第三十六話 菌糸類は禁止
地上に降りると骸骨階段はガラガラと倒壊し、骨の雨を降らし終わると何事もなかったかのように隊列を組んで敬礼をした。
「諸君、ご苦労!」
一斉に敬礼をするその姿は歴戦の猛者そのもの。
でも悪いけど多すぎるから宜しくね?と伝えると2体を残して自らの墓穴を掘って埋まっていった。
「この二人は昔、我輩の側近であったものたちです!どうですか!」
どうですか、と聞かれても俺に違いはわからない。出汁を取れば違いがわかるかも知れないが…
いいんじゃない?と言うと顔を赤らめているようだ。頬に手を当て、くねくねと体を捻らせている。
え?まさか…
「おい!貴様!生前からあれほどゴツイ体をくねらせるなと言っておいただろう!」
あ、よかった…想像していたのとは違うようだ。
宜しくな、と挨拶を交わしてクーに抱えられて巣に戻る。
「ただいま、皆。水の問題は解決したと思うけど、どう?」
「あら…お帰りなさい旦那様。おかげさまで、この通りよ」
「お帰りなさいませミドウ様!お怪我は!?」
大丈夫だよ、と話をしてちゃんと食事を取っていたか確認をしたのだが…どうやら皆料理に慣れてしまって元の食事には戻れていないようだ。
「おいおい…飯はちゃんと食えよ」
どうやらすっかり舌が肥えてしまったようだ。
まったく…食わせがいがあるってもんじゃないか。
エビちゃん達の部屋の割り振り、エロ爺の実をミラに任せしばらく肥料は水と残飯を土魔法で砕いて混ぜたのを撒いておいてくれと頼むと俺は狩りに繰り出した。
エイルに簡単な保存用の容器を作ってもらい、メンバーはリエラ嬢のみ。
最初はいつものようにリリと行こうと思ったのだがエイルと本人たっての頼みによってこの人選となった。
何を期待してるんだろうか?ひょっとしてレア食材か?おいおい、そんなに都合よく手に入るわけないだろう?
「なぁ、リエラ嬢よ。いったいなんで付いてこようと思ったんだ?」
「ぶっちゃけますと、おと…ギルドマスターがミドウさんの危け…強さを見定めて来いと」
危険度って言おうとしたよね?ここの所エイルの情けない姿ばかり見てたけど、やっぱり仕事に対する姿勢は嫌いにはなれないな。
少しだけ同類の臭いを嗅ぎつけ、嬉しい気分になる。
その後もリエラ嬢と情勢の話や食への情熱を語っていると森の中を歩く巨大な何かを発見した。
「ん?なんだありゃ…」
そいつは…エリンギだった。しかも超巨大だ、食いでがあると言ってもいい。
キノコのソテーにキノコのデスビーハチミツ和えなど、想像するだけで涎が滴りそうだ。
そんな俺を見たリエラ嬢は顔を青ざめさせている。何故だ?キノコだろ?
リエラ嬢は震えているが特に何も言わないので俺は包丁を両手に抜き放し駆け出した。
「駄目です、ミドウさん。あれはブラッシュルームです!」
気を取り直したのかそんな事を言っているが俺はブラッシュルームなど初耳だ。
俺はデスビーよろしく、黒い弾丸ならぬ筋肉の弾丸となり既に巨大エリンギの目の前まで来てしまっている。
近くで見ればエリンギには申し訳程度に手脚が生えており、細くのっぺりとした目が付いていて気味が悪い。夜にあったならチビる程の薄気味悪さを放っている。
だがそんな事は気にするような事ではない。
すんっと鼻をならせば胞子が吸い付くような芳醇なキノコの香りに、土の匂い。ギュルルと腹を刺激する芳香は包丁を唸らせる。
シャンッ!と巫女が神楽鈴を鳴らすように、俺は包丁を鳴らした。
乱切りか?薄切りか?いいや、細切りだ。
両手を上下に素早く何度も振りぬきキノコを縦に裁断していく。
シャンシャンシャンと巫女舞が佳境に入るように包丁は速度を増し、抵抗すらさせずに一瞬で食材へと早着替えを済ませる。
ふぅ…いい仕事したぜ。繊維を痛めないように最新の注意を払いながら繊維方向へのカッティングは納得の行くものであった。
そこにリエラ嬢が走ってやってくる。
おいおい、腹ペコさんめ。まったく仕方のないやつだ。さっきまで震えていたのに今では腹を空かせた子犬のような瞳をしてやがる。…と思う。
「ミドウさん!なんで急に飛び出すんですか!ブラッシュルームは毒キノコなんですよ?!」
「え?じゃあ食べれないの?」
「普通は食べません!食べれないし毒にやられるので旨味もないので冒険者の間では出会っても攻撃しないような魔物なんですよ?!」
なんて事だ。それを早く聞いていたら俺はエリンギさんをキノコそうめんにすることもなかったと言うのに…
だがこれは俺のプライドとキノコのプライドの勝負。
培われた大和魂が高く燃え上がれと叫んでいる。
「でも俺は喰うよ」
「話聞いてました?!」
「カットしちゃったからな」
「あーもう!もうもう!ほんっとにもう!」
モーモーと牛のように起こるリエラ嬢はおよそ数百歳とは思えない子供のような無邪気さではしゃいでいる。
牛になったら喰っちゃうよ?
とそんな冗談は口には出せないが、キノコは食べなければ奪った命…?に申し訳がないので頂くことにする。
耐性もあるので俺ならば問題はない。
そもそも毒があると言うのならハチミツに漬けてみるのもいい。デスビーほどの超毒性蜂のミツならば抗菌作用も高そうだしな。実験しなければならないだろう。
だが、まずは素材の味を知らなければならない。
素手で掴んだところ特にかぶれたりはしないようなので口に入れても問題はないだろう。
そう思いキノコを掴むとまたリエラ嬢が騒いだが俺は気にしない。無視だ無視。
パクリと口に入れると脳天を揺らすような衝撃…はリエラ嬢が吐き出させようと頭を叩いたせいだった。
拳を震わせて見せると黙ったので続けよう。
噛むと含まれた水分がじゅわっと口の中へ広がり、キノコ特有の木の香りが口内を蹂躙する。
そして何故かはわからないが花粉のようなふんわりとした甘味がある。
だがそれはクドく無く、若干のフレーバーと言ったところなので蜜和えの邪魔になるほどではないが、蜜の風味によっては合わないので少し考える必要がある。
つまり、一言で表現するならば美味いと言うことだ。
「リエラ嬢さんよ。このキノコ、美味いぜ?」
そう言ってほれほれと顔をぺちぺち叩いてみるとヤケクソ気味に喰らい付いた。
なかなか豪快な食べっぷりは好感度上昇だ。
口いっぱいにキノコを頬張り、あら、やだ…美味しい…と言うリエラ嬢の目が少し据わっているのは気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない。虚ろな目をしながら次から次へと手を伸ばしている。
「お、おい。喰いすぎだぞ?」
「……」
聞いていないようだ。
力ずくで止めてもいいのだが…うーん…
どうしようかと戸惑っていたのだが、俺は気が付いてしまった。
彼女の体の異変に。
なんだか両肩の辺りが不自然に盛り上がっている。
髪も綺麗にセットしてあったはずなのに頭頂部が少しぽっこりしているじゃないか。
うむむ…これは食べすぎだな。
まったく、困った子だなと思い彼女の肩に手を伸ばすと…
「キノコ…?」
そこには立派なマツタケが生えていた。
冬中夏草と言う寄生型のキノコがあるように、この超巨大エリンギもそういうタイプなのか?
いや、それよりも彼女が寄生されたのは間違いないだろう。
こういうときはどうしたら…千切ってしまおうか…
いやいや、もしそれで彼女の玉のような肌に傷が付いたらどうする…
でも…美味そうだ…ちょっと齧るくらいならいいよね?
俺は意を決し彼女のギルドの制服を少し肌蹴けさせ、その美しい肌を白日の下に晒した。
思わず息を飲む美しさだった。肌ではなくキノコが、だ。
肩とキノコの付け根に当たるツボの部分はズッシリと太く、傘にかけての柄はまるでモデルの腰のようにくびれている。
傘はペガサス流星盛の如く煌びやかながらも成熟する前の蕾であり、これからどのようにでも己を磨き、輝ける美の原石だ。
傘が開ききっていると風味が強いため炊き込みご飯にでもしたいところだが今は穀物がないのでお吸い物にしか出来ない。となればこの蕾の状態がベスト!収穫は今!
俺は彼女の両肩をガッと掴み、一気に引っこ抜いた。
「いったあああああああああい!」
「ぶげっ!」
それほどの激痛だったのか、一瞬で正気に戻ったリエラ嬢に張り倒されたが両手のキノコを手放すことはしない。
更に頭に生えていた香ばしい香りを放つリエラ嬢の頭そのもののキノコの収穫も忘れはしない。
一瞬にして三つのキノコを毟り取った俺はそれを胸に抱き、殴られた衝撃で意識を飛ばした。
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ペガサス流星盛とは女性の髪形?セットの方法?の事です。
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