第七話 野郎共の戦場
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これからも楽しんでいただけるよう精進致します。宜しくお願い致します。
なお物語の進行速度は遅めです。
スライムの命名について不毛な争いは終わりを見ない。
ならばどうするか?その結論に辿り着くまでにかかった時間は早くない。
「この場合、本人―もとい、本スライムに決めてもらうべきだろう」
「そうですね。お互い名前を呼んで向かった方が正しかったと言う事で」
「あぁ、恨みっこ無しだ」
「「スラ蔵・美さん!」」
恨みっこ無し、なんて都合のいい事はないだろう。この場合、己の意思を貫くと言うことは相手の意思の上に成り立つ。不満と行かなくても心からの納得などはありえない。だがこれも世の倣い。もしリリの方へ向かったのなら俺は潔く身を引こうじゃないか…
そんな覚悟を知ってか知らずかスライムはぷるぷると体を揺らしている。
唾を嚥下する音さえ聞こえそうなほどの緊張が二人を包み、森は風の声が木霊している。
反応が悪い…もう一度魂に訴えかけるんだ!
さぁ、スライムよ!我が呼びかけに応えよ!
「スラ――」
「ミドウ様!何か来ます!」
どこのどいつだ!俺と彼の大事な時間を邪魔するやつは!
「ピィエエエエ!」
甲高い声を発し木の葉の天井を突き破り現れたソイツは…可愛かった。
鳥人?それともハーピーってやつか?人間の腕に当たる部分は金と赤のグラデーションがかかった翼になっており足は鶏の足のようになっている。
翡翠色の髪はボブカットにされておりその頂から生える触覚のような一房の髪。所謂アホ毛と言う奴だろう。
そしてこれまた体は痩せている。でも飛ぶ為に体が軽くないといけないからそれが普通なのだろうか?この鳥女の平均スタイルがわからないのでなんとも言えない。
だが何よりも気になるのは、胸だ…服を着て居ないので丸出しだ…いい形をしてやがる…満点をくれてやろう。
そして瞼に!脳に焼き付けろ!天然モノのその姿を!
いかん、落ち着け。敵は既に高度な心理攻撃を仕掛けてきている…
目を見開き迫り来る胸囲に意識を集中させる。
相手の纏う空気に飲まれるな…いや、実際には二つの意味で何も纏っていないのだが。こちらを喰うと言う強い意志だけは感じる事ができる。
戦いだ。
体が大きく目立ったからか狙いは俺のようでまっすぐ爪を突き立てようと急降下してきている。
その落下速度は速く、鋭い爪は俺の筋肉を簡単に引き裂くだろう。
「おっと!リリ!危ないから離れてろ!」
攻撃を避けながらリリに指示を飛ばすとちゃっかりスラ蔵さんを抱えて少し距離を取った。
地面を抉った足は見事なチキン。食いでがありそうなのだが上は可愛らしい女性型。くそっ!俺はどうしたらいいんだ!もし倒したら女体を裂くのか?いや…やめよう…流石にそれはやりたくない。
強力な蹴りと爪の攻撃を木の陰に隠れながら避け続けているとリリが何か叫んでいる。
「ミドウ様!それは単体でもBランクはある魔物のハーピーです!」
ありがとうリリ。でも今その情報はどうでもいいんだ…
だが俺は聞かなければならない。気になっていることを。
「で!喰えるのか?!」
「「?!」」
リリはともかくなんでハーピーまで驚いてるんだ?
もしかして言葉を理解しているのか?だとしたらありがたい。
ただの餓えた獣ではないと言うことはまだ希望はあるはずだ。
「おい!ハーピーとやら。お前は何故俺達を襲う!」
「ピ、ピエ…お腹、スいた」
出会う相手は皆腹を空かせている。スラ蔵さんは…逆に喰ってしまったからわからない。
しかしこの世界の食糧事情は知らないがそれほどに切迫しているのか?知る必要があるだろう。
そしてハーピーは俺の喰えるか発言の後、自分が喰われる事を想像していなかったのか既に戦意は霧散して空を飛ぶ事も攻撃もやめて地面に伏せ、翼で頭を抱えうずくまっている。
ならばここで畳み掛ける!俺はまだ口撃をやめるつもりはない。
「そうか、なら仕方ない。生きる為には戦って糧を勝ち取らねばならない。だが、俺と戦うと言うことは俺が勝てばお前を喰うと言う事だ!どうだ!?怖いだろう。今俺はお前をどうやってオイシクいただくかで頭がいっぱいだぜぇ?!」
リリやスラ蔵さんに危害が及ばないようにする必要がある。害意を持たぬよう今は心を折る為、俺は鬼にも外道にもなる所存だ。
包丁をギラつかせながら舌をベロベロと揺らす。
「ピィっ?!」
ハーピーはぶるぶると震えるとか細い鳴き声を上げ地面を濡らし始めた。
湿り気を帯びた森の土は更に深く湿り気を帯び、世界地図が形作られていく。
泣いているのかい?どうやら怖がらせすぎてしまったようだ。だが俺は彼女の尊厳を護るよ。
そして後ろから凄まじい殺気を放つリリ。
「おい、リリ。ハーピーは既に戦意を失っている。攻撃するなよ?」
「私が怒っているのはミドウ様にです!」
えっ?なんで俺に怒ってるの?ちゃんと仕留めなかったから?それともハーピーの裸体を見続けた事か?
だがそれは仕方ない。攻撃してくる相手を見るのは当然だ。
「怒られる心当たりがない。彼女の尊厳も護ったぞ?」
「こんな女の子を泣かして…更に追い討ちまで掛けて?!しかも喰うってなんですか!最低です!」
「違う!誤解だ!鶏肉的なアレとして…その、でも一部はそれなりに肉付きが…いや、だが…」
ゴニョゴニョ…こう言う時は言葉を濁すに限るがそれ以上言い訳ができない。言葉少なめだったとはいえ相手が破廉恥さんなんだ。色々な想像をしてしまうのは男として当然だ。想像するだけだが。
「ピッ…オ前、私達喰うのカ?」
「敵対するなら、喰――」
喰うと言う前にリリがキッと非常に鋭利な目でこちらを睨み付ける。
そんな怖い顔しないでくださいよリリさん。綺麗なお顔でそんなに怒ると効きすぎちゃうぞ?
「大丈夫ですよ。ミドウ様はそんな事はしません。ですよね?ミドウ様?」
「あ、はい。ソウデスヨ」
リリは俺にスラ蔵さんを押し付けるとナイチンゲールの如き母性を叩きだし先ほどまで敵対していたハーピーを優しく抱き込んで背中を軽く叩いてあやしている。
なんて美しい光景なんだろうか。神々しくて俺の汚れた精神すら浄化されてしまいそうだ。
後光によって美しくされてしまった心が落ち着きを取り戻すと気になる事を言っていたのを思い出した。
「と、ところでハーピーちゃんよ。腹が減ってると言ったな?それはお前だけか?」
「ピェ。チガう。皆腹を減ラせてル。女王サマも」
カタコトで軽く説明している途中でピエエと泣き始めてしまった。
俺はいじめてないぞ?
「リリさんや、ハーピーについて詳しく知らないか?」
「ハーピーは高ランクの魔物ですので私もあまり…」
「そうか、無理を言ってすまない。ところで」
「ふふっ。わかっていますよ」
「ありがとう」
ピエピエと泣くハーピーに配慮して小声でやり取りしてリリの許可も得た。
依然としてハーピーの情報はBランクの魔物と言う事しかわからないが女王と言っていたのでヒエラルキーがあるのだろう。
戦意がすぐになくなったのも空腹で戦う力があまり残ってなかったのが要因の一つだと俺は思っている。
もしかしたら本当は優しくて穏やかな種族かも知れないしな。
この子で言葉を交わせたんだ。楽観は出来ないが十分可能性はあるだろう。
「話はわかった。ところで俺は料理人をしていてな。腹を減らしている奴を放って置けないんだ。どうだ、ハーピーよ?」
「ピッ?!オ前、私達を助ケてくれルのか?」
「助けられるかはわからない。ただ、言っただろ?放っておけないってな」
照れ隠しにテンガロンを下げ顔を隠すとピエピエと言いながらハーピーが飛びついてきて泣いている。少し香ばしい匂いがするが俺はそこまでデリカシーのない男じゃないから安心してくれ。
聞かなければならない事があるのだがハーピーが落ち着くまで待つ必要がある。
手持ち無沙汰になった為ちょうどいい位置にある頭にそっと手を伸ばした。
「よしよし」
ハーピーの頭に手を添えると髪はとても滑らかで指の隙間からサラサラと零れ落ち、それが良かったのか顔を摺り寄せてきた。可愛いじゃないか…俺は鶏は食うがヒヨコは滅茶苦茶可愛がる性質だ。
アホ毛は意思を持つ生物のように忙しなく反応して非常に興味深い。
そんなハーピーの体を満足行くまで堪能し、すっかり泣き止んでいる事に気がついたのはリリから射殺すような視線を感じてからだった。




