第三十七話 テンプレート?ランチプレートだ
あの後俺はリエラ嬢に介抱されて目を覚まし、ぷりぷりと怒る彼女を宥めて大事に抱えたキノコの名前を考えていた。
「なぁリエラ嬢。エルフの娘から出来たキノコだからやっぱりエルフキノコか?それともエルフだけに、エルフ茸ってか?ははは!」
「なぁーにが、ははは!ですか!ふざけてるんですか?!」
「すみません…」
世知辛いな。
男、いや…冒険野郎たるもの新種を発見したら自分の名前を付けたくなるのは当然だ。それなのにリエラ嬢に配慮してエルフ茸と言ったのだが火に油を注いだだけのようだ。
失敗したか…リリのように聞き訳がよく賢い子やクーやハピ子のように何を考えているのかわからない子、ミラや姫様達のように大人ならまだしも年頃?の娘と言うのは扱いが難しい。
水浴びしかしてないので臭いが気になる年頃な俺は一緒に眠るリリ達に体臭確認をされるのだが、口を揃えて落ち着く匂いです、と言ってくれる。
だが恐らくリエラ嬢は違う。間違いなく彼女はお父さん臭い!洗濯物一緒にしないで!お父さんの後の湯船汚いから嫌!と言うタイプだ。俺はそんな事を言われたら耐えられないがエイルは恐らく言われている。
奴はなかなかタフな様だ。
だから俺はひたすら謝りぬくしか方法を知らない。
「そろそろ機嫌直してくれよ、な?俺が悪かったよ」
「いいえ、ミドウさんは悪いと思っていません。私にはわかるんです。父と一緒ですから」
エイルも同じような事をしているらしいな。不快だ。
だが俺はいい大人だ…ごめんね、オジさんが悪かったよ。キノコちゃんいる?とご機嫌取りをしながら住処へ戻り、皆とその日はキノコ祭りをした。
案の定エビちゃん提供の蜂蜜は高い抗菌作用があるようで蜜漬けにすると体がキノコが生える事は無かった。
エルフ茸はそのまま松茸だったのだがエルフは竹と縁があるのか、竹の風味がしたのでスープにして皆で喰った。
特に、エイルはエルフ茸を大層気に入りその菌床は貴様の娘だ、はーっはっはっは!と言ったらなんてものを食べさせるんだい!と言って涙を流していたが美味い美味いとおかわりまでしていた。
クーやハーピーも自分の卵をプリンにして喰っているから、細かい事を気にしたら駄目だよ?
そんなこんなで数日を過ごし、リリはミラ達の手伝いをしたり俺の補佐をしたいと言って料理を少しだけ教えて過ごしたのだが遂にエイルとリエラ嬢がギルドに帰ると言い出したので俺も同道する事にする。
今更だが暮らすならハーピー達の住処で問題はない。だが世界の事を知るならばやはり街に拠点を持っていても悪くはないし、今の所人間種以外の子達が集まっているので人間種とも仲良くしたいと思っている。
スタートこそコケてしまったが根っからの冒険野郎共だっているはずだ。
そしたら面白い冒険譚を聞けるはず、と自分を納得させておく。
留守の間に作っておいて欲しいものを伝え、姫様達に無理しない程度に糸で皆の服を作れないかと聞いたら編み物は出来ないと断られたがミラ達が出来ると言うのでお願いした。
この作業にはリリの服を参考にしたり、色々やりたいと言う本人の希望によって今回のリリは留守番だ。
そう考えると一人で行動するのは始めてかも知れないな。
エイルとリエラ嬢?この二人は海千山千の商人のように腹では何を考えているのか…立ち位置がどっち付かずで今一信用しきれない。
何故痛くもない腹の探り合いをしないといけないのか理解に苦しむ。何でも言えばいいと言うわけではないが腹を六つに割って話すのは大事だぞ?弱みを言い合って人質交換ですってのは違うからな?
エロ爺の事や将軍に警備を頼むと伝えるとクーとハピ子に連れられて森の外に出る。
「じゃあ行って来るよ」
「いってらっしゃい~。あ、そうそう。お弁当もあるんですよ~」
そう言ってクーに渡されたのはいつもの如くハーピー印の卵を5つ。増えてるね、健康なのは良い事だけどいつ産んでるんだい?
気になる事は多いが俺を思っての事だから感謝の意味を込めて優しく抱擁するとクーはポッと顔を赤らめていた。ミラを除いて皆積極的なくせに初心なのはどうしてなんだろうか…
クーが静かになると寂しい寂しいとハピ子一頻り騒ぎ、は俺の背中をこっそり湿らせてから帰って行った。
涙では無い事を明言しておこう…
街道まで出ると森では役立たずだったが滅魔の森じゃなかったらと前置きをしたリエラ嬢が警戒をしてくれると言うので頼み、街道を歩いているとエイルが屋台の材料についてどうするかと聞いてきた。
だが俺はずぶの素人。こういった事はプロに任せるに限る。
拘りたい事もあるがエイルなら上手くやってくれると確信しているしな。
「餅は餅屋ってな。俺の事ずっと見てたんだろ?」
「ははは…なかなか鋭いね、悪かったよ。でも誤解しないで欲しい、ボクはミドウ君達と事を構えるつもりは本当にないんだよ?」
リエラ嬢はこれは自らの領分では無いと言わんばかりにそ知らぬ顔をしてだんまりを決め込んだ。
そうなると今のエイルはギルドの長としての立場を取っていると言うことなのだろう。
「そうか。俺は痛くない腹の探りあいは好きじゃないが、一つだけ言っておこう」
「なんだい?」
「事を構えるつもりが無くても何かしらの理由でそうなる可能性もある。だからエイルはボクは、と前置きをしてるんだろうがそんな事はされた側からしたら関係ないって事を覚えとけ」
「あぁ…わかっているさ…すまないね、ミドウ君」
「いいや、気にするなとは言わないが難しい話はここまでだ。俺も人様に偉そうに説法できる人間じゃないしな」
経験しなければわからない事もある、と言うことだ。
それが取り返しのつかない事でなければ…な。
そろそろ昼時なのでこの話はここまで!と気持ちを切り替えて鍋を用意し、今日はふわふわ甘々のハーピー卵オムレットにしようと思っているとリエラ嬢が割って入ってきた。
「甘々…ふわふわ…じゃなくて、何か聞こえる。ちょっと静かに」
そう言って形の良い唇へ人差し指を添えると意識を集中し始めた。
俺の耳には何も聞こえないしエイルは俺に目で、出来る子だろう?と娘自慢をしているのがわかった。
一発キメておこうと思ったが今騒ぐとリエラ嬢が怒る可能性が非常に高いのでオジさんズは静かにしておこう。
数秒だけだったがそれだけでリエラ嬢は正体を掴んだようで、少し生臭いことになりそうだ。
「この先、少し離れてるけど賊が何かを襲っているみたい」
「賊が襲うと言ったら荷馬車とかしかないよな」
「そうだね。無闇矢鱈に首を突っ込むべきではないがこのメンバーなら怪我を負う心配もないだろうしね」
おい、俺は戦闘が本業じゃないんだ。それを捕まえて山賊相手に怪我を負わない?馬鹿言っちゃいけねぇ。だが人が襲われている可能性も考えると悠長にしている場合でもないか。
行こうか、と声を掛けると作戦は?と聞かれたが街道は見通しがいい一本道なので策も何も無い。
戦って粉砕するのみ!あるとすれば生存者を優先して助けるくらいだろうか。
確認を取ると二人ともまぁそれしかないよねと顔を見合わせて笑っているので問題ないだろう。
だがどうにも様子がおかしい。
剣を持った体を立派な鎧に包まれた護衛らしき男と斧を持った男は剣を交える事なく立っており、他の護衛と思われる数人は地面に血溜まりを作って倒れこんでいる。
血の量から見ても恐らくもう助からないだろう。
だがそうなると護衛なんぞを連れ歩いていた馬車の搭乗者が問題になるのだがその人と思われる人物は賊達の足元に膝立ちにされて、顎クイをされている。
「なぁ、エイル…」
「そうだね…ミドウ君が考えているのだと思うよ」
「面倒事になりそうな予感がします…」
意見を求めたのだが考えている通りだとすればやんごとなきお方である可能性が高い。
馬車には紋章が付いているがよく知らないのでその意味も込めていたがどうせすぐわかる、と言った様子だ。
そして一人だけ無事な鎧男は裏切ったのか、そもそも潜り込んでいた賊の仲間だったのか…なんにせよ倒すしか選択肢は無い。
だがこれが助けに来た相手を背中からグサリ、なんて罠じゃないとも言い切れないので最後まで油断するべきではないか…色々な意味で面倒事だな…
そんな事を考えていたが各自準備を整え終わりいつでも行けるようだ。
「じゃあ行くか。指揮はエイルに任せる」
「いいのかい?」
「俺は戦闘で人を使うのになれてないし、最前線に居ると見えないこともある。となれば魔法主体で最も距離を持つエイルが適任だと思ったんだが」
「そうなのかい?まぁそれはいい判断かもね。ミドウ君だと皆肉片にしちゃいそうだし」
「え?」
駄目なの?と聞くと何かの陰謀があるかも知れないし情報を得る必要があるからね、とエイルのくせに尤もな事を言われてしまった。腐ってもギルドの長と言う事だ、存外頼もしいじゃないか。
エイルが俺に鎧の男を押さえ、矢が通用する装備の賊はリエラ嬢が無力化、ボクは遊撃だね。と指示を伝えた。
随時指示を飛ばすから聞き逃したり無視したりしないように、と言っているが流石に俺もそこまで猪ではない。
品定めするように顎をクイッとしていた手を離し、少し離れた瞬間に突撃号令を受けた。
「ひゃっはー!ゲスな野郎共、オシオキの時間だぁあ!」
俺は威嚇の意味を込めて飛び出したのだが後ろの二人からは小さな溜息が聞こえてきた。これも駄目なの?
いきなりの大声と威圧に賊達は驚いたのか動きを止めている。
地面をドスンドスンと踏み鳴らして突進する姿は後にエイルとリエラ嬢からタイラントマッドグリズリーのようだったと笑い話にされるのだがこれはまた別のお話。
「ウゴアアアアアア!!」
突進した俺は全身の骨を震せて咆哮し、少年との間に割り込むと熊のように外からの大振りなジャブを鎧男に打ち込んだ。
「っく!なんだ!」
鎧男は咄嗟に剣を盾にしてガードするがロングソードのような肉薄な剣では効果は見込めないとわからないのだろうか。
拳と剣がぶつかるとガィン!と鈍い金属音をさせるがハンマーとガラス戸のような関係だ。
剣を中ほどから折るとそのまま殴り飛ばし、鎧男は背中から地面を水切りのように跳ねながら数メートル程飛んでいき倒れこんだ。
突然の出来事に周囲は静まり返っている。
賊も唖然としており動く様子は無く、よく見ると少年は布を咬まされており喋れないようだが騒がれても嫌なので後で解くことにして太陽光を背中に浴びながら問いかけた。
「おい、無事か?」
少年は俺を眩しそうに見上げると震えだし…そして画家になった。
だがこの場に居れば盾にされたりと危険が付き纏うのでかなり嫌だったが脇に抱えてエイルの元までデリバリーしてそのまま陣形を整えると、やっと状況が理解できたのか賊が動き出した。
「な、なな!なんなんだてめぇは!」
「通りすがりの料理人とお供エルフの二人だ」
「あぁ?!料理人が何してやがる!ふざけてんのか!」
「至って真面目だ。今からお前たちを料理してやるんだからな」
俺はかなり上手い事を言ったと納得したのだがエイルは笑い、リエラ嬢は溜息をついている。この渋さがわかるのはオジさんくらいなものだからな…
少し悲しい気持ちになりながらも俺は体の前で拳を構え、いきり立った賊へ再度突撃をする。
「てめぇをぶっ殺してエルフもいただきだあああああ!」
「「「「ひゃっはー!お頭ぁ!俺達にも回してくださいよぉ!」」」」
「お前たちが回せるのは空のターンテーブルだけだあああ!」
様々な怒号が飛び交う。
しかし、そんな戦場の制圧は俺と賊がぶつかる前に収束した。
出来るとは到底思えないがリエラ嬢を下品な世界に呼び込もうとした賊にキレたエイルが魔法を放ち、雷が賊達を打ったのだ。
嫌な臭いと黒煙を上げる賊は生きているとは思えない。
エイルこと、雷オヤジを見遣り、作戦はどうしたのかと思ったが俺はきっちり初動で鎧男を封じて人質を救助しているので抑える必要が無かったと改めて言われるとその通りだったが…でもさ、もっとこう…あるじゃん?
ぶつくさ言う俺を尻目にエイルは鎧男に弱めの雷を落として身柄を確保し、役目が奪われつまらなそうにしていたリエラ嬢には嫌な役割だが少年のフォローをお願いした。




