プロローグ
数年前、日本の企業が新たなVR技術を生み出した。
それはデジタルコードで作成された仮想世界へ飛び込むというもの。
従来のVR技術というのは現実世界に意識を持ちながら、VRマシンのディスプレイから映し出される映像と立体的な音を、見て聴くというものだった。
では、この新たなVR技術はどのようなものなのか。
それは現実世界に意識を持つのではなく、仮想世界に意識を持つというものだ。
人間が現実世界で脳から受け取る電気信号と全く同じ信号をVRマシンが発生させることができるため、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感全てを完璧に再現できる。
つまり、ディスプレイからの映像を「見る」のではなく、創りだされた仮想世界で「体験する」ことができるのだ。
その技術を開発した企業名はノスタルクリエーション社。家庭用ゲーム機ならびにゲームソフトの開発、製造、販売を行っているゲーム業界の最大手だ。
ノスタルクリエーション社はこの新技術を世間一般に公開するとともに、その技術を駆使したゲームハードの開発を行っていることを発表。
この新技術によく似たものを題材にしている映画、TVドラマや小説は昔から存在していたため、身近なものではあったのだが、現代科学では実現不可能と考えられていた「体験する」技術。だから、ほとんどの人は夢物語だと思っていた。
しかし、突然「体験する」技術は彼らの想像を超えて、現実のものとなった。
約3年前にノスタルクリエーション社は新たなゲームハードであるヘッド装着型のVRマシン「ネクスト」を発表。
その名前の由来はゲーム史に新たな歴史を刻むとともに、新たな次世代ゲーム機となることを期待して名付けられたそうだ。
しかし、そこから販売までの道のりは相当なものだった。TVのニュース番組などで多くの専門家がVRマシンの危険性を指摘。
それもそのはず、現実ではありえないような仮想世界での体験は、現実世界において障害があるのではないかと前々から言われていたからだ。
その点における安全性の確認でスタッフが2週間連続して仮想世界へ潜り、現実世界へと戻るというテストを行った。すると仮想世界と現実世界で視力が異なっていたため、一時的に著しく視力が低下したそうだ。
その問題点は「ネクスト」購入時に身体スキャンをすることにより解決。身長、体重、体形、あらゆる面を現実世界の身体と同じ感覚にする。
しかし、またもや重大な事件が起きてしまう。テストをしていたスタッフが死亡したのだ。
死因はショック死。銃で撃たれるというテストプレイしていたときだったそうだ。
銃で撃たれるという強い思い込みから現実世界の身体が痛みを感じていたらしい。
これは通常ならばありえないことだ。「ネクスト」にはキャンセリングシステムという機能が備わっている。
現実世界と仮想世界を差別化するために、仮想世界で感じたことにより生じる脳からの信号を完全にシャットアウトするからだ。この機能により、呼吸するといった生命活動を保持するための活動を除いて、現実の身体は脳からの信号を受け付けない。さらに、仮想世界で銃に撃たれても痛みを感じない様に調整していた。
この問題はスタッフの脳からの信号がキャンセリングシステムよりも強い脳信号を放っていたことが原因と判明し、技術開発者たちは「ネクスト」が電磁気から作り出す信号を強くすることでこの問題を解消した。
色々な苦難を乗り越えて、ヘッド装着型VRマシン「ネクスト」は1年前に満を持して世に解き放たれた。