Episode.9 常に危険は潜んでいる
俺たちは物資を調達する準備を終えた。といってもほぼ何も持っていなかったので5分程度で準備を終えたが。
俺は寝ていた所の横に置いておいたスコップを手に取るが―――――
「スコップでいいのかい?」
とシェルデンは気が咎めたように俺の行動を気にする。
「ああ。当然だろ。その斧はシェルデンが修復したんだからな」
斧の方が手に持っていると安心だろう。斧の方がスコップよりもアンデッドの頭部を破壊して行動不可にさせる確率は高いからだ。斧を使いたいが、ただ修復する様を眺めていただけの俺が斧を使うのは気が引ける。
「それなら・・・ラッセルの背中は僕が守るから任せてくれよ」
俺の気持ちを汲んだのか膨らませた胸を張ってシェルデンは言った。
「それじゃあ行くか」
そう言ってドアを開けようとしたのだが―――――
「ま、待ってください!私もお手伝いします!」
とノゾミは焦って言った。
「ノゾミはいいよ。女の子なんだし俺たちの後ろに隠れていればいい」
シェルデンが頷く。
ノゾミの昨日の姿を鑑みたらそれが妥当だろう。武器を持てといってもアンデッドを見たら腰が引けてしまうかもしれない。
「でも!足手まといなんて嫌なんです!」
ノゾミは真剣な眼差しで見つめる。それはもう目を逸らすことができないほど熱い眼差しだった。とても意志が揺らぐとは思えない。
「じゃあこのリュックを担いでくれ」
ふぅっと一呼吸し、俺はノゾミの熱い眼差しに負けて物資を運ぶためのリュックをノゾミに差し出す。
「はい!」
ノゾミは嬉しそうに言いリュックを担いだ。
「行くぞ」
今度こそ俺はドアを開いたのだった。
※
まだ朝の寒さが残っており、雑草や木々の葉は冷たい汗をかいたように朝露にびっしりと濡れている。歩くとシューズが濡れてしまい足が冷たい。だが、ことわざで朝露が降りると晴れというように、太陽が昇り始め段々と暖かくなってきている。じきに乾くだろう。
俺とシェルデンが前に、ノゾミが俺たちの後ろという隊列で歩いている。平坦なところや起伏が激しい道を越えたが未だにアンデッドには遭遇していない。出発当初は周囲を警戒していたようだが、少し緊張が解けたシェルデンがしゃべり始めた。
「ノゾミちゃんは何か部活でもやってるの?」
「私ですか?吹奏楽部でトランペットを吹いていますよ」
そういえば吹奏楽部ということは知っていたがトランペットを吹いていることは知らなかったな。
この小さな身体では肺活量が少なく厳しいのではないのだろうか?
「へ~。それはすごいね。僕はリコーダーしか吹けないや。因みに僕は陸上部で長距離走をしてるよ」
長距離走か。言われてみればシェルデンはランナー体型だ。細身ながら必要な場所に必要な筋肉を擁している引き締まった身体である。
ちょっとした段差の所は難なく飛び降りていて身のこなしも軽かったからな。
俺はうんうんと小さく頷き勝手に納得する。
「私、学校の体育のマラソンでいつもビリだから羨ましいです」
ノゾミはシェルデンにキラキラとした羨望の眼差しを向けて言った。
シェルデンはそれに爽やかな笑顔で返す。
「ラッセルはバスケ部でどのポジションなんだい?」
俺はそんな2人の会話を黙々と歩きながら聞いていると、シェルデンは俺の方を振り向き、話の輪に入っていなかった俺に自然に話を振ってきた。
やはりシェルデンは他人に気を使える気だてのよい奴だと思う。
俺は友達と2人だけだと気兼ねなく話せて饒舌な奴になるのだが、その輪の中に俺が知らない奴が入ってくると友達とそいつが2人だけで盛り上がり、俺はいつのまにか煩わしい存在になることが多々あった。
それでも意を決して相手の話を遮るとその視線が睨んだように見えてしまい軽く自己嫌悪に陥ってしまう。
要するに俺は人付き合いが苦手だ。
現実世界でシェルデンのような奴がいれば・・・と何回思ったことか。
「お、俺はシューティングガードっていうポジションだ。知ってるか?」
俺はそんなわけで不意を突かれたのでおろおろして答えた。
「もちろんだよ。シューティングガードっていうのはポイントガードの補佐をするからボールハンドリングだったりパスとかコート全体を見る能力が必要だよね。大事な場面ではスリーポイントシュートを決める花形のポジションじゃないか」
「結構知ってるんだな」
バスケを知らない人はバスケにポジションなんてあるの?と言う人が多いので同じような反応を予想していたが、的確に言うので感心してしまう。花形ポジションというわけではないのだが、シェルデンの見方をしたらそう捉えられるかもしれない。
シェルデンのとげが無い話術には何か魅力を感じてしまう。
「僕の友達にバスケ部がいるからね」
友達か・・・。俺の友人はどうしているだろうか。今朝も死亡者リストを確認したが友人の本名はどこにも書かれていなくて本当に安心した。
何となくノゾミの方を振り返ると、目が合いノゾミが焦る。
「わ、私も知ってましたよ!」
バスケ用語を知らないようで、あたふたとしながら見栄を張るノゾミが健気だった。
俺とシェルデンはそんなノゾミが可愛らしく顔を見合わせて笑った。
気恥ずかしくなったのかノゾミはもともと赤い頬をさらに赤らめたが、俺たちの笑いに飲み込まれ3人でより一層高く笑った。
そんなやり取りは俺の中でとても印象に残った。2人も同じだろう。
笑いがひと段落するとシェルデンは話題を提供する。
「それにしてもこの木の木目だったり、歩くたびに感じる土の感触、疲労感と言いTEWOの世界って本当に仮想世界とは思えないよ」
その通りだと思ったが一つ耳慣れない単語に疑問が湧く。
「TEWOって何だ?」
「知らないのかいラッセル?「The end world of the dead」の最初の4つの単語の頭文字をとって巷ではTEWOって言われてるんだよ」
その巷とはネットなのかどうかはわからないが話をこんがらせたくなかったのであえて聞かなかった。
TEWOか。
誰が呼び始めたかは知らないがまあ妥当だろう。全ての頭文字をとってTEWOTDでは何と読めばいいかわからないし他に何か思いつきそうでもない。
などと考えていると、ノゾミが喜びを膨らませたように突然叫んだ。
「あれって町じゃないですか!?」
軽く跳ねたノゾミが指差す方向を見ると100m以上先の所に町、というよりは民家が密集している集落が見える。
木から伸びる枝から生える葉っぱに阻まれてよく見えないが数軒ほど立ち並んでいる。その集落を見下ろす形になっているのだが標高差があるため直進することはできない。
「遠回りするしかなさそうだな・・・」
「そうだね・・・。でも一歩前進だね」
ため息をついて落胆する俺を元気づけてくれるシェルデンに感謝してしまうな。
「助けてくれーーーーーーーーっ!!!」
それまで俺たちの会話以外には風で葉が揺れる音などの自然音しか聞こえなかったが、虚を突いたように男の悲鳴のような叫び声が森の中でこだました。
「ラッセルこれって・・・」
「プレイヤーだ。ノゾミは後ろからついてこい、急ぐぞ!」
飛び出して叫び声がする方向に走るのだが、俺は現実世界では足を骨折して松葉づえで歩行していたので上手く走れない。
リハビリが必要だな。
土を蹴り、空中に飛び散る。飛び散った土が葉に当たりひらひらと落ちていく。
その葉が俺の目の前を通過して一瞬視界がきかなくなり、回復した時―――――――
「やめてくれえええぇーーーーーーーーーっ!!!」
男は地面に仰向きで倒れアンデッドに覆いかぶさられていた。
そのアンデッドは今まさに男の首に噛みつこうとしており、男はアンデッドの肩を押して必死に抵抗している。アンデッドは男の首に口が近づくたびにうめき声が大きくなりカチカチと歯が鳴る。
「待ってろ!今助ける!」
俺はもたつく足を何とかまっすぐにして走り寄ったが間に合わず―――――――
「ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それが男の断末魔だった。
アンデッドは男の首を噛み、ギリリッという嫌な音がし皮膚と血管を嚙み千切った。
真っ赤な鮮血が迸り、当たりが朱色に染まる。
アンデッドはそれにも構わず穴の開いた首を食い貪る。
あと少し・・・あと少し早ければ助けられたのに。
かけがえのない命が消えた。
俺は自分の無力さ、そのやるせなさから歯ぎしりをする。
そうだ・・・俺はあのときもあと一歩及ばなかったんだ・・・・・・
口を歪ませてアンデッドを一瞥し、内臓が震えるほどの怒りに襲われる。
そして血が滲むくらいスコップを強く握りしめる。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!」
咆哮し一歩踏み込む。スコップでアンデッドの顔面をぶっ叩き、その反動で右腕が痺れる。
血で塗れた黒い歯とともにアンデッドは吹っ飛ぶ。だが致命的なダメージではない。
完全に息の根を止めるためスコップの先端で首を押さえつけた。
頭部にはダメージを与えられていない、だから―――――
「シェルデン!首を押さえているから斧で頭をぶち割れ!!!」
ノゾミに合わせながら走ってきたシェルデン。俺の方をちらりと見ると目を開き驚愕。
その異常な光景に静止する。
ノゾミも口を押えてわなわなと震える。
「何してる!早くしろ!」
シェルデンを我に返すべく急かす。
呪縛の解けたシェルデンは斧を握りしめ薄目で横を向いて振り下ろす。
「う、うあああああああああああああっ!!!!」
アンデッドの頭部はパックリと割れてドロドロとした粘着質の血を流し、散らばった肉片が土にまみれた。