第三十三話 生きても死んでも宴会だ
その後エンシェントエントの爺、略してエロ爺は散々嘆き、みっともなく喚き、諦めてバスケットボールサイズの林檎のような実をふぅぅぅぅん!と産み落とすと萎れてしまった。
恐らくこれを埋めればいいのだろう。
「と言うわけで問題は解決だ。エロ爺も仲間になったし、この萎れた大木を食うぞ」
「「「「「えっ?!」」」」」
血を分ける時に伸ばされた枝の匂いが気になっていたのだ。美味そうだ、と。
中身は正直食って見ないとわからない。だから食ってみようと思う、いい時間だしな。
時間的には空が茜色に染まりかけ、湖面に反射してそれは山が燃えるように続いていた。
このロケーションの中で食う飯は格別だろう。そのうち皆でピクニックにでも来たいものだ。
湖で体を洗い、エントの残骸へと近づく。
エントの根を掴むとボキリとへし折る。
枝から飛び散る液体は少し粘つきがあり、濃厚な土の匂いを撒き散らしている。
さっと水洗いし、噛り付く。
シャキッ!とした歯ごたえ。口の中でぬるりと滑る食感。これは間違いない!長芋だ!
しかもその味は少し濃く、しつこすぎない。ふぅんと鼻息を吐けば突き抜けるのは大地の香り。
「うん、美味い!」
そんな俺と視線を合わせまいとするエイルとアラクネにエビちゃん達。
しかし、働き蜂は違った。数匹が俺の近くまで来るとクルクルと回り始めたのだ。
「ん?欲しいのか?食材を生で渡すのは気が引けるが…」
彼らも料理人だ。俺はこの長芋いや、エント芋しかないので彼らに任せてみようと思う。
はい、と渡すと彼らは器用に脚を使い、エント芋をこねくり回して団子にしていく。
芋って団子になるんだな。すごいぜ、職人技だ。そんな風に仕事の手際を見ていると一匹が作り終えたようで手渡してきた。
「お?もらっていいのか?ありがとうな、久しぶりに人が作った料理をいただくぞ」
そういってスベスベな蜂の頭を軽く撫でて一口。
俺は昇天しかけた。蜂は脚に花の花粉をつけている。その花粉をエント芋に練りこんでいるのだろう。
ふわりと香るバラのような香りは甘く、もっちゃもっちゃと粘つきながらも齧ればシャクリと音を立てる団子芋は口の中で蕩けるようにほぐれていく。
「あんた、職人だねぃ?」
思わず江戸っ子のようないなせな言葉使いになってしまうほどの美味。
そんなよくわからないの食べたくない!と駄々をこねたエビちゃんに、お父さん達のおべんとさんだよ~と言って一口齧らせると蜂全員を導入してエントの抜け殻は日が30分程度で団子にされ尽くされた。
俺とエビちゃんや蜂達がそれはもう大層美味しく頂いてるのを見たアラクネやエイルは恐る恐る仲間に入りたそうにこちらをチラ見している。
「あぁ~いっぱい作りすぎちゃったな~料理を粗末にするやつは駄目だよな~エビちゃん?」
「ね~!」
そんなあからさまなやり取りでも姫様達にはまさに蜘蛛の糸だっただろう。
「あの…童達も…」
「ごめんよ?ボクが間違ってたよ…」
そうだろうそうだろう。わかってくれればいいんだよ。今度面白い食材見つけたら皆で食おうな!
と言ったらガタガタ震えたが団子を食わせて黙らせた。
そういえばリエラ嬢は?と思ったが繭の中で安眠中らしい。死んでないよね?
戦力的に問題はないが中層で野宿は嫌だと言う意見が多かった為、俺達は家路を急いだ。
「いや~ミドウ君がデモニックスパイダーを食ってやられそうになった時は焦ったよ~」
「本当ですよ!心配したんですから!」
「童は御前様を信じておったぞ?」
「何それ面白そー!」
リエラ嬢も起きてきたが、邪魔になるのでエイルと一緒に繭から頭だけを出して引きづられている。
日が暮れ、暗くなった道を何故進めるかと言うと、姫様達アラクネの尻センサーとエビちゃん達の複眼が活躍してくれているからだ。頭が上がらないな。
周囲をわいわいと警戒しているとエビちゃんが注意を促してきた。
「あ、やばいかも!」
「ぬ?熱源は感じぬぞ?」
「どうした?」
「! アンデッドか!しまった!」
エイルがその正体にいち早く気づいたようだ。
死者なら確かに姫様達の温度センサーには引っかからないだろうが…そうか、死んだものすら動くのか。
初めて知ったよ。
のんきに考えていたのだが視認できる程まで接近したアンデッドがわらわらと茂みから現れ始めた。
そいつらは綺麗な白骨で、手には剣や盾を持ったものが10体前後。一際背丈が大きく、黒に金の彫刻が入った豪奢な鎧を着たのが1体、剣を担いぎ髑髏の眼窩に紫の炎を燈らせてこちらを見ていた。
「まずい!あれはソルジャーとジェネラル!」
エイルが情報をくれるがそうは言われても強さがわからない。
それよりも俺が思ったのは、あの骨でスープを作ったらどんな味がするのか、と言うことだった。
「ひょっとして、食べようとか思ってないですよね?」
「「「「「?!」」」」」
リエラ嬢はなかなか鋭いが今回はちょっと違うな。
「食べれるところなんでなさそうだから食べないよ」
明らかに皆はほっとしていた。だが甘い。長く険しい食の求道者がそんなんで勤まるわけがないだろう?
だが俺が答え合わせをするよりも骸骨達はガシャガシャとその骨と鎧を鳴らし、突撃をしてきた。
「うお!今回は会話できない相手か!じゃあ遠慮はいらないな!」
「アタシは戦わなーい!」
「童達が助太刀いたします!」
「悪いな。でも怪我しないようにな。ジェネラルは俺がやるから!」
魔力がある魔物は謎旨味成分があると聞いている。つまり強そうなジェネラルから取れるスープは極上になるだろう!
扇状に散開し、俺達を囲むように攻め立てるソルジャー。
そしてその中心で俺と向かい合うジェネラルは流石将軍と言うべきか、凄まじいプレッシャーを放ちながら俺と対している。
一騎打ちか?騎士の誉れよな。いいだろう。お前を倒してスープを作らせてもらう!
将軍の右手に握られた大剣は簡素な造りだがその刀身は厚く、闇を吸い込んだかの如く暗く、深い。
姫様とソルジャーの剣が一合、キィンと音を鳴らした瞬間に俺達は互いの距離をゼロにした。
「ふんっ!」
「……」
2メートルはあるだろう巨躯から繰り出された斬撃はどこにそれほどの力があるのかと思わせる程の膂力によって地面を切り取り、豪奢な鎧は殴りつけてもビクともしなかった。
硬い。硬すぎる。
お互いザッと地面を蹴って飛び退き、距離をとった。
大熊以降の苦戦。野生の本能がチリッとひりつく。
これほどの難敵、きっと最高のスープが取れるだろう。
心臓の律動が鼓膜を揺らす。
姫様達の剣撃の音がまるでウォークライのように戦意を高揚させた。
「はぁぁぁあ!」
「……」
将軍の膂力で舞うようにうねる大剣はまるで子供が木の枝を振り回すように縦横無尽に動き回り、一閃振りぬかれた残撃は二本の剣を使ったように十字撃を大地に刻み、剣先が伸びたかのように木々を薙ぎ倒し、ぶんっと振られる旅に鼻先を掠め、頬を切り裂き、肉を削ぎとって行く。
攻撃しようにも隙が無い。従魔スキル:超速再生によって傷は瞬く間に回復するので体力以外での消耗はない。
だがこのままでは千日手。ならばこそやることは一つしかない。
内臓もないので遠当や寸剄も効果は薄い。ならばこそ将軍の装甲を抜くための一転集中。
「っらぁ!」
振り下ろされる大剣の腹を蹴り、開いた胸元へ一撃を加て飛び退く。
ガィン!と鈍い音をさせた鎧は本来とは逆の方向に丸みを帯びた凹みを作っている。
全力で振り抜いた一撃で抜ける。
将軍も胸についた鎧へのダメージをじっと眺め、大剣を顔の横で垂直に構えた。
『『次で仕留める』』
俺は疲労で、将軍はダメージで。言葉にせずとも伝わる無言の緊張がいつの間にか静まり返った森を支配している。
「ふぅぅぅ…」
「……」
呼吸音がシン…と静まり返った瞬間、その重厚な鎧の重さを感じさせない身軽さで地面を爆発させた。
ぶぅん!空を切り裂き、切っ先すら目視できない速度での振り下ろし。
しかし、その速度が乗る前に俺は将軍の懐に入り込んだ。
「はっ!」
少し屈み込んだ状態から突き上げるように将軍の体正面へ半身からの体当たり。
貼山靠、鉄山靠と言った方が馴染み深いだろうか。
その威力は衝撃波を伴い将軍の背後を突きぬけ、木々を揺らし、円形に歪ませた並木道を作り上げた。
「ふぅぅ…」
絞った肺から更に空気を搾り出すと、ギィン!と破砕音を立てて将軍の身を護っていた黒の鎧は粉々になり、ついでに体まで粉々にしていった。
「うっそだろ!おいおい!スープにできるのは頭だけか?!」
興奮冷めやらぬ中、俺が搾り出したのは空気以外にもそれだけだった。
「「「「「「あぁ…やっぱり碌な事考えてなかった…」」」」」」
周囲のそんな突っ込みすらも気にならない。
俺は将軍との食材をかけた勝負を穢してしまった。すまない!すまない!
膝を衝き、将軍のしゃれこうべを前に俺はクソっ!と拳を振り下ろそうとしていた。
「がっははは!なかなかの勝負であった!」
そう豪気に笑ったのは、しゃれこうべ、もとい将軍の頭だった。
「てめぇ!喋れるんじゃねーか!いきなり襲ってくるなよ!会話しろ、会話!」
「武人たるもの拳と剣で語り合えば十分よ」
「残念だが俺は武人ではない。」
俺は武人ではなくて料理人なのだ、そこを間違えないで欲しい。
話を聞くとこのスケルトンジェネラルは大昔に滅魔の森に軍を率いて征伐にでた元人間、らしいのだが人間で軍を率いた事までは覚えているが所属していた国や時代など殆どの記憶は消えかけているとか。
うーん…元人間の骨かぁ…余計興味出てきたな。でも悪いが俺は喰うつもり満々だ。
だと言うのに当の本人はアンデッドになっている事を割りと楽しんでいる節もあり、その生態系についても嬉々として語っている。
「ま、アンデッドと言う存在は生者を憎むようになっているのではなく、肉のある女に触れる喜びや、肉と皮のついた美女と愛を語らいその熱を感じれるのが羨ましかったり我輩達は空腹や味を感じないのに美味そうに飯を喰らうのが羨ましくてその八つ当たりで襲っているわけだ!がっははははは!」
「それはいいんだが、俺は戦いに勝ったしお前達を喰うよ?」
「「「「「えっ?まだ喰うつもりだったの?!」」」」」
「なんと!お主は魔物の類であったか!」
「違うわ!これから将軍は俺のこの愛用の鍋の中でグツグツと煮えたぎる熱湯に晒されて、骨の髄まで俺達にむしゃぶりつくされるのだ!わかったか!」
「ひぃいいいい!何卒!何卒ご容赦を!誉ある死ならまだしも、釜茹でにされて二度目の生を失うなど騎士の恥!後生ですからぁ!」
先ほどまでの容器なシャレコウベは居ない。頭だけをカタカタと鳴らしながら命乞いをする様を見るのはどうしてか、俺の心を抉る。
ちくしょう…ちょっと話しただけだと言うのに俺はこの陽気なシャレコウベを気に入ってしまった。
三日三晩煮込んだビーフシチューのようにトロトロになるまで煮込むのはやめてやるか…
夜もすっかり落ち、いい時間だ。
火をさっと起し、皮袋から鍋に水を入れて湯を沸かしていると将軍が心配そうに声をかけてきた。
「お主、先ほど勘弁してやると申したではないか!」
「あぁ、骨がグズグズになるまではな。今沸かしてるのは風呂だ。将軍専用のな?」
「ほぅ…?」
「いやー。将軍さん?ミドウ君の言うことを間に受けないほうがいいよ?どうせ碌でもない事をたくらんでるから」
「そうですよ!ミドウさんは絶対なにか企んでます!」
「そんな事ないって。なぁ姫様?だよな、エビちゃん?」
「「……」」
何とか言ってくれ。俺達仲良しだろ?
ふっと互いの心の距離を測るようにその間を風が吹きぬけた。
だがその静寂は長くは続かない。
鍋の水がグツグツと音を立てて湯が沸いたのだ。
俺はそっと将軍の頭を抱えるとしっかり湯船に入れる前にシャレコウベにかけ湯をし、鍋に放り込んだ。
「どうだ?いい湯加減だろう?」
「あぁ…生き返る…風呂など何百年ぶりだろうか…」
汚い、などと言ってはいけない。そんな事を言ったらスープに口をつけれなくなってしまうからな。
顔に筋肉がないのにも関わらずほっこりと鍋の中から語りかけてくれるシャレコウベを木の枝で作った菜箸でつつく。
「湯加減はどうだ?」
「あぁ、いい感じだ…凝りがほぐれるようだ」
頭しかないのに凝りが解れる?何を言っているのかよくわからなかったが、その頭からはじわっと黄金に輝くスープが染み出し始めていた。
だが俺は気になる事がある。子供ってのは風呂に入るとバレないと思ってアレを漏らす事があるよな?プールでも同じだ。
つまり、この黄金スープは…いや、やめておこう。飲み食いしない、しかも頭しかないのにそれは大人の男の尊厳を貶める行為だ…そうだよね?
「美味しくなれよぉ~」
グツグツと煮えたぎる中華鍋の中には一つのシャレコウベ…フェスティバルの開幕だ。




