第三十一話 そこ、どいてくれない?
クイーンとは名ばかりの大人ぶった子供、エビちゃんを相手に俺は今、子守をしている。
ハチなのにエビ、よくわからないが口に入れた食感はハチノコもエビもぷりぷりしてるから同じようなものだろう。
その件のクイーンビー事、エビちゃんは親もいないのに女王様として女王となるべくして生まれた。
周りは知能がない、本能とエビちゃんの意思で動く働き蜂ばかり、仕事をして家庭を顧みない父親の如くエビちゃんは常に寂しい思いをしていたらしい。
そんなお子ちゃまは胡坐をかいた俺の膝の上で脚を投げ出して座り、俺が渡した蜘蛛の脚と殺めてしまった働き蜂のミートボールを食いながらキャイキャイと自らがどれだけ凄いか、ハチミツの凄さ、我が父を褒め称えるが如く働きバチの働き者っぷりを熱心に俺に説くのだ。
最初は働き者の父二人に激怒したが替わりがいるから食べようと言ったのだ。やはり彼女達は生粋の料理人。命を無駄にしないその心意気に胸を打たれた。
ついでにエビちゃんに渡した時にキレて毒針も一発胸に打たれたがちょっとチクッとしただけで問題はなかった。
俺はそんな彼女のハニーヘヤーを優しく撫でる事しか出来ない。
あ、オジさんそろそろ家内が待ってるんでね?と言おうものならその赤い瞳を更に赤く泣きはらし、うるうると滲ませる。まさにハニートラップ。俺は彼女の蜜に絡め取られてしまった。
何故本当に子供かと言うと、エビなんて名前をとっさに言ってしまったから従魔契約が済んでしまったのだ。
棚から牡丹餅、ハニカムからハチミツだ。
従魔スキルは超速再生。
ハチと言う生物は腹と胴体が千切られても数時間は胴体に触ってはいけない。
神経索と言う部分は独立しており、触ると反射的に毒針を突き刺すのだ。
なるほど、普通は千切れたら再生などしないがそのしぶとい生命力に相応しいスキルかも知れない。
俺との相性もバッチリだ。
だがそろそろ帰らないと姫様達が乗り込んでくるかもしれない。
ならば最後の一手を打とう。
「エビちゃん。お母さん、欲しくない?」
「うん!お母さんになる!」
あれ…ちょっとニュアンスが違うぞ。俺はお母さんが欲しいかと聞いたはずなのだ。
お前がお母さんになるんだよぉ!なんて一言も言ってない。俺はそこまで外道ではないはずだ。
「うーん。ちょっと違うかな?」
「え?なんで?これからいっぱい子供作ってハチミツ作るんだよね?」
「ハチミツは造りたいけどね。そうじゃなくて、俺には将来奥さんになるお嫁さんがいるんだよ。だからその人の所へ帰らないといけないんだけど」
「やだ!やだやだやだ!ミーちゃんは一緒なの!」
このミーちゃんとは俺の事だ。へへ、ついに強面の俺にも愛称がついてしまったな。なんて少し遠い目をしてしまう。子供と言うのは聞きわけが悪いからな…
しかし、必殺の切り札を俺は持っている。こういうときは冒険だ。子供は秘密基地や冒険が大好物だ。
エビちゃんも例外ではないはずだ。
「うーん、俺にもお家があってね?そうだ、じゃあ一緒にお引越ししようか」
「うん!する!」
来た!やはり冒険を愛するやつに悪い奴はいない。エビちゃんもちょっと精神が幼いがしっかりと料理人兼冒険野郎、もとい冒険幼女だ。ただ、戻った時にリリやクーとミラに俺は肉団子にされないだろうか。いや、彼女達はいい大人だ。大丈夫。腹いっぱい食わせてやればすぐに夢心地さ。
多少の現実逃避をしているとエビちゃんは触覚をピコピコ動かしてピー!と口笛を吹いた。
そして今から引越しをします。準備して!と宣言すると黒い弾丸、もといデスビーたちは羽音をさせずに消えるように部屋に去っていった。音もなく立ち去る彼等はまさしく死神ビーに相応しい。
俺は姫様達に説明しないといけないから先に行くと言うと彼女は背中に生える気持ち程度の虫羽をばたつかせ、謎の揚力を得て俺に無理矢理肩車をさせた。白く、甘い香りを放つ彼女のフトモモが両サイドからガッチリとヘッドロックをカマす。どうやら俺は完全にハニートラップの甘い罠にかかってしまったようだ。
体を上下に揺すりながらほーらほらと洞窟を歩くとエビちゃんはキャッキャと可愛らしい声を上げている。
なかなか悪くないな。こういうのも。ハピ子とは違った感覚で新鮮だった。
俺は洞窟を抜けると心配そうに胸の前で手を組む姫様達が目に入った。
「おーい。待たせたな。無事終了だ」
「「「「「御前様!よくぞご無事で!それで、その子供は?」」」」」
「嫁だ!」
「「「「「なんですって?!」」」」」
「余計な事を言うな!」
そうは言っても楽しそうに笑うエビちゃんは遊んでいる感覚なのだろう。
姫様達に事のあらましを掻い摘んで話、不満そうではあったが何とか納得してもらえた。
そして彼女達がクーの住処に行く事を話すとクーはあら~子沢山ですね~うふふ~と笑っていた。
クーは見た目こそ子供だが、なかなかに強かで懐の深い女性だ。歳は知らない。知ってはいけないのだ。
エビちゃんにも水源調査を知らせ、同道してもらったのだが彼女も相当に強いらしいとはアラクネ達の言だ。何より黒い弾丸が数十匹は哨戒をこなし、エビちゃんの周りにはSP顔負けの強面が取り囲むように侍っているのだ。
「ミドウ君はさ~気づいてないかも知れないけどもう一国と戦争できる強さがあるんだよ?わかってる?」
繭から頭だけをすぽんとだしてアラクネに引きずられるエイルがそんなことを言っている。
あまりにも無様な格好に偉ぶっても全く格好が付いていない…
「興味ないな。俺は大切な皆と一緒に飯を食い、腹を満たし、心を満たし、ついでに面白い食材に挑戦できれば文句はない」
掛け値無しの本音。元から大切な人達のために料理を始め、店をやっていた。有象無象などどうでもいい。
「その中に、リエラやボクは、入っているかい?」
「入ってるぞ。そもそも、出だしこそコケたが嫌いなら戦場を共にするのは無理だ。清濁併せ呑む程の気概があれば別だがそれは俺一人の命で賄える場合だ。だが今の俺は多くを抱えている。そうじゃない相手に知られるほど、俺はお気楽じゃない。まぁ一国と戦えると言うのならばもしエイル達が俺達に不利のあるように動いた場合、全てを滅ぼす。俺の大切なものを守るためにな。それだけだ」
「そうかい、君は…危険だね」
「あぁ、過激だと思うよ。それで、どうする?今なら逃がしてやるぞ?軍備でも何でも揃えろよ?腹が減ったら戦は出来ないだろうが、俺はそれらを賄う。料理人だからな、そして常に万全にし、戦えるようにするし、俺も戦う」
「まさか。ギルドマスターとしては国に報告するべきなのだろう。だが我等ギルドは中立だ。藪を突いて眠れるドラゴンを呼び覚ます必要はないさ。それに、美味しいご飯も食べられなくなる」
「そうかい」
「そうさ」
俺とエイルの会話の最中、アラクネ達は刀をギラつかせ、エビちゃん達もエイルの動き一つ一つ全てに細心の注意を払っていた。もし、指先一本下手な動きでも見せていたら一瞬であの世送りになっていたのは間違いないだろう。
まったく、気疲れするような話をこの場でするなよな。
「エビちゃん。姫様も、エイルもリエラもそんなに悪いやつじゃないんだ。人間の世ってのは面倒なんだよ。許してやってくれ」
「御前様がそういうのでしたら…」
「次にプーな事したら一発だからね!」
「あぁ、それとだ。俺は皆の支配者じゃない。一緒に食べて、一緒に眠る家族だ。俺の意思が自分の意思ってのはやめてくれ。嫌なら嫌と反論すること。ぶつかり合うことで分かり合えることもあるからな」
「「「「「「「他者に耳を傾けるなんて御前様素敵いいいいいいいい!!!」」」」」」」
彼女達の病んでるゲージは故障しているようだ…
皆でわいわいとピクニックのような雰囲気の中、川を辿ると遂に水源へと辿り付いた。
そこは某巨大湖の如く、向こうが見えないほど広大な湖。
「これは、壮観だな…」
「綺麗です…」
「ふわぁぁぁ」
「おぉ~これは里の森でも見たことないくらいだね」
遥か彼方には薄く白ずむ巨大な木が見える。しかし、アレは原因ではない。
湖底まで見えそうなほど透き通る水が流れ行く先を堰き止める木は別にあったからだ。
「あれが原因だろうな」
「だろうね~」
「あれが御前様を困らせる原因…Kill…」
「とりあえず、毒入れてみる?」
見上げる程大きな木に対してそれぞれの思いを言葉にする。
どっかから流れて来たのかとも思ったがそれは思い過ごしのようだ。
もっと間近で見ようと近づくとエイルがその美貌を蒼くして震えだした。
「ミドウ君…あれはまずい。不味過ぎる…」
「ん?魔物か?」
「あぁ…案の定だ…あれは、エンシェントエントだ…」
「そんなに強いのか?」
「アレはSS級だ…Sランク冒険者とAランク冒険者の大規模パーティーでの討伐対象。つまり現状戦力では…」
「でも、Aランクのアラクネやクイーンビーでも会話が出来たんだSS級ともなれば会話が出来るんじゃないか?ならば穏便にどいてもらえるだろうし、腹が減って水を飲みに来ただけかも知れないだろ?」
エビちゃんがクイーンビーと言われたことで私はエビよ!と甲殻類を名乗っているが、今はおとなしくしていて欲しい。大人の会話の途中だからね?いい子いい子。
「いやはや、よくそんな考えが思いつくね…相手は魔物だよ?いきなり攻撃されたらひとたまりもないかも知れないんだよ?」
「でも姫様達もエビちゃんもハーピーも違っただろ?何でも決め付けで話すべきではない。木を見て森を見ず、だ。俺がお前達にした事をお前達は他にはするなと言うのか?そうじゃないだろ。後悔先に立たずだ。やってしまえば取り返しが付かなくなるが、やる前ならやる価値はある」
「恐れいったよ…いや、すまなかったね。ボクは非力だが、君の邪魔にならないように隣に立つことくらいは許してもらえるかな?」
「それを決めるのは俺じゃない、自分だ」
「そうだね、そうだった。じゃあ、勝手に立たせてもらうよ」
そういったエイルの脚はガタガタと音が聞こえてきそうなほど震えている。
「皆はどうする?」
「「「「我等は御前様と共に」」」」」
「私もー!」
馬鹿な奴等だ。命が危ないかもしれないってのにまったく、とんだ冒険野郎共が集まったものだな。
パシンと顔を叩き、気合を入れる。
「「「「それじゃあ一つ、お話と洒落込みますか!」」」」




