが削除され、死んだ男は首から肉を食いちぎられる痛覚を実際に感じて絶命したのだ。
「でも・・・僕・・・」
シェルデンはやるせない声音で言った。
「そ、それなら私は何もできませんでした!むしろシェルデンさんが私の走る速度に合わせてもらって足を引っ張ちゃいました・・・」
ずっと後ろに隠れていたノゾミがシェルデンをフォローする。
「やむをえないさ。自分の安全を第一に考えるのは正しいことだ」
「はい・・・・・・」
ノゾミはうしろめたさを感じたのか小さな声でしょんぼりしていた。
その返事以降誰も言葉を発さないので淀めいた空気が漂いしばしの沈黙。
誰も悪くはないのだ。死んだ男は運が悪かっただけ、そう思いたい。
いや、このデスゲームという状況に陥れた本人が悪いのだ。
「・・・・・・・・・あっ、あれ!」
俺とシェルデンをチラチラと見て様子をうかがっていたノゾミが指を差す方向は死んだ男の方。
ゆっくりと振り向くと、
「嘘だろ・・・?」
俺はゆくりなく言葉を発していた。
死んだと思われた男が上体を起こし始めていたのだ。
首の肉は欠け、致死量の血を流したために確実に死んでいるはずだ。
まさかプレイヤーまで変異するのか・・・!
俺は危険をすみやかに排除するため身構える。しかし、
「ラッセル待って、僕がやるよ」
シェルデンが左腕を横に広げ俺を前に出さないよう制止した。
「ラッセルの背中を守ると言ったのは僕なんだ。僕がやらないと示しがつかない・・・!」
先ほどの自分の行動を戒めるべく押し殺したように言った。
シェルデンの髪の間から見える片目には強い信念が宿っているように見えた。
それに応えるべく俺は沈黙で答えた。
シェルデンは死んだ男を立ち上がらせる前に歩み寄り斧を大きく振りかぶる。
「・・・・・・!」
ビュンと風を切り最大のヘッドスピードで頭部にクリーンヒット。
死んだ男の頭部は見事に割れて脳の一部が飛び散った。
「進もう・・・」
そうして俺たちはその場を後にした。
※
狂ってしまったTEWOの世界で男は何を思い何を感じながら息を引き取ったのだろうか。
それにしてもプレイヤーまでアンデッドになるとは。
てっきりプレイヤーはTEWOの世界から消えるものだと思っていた。500万ものプレイヤーすべてにアンデッドに変異する可能性がある。そもそもTEWOの仕組みがわかっていない。
アンデッドは一体一体オンリーワンな存在であるのだろうか?
倒しても倒してもいつのまにか湧出して永遠にさまよわれてしまっては本当に安全な場所が無い。
何を言いたいのかというとアンデッドを殲滅しても自然湧きが仕様になっているのなら永遠に安寧は訪れない。生き抜いていくしか道はない。
そもそも脱出方法を明言されていないのも気に食わない。城栄は生き抜けばじきにわかると言った。
それでは何もわからない、何をしたらいいんだ・・・・!
俺は無駄な怒りを静まらせるため太ももをつねる。まだイライラは残っているが気にするだけ無駄だ。
「どうかしたの?」
太ももをつねるところを目撃したのかノゾミが心配そうな面持ちで聞いてきた。
「いや、別に何でもない」
「そう・・・・・・」
ノゾミも脱出方法がわからないことに不安を憶えているだろう。だが今はどうしようもない。それならば城栄が叩きつけた挑戦状を受け取り生き抜くべきだ。
それを放棄するのはスマートじゃない。
「見えてきたよ」
先頭を歩いていたシェルデンが立ち止まった。
先に進むにつれ雑草が減り地面が固くなっていたので何となく察知していた。地面が固いのはアンデッドが通ったからだろう。
上から眺めていた時は数軒ほどの家が見えていたが、間近で見るとそれよりも2軒多い家が建っている。
周囲にアンデッドは―――――――いた
3体のアンデッドが目的もなくうろついている。
「アンデッドを倒してもいいが時間がかかる。その間に音にひきつけられて囲まれたら厄介だ。そこの家に入ろう」
「いや、一体ずつ引き寄せて確実に倒した方がいいよ。もし家の中にアンデッドがいたらそれこそより厄介だよ」
俺の提案を蹴り、安全を確保するための危険な諸刃の提案。
しかし
「斧で頭を割るのは相当きついだろ、できるのか?」
スコップで顔面を叩いただけで相当な衝撃だった。斧で頭蓋骨をかち割るとなるとそれ以上だろう。実際、シェルデンは男の頭部を割ったとき反動を右手に直に受けて斧を左手で持っていた。
それにも関わらずシェルデンはこくりと頷いた。
シェルデンは先の件もあり俺の背中を守ると決意したはずだ。それならばその言葉を信じるべきだろう。
「わかった。だが、真正面から戦っては頭が悪い。作戦を思いついたから二人とも聞いてくれ」
俺は二人の顔を見つめる。
「アンデッドは五感が生きている。注意すべきなのは視覚、聴覚、嗅覚といったところだろう。それを逆に利用してやろうと思ってる。だが、これには3人の力が無ければ実行できない。ノゾミ、嫌なら断ってもいい。やってくれるか?」
断りづらい雰囲気を作ってしまったのはやむを得なかったが、俺はノゾミを信じている。
「もちろん」
よかった。もうとっくに腹を決めていたみたいだな。
「作戦の内容はアンデッドを一体ずつおびき寄せて確実に仕留める。そのためには囮役が必要だ。ノゾミはアンデッドに石を投げつけてくれ。そしたらアンデッドはノゾミの方向に近づいていくと思う。他のアンデッドに音が聞こえない場所までひきつけたらシェルデンは背後から頭部に打撃を。もし斧や腕を掴まれたらすぐに俺が援護する。どうだろう?」
「私はそれでいいと思います」
「それがいいね」
あっさりと承諾した二人が有難い。より良い策はあると思う。だが、俺にはこの程度の策しか思いつかなかった。最も危険な役回りなのはシェルデンだろう。斧の刃が少し欠けているし、相当な体力を消耗する。
俺がしっかり援護しないとな。
「そうか・・・ありがとう」
二人とも真剣な表情で聞いてくれていた。俺なんかの提案を受けてくれて本当にうれしい。
「・・・作戦開始だ」