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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第六話 食材達のフェスティバル

リリは差し出した手、ではなく指をきゅっと可愛らしく握りながら顔を俯かせ耳まで真っ赤にしながらも共に洞窟を出た。


今はしたいようにさせよう。

リリが先を歩いているので指を引かれながらなので少し歩きにくいが…


だがここは滅魔の森。魔物も出るので警戒は怠るべきではないだろうが、俺の本職は料理人だ。不意打ちを喰らえば危険なのだがリリはコウモリの獣人なだけあって音波探知(ソナー)のようなスキルを持っていると教えてくれた。

人にスキルを教えるべきではない、と言っていたが信頼の証なのだろう。それを裏切らないように気を付けねばならない。


「そういえばこの辺りって弱い魔物がでるんだっけ?」


「はい。スライムやゴブリンが多いですね。あとは稀にオークが出ます」


「なるほどね。スライムって美味しいのかな?」


「えっ?」


「ん?」


こいつ冗談だろ?正気か?気味が悪い。みたいな視線を向けないでもらえませんかね?


「いや、だから―」


「食べられません」


「でも―」


「無理です」


取り付く島も無い。

なんでだ?食べたようと試みた事はあるのだろうか?


だが今は何を言っても無駄だろう。


「そうか…」


「わかっていただけてよかったです」


甘いな。俺はそんな諦めの悪い男じゃないんだ。今に見てろよ。


「そういえば聞いてなかったけどリリって薬草、特に香草類って知ってたりする?」


「申し訳ありません。あまり詳しくないです。ただ、食べられる果実やポーションの材料になる薬草は多少ですが覚えがあります」


「お、そうか?じゃあ食べられそうな薬草と果実があったら教えてもらえないだろうか?」


「わかりました」


食べられる果実はありがたいな。風味付けや付け合わせに幅が増える。


鼻歌を歌いたくなるほど気分が乗ってきてしまった。


そんなときリリに握られた指に緊張した力が加えられた。


「どうした?」


「近くに魔物が居るようです。サイズは大きくないので恐らくゴブリンかスライムだと思われます」


「そうか。リリ、すまないが指を離してくれ」


「はい…」


「悪いな」


とても残念そうな顔をしているが我慢してほしい。


何せ、相手がスライムだったら俺は…


「無視してもいいが、魔物は倒せば冒険者ギルドや錬金ギルドで買い取ってもらえるんだっけ?」


「はい。様々な薬や討伐の証明として報奨金が出ます」


「ありがとう。ゴブリンやスライムの証明部位だっけ?リリはそれを処理できるか?」


「専門的なスキルはないので雑になってしまいますが一応は出来ます」


「なら魔物は俺が倒す。その後の処理は任せてもいいか?」


「お任せください」


リリは鼻息荒く気合十分と言ったところだ。


「そろそろ接敵します」


「わかった」


木々の隙間からひょっこり現れたのは―スライムだった。


会いたかったぜええええええええぇ?


思わずニヤリとしてしまい、それを見たリリはなんとも言えない顔をしている。


「スライムだ!行く(食べる)ぞおおおおおおおお!」


邪魔はさせない!気合を入れ腰から洋出刃を抜くとスライムへ向かって猛進する。


「いけません!スライムは溶解液を吐き出します!」


「なんだってぇ!?」


聞いたような気もするが聞いてなかった気もする。だが今は既にスライムへと駆け出しており、迷えば命を危険に晒す可能性がある。


殺る(食べる)しかない。


スライムは人の頭ほどの水饅頭のように水色の半透明でプルプルと可愛らしく揺れている。


何か来る!そう思った瞬間スライムからは水鉄砲のように何かをピュッと勢い良く吐き出した。


「溶解液か!」


とっさに回避することが出来たが溶解液がどの程度の酸性を持つのかなどはわからない。


「はっ!」


裂帛の気合と共に洋出刃を振るいスライムを三枚に下ろしたがスライムは体のコアを破壊しないとそこから再生するらしい。


と言うことは、だ。もしスライムが美味しかった場合コアを残しておけば無限に再生する食材と言う事。なんてエコロジーな魔物だ。感動すら覚える。

だがそんな人道…もとい魔物道に反する真似は出来ない。あまりに慈悲がなさ過ぎるだろう。

許せ、スライムよ。


「いただきます!」


「ミドウ様!」


リリが止めに入ろうとするがさっきのやり取りで俺は心に決めていた。邪魔される間も与えずに試食してやるのだと。


下ろしたスライム片はやはり水饅頭のようなプルプルボデーを保っており、張りは問題ない。後は味だ。

地面についてしまった部分を少し切り取り口に運ぶ。


舌触りは非常に滑らかでシュワシュワと音を立てている。炭酸か?味は無味だ。酸で溶かされているのかとも思ったがそうでもないようだ。


ソーダで出来たジュレか…これはなかなかに面白い。柑橘系で風味付けしてやれば十分食材としては及第点だ。

食材に気を取られすぎてリリが襲い掛かってきた事に気がつかなかった。


「ミドウ様!ぺっしてください!ぺっ!」


心配してくれるのはありがたいがそんなに焦る必要はない。


おい!水の入った皮袋を口にねじ込むのをやめろ!


「んごっ!がぼぼぼ!げほっげほっ!…お、おい!」


「大丈夫ですか!?口の中溶かされていませんか?」


「大丈夫、大丈夫だから!意外といい食材になるぞ、これは」


「はぁ~…まったく!寿命が縮みました」


「ほら、リリも食べてみな?」


「要りません」


「でも―」


「要りません!」


何故だ?食えるのに。まぁ目の前でバラしたから抵抗があるのはわかるが…食わず嫌いか?ちょっと許せる事じゃない。後で楽しみにしてろよ…


ふっふっふと黒い笑いを堪えつつこの場は譲る事にした。


「あぁ、悪かったな。強要するものじゃないよな。はぁ…」


「あ、いえ…申し訳、ありません。ですが…」


「いいよ。悪かったな」


あーあ、残念だ。だが俺が料理人だって事を忘れてんじゃねーぞ?と若干ため息交じりに言うとリリは少しバツの悪そうな顔をしたがちょっとイジりすぎたと思いちょっとだけフォローをしておくが、やはり釈然としない気持ちは晴れない。


「そういえばスライムは?」


「まだコアを破壊してませんのでそのうち再生すると思います」


「そうか。申し訳ないんだが生態を見たいから再生するまででいいんだ、少し時間をもらえないか?」


「私は問題ありません」


「申し訳ない。ありがとう」


リリに皮袋を渡し、二人で水を飲みながら足元に転がるスライムを眺めているとプルプルと震えだし水が湧き出るようにゆっくりと嵩を増して行く。


「おぉー…面白いな…」


「なんだか不思議な気分ですね、魔物を倒さずにこうやって眺めるのは」


「そうか?狩りをするにも相手を知り、己を知れば百戦危うからず。と言う言葉があるんだが魔物を野生動物のようなものだろう?追い込まれた獣は危険だ。危機的状況に追い込めばどういう反応をするのかを知っておくのは悪い事じゃない。相手が強ければそれこそ命掛けだが戦いは元々命掛けだ。出来る時に知っておくべきだろう?」


「そうですね、その通りだと思います」


リリは感心しました。そこまで考えていたんですね!と言わんばかりに切れ長だが少し目じりの下がった柔らかい瞳を輝かせている。


ごめん。7割は言い訳だったんだ。その期待したような赤褐色の瞳は俺の毒だよ…


そんなやり取りをしているとスライムは完全に復活した。


一瞬で三枚に下ろした事で彼我の実力差を理解したのか襲ってくる事もなくプルプルと震えている。

こいつ…可愛いじゃないか…


「リリ、俺は今からこのスライム―スラ蔵さんを撫でる。止めてくれるなよ」


「わかっておりますミドウ様。このスライム―スラ美さんを私も撫でさせていただきます。お止めしません」


「ん?スラ蔵さんだ」


「いえ、スラ美です」


「いやいや、この赤子の肌のようにぷるんとしていながらもそこはかとなくいきり立つような風体。彼は侍大和魂を持った立派な侍だ。つまりオス。となればスラ蔵さんだ」


「ヤマトダマシイ?サムライ?なんの事かはわかりませんが、この艶この張り。まるでシルクのようなボディーに包まれた優雅な曲線美。まさに女性の理想とするところ。間違いなくメスです。なのでスラ美さんです」


くだらないやり取りでお互い収まりがつかずヒートアップしていく中、スライムだけは冷静にその冷たい水饅頭ボデーを上下に伸ばし自己主張しているが両名気付かず二人の初喧嘩は実にくだらない内容によって争いの火蓋は切って落とされていた。


「どうだ、スラ蔵さん!俺の名前が気に入ったよな?!」


プルンプルン


「いえ、スラ美さん。私の名前を気に入っていただけましたよね!?」


プルプル


「俺の勝ちだ!」


「いいえ!私の時の震えこそ肯定の証です!」


この戦いだけは負けられない。負けるわけにはいかない!


だが、いつまでも森の中でけたたましく騒ぎ立てる者達を見つめる視線に冷静さを欠いた二人が気付く事はなかった。

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