第四十話 知られざる事実
王族との食事は非常に気まずいものだと思っていた。
だがプライベート空間だからか、席に着いた俺達に掛けられた言葉は開口一番、楽にしてくれと砕けた口調のものだった。
それから王妃様と王女様の自己紹介を受けた。
王妃様はシエラ・ド・シュルトベルグ。話して見ると少しおっとりしており、うふふと笑う姿が少し艶かしい女性で、王女様はアリーシャ・ド・シュルトベルグ。まだまだ可愛い盛りの元気な女の子と言った印象だ。
簡潔に自己紹介を終えた頃に運び込まれた料理は毒見の為か冷えており…なんというか悲しいものだと感じた。
そこで俺は考えていた。
直ぐにできて美味しく王族の面々は甘いものが結構好きだと言われれば作るものは一つ、プリンだ。
知っている人も居ると思うがプリンと言うのは実は作りたてはかなり風味が強く、独特の味わい方がある。
冷えたら冷えたで固まった乳分がプルンとしてご存知の滑らかな舌触りと風味が落ち着き上品になる。
ワインを煽るように飲む王に俺は試しに聞いてみることにした。
「国王様。私も料理人の端くれです、理解はしておりますが冷えた料理では少し寂しいものを感じましたのでここで一つ、私に一品提供させていただけませんか?」
「ほぅ?それは面白い。どのようなものを作るのだ?」
「そうですね。私の国に伝わる甘くて美味しいデザートです」
「ほう、甘いデザートか。よい、試してみよ」
「ありがとうございます」
俺はさっとコック服の腕を捲くり、部屋を後にするとドアの前に控えていた執事に連れられて調理場入りをした。
そこは綺麗に磨かれており、料理人の人達がしっかり使っているのが見て取れる素晴らしい調理場で、オープンキッチンのようになっている厨房の前は食堂のようになっているが、ここは使用人の食堂らしい。
なるほどね、と思うと共に俺は気になり執事に聞くことにした。
「あれ?料理人の方々は?」
「王城の厨房は王族の方々への食事を作られたら閉められるのです。どうかされましたか?」
「へぇ…そうなのか。いえ、教えてくれてありがとうございます。調理場を荒らされると不快に思う方も居ると思いましたので挨拶をと思いまして」
「なるほど。よいお考えですね。ですが特に気にされる必要はございません。それでもとお思いでしたら私の方から後日お伝えしておきましょう」
「そうしてくださると助かります。借りた礼に今から作るものをいくつか置いていきますので皆で食べて下さい。それと、冷やすと長持ちするのでそのような場所はありますか?」
「でしたら魔道具がございますのでご安心下さい」
それでは、と立ち去ろうとした老練の執事を捕まえて設備について聞き出した。
俺は魔道具の使い方や種類なんて知らない。勝手に帰られては困る。
執事から聞けたのは使い方と種類。
流石にレンジや冷蔵庫は無かったが、俺がオークグラップラーから手に入れたような魔石以外にも属性石と呼ばれるものがあるらしくそれを使ったIHヒーターのようなものと見かけはただの箱だが中は霜が降りる程度には冷たい箱があったので十分満足のいくものだった。
勿論全てが魔道具と言うわけでもなく、ピザも焼けそうな釜もある。
オーブン代わりに使えるので無かったときを考えていなかった俺は安堵した。
「ありがとうございました、えーっと…」
「セバスとお呼び下さい」
セバス。それは歴戦の執事が持つ伝統ある名称。いや、俺がそう思っただけだが。
「ありがとうございましたセバスさん」
「お役に立ててようございました。お料理楽しみにしております」
そういって微かに笑うと音も無く立ち去った。
「さて、始めるか」
気合を入れて料理を始める。
クーの卵は後3つ。一個がかなり大きいのでそれ一つで10個はできる。
セバスさんやメイド、料理人の人たちにも作ってもまぁ十分だろう。
釜に火をつけると一人、少し暗い厨房で無心に卵を溶き、城の食器を借りるとそれに入れていく。
釜の温度の設定はできないのでここからは自分の経験と勘の勝負になる。プリン焼きすぎれば焦げ、雑味が増してとてもじゃないが人には出せない。
一瞬焼きプリンだと言い張る事も…と邪な考えが頭を過ぎったがプライドがそれを打ち砕き、心臓の律動でタイミングを計る。
ごうごうと紅炎をくゆらす。シンと静まり返っていた調理場には甘い匂いが漂っており、陰ではこそこそと動く何かが数名感じ取れるが今は気にしたら失敗するので意識の外へ放り出した。
高い火力のおかげで失敗するかと思ったが存外上手くいくもので、取り出した器の中には表面を軽く焼かれたプリンがいくつも出来上がっている。
漂っていた甘い芳香は釜から取り出されたことでぶわぁっと広がりに廊下を駆け抜けた。
そこそこ大きな釜で一気に作れたのでカラメルソースを作るとそれをプリンの上にかけていく。
プリン本体は糖分少な目、カラメルはトロみを聞かせたソースだ。つるりとしたプリンにトロっとしたカラメルがまとわりつく。さらさらとしたソースも嫌いではないが俺はこのコントラストを気に入っている。
釜の熱でかいた汗を軽く拭い、一息ついて厨房から食堂の方を見ると先ほど意識から外した存在がそこには居た。
「何してんの?」
「いや、余はやめておけと言ったんだぞ?」
「僕はそのー…」
「とっても良い匂いがしたの!」
「うふふ、甘い香りに思わず…」
「ボクは見学に!」
「私もです!」
「「「「私どもは仕事終わりですので」」」」
「はぁ、まったく…」
そこに居たのは王族の面々にエイルとリエラ嬢、複数のメイドとそれを窘めながら顔をにやけさせてるセバスさん。
と言うかメイドと王族が卓を共にしても良いのかと気になったのだが、当の本人たちは気にしていないようなので放っておこう。
「ミドウさん言ってたじゃないですか。腹を空かせてたら?」
「客、だな」
どうやら王子は一皮向けて大人になったようだ、なかなか言うじゃないか。
冷えたものを出しても良かったが暖かいものを出して、残りを冷やしておく。
指で器を触り、火傷をしない程度まで温度が下がった事を確認してから全員にサーブした。
「お待たせ致しました。本日はお集まりいただきありがとうございます。初回になりますので御代は不要。満足行くまでお寛ぎ下さい」
適当な口上を述べるとパチパチと拍手を貰ってしまった。始めて言ったがちょっと楽しかった。
皆は不思議そうに眺めていたので俺が食べるのを見て皆は一斉にプリンを口まで運んだ。
「んむむ!これは!」
「アナタ、ミドウさんを城で雇いましょう!是非!いいわよね!ね!」
「んー!おいしー!」
「僕はオムレット?も大好きだけどこれも大好きですミドウさん!」
「いやー相変わらずミドウ君の料理は当たりと外れの落差が激しくて飽きないな~」
「ミドウさんミドウさんミドウさん!」
「「「「 !! 」」」」
「おぉ…これは…大変美味しゅうございますミドウ様。程良く甘いこの滑らかなデザート。その上にかけらられたソースは少し濃く、二つを合わせても調度良いのですがトロりとしたソースが滑らかな本体を包み込み喉の奥まで導く様は騎士に護衛を受けた姫そのもの。本体は本体で一つの物語ではありますが、このソースと出会う事で口に運んだ際の確かな風味はまさに出会いと別れの悲恋の物語の開幕でございます!」
「あ、あぁ…うん。よくわからないけど喜んで貰えてよかったよ…」
セバスさんは美味しいものを食べると饒舌になるのか、俺はさっぱり理解できなかったがそこは感性の問題だ。面白いものを見たと思って胸に秘めておこうと思う。だってメイドさん達がセバスさんを見て、あのセバスさんがすごい喋ってる…!と驚いているのだから。
きゃいきゃいと騒がしい厨房は、作ったプリンを皆が食いつくすまで静まる事はなかった。




