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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第三話 食事は一緒に摂るものだ

うぅ…結構冷えるな…上半身裸だし、当然か。

川からオークも引き上げたし撤収するとしよう。


「よし、忘れ物はないな。装備は全部置いてきたから水も持っていけないが諦めるしかないのは残念だ」


また明日にでも汲みに来ればいい。

それに思ったより長居していたようだ。


「そろそろ彼女も目を覚ます頃だろうしな」


オークを担ぎ上げてマーキングを辿る。


「しかし、本当に他の生物を見かけないな。このオークの縄張りだったからか…?」


相変わらず静かな森だ。

キノコや香草も摘んで行きたいところだがどれもこれも見た事が無い形状や独特な匂いを発しているし、下手な真似は今はしないでおこう。後で思う存分試食してやる。


おのぼりさんのように周囲を見回しては面白そうな食材達に気を取られていたからか思ったより進んでいたようだ。


「もう洞窟まで戻ってきちゃったか。楽しみが増えたな。さて、もう起きてるかな?」


いきなりオークを担いで入って起きていたらパニックを起こす危険もあるだろうし、ドアは無いけど挨拶くらいはすべきだよな。


「どうも~、肉をお届けに来ましたよー」


ちわーっす。三○屋でーす。みたいな軽い調子で声を掛けてしまったが反応は無い。

まだ寝ているんだろうか?仕方ない。今更だが勝手に入らせてもらおう。


「どぉわ!」


彼女は起きていた。だが広場のテーブルのような土で出来た台の上に俺の戦闘衣装(コック服)を置いてそれをじっと見ている。

腹が減りすぎているからってもしかして俺の服を食うつもりか?


「待て待て!それは俺の一張羅だ!腹が減りすぎたからって食うのはやめてくれ!」


「食べません!」


なんだ、違うのか。よかった。


こちらを向いた彼女の瞳はわずかに潤んでいる。


服や調理器具を置いては行ったが、戻ってくるか不安だったのだろうか。


「食料取ってきたぞ」


彼女は立ち上がったと思うと走り寄ってきて胸に飛び込んできた。

突然の行動に驚いて動けなかった。


薄暗くて気がつかなかったが彼女の肌は血を飲む前とは見違えてしまうほど艶が戻っている。

枯れ木のようだった体はまだまだ痩せているがそれなりに赤みを帯びている。すごい回復の早さだ。


「もう、お戻りになられないかと…!」


「まだやる事があるからな。ところで、これって食べれる?」


俺は…女性が苦手だ。嫌いってわけじゃない。何度裏切られても嫌いになれなかったが、どうしても緊張してしまうので突っぱねたような言い方になった。それに間接的に私は無知です、と言ってしまったが彼女は色々と教えてくれた。


あのグラップラーはオークグラップラーで上位オークの亜種。滅多に無い事らしいが群れから離れたハグレらしく最近ここら一帯を縄張りにし始めたため他の生物は逃げ出し、彼女も奴が来てから外に出られず食料を取りに行けなくなっていたとか。


冒険者だとかランクが、とか言っていたがそれは後々ゆっくり聞く事にしたため彼女が肉を食べれるかを聞き出し肉の処理を始める。


「付け合せも調味料も無いからただの串焼きで申し訳ないが…」


「いえ、そんな…そこまでしていただくわけには!」


彼女は他者に世話を焼いてもらうのに慣れてないのか居心地が悪そうだが、今ここは俺の戦場(厨房)だ。大人しくしていてもらう。


そわそわと所在なさげな様子を横目に腹を割いてモツや皮、肉を分けていく。

すると胸の中から拳大の謎の石も出てきたがとりあえずポケットに仕舞っておく。


残念ながら水も無いと言うことなのでモツは森に埋めることにした。

野生動物が戻ってくるまでにはしばらくかかるだろうし、水が無ければ洗浄も出来ない。外はすっかり暗くなっているので水を汲みに行くのも難しく、モツだけに断腸の思いで土に返した。


ついでに洞窟の入り口でキリモミをして火をつけておく。


洞窟内に戻ると彼女は静かに待っていた。

一緒に来てもらえばよかったか?今更なのだが、とりあえず準備は出来ている。


「よし、洞窟内で火は使えないから外行こうか」


「はい…」


元気がないな。外が怖いのか?それとも居心地が悪すぎるのが原因だろうか?

洞窟の入り口へ向かう俺の後ろにはしっかりついて来ているので後者だろう。

俺もプライベートで人の家にお邪魔して色々準備しているのを横目にじっと待っているのが苦手な人間だ。気持ちはわかるぞ。


「人にあれこれとやられる事に対して居心地の悪さを感じるのは俺もよくわかる。だけど、俺は料理人だ。これは施しではなく商売とでも思ってほしい」


見返りをもらうから気にするな。と改めて伝えると多少張っていた気が和らぐのを感じた。


「わかりました」


先ほどよりは元気が出たようだ。ずっと気を張っててもこちらも疲れてしまうから上手く付き合って行きたいところだ。


洞窟の入り口ではすでに焚き火が出来上がっているので後は串を立てて肉を焼くだけだ。


「もう準備は出来上がってる。お楽しみの肉の時間だ!」


ブロック状に切り分けた肉は特有の甘い匂いを撒き散らしながら火に炙られて油がてらてらと光り、皮は触った限り毛も生えていなかったのでこれも一口サイズに切り、串打ちしている。


何かを考えているのか彼女は口を開くことなくじっとしている。

実に静かだ。気まずいと言うほどもなく、ただゆっくりと火の粉が散る音が森に木霊している。


「そろそろ皮の方が食べれるぞ。皮は食べた事あるか?」


「いえ、皮を食べた事はありません」


ひょっとして黙っていたのは『こいつ、皮なんて食うつもりか?』とでも思われていたのだろうか?

いや、まさか…な?


「あ、そう?じゃあ俺が食べてみるよ…なんだこれ!うっま!」


本来なら軽くボイルしてから揚げたりするのだがオークの皮は表面がカリっとしていながら中はもちもち。

油っこくはなく、まさに豚と言った味なのだが臭くない。舌触りは滑らかで油が口の上で滑る。


「これすっごい美味いよ!ほら!」


食ってみ!と串をぐいぐい渡してしまったがやはり少し気後れしているように見える。無理矢理口に突っ込む真似はしないが、俺が見ている前で残す事は許さない。

じっと見つめていると諦めたように先っぽと小さな口に運び、ぱくりと咥えた。


「んっ…まぁ…!美味しいっ…!」


非常に官能的な光景だった。美味しいものを食べるときには強い快楽を感じるから間違いではないのだが、そこに至るまでが、だ。


聞いた話ではこのオークは上位種と言うこともあり、含有魔力が多いから旨味成分が強いと言う事は聞いていたが、驚くほど美味かった。魔力で旨味成分か、不思議な話だ。


次は肉だ。オーク肉は一般的によく食べられるものらしいが俺は食った事がない。どんな味かわからなければ料理など出来ないので少しわけてもらうことにする。


「悪いけど肉を少しもらうよ」


「貴方様が取ってこられたものですので私の事など気にしないでください」


そんな事を言いながら俺は知っていますよ?さっきから肉に熱い視線を送っている事を。


「上位オークの亜種がどんな味かを知りたいだけだから」


まだまだ肉はある。俺は串一本貰えれば十分だ。


「そう、ですか…?」


心配しすぎだろ!取らないって!

そんなやりとりをしているうちに肉はいい感じに焼けていた。


「じゃあ貰うよ。はい、こっちは貴女のだ」


一本ずつ串を持ち口に運ぶ。

彼女は皮と違って思い切りよく肉にむしゃぶりついていた。


その顔は笑顔に溢れている。

あぁ、その顔だよ…いい笑顔だ。


料理人冥利に尽きる。混じり気のないこの顔のために料理人をしていると言ってもいい。


じっと眺めていると火に照らされた顔がこちらを見た。


「あの、そんなにじっと見つめられると…」


「あ、申し訳ない。つい。あまりにいい顔をしていたもので。じゃあ俺もいただきます」


食事をする女性の顔をじっと見るなんて失礼な事をしてしまった。

それを誤魔化す様に肉にかぶりつく。


「んっ!これは美味い!」


煮込んでもいないのに肉は噛み付くとホロホロと解けていき口の中で油と共に蕩けていく。油はさっぱりとしておりべた付かない。甘味が強いが濃いわけではなくとても上品だ。

そんな絶品の肉に驚いていると笑い声が聞こえたので視線を上げる。


「ふふっ。美味しいですねっ」


「あぁ、本当に美味しい」


肩口から垂れ下がるサイドテールの髪が火に照らされて艶やかに光り、彼女の弾んだ笑顔に少しドキリとさせられる。

何も手を加えてないのに、なんて野暮な事はぐっと飲み込んだ。


見上げた空には地球には無かった紫と白の月が寄り添うように輝いている。


知らない土地でこうやって食を囲むのも乙なものだ。


味のリサーチも住んだことだし、肉を焼くのに専念しようかとしていると不満そうな顔をした彼女と目が合った。

何か気に障るような事をしただろうか?さっきまでは幸せそうだったのだが。


「えっと、何か?」


「一緒に食べるから、美味しいんです!」


なるほど、そういう事だったのか。

しかし彼女の意図が見えない。いつの間にか緊張は完全に解けているがそこまで言われる程とは思えない。

下手な真似は出来ない。ここは押し通したいところだがお客といい関係を築くのも大事なことだ…どうする…


「申し訳ない、そうだな。一緒に食べようか」


折れるしか選択肢はなかった。


「えぇ、一緒に食べましょうっ」


そういうと彼女はわざわざ横に移動してきて食べ始めた。

なんだというのだ…頭の整理が追いつかない。

緊張で心臓がうるさいくらいに音を立てる。


この人は客…この人は客…

念仏のように唱えながら気持ちを落ち着けた。


「はぁ…」


「あの…ご迷惑、でしたか?」


「そんな事はない。ちょっと驚いただけで…」


そうなのだ。彼女の格好は正直服とも言えない襤褸布。腕の皮膜を邪魔しないように頭からすっぽり被るようなもので、チラチラと見えてしまう。ハレンチだ。


彼女が喋り、俺が相槌を打つ。そして串打ちをして焼く。

そんな事の繰り返しをしているうちに月は頭上を過ぎ、肉もほとんどを消費した。


「肉もほとんど消費したし、そろそろ戻ろうか。」


「そうですね。今日は本当に、ありがとうございました」


そういった彼女は船を漕ぎ始めている。

緊張も解け、腹も膨れたら当然だろう。年齢はわからないが見た感じ立派に大人な女性がうつらうつらとしているのを見ると少し笑えてしまう。


「はははっ」


「もうっなんですか!」


「申し訳ない。よかったと思って」


「?」


彼女はよくわかっていないようだがそれでいい。詳しく伝えるような内容でもない。


「それじゃ、戻ろうか?」


「はぃ…」


限界だったのだろう。体を枝垂れ掛けて眠り始めてしまった。

油断しすぎではないのか?


空いている手で火を消すと彼女を抱き上げて洞窟に戻る。所謂お姫様抱っこというやつだ。


夢でも見ているのだろう。口をもごもご動かすと両腕を首に回し抱きついてきた。

起きているのか?とも思ったがしっかり寝ている。寝ぼけているだけのようだ。


「はぁ、まったく。…っ!」


ため息をついたところでいきなり彼女は首に吸い付いてきた。

おそらく夢の中で血でも吸っているのだろうが牙を立てるわけでもなくチュッチュと音を立てている。

役得なのだろうが…


「勘弁してくれ…」


嬉しい事は嬉しいが相手は意識の無い女性。

下手に反応することも出来ずに必死に理性で抑え付ける。


小部屋のいくつかに入ると麻のような何かが敷かれた部屋があった。

恐らくここが寝室だろう。


彼女を寝かせようとしても首に絡みついたまま離れない。

流石に同衾は不味いだろう!奮えよ我が魂!

しかし現実は無情である。

俺は紳士だ。俺は紳士だ。俺は紳士だ。

念仏を唱える。


「仕方ない、仕方ない事なんだ…!」


自身に言い訳をしつつ何とかコック服を脱ぎ、横に置くと彼女の頭の下に腕を差込み一緒に横になる。


「俺より早く起きないでくれよ…!」


僅かな希望と祈りを込めて眠りについた。

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