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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第四十三話 とりあえずナマ

「キュイイイイイ!」


ロックワームが可愛らしい鳴き声を上げている。

半身を地中から出してこちらに向けて開いている口はトンネルのように大きい。


薄いピンクで皺のある肌は食欲を誘う。


でも腹を空かせたリエラの為にもまずは俺が試食だな。

もし齧って見て毒があったら目も当てられない。


「行くぜ」


俺は腰の包丁を抜き放ち、ロックワームへと足を走らせた。


「キュイ!」


「っらああああ!」


ロックワームは体を真っ直ぐに張ると、もぐら叩きのハンマーのようにその巨体で俺を叩き潰そうとする。

だが攻撃は線。威力はあれど速度と複雑さが足りない!


「コオオオオオ!」


俺は包丁を持っている事すら忘れ、しっかりと体を地面と連結させると来る巨体を待ちうける。

腰溜めにした拳には風が渦巻いている。

覚えたものをすぐ使いたくなるのが男ってものだろう?


「旋拳!」


落ちてくる巨体に潰される寸前、俺はロックワームの顎に渾身のアッパーカットを打ち込んだ。

まるでゴムタイヤを叩いたような感覚、手応えは申し分ない。


「まだまだぁ!…あぐぅ!」


これは悲鳴ではない。

先程の逆再生の如く打ち上げられ、反対に倒れて行くロックワームの腹に俺は包丁ではなく、歯を突き立てた。とりあえずナマで味見は当然だろう?


「うわわわわわ…いやぁぁぁぁ」


誰の悲鳴か、今そんな事を気にしている余裕はない。


「はかはかの歯ほはえはえーは(中々の歯応えじゃねーか)!」


正月のご馳走、餅。

ぜんざい、お吸い物、焼餅。食べ方は色々だ。その餅のように粘り、そしてゴムのようにガッチリと歯を押し返してくる歯応え、地中に居たからか多少の泥臭さを含む香気。


俺はロックワームに大の字でへばりつき、口で体を支え、痛みからか暴れ牛のようにのたうつロックワームにライドするその反動を利用してすら食いちぎることが出来ない。


びたんびたんとのたうち回るロックワームは頑丈で、旋拳を使ってですら傷を負う事は無かった。


「はかまひい(やかましい)!」


踏ん張りの利かない右ストレートを何度か腹に打ち込むと口からピュッと緑の体液を吐き出した。


「きゃっ!」


リエラはそれを回避したようだが、そこを見れば地面が白煙を上げて溶けて行く。

まだ攻撃を仕掛ける元気があるとは!


今度は両足で体を支えると両腕に風を纏い、目にも止まらぬ速さで何度も打ちぬく。

瀑布のような轟音を鳴らし、巨大で柔らかなロックワームの表皮を波打たせる。


「おらあああ!」


大地とロックワームを板ばさみにした状態からの大振りな一撃は、その衝撃を逃がすことなくロックワームの体内を駆け抜ける。


「ギュッ!」


「はぐはぐ」


苦しそうな苦悶を上げ、ピクリとも動かなくなったロックワームの腹はまだ食いちぎれない。


俺は諦めてこの悲しい事実をリエラに伝えなければならなかった。気が重いぜ…


「リエラ…ロックワームのナマ食は厳しそうだ…」


「は?当然です。やめてください、それと今は近寄らないでください。口を綺麗にしてきてください」


なんでこんなにも怒っているのだろうか。やはり食べたかったんだな、ロックワーム。

でも安心してくれ、俺の包丁はこの世界に来て聖銀となっているらしく切れ味は抜群だ。

すぐにでも捌いて料理へと昇華させてやるからな!


「わかった。ちょっと待ってろ」


「わかってくれてよかったです…ちょっとミドウさん?どこ行くんですか?!」


俺は踵を返すとロックワームの元へと駆け寄る。

生きているかの確認の為に突いて見るが動く気配は無い。恐らく死亡しているだろう…だが確証はない。

愛包丁をギラつかせ、俺はロックワームを輪切りにした。


ロックワームの口内と外皮の間に肉は少なめで肉と言うよりはゼラチン質だ。

これは…世には見た目が非常にグロテスクでも食べると人が喜ぶような要素が集まった食材は山とある。

そのなかでも女性を飢えた獣へと変貌させる食材…それはコラーゲンだ。


いや、待て…この肉が必ずしも女性を狂喜乱舞させるものであると言う確証はない。早とちりすれば俺の命に関わる可能性は爆発的に上昇する。まずは調理法を確立し、料理へと昇華させるのを優先するべきだろう…


後ろでプリプリと怒るリエラを無視して俺はどう調理するかを思考することに没頭した。

まずは外皮の弾力をどうするかだが…煮るか?いや、そうするとコラーゲンが水に溶けてしまう…ならば焼き…硬くなるか…蒸し焼きがベストか…


「よし、やるぞ!」


「やるって何を?!」


「料理だ!」


「やめてぇえええ!」


その後クーを呼んで山盛りの食材と共に住処へと帰還を果たした。リエラはリリや皆に報告があると言って立ち去ってしまったのだがいったい何の報告なのか。

今は気にしていても仕方ない。

俺はミラと他のラミア達に頼んで釜を作ってもらい、その後はクーの火魔法で一気に加熱、温まるまでに肉を冷水に漬け、塩を揉みこみ少量の砂糖、トマトをスライスしたものを乗せその上にバジルと簡単な味付けを行う。


「温まりましたよ~」


「ありがとうな」


今回は高温でじっくり火を通すのでラミア特性の土皿を使用し、遠赤外線効果を狙って炭火焼でコンフィする。

釜の中で轟々と燃える炎の中、じっくりと火が通されて中からとろとろとコラーゲンがとろけ出す。

いい感じだ…もっとだ!もっと!

そんな俺の熱を見ていたのかいつの間にか回りには大勢が集まっている。

それよりもハピ子が俺の頭の上に顔を乗せて居るせいで釜の熱に煽らせて汗でべたべたしたいるのが気持ち悪い。


「おい、ハピ子…暑い…」


「ピィ!」


こいつはまた言葉を忘れてしまったようだ。学習能力が高いから喋っていると覚えるようなのだがすぐに忘れてしまうのか?違うな。こいつは都合のいいやつなんだ、そこが可愛いんだけどな。


じっと見続けるとジュッと肉が焼ける音が聞こえる。

これ以上は肉に火が通り過ぎる。


相変わらず魔法の便利さに驚くがミラがちょいと指を振れば釜から二本の棒が伸びてきて皿を押し出した。


「魔法いいな…」


そんな俺の呟きも彼女達はニッコリ笑って返すだけ。

それはそんな事よりも早く食べようと言っているように見えたが残念。これは俺の試食用だ。


トロトロと溢れているコラーゲン、ハーブとトマトと言う相性抜群な匂いが漂う。

包丁を入れればアレほど硬かったロックワームの表皮はまるでパイ生地を切るようにサクリと音を立てた。


そのまま欠片をつまんで口へと運ぶ。パリッと皮が弾けると口の中で蕩けていくゼラチンにハーブと塩気、トマトの甘味が混ざっているが…満足の行くものだとは言えない。これに合うのは…あんかけだ。


「悪いがこれは出せない」


ブーブーと不満の声があがる。


「他の料理ならイける。茸と肉に野菜だ!」


俺がそう言うと皆は意味を一瞬で理解したのだろう。部屋からは一瞬で人の気配がなくなり、すぐに食材が集められた。

君達そんなにお腹空いてたの…?なんか、ごめんな?


俺はすぐさま下ごしらえに入ろうかと思ったのだが


「それは私がやります」


リリだ。何故かその目は死地に赴く戦士のように据わり、力強さを湛えている。


「えっと、ありがたいけど。どうしたの?」


「いえ、ちょっと緊張してまして」


「あ、そう…無理はするなよ?」


じゃあお願いね、と包丁を渡すと凄い速度で肉を捌いていく。リリがここに残ったのって修行でもしていたのか?やりたい事を見つけるのはいい事だ。最近じっくり話せて居なかったから落ち着いた頃にでも聞いてみよう。


その間にも食材が手元に運ばれてくる。

今度は味付けをせずに釜でロックワームを蒸し焼きにし、それを取り出すと鍋で炒める。

水を入れればトロトロに溶けたゼラチンが合わさって粘りのある液体へと姿を変えた。

成功だ。

本当を言えば醤油が欲しいところだが無いものは仕方ない。塩胡椒で味付けをし、ハーブと茸だけで十分に自然の風味が溢れている。


だがやはりゼラチンなので時間が経てば固まってゼリーのようになってしまうのは仕方ないだろう。暖かい内にしか楽しめない料理、と言うのは家族で食べる物としてはありなのかもと今は納得しておく。


山のようあった食材はどんどん消化されていき、釜の熱で溶けることがないのはありがたいが暑さで皆汗だくだ。


炭焼きのいい香りと、香草の香りが洞窟を埋め尽くしている。


「ミドウ様、これは何て料理なのですか?」


それは俺も聞きたい。と思ったがあえて名前を付けるならば


「ワームのコンフィと茸の香草あんかけ」


「ワームのコンフィ…あんかけ…」


リリはぶつぶつと繰り返している。料理に興味をもってくれたのかな?だとしたら少し嬉しいな。

厳しい世界だがこの良さを伝えられたらと思うし、リリは一度料理をすることの楽しさを知っているはずだから可能性はあるな。


「おっと、皆待たせたな。これは温かいうちにしか食べられない料理だ。家族料理だとでも思ってくれ」


皆は家族…家族…とぶつぶつ言っているが食べてください。固まってしまいます…

そう思いながらも口に含んだあんかけはねっとりと舌に絡み、噛むと茸の芳醇な香りがふわりと広がる。

餡に風味が溶けているので強烈なインパクトはないが、十分に美味しい納得の行く料理ができた。

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