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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第三十九話 大層な事はしてないので

くっくっくと怪しい笑いを零す二人を尻目に俺は今にも泣き出しそうな王子と対面していた。


本当は許してもいいかなと思っているが、この王子の偉そうな鼻っ柱は折っておくに越した事はない。

相手が俺だったからよかったもののこれが違う相手だったら大変なことになっていただろうからな。


それに気になる事もあったので俺はこの王子の注文を断ることにした。


「何故だ!」


「何故も何もない。あんた、本当に腹が減ってて食わせて欲しいと言っているのか?」


「くぅ…!」


とりあえずやる事もないし、ご機嫌取りの為にこのふわふわオムレットを食べたいと言ったならばそれは食材を提供してくれたクーや料理人である俺に対しての冒涜だ。


そしてそれは案の定正解だったようで腹は減っていないようだ。


「なぁ王子様よ。この世には腹を空かせてる奴はいっぱいいる。あんたは今その人たちに対して何を思っている?そして何を思って腹も減ってないのに俺の料理を食いたいと言ったんだ?教えてくれよ」


腹が減っていて頼んだ料理が食いきれ無かったならそれは仕方ない。

デザートは別腹、と言うように本当に食いたいと思える料理ならば腹が裂けても入るだろう。でもそうじゃないのならそう思わせられなかった俺の責任だと言うのが持論だ。


しかし元から腹がそれほど減っているわけでもないのに料理を頼み、残されたらそれは俺が奪った食材の命や善意によって提供してくれた人たちの思いを踏みにじる行為だ、それを許すことは出来ない。

恐らくだが王子だろうと王様だろうと軍隊だろうとブチ切れて暴れるだろう。


だから確認を取らなければならなかったのだ。


「黙ってちゃわからんぞ」


子供、いや…怒られた側キラーの必殺ワードを繰り出す。


だがこれを言われたら並大抵の相手は威圧を受け、萎縮し、思考はまともに働かなくなり沈黙の坩堝へと叩き込むことになるのだ!


こうして高くなった王子への鼻っ柱へし折り計画は完成した。


のだが…王子はこれほどまでキツく言われた事がなかったのか今にも泣き出しそうだ。


「わ、わだ…ボ、ボクだっでなぁ!うわあああああん」


ほら泣いた!あーもう!


泣くなよ!男が泣いていいのは娘が結婚した時だけだって教わってきたんだぞ?!


そんな事を考えているとだんまりを決め込んでいた二人がようやく参戦したのだが…


「あー!ミドウ君が子供を泣かせてるー!」


「あーあー!ミドウさーん駄目ですよー?子供をいじめちゃー」


「うわああああああん!!」


子供子供、と完全に最後の一撃をキメたのはお前たち二人だと言う認識はないようだ。


「や、やかましい!おい、王子様よ。男がそんな簡単に泣くんじゃあない!」


「うわああああん!だっで!だっでええええ!」


「あっちゃーミドウ君なってないねぇ?」


「まったく。さっきお説教してたときはちょっと格好いいと思ったのに単に大人げなかっただけみたいですね!」


「お前等ぁ…!」


そこからはもう阿鼻叫喚だった。王子は相当溜まっていたのか泣き続け、エイルとリエラ嬢は俺をなじった。


王子は一頻り泣くと落ち着きを取り戻し、体力を失ったからか腹をぐぅっと鳴らした。


はぁ…なんかドッと疲れたが腹が減ったなら俺の領分だ、と諦めて甘味をマシマシにしたオムレットを一枚焼き上げた。


「えっ?これは?」


「泣いて体力を使ったら腹が減っただろ?だからだ」


か、勘違いしないでよねっ!と三十代おっさんのツンを見せ付ける。


「まったくミドウ君は正直じゃないなー」


「まったくです!」


「今晩からお前達は自分で飯を食え、俺はもう作らん」


「じょ、冗談だよ、ね?リエラ?」


「うんうん!冗談ですよ!」


「もう手遅れだ」


そんな~と情けない声を上げる父娘漫才を見た王子はくすりと笑った。


ん?と王子を見たのだが慌てて視線をそらされた。それはまるで憧れの人を…いや、俺の勘違いだろう。

そんなラブコメ臭は不要だし俺は衆道に興味はない。


「そ、その…すみませんでした。それとありがとうございます…」


「あぁ、気にしなくていいから食え」


そう言って食べるように勧め、王子は一口オムレットを口に頬張った。


「お、美味しい…です」


「よかったな」


「う…うぅうう…」


「なんだ?!なんで泣いてるんだよ」


そこから王子は泣きながらもくもくとオムレットを食べ、息つく間に王子としての重圧、第二継承権を持つ可愛くも優秀な妹とのちょっとした劣等感等々の話をしてくれた。


「そうか、大変だな。俺は替わってやる事はできないがお前を思ってくれる人だっているはずだろ。いなかったのなら思ってもらえるように努力しろ。何でも人のせいにして、不貞腐れたら掴めるものも掴めなくなるし、出来る事だって出来なくなる。もし、耐えられなくなりそうになったら俺の所に飯を食いに来い。俺は料理人だが話を聞く事だって出来るんだぞ?」


「はい…はい…!ありがとうございます!」


そう答えたジグハルト王子の顔は最初とは見違えるほど晴れ晴れとしたものとなっていた。


どうやら憑き物は落ちたようだ。


腹が膨れると心に余裕ができる。そうすると心のガードも和らぐので口が軽くなるのでそういったときにケアしたり、笑顔を貰えたりするのもこの職業の特権だと思う。


これで王子が良い方向に行ってくれると嬉しいと思いながら話を聞き、もくもくと三人にオムレットを焼いた。


数刻はそうしていただろうか。頭上にあった太陽は傾き始めていた。


「それじゃあ王都に行くか」


「そうだね」


「はい」


「あの、ボクも…」


ジグハルト王子は私からボクへと変心、いや生来の王子に戻り今では子犬のようになっている。


「当然だ。客にはまた面白い話をこさえてまた来店してもらわないといけないからな?」


ま、店はないんだけどな!と笑い飛ばしたのだが王子は少し顔を俯かせ何かを考えているようだった。

飯を食いに来いといいながらそりゃ店が無かったらそうなるよな。


そのうち可愛い魔物娘達も皆王都に滞在できるような拠点を構えたらちょっとした催し物が出来る店も考えてるから楽しみにしてて欲しいと思うが今すぐにとは行かないからな。


そして素直じゃないと俺をからかった二人に拳骨を落とそうとして失敗し、地面にクレーターを作ると殺す気かとぶりぶり怒る二人と楽しそうに笑っている王子を連れて俺は王都へと向かった。


暗くなる前に王都へと到着を果たし、門番にエイルが事情を説明すると門番は数人連れ添って確認へと早馬を飛ばしたようだ。


夜はしっかり降り、もう子供は寝る時間ですよと言う頃に漸く確認が完了し、俺たちは王子の計らいで王城へと招かれてしまった。

本当は嫌で断ろうかと思ったが王子と二人ならともかく兵がいるとなると話は別だ。


立場もあるので容易に断る事はできず、ごめんなさいと声を潜めて謝る王子に俺は仕方ないさと諦めた言葉しか掛けられなかった。


リリと王都へ来た時には遠目に見ることしかなかったが近くで見ると王城は圧倒される大きさだった。


ドラゴンでも来るのかと思える程意味もなく大きく真っ白な扉にはアールヌーヴォー調のような植物を意識したような見事なレリーフが彫られていた。


王子が先行し、しばらくすると中から執事と思われるナイスシルバーが複数の見目麗しいメイドを引き連れて俺達の前に現れて城内へと入ったのだが…中も見事と言う他なかった。


そういった趣向なのか華美すぎるものはなく、しっくりと落ち着いた雰囲気ながらも荘厳であり、調和の取れた美しさがあった。


ほぉ…とおのぼりさんを前面に押し出しながらきょろきょろしてしまったがしばらく進むと待合室のような所に案内された。


「ミドウ君どうだった?」


「いいものを見させてもらった」


「だよねー。ボクもここの調度品はいつ見ても趣があると思ってるんだよ」


そんな話をしながら時間を潰し、一刻もしないうちにまたしても呼び出された。


「俺は王族への礼節とか知らないぞ?」


「ミドウ君はボクの真似をしてくれたらいいよ。何か聞かれたらそれは答えても大丈夫だからね。リエラは問題ないかい?ハンカチは持ったかい?」


「お父さん!」


そんな親子の会話を聞き、まぁ何かあったら何かあった時だな。と開き直るとこれまた大きな扉に案内された。その両脇には意匠を凝らしたフルプレートにマントをつけた騎士が剣を両手で握り胸の前で上向きにして構えて立っていた。

それは扉の彫刻の一部であるかのように見事なもので、綺麗だ。と簡単な言葉しか出ないような程だった。


そんな俺の心の内を読んだかのようにナイスシルバーの執事が扉の意匠を手に取り打ちつけた。

それはゴンゴンと言うような無粋な物ではなく、リィィィンと耳に残る透き通った美しい音色だった。


先ほどの笑みは驚く事はまだまだあるぞ、と言う意味だったのかも知れないな。


してやられたか、と目を見張っていると先ほどの返答のように中から声が響く。


「王都ギルド本部ギルドマスター、エイル・オルディス殿、同ギルド受付リエラ・オルディス殿、異国の料理人フジ ミドウ殿、ご入場!」


扉は音も無く、自動のようにスーッと開くとどうぞ、と中へ誘われた。


三角の頂点をエイルとし、その脇をリエラ嬢と俺が半歩下がって進み、視線の先に映る玉座と扉の中ほどでエイルが赤の絨毯へとその膝を着いたのでそれに倣う。


頭を軽くさげ、少し待つと玉座に何者かが近づく気配がした。


正面から深みのある声が響く。


「面を上げよ」


「はっ!」


エイルが声をあげ、すっと衣擦れの音がした。


そこにはジグハルト王子と同じの美しい金髪に、優しげな目をした俺達と同じオッサン臭漂う年齢の人物が玉座に腰掛け、その横にはピンクの髪を夜会巻にし、目じりが下がったこれまた優しそうな女性が座っていた。


国王と思われる人物の隣には髪を後ろにピッシリと撫でつけた気難しそうな人物が控え、ジグハルト王子はうさぎの人形を抱えた小さな少女が手を繋ぎ、オッサンの少し後ろでこちらを見ている。


「余がシュテルベルグ王国第十四代国王アルベリク・ド・シュルトベルグだ。此度の働き、大儀であった」


「はっ。ありがたき幸せ」


基本はエイルがやってくれるらしいのだが、俺はこういった事を経験した事がないし、あ~面倒臭いな~とか、将軍に話をもう少しまともに聞いておけばよかったな~とかそんな事ばかりを考えていて、殆ど話を聞いていなかったが、俺はエイルから小声で名前を呼ばれて現実へと帰還を果たした。


「して、そちらのものよ。ジグハルトより話は聞いておる。何やらとても優しく、美味な料理を作る料理人だとか。更には難しい年頃である我が子の世話までしてくれたようで、戻って話をしてみればまるで別人のように穏やかになっておる。感謝する」


そういって王は軽く頭を下げたのだが王がそんな簡単に頭を下げていいのか?俺達の両脇には関係は不明だが裁判の傍聴人のように結構な人数が座って見ていたがそれが頭を下げた瞬間ザワつき、王!と窘める声まで響く始末だ。


「よい!静まれ!」


人は見かけに寄らないと言うが力強い一括は見事。


場は再び静寂を取り戻し、渋みのある声が再び投げかけられた。


「して、此度の働きに対する褒美は何を望む?」


俺はあれ?と思った。こういうのって普通は勝手に決めてくるものじゃないのか?と思って王を見ると脇に控えていたジグハルト王子は少し笑い、頷いた。


ははぁ…さては俺がそういうのが嫌いだと思って説得したのか?それともこの国はちゃんと意見を聞く国なのか?理由はわからないがありがたいと思うのだが正直欲しいものがない。


皆で暮らせる家が欲しいとは思うが、それは自力で手に入れたいと思っているし…


いや、そう言えば屋台の材料がなかったか。そうなるとエイルが言っていたエルフ竹を頼むのは良い案かも知れないな。


「屋台を作れるだけのエルフ竹を」


「エルフ竹、か。量はどれくらいを考えておる」


「屋台を作れるだけを」


「ふむ…まぁ良かろう」


エイルが小声で感謝しますと言えと言うのでそれを伝えると無事謁見は終了したのだが、もう二度とこんな面倒なのはご免だと内心げんなりしていた。


だがそんな俺達はまだ城に居る。

帰して!と思ったが晩餐を共にして話をしたいだのなんだのと言われ、最終的には泊まっていけと言われて断る事も出来ずにずるずると…


執事に再び案内され、待合室まで戻ってくると待機を命じられた。


「はぁ…疲れたな」


「ははは、ミドウ君も疲れる事があるんだね!」


「お父さん、流石にそれはミドウさんに失礼よ。私も驚いたけど」


「お前達は俺を何だと思ってるんだ」


ぷんすこと怒りながら談笑に華を咲かせると疲れていた体も幾分元気を取り戻した。


しばらくすると軽いノックの後に準備が出来ましたとメイドが入ってくると俺達は食堂まで案内され、中に入ると上座にはもちろん国王が座し、テーブルを挟むように王妃、その横に王女、向かい合って王子、何故かその横に俺、エイル リエラ嬢と座ることになった。

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