第四十二話 それはフラグではない
捨てられた子猫を拾って帰宅すると、もう!また拾ってきて!と妻に怒られる夫と言うのはこういう人間なんだろうな。と大変失礼な事を考えながらリエラを今度は自分から抱き寄せ、その唇に触れた。
んっと彼女からは熱く、甘い吐息が漏れたが今はそんな事よりも血の涙を流し、目を血走らせ、ついに服を食いちぎったエイルと同じような目つきで泣いている冒険者が気になって仕方ない。
唇を離すと顔を真っ赤にして髪をいじり出すリエラを、俺はいつもより近くに感じている。
ハーフエルフの自分を嫌う事無くそのまま受け入れてくれた、なんて元の世界の人間が聞いたら俺も俺も!と諸手を挙げて殺到するだろう彼女のチョロさに苦笑しそうになるが、なんだかんだと自分にすら言い訳しながらそんな彼女を憎からず思っている俺もなかなかチョロい人間だと思う。
人によっては既に節操なしと言うだろうが、今以上の事に対しての貞操観念すら失ってしまわぬ様にしようと自らを戒める。
ただ、本人達が子供を欲しがっている事は聞いているのでいずれ確りと手順を踏まえた時にはそれに応えよう。
「それで、あれはどうする?」
「あれ?…あっ…あぁぁぁぁぁ!!」
俺はエイルと冒険者達が犇き合うギルドの扉の方を指す。
気づいていなかったのか?だとすると教えるべきではなかったのかもしれないと思いながら様子を窺っているとリエラはおもむろに弓を構えた。
「暴風の狩り!」
放たれた矢は強烈な旋風を纏いながらギルドの扉を突き破りエイル達を吹き飛ばした。
それを見届けたリエラは満足そうな顔をして俺の顔をニコニコと見ている。何を求めているんだ?もうしないぞ?
それよりも思い返すと俺はスキルを見るのは始めてだ。今までの戦いは力任せか元の世界で習った技術ばかりですっかりスキルを使っていなかったからな。この際リエラに習っても良いかもしれない。
彼女は一流の冒険者、俺は最低位の冒険者だから得られる事は多いはずだ。
「お見事。所でリエラさん」
「さんってなんですか。もう私達は、その…ふ、夫婦じゃないですか」
「いや、夫婦って…気が早すぎるだろ…」
「いいじゃないですか、気分を味わっても。それよりなんでしたか?」
「あぁ、さっきのってスキルだよな?俺使った事無いから戦闘について教えて欲しいんだ」
「えっ?今までスキルを使って無い…?あんなに暴れ回ってたのに…?」
「あれはスキルじゃなくて単純な戦闘の技術だ」
「そんな…」
「驚くことか?」
「当たり前じゃないですか!タイラントマッドグリズリーはどうやって倒したんですか?!」
「オーモの実と拳」
「はぁ…よくわかりませんが、わかりました…」
どうやらわかってくれたようだ。
「じゃあ今から街の外で訓練です!行きましょう!」
そういってリエラは俺の手に指を絡めた。大胆すぎる気がするがきっと今までの反動なのだろう。今は好きにさせよう。
俺とリエラはのびているエイルと冒険者を見る事無く街の外へ来ると街道から少し道を外れた草原へと立ち入った。
「ここならミドウさんが暴れても問題なさそうですね!」
「暴れるってなんだよ。人聞きが悪いぞ?」
「小突く行為で地面にクレーターを作る人がスキルを使えば何が起きてもおかしくはありませんので」
ピシャリと言い切られ俺は何も言い返せなかった。
「すみませんでした…リエラ先生宜しくお願いします」
「私に任せてください!ミドウさんの全てのパ、パートナーとしてしっかり手綱を握って見せます」
「なんかおかしな意味に聞こえるんだけど…」
「おかしくはありません!始めますよ!」
無理矢理押し切られた感が拭えないうえに不安しかない。
リエラで大丈夫だろうか…この子は以外と抜けているのだ。
「ではまず、ミドウさんはなんのスキルがあるんですか?」
「格闘術だな」
「それだけですか?」
「後は料理術と耐性だな」
「あ、はい…」
何かありそうな返事だったが追及はしまい…
気勢を取り戻したリエラが深呼吸して意識を自身に向けろと言うので集中すると技名がいくつか頭に浮かぶ。
「なにか、名前が…」
「それを使うという意思を持ってみて下さい」
「旋拳」
その直後俺の腕には目には見えないが風が渦巻いているのがわかる。標的はないのでその風を纏った拳を振るって見るとぶぉん!と鋭い音と共に草原の草が振った腕の軌跡に抉り取られている。
「これはなかなか…凶暴?ですね…」
「あぁ…俺もそう思う」
おそらくこれを纏って何かを殴れば一瞬で挽肉になるだろう。まさしくミルだ。
「他にもいくつかあるから使ってみてもいいか?」
「あー…わ、私はちょっとお花摘みに行って来ますね?ごゆっくり~」
そういってリエラは風のように去って行った。
俺を見張ってて欲しかったが仕方ないので勝手に試すことにした。
「雷装」
チーン!と音がしそうな名前だがそれとは裏腹にバシィ!と音が鳴ると全身からバチバチと静電気のような雷が発生していた。
それは手を合わせればその間でスパークを起こし、走れば一瞬体がブレたような感覚がしてあれ?と思ったら数メートルも移動していた。
効果は恐らく神経の活性化で身体能力を限界まで引き上げる事だと推測できる。
それも凄まじい速度での移動すら可能にし、他者が見ていたら消えたと思える程だろう。
この能力を使って今度リエラを驚かせてやろうと悪戯を考えながら雷装を解除したのだが一週間一日中筋トレをした後のような疲労感と体の痛みが駆け抜ける。
雷装の副作用か?そうなると下手に使用する事はできないか…短期決戦か決め手の一つにするしかないようだ。
「だはぁー」
気の抜けた声を上げて痛む体を地面に投げ出した。
綺麗な草原は雷装の雷がそこかしこに穴を穿ち、草を焼いており壮絶な戦いの後のようになってしまっていた。
小規模な環境破壊をしてしまったことに多少の罪悪感を覚えながら心地良い風に身を任せているとリエラが帰ってきた。
「やっぱり、とんでもないことになってますね…」
「気付いたら、な。不可抗力だ」
「私が近くに居るときには使わないでくださいね?」
「…善処する」
確約しろと鋭い目をしていたが、何で寝ているのかを聞かれると俺はその問いに素直に答えた。
今ならば何もしてこないと思ったのか痛む体を突き回し、俺は後で覚えていろと恨み言を言うしかなかった。
痛みが引くまでは時間がかかると思ったので先に街に帰るか俺を抱えて帰るかしてくれと言ったのだが、彼女はどれも選ばず腹におずおずと上ってきた。
「…何してるんだ?」
「えっと…その、介抱?」
「いや、俺が聞いてるんだが…」
「少しだけですから…」
「何を少しなんだよ」
俺は彼女のマジの目に少し怯んでしまった。
しかし獲物を見る目はふいに鳴りを潜め体を預けてきた。
「どうしたんだ?」
「リリさん達はよくこうやって寝てますよね?」
「そうやって言われるとそうかもな」
「ずっと羨ましかったんです」
「そうは言ってもクーやハピ子は集まって寝るのが本能見たいなものだし、リリは不安がるからな」
「だとしてもです」
そうか、と言ってリエラのゆるふわウェーブヘアを撫でる。リリとは違う和室のような落ち着きのある香りがふわりと漂う。
やっぱりエルフってのは竹なんだな。と少し笑ってしまったがリエラからは見えていないだろう。
彼女は満足そうに俺の胸を撫で回している。
そのおかげか単に時間を忘れて二人で会話していたからか体の痛みも引き、少し小腹が空いた。
「リエラ、もう体の痛みも引いたしそろそろ飯にしよう。何か獲物が出そうな場所を知らないか?」
「え?もうですか?回復早すぎます…」
そんな事をぶつくさ言いながらも俺はリエラに案内されて王都をぐるりと回る形で反対側に出た。
地図にすれば東に滅魔の森が広がり、その西側に出たと言うところだろうか。
「この辺には何がいるんだ?」
「たまにはぐれのワイバーンが出るのでそしたら素材が手に入ってラッキーかな、と。後はグラスウルフやホーンラビットと言った低級の魔物が主ですね」
「ワイバーンか!いいな、是非喰いたい。でもなんで素材が手に入るって?」
「そう言うと思いました…いいですか、ミドウさん。ワイバーンは毒があります。毒のブレスを吐き尻尾の先の針にも毒があります。そして強さはAランク。もうわかりますよね?」
わかるだろ?喰うなよ?と言われてもピンとこない。Aランクならデスビーの親玉であるエビちゃんもAランクらしいが俺はそのぶっとい尾注射を刺されたがまったく効かなかったしな。
つまり問題は無いと言うことだ。
「ですが、それも想定済みです。もう一つは量が多すぎると言うことです」
「住処の皆もいるから無駄にはならないぞ?」
「忘れてました…」
「これからは皆家族なのに忘れるなよ…」
「そう…でしたね」
リエラはやってしまったと落ち込んだ顔をしたが直ぐに皆の事を思い浮かべたのだろう、口元を少し歪めていた。
「まぁそんなわけで出ても骨すら残らない。骨もエロ爺の肥料になるからな」
リエラは諦めてくれたようだがワイバーンは稀だと言う事なので遭遇率は悪いだろう。いつかのお楽しみと言うことだ。
他にこの辺りで手にはいる食材を聞くと、コカトリスやジャイアントバジリスク、グラスホーク等々聞き慣れないものばかりだった。
早く喰らってみたいと言う気持ちが高まるが今は簡単にでも腹を満たすために大物狙いはやめて目に付いたものに齧り付く方が先決だ。
俺は索敵が得意ではないのでリエラの頼みではあるが周囲にいる魔物を探し始めて二時間程たった頃だろうか。腹もかなり減ってきてままならないものだと思っているとリエラはあからさまに気落ちしている事に気が付いた。
「どうした?そんなに腹が減ったか?」
「あ、いえ…それが…」
妙な歯切れの悪さだった。
どうしたんだろうかと心配していたのだが急に地面がボコッと盛り上がり、そこから飛び出してきたのは巨大なミミズ。口の部分はバックリと大きく円状に開くと中にはびっしりと牙が生えており、生理的嫌悪感を呼び覚ます。
「あ…あぁ…」
絶望したようなか細い悲鳴が聞こえる。
Bランクの冒険者が絶望するほどの強敵だと言うことだ。
ならば魔力をそこそこ備えており、意外とイケる可能性は高い。見た目が悪くても食べてみると、と言う事は料理の世界ではザラだ。
「大丈夫だ、リエラ。すぐにこいつを倒して食わせてやるからな!」
「いやぁあああああ!!絶対言うと思いましたぁ!」
どうやら泣くほど嬉しかったようだ。
楽しみだな?巨大ミミズよ、是非とも俺達の舌を楽しませてくれ!




