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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第三十八話 ふわふわのアレ

やる事が無いのでエイルに様子を確認することにした。


「そいつが何かわかったか?」


「うーん…後で話すよ」


「そうか。別に話さなくてもいいぞ」


「どうしてだい!?気になるだろう?!」


「いや、全然?助けたんだから絶対何かしら話す事になるしな。わからなければ関わらないし、わかったところで関わりたくない。陰謀策謀その他諸々は俺の管轄外だ」


「清清しいね!」


当然だ。あくまで俺は庶民で出来る範囲の事はやってもいいがその匙加減は自分で決める。

関わった限り責任を持て、と言うのは言った本人の勝手だ。


やりたい事もあるから頼むから面倒に巻き込んでくれないで欲しいよな、とエイルと簡単に話をしているとリエラ嬢に連れられて件の少年がやってきた。


改めて見ると彼は随分と焦茶色をした仕立ての良い服を着ており、それが深みのある金髪と緑の瞳に妙に合っており、嫌味が無い。歳は中学生か高校生くらいだろうか?170半ばくらい身長にスラリとした体、スッと通った鼻立ちに、少し鋭い瞳。中性的に見える少年は劇団の男装をした女性のようでありながらもどこか凄みのある雰囲気を纏っている。


こいつは…なかなか…


ジロジロ見ると失礼かと思い、ジッと眺めていたのだが気分を害してしまったようでその顔には少し、機嫌の悪さが伺えた。


「まったく、躾のなってない犬の主になった気分だ。飼い主の手に咬み付くとは…おい、何時までそうしている?私はシュルトベルグ王国王位継承権第一位ジグハルト・ド・シュルトベルグだ。平伏すが良い」


どうやら少年この国の王子らしい…これまた大物が引っかかったものだ。どっかの貴族程度かと思っていたが、あんな少ない護衛で何をしていたんだ?

しかも助けた相手に平伏すが良いだと?残念ながら俺は尊敬できない相手に下げる頭は持ち合わせいないのでお断りすることにした。


「ご免被る」


「なんだと?貴様、名はなんだ」


ジグハルト王子はその形の良い眉を顰め、もはや不機嫌を隠しもしない。

そう言えば名乗っていなかったか。名刺交換は大人のマナーだと言うのにすっかり忘れていた、許せ王子よ。


「俺はミドウ。フジ ミドウだ」


エイルとリエラ嬢は名乗らなかった。

ジグハルト王子の怒りが俺へ向いている限りは黙ってやり過ごす算段か?


「そうか、ミドウ。貴様…王都戻ったら覚悟しておくが良い」


そういうとジグハルト王子は勝手にずんずんと進んで行ってしまった。まぁ一人で帰るならそれもいいだろう。俺達はその背を黙って見送る事にした。


それよりも覚悟しておくがいいと脅されたがそんな横暴が通るのかと思いエイルに確認すると現国王は安定した治世をしており、稀代の賢王と言うわけではないが話のわかる人なので問題はないという。


と言うかエイルは王と知り合いなのか、と違うところに驚いた。


「忘れてるみたいだけどボクはギルド本部のマスターだからね?結構偉いんだよ?」


先ほど王子に対して行った事をもう忘れてしまったのだろうか。俺は権力には屈しない主義だ。


「ふーん」


「お父さん、ミドウさんにそんな事言っても無駄よ?わかってるでしょ?」


「そうなんだけどね…ボクはミドウ君が少し、羨ましいよ」


その言葉の裏は俺には推し量れない。誰しも何かを抱えて生きているはずだが、その比重は容易に比較できるものでもないしな。


まぁそんな事より飯にしようぜ!と気持ちを切り替えた。

朝方出てきたがゴタゴタしている間に太陽はすっかり昇りきっている。


「そうだね!お腹空いたよ~」


「わ、私も…」


ふっ…この腹ペコどもめ。空腹は最高の調味料だ。今ならそこらの雑草でも美味しく食べれるだろう。


火の準備をして昼食の準備を始めた。


「俺がこれから作る料理は一瞬だ。見逃すなよ?」


「どんな料理なんだい?」


「甘いんですよね?」


「あぁ、甘くてふわふわだ」


「あ、甘くて…ふわふわ…はわぁぁぁ」


リエラ嬢は想像しただけで戦線から離脱した。

堪え性のない子だ…エイルはそれほどなようでまだ持ちこたえている。


「それは、楽しみだね?」


「安心しろ、今回はちゃんとした料理だ」


「それが聞けて安心したよ!」


流石にクーの心の篭ったお弁当(仮)を使って冒険はしないぞ?多分な。


少し残念に思いながらも中華鍋に卵を7分3に分け、鍛え上げた上腕二頭筋をギュギュッと唸らせながら3割を一瞬で泡立てた。


熱した洋パンに7の卵と砂糖を入れ軽めに焼いたあと泡立てた方を合わせた。


「ほっ!よっ!」


ふわっと焼きあげられたオムレットがフライパンの上で踊る。


一枚を半分に折りたたみ外はしっかり、中はふんわりに焼いていく。


その作業は数秒で完了し、見晴らしが良く風が心地良く吹き抜ける街道脇にふわりと上品な甘さと思わず喉が鳴るような卵の濃厚な匂いが漂う。


鞄に入れていた熊笹のような大き目の葉を取り出し盛り付けるとリエラ嬢が思わず唸った。


「は、早く…!待ちきれません!」


「それぐらい待て!」


5秒もあれば終わるような作業なのにも関わらず早くしろと待てを言われた犬のようにはぁはぁと荒い息を吐き、目を血走らせている。


ここまで飢えた獣を見たのは初めてだ。もう少し落ち着けと思いながらもその様子を見ると思わず表情筋が緩んでしまう。


「はいお待ち!」


そう言ってズイと皿を二人に渡すと箸代わりの枝がプシュといい音を立ててオムレットに吸い込まれた。


割られたオムレットからは閉じ込められた熱と濃い砂糖と卵の匂いが溢れ出し、鼻腔を歓喜で痺れさせた。


「ふわぁぁぁ!はぁぁぁぁん!」


「これは美味い!うましゅぎるうううう!」


もはや言葉にならぬ言葉を発し、リエラ嬢とエイルは狂ったように大きめのオムレットをぺろりと食べた。


「お代わりください!」


「ボクもお代わり!」


自分が食べる暇が無いので落ち着くまでしばらく焼き続けるしかない。料理人の悲しい運命なのだが、これが嬉しくてやっている部分もある。


にやりとしそうになる気持ちを抑えつつ次を焼いていると思わぬ人物に遭遇した。


「おい、貴様。何をしている!」


それは先ほど帰って行ったジグハルト王子だった。


「あ?何って、料理だが」


「そういうことを言っているのではない!何故付いてこないのだと言っているのだ!」


見てわかるだろう?料理して皆で食ってるんだよと言ったのだがそれはジグハルト王子の期待した返事ではなかったようだ。

猛り狂う王子に俺は少しやれやれ困った奴だと言う気分になる。


俺は一言も付いていくとは言っていないわけだしな。


「なんで付いてくると?」


「義務だからだ」


義務、義務ときたか。

残念だが俺はこの国どころかこの世界の事すら知らない。そんな人間が国の法律を知るわけも無く、困った子供がいたら助けてあげましょうなんて義務があることなど当然何の事だかわからない。


それに先ほどあれほど啖呵を切った相手に護ってもらえるなど本気で考えていたのだろうか。甘すぎるぞ王子?男としてのプライドは無いのか!


どうするべきかと思ってエイルを見たのだが奴は空気と同化を果たし、無言でオムレットにパクついている。


先ほどまであれほどうるさくしていたと言うのになんて薄情な奴等だ…


仕方ないので大人の世界の厳しさを少しだけレクチャーしてやろうと思う。


「断る!俺の知った事ではない!」


「なんだと!?」


「大体、助けたのは単純に善意からだ。命を助けた先の事は自分で何とかしろ、出来なければしてもらえるように努力しろ、生きる伸びる為なら腹も膨れないプライドなど捨てろ。俺は料理人だ、腹が減っているなら助けもするがお前を助けるのは俺の仕事じゃない」


「なんだと…?王子たる私を…」


「王子ならば何でも許されると思うなよ小僧。民があり、国がある。ならばお前はなんだ?何をしている?」


「私は…」


「言わなくていい。見ればわかる、お前は何もしてない何者でもない。国の為、自分の為の生産能力すらもない喚きたてるだけの子供だ」


「なんだと…!」


「黙れ。今ここは俺の店だ、気に入らないならば出て行け」


反論はさせない。弁の立つ奴なら相手に言わせた上でそれを潰すのだろうが俺はそれほど賢い人間ではないので一度勢いをつけさせてしまうと俺が喰われてしまうからだ!ははははは!これが大人の知恵と言う奴だ。


ジグハルト王子の目をじっと見ていたが動く様子は無いのでオムレットを焼くことに戻った。


彼は俺の姿を黙って見ていたがしばらくするとその場に居座った。


いや、帰ってください。と思っても口には出せない。エイルとリエラ嬢からもまったく面倒な、と言った渋い空気が漏れ出ている。


ここは店主たる俺が対応するべきか…


「はぁ…なんなんだいったい」


「その、先ほどは…悪かった」


「謝罪が欲しいわけじゃないが?」


「ぐっ…それじゃあ…その…私にも先ほどから焼いているそれを、く…いただけないか」


「断る」


一瞬空気が止まり、えっ?と言う顔をするジグハルト王子をぶっと噴出した父娘は息を潜めて笑っていた。

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