第二十六話 とりあえず食べようぜ
『どうしたんだ?何があった?』
『それがですね~水がなくなりそうなんですよ~』
話を聞くと俺がハーピーの住処から出た翌日、最初は気になる程でもなかったらしいのだがここ数日で一気に川の水嵩が減ったらしい。
あの川は中層の中ほどにある湖から流れてきているらしく、そこはアラクネやデモニックスパイダー、デスビーにエルダーエントと知能ある無しに関わらず危険すぎる魔物が跋扈する場所なので調査にも出られず困っているとのこと。
俺も大熊の一件以来まともに戦ってないし、そんな奴等の巣窟に行って生還できるかは不明だ。
だが困っていると言うのならばやってやらねば男が廃る。
『そうか、じゃあ森の外まで迎えに来てくれるか?何とかしてみよう』
クーと念話で段取りをつけているとそれに興味を持った奴が二名いた。
「急に黙り込んでどうしたんだい?」
「どうしたんですか?お腹でも壊しましたか?」
この二人を巻き込んでいいものだろうか…まぁリエラ嬢のハーフエルフ情報があるし、誰かに話すような真似はしないだろう。
「なぁ、屋台ってなんの木材を使う予定だ?」
「ん?そうだなぁ。50年物のエルフ竹も良いんだけど、この辺りで手に入るものだとオールドエントかな?」
「ちょっと用事があってエルダーエントの材料が手に入りそうなんだが」
オールドエントとどっちが価値があるんだ?と聞こうかと思ったがエイルは興奮しだしてしまった。
「なんだって?!エルダーエント?それはほほほ本当かい?!」
「これから取りに行くってのが正しいけどな」
「どこにだい?!」
「滅魔の森の中層。その他の食材もだが」
「ボクも行くよ!断っても勝手に付いて行くからね!職人たるもの材料の厳選の自前は当然だよ!」
ふっ…お前もやっぱり同類だったか。そう来ると信じてたぜ?
「お父さんずるい!私も行く!」
「いや、流石に足手まといは…」
「私だってBランク冒険者だし!Sランクだからって勝手はさせないんだから!」
え?誰がSランクだって?
「は?」
「いやぁバレちゃったね?実は!ボクが!Sランク冒険者なのさ!」
そういって輝くような白銀のカードをちらつかせるエイル。叩き割ってやろうか。
「へぇちょっと見せてもらっていいか?偽物かもしれないし」
いいよと渡されたカードの両端を握るとふんっと力を入れる。
筋肉がミチミチと音を立てて膨張するがカードは曲がることすらしなかった。
「硬いな」
「ちょっとちょっと?!何するんだい!壊れたら剥奪されちゃうんだよ?!」
「強度調査だ」
「ならその腰の包丁を試せばいいじゃないか!それも聖銀だろう?」
ん?確かに輝きは似ているがこれは違うぞ?ステンレスと何かの合金だと思うが、詳しくは知らない。
でもよくよく考えれば一度も研いでないのに錆一つ、刃こぼれ一つしてないのは不思議だな。
「へぇ。そうなのか?」
「そうだと思うよ?その包丁と腰の鍋からはわずかに魔法力が出てるからね」
洋パンもだと?どういうことだ?この世界ではステンレスが聖銀ってやつなのか?
まぁレモンやオレンジ、トマトなどの食材が似通ってたりするしそういうこともあるのかも知れないな…要調査だ。
「そうか。これは伝来(嘘)の包丁でな。詳しい事は知らなかったんだ」
「命を預ける相棒だろう?ちゃんと知っておかないといざって時に命を落とす事になりかねないよ?」
「あいにくと俺の相棒は拳と脚なんでな」
「えぇ?!」
「驚くことじゃないだろう。リエラ嬢から聞いてないのか?」
「あっ…そういえば…」
おいおい…ちゃんと報告しろよ…
「まぁそんなことより、どうするんだ?リエラ嬢はいいのか?正直構ってやれるかはわからんぞ」
「覚悟の上です」
「エイルは?親として、ギルドマスターとして」
「親としては反対だ。だがギルドマスターとしてならまぁ及第点って所かな。そこはほら、ボクがフォローするよ。ミドウ君の邪魔にならないようにね」
「ならいいけど」
なんだかんだと言っても目の前で死なれたら寝覚めが悪い。少し気にかけておこう。
そういえば俺ってどれくらいの強さなんだろうか?
「なぁ、他の人がわからないからなんとも言えないんだけど俺ってどれくらい強いんだ?」
そういってステータスを告げたのだが二人は卒倒した。
「あ、あえりえない…」
「なんですかこの攻撃力!なんですか!」
やっぱり親子だな。ずっこけのタイミングはばっちりだ。もう冒険者やめて二人で漫才してろよ。
エイルは俺の魔力の低さに驚き、リエラ嬢は直接戦闘能力の高さに驚いている。
強さにして言えばSランク級か測定不能。魔法を主軸とするエイルの間接戦闘能力は6000台といった所らしい。
リエラは弓を使用するので物理型。攻撃能力は3000台で魔力は2000とオールラウンドタイプのようだ。
「つまり、ドラゴンとも戦えるってことか?」
「多分…」
「ありえない…ありえない…」
でも熊には苦戦したと言ったら魔力が40しかない人間ならば子供のお遊び魔法ですら喰らえばそれなりのダメージになると言われた。アンバランスすぎるだろ…
「じゃあ話も纏まったし、行くか?滅魔の森の入り口まで向かえが着てるはずだからな」
「「迎え?」」
「行けばわかる」
そういって4人で王都を後にし、空が赤く染まり始める頃にクー達の下へと辿り付いた。
「ピィイ!ミドー!」
「お、いい子にしてたか?」
クーはハピ子も連れてきてくれたようだ。相変わらず愛くるしいやつだ。そしてマーキングをやめろ。
「ミドウさん~ごめんなさい~」
「謝ることじゃないだろ?困ってたら何でも言えよ」
そういうとハピ子と一緒に抱き付いて来たのを皮切りに他のハーピーにももみくちゃにされてしまった。
相変わらず体温が高くて暑いな。
「み、ミドウ君…これは…」
「……」
「ハーピークイーンのクーにこっちのうるさいのがハピ子だ。可愛いだろう?俺の子供だよ」
エイルは群体Aランク中位のハーピークイーン率いるハーピー達に驚いて言葉を失い、リエラ嬢は失神していた。そして、彼女も画家の才能があったようだ。
しかし、そのまま運んでもらうわけにはいかないので俺は自分のズボンを彼女に着せる事にした。
大地に恵みを与え、ほかほかと湯気を立てる彼女の着替えはリリに任せ、俺は再び凄まじい開放感に包まれる。
あぁ、森に戻ってきたんだな…
「君はやっぱりハーフエルフなのかい?」
「違う」
いったい何を見て勘違いしたのか。
「ミドウ様準備できました」
「ありがとう。それは預かるよ…」
別に特殊な性癖があるわけではない。父親のエイルに渡せば目を覚ましたときに父と娘の間に溝が出来てしまうだろうし、かと言って女性のリリにそれを持たせておくのは忍びない。となると嫌われても問題がない俺、と言うことからの判断だ。
リリも最初は渋ったが、説明をすると渋々と渡してきたので預かった。
さっさと帰って洗って返そう。
「じゃあ皆行こうか。俺の名誉のためにも!」
リエラ嬢が目を覚ます前に済ませてしまえば問題はない。
超特急で帰るぞ。
下半身を褌一枚棚引かせ、夕焼けを舞う。その姿はさながら伝説に残る不死鳥のようであった。
「あら、旦那様。早いお帰りね?」
「困ってるって聞いたからな」
「あら、ふふ。そう」
ミラ達にも挨拶を済ませ、団欒としゃれ込む。
畑は十分すぎる程実り、ミア達の尽力もありだいぶ生活水準が上がっていた。
俺への連絡をしてから美味しいものを食べようと新鮮な肉を皆が確保してきていたのでサハギンや狼、更にはバイコーンという馬に似た魔物までいた。
新種だな。見た目はそのまま馬なのだが生態がわからない。頭からは鬼のように二本の角を生やしているが、この角はどうやって食べようか。後で考えるか。
「リリ、悪いんだが獲物を解体しておいてくれないか?」
「はい!」
「ボクも手伝うよ?」
「これは家族の団欒だからな。お前達はお客だ。客に料理を手伝わせたりはしないから座っててくれ」
やりたいやりたいと血の気の多い事をぶつぶつ言っていたがこれは譲れない。お前達が家族なら話は別だったがな。と言うと、何か言っていたが俺は料理の献立に頭がいっぱいだったので殆ど聞いていなかった。
「よし、今日は馬肉ソーセージとサハギンの具沢山スープにデザートはハーピーの卵プリンだ!」
そうと決まれば速さが勝負だ。
腸を素早く洗い、馬肉を叩くと詰め込んでいく。その際肉の中にはラミア畑産のバジルと胡椒、胡麻とオリーブを刻んで練りこんでいく。
残りは生だ。活きがいいからな。薄くスライスしてExバージンをかけてオードブルだ。新たに増えていたタマネギをみじん切りにして少量乗せる多いと馬肉の風味を消してしまうから少量なのがミソだ。
サハギンの肉は一口ブロックにして鍋へといれる。手間をかけながら灰汁を取り、スープに透明感が出てきたらタマネギやバジル、オリーブを少量いれ、オーモの果実をいれる。淡白な白身魚の柔らかい風味に香辛料とオレンジの爽やかな香りがふわりと漂う。
黄金色に輝くスープはピリッとしていながらも清流のように透き通った喉越し、後からやわらかに香るオレンジの爽やかな匂いが心地良い。
後はソーセージを焼くだけにして鍋を空けるべく皿に盛り付けていく。
「なんだい?!この豪華な食事は!」
「っは!私はいったい…それにこの匂い!」
「ここじゃあこれが普通だ。それに忘れてるみたいだが俺は料理人だぞ?張っ倒すぞ。リエラ嬢も席についてくれ」
状況が飲み込めないリエラ嬢はエイルに宥められながらもおとなしくしている。
香辛料をふんだんに使ったソーセージは鍋に載せればジワッと脂を染み出させ、子気味良くワルツを踊る。
クルリと回ると野性味がありながらも上品な匂いを漂わせ、パチッと弾ければ観客を魅了した。
フライパンで奏でられるコンサートにつられ、そこかしこから空腹のアンコールが沸き起こる。
腹ペコどもめ、お待たせだ!
涎を垂らし、まだかまだかと待ち構える猛獣の前に並べ終わるといっせいに食べ始める。
「オいしー!!」
ははは、そうかそうか。いっぱい食べろよ?
「ミドウさん~食べさせて~」
自分で食え。
「旦那様、あ~ん」
あーん。じゃなくてリリさんが睨んでますので…
「ミドウ様…」
すみません…
そんな賑やかな食事の風景は、とても幸せなものだ。
おっと、ハーピーのプリンだな。
ビート糖はミラやクーが造りまくっていたのか在庫が大量にあったので少しだけ精製しておく。
「料理魔法:精製糖」
サラサラと崩れていき白亜の城が作られる。
何度みても不思議な光景だ…
クーの自称お弁当の卵を三つ全て使いきる。
ダチョウの卵より大きい真っ白な卵を割ると白身よりも黄身が多く、しっかりと張りが出ていた。
おぉ…美味そうだ。今度は生でいただきたいものだ。
中華鍋に入れるとそれらをしっかり書き混ぜ、砂糖を入れていく。
味身で舐めると卵の風味は濃く、知っているものの6倍は濃厚だろう。
美味すぎてそれだけでも蕩けそうになるが、砂糖を加えすぎると少々くどいので、味は控えめで十分だ。
本来ならカップに入れて熱しないと焦げ付くので洋パンに移して木蓋を落とす。
「クー、ちょっといいか?」
「はい~?」
「このフライパンを両面からちょっと熱い程度でじっくり加熱してほしいんだが、出来るか?被せてある木の蓋が燃えたら駄目だ」
「やってみますね~」
そういって絶妙な加減で加熱をしてくれた。10分程度だろうかそろそろいいだろう。
「もういいぞ。ありがとうな」
「いえいえ~楽しみですね~いい匂いです~」
「あぁ、楽しみにしててくれ」
荒熱を取るために少しフライパンは冷ましておく。その間にカラメルソースを作るとしよう。
砂糖が小麦色になるまで炒め、水を少し、オーモ果汁を絞り加える。ついでにピールも極少量だけ混ぜる。
砂糖の甘い香りの中にピールの強い酸味と柑橘の爽やかな香りが混ざり合う。
「ふわぁ…ミドウ様はいったい何を作っているんですか?」
「これはプリンって言ってな。簡単に作れるんだよ。食後のデザートだ」
そういって餓えたゾンビのように鍋の元へ集まる。
そんな観客の熱い視線の中、意識は鍋の中へと集中する。砂糖は焦げ易く、焦げると凄まじい雑味を出すのでその境界を見定めなければならない。
じっくりと煎っていき、鼻がその限界を嗅ぎ分けた。
ここだ!鍋を外し、水の上で軽く冷ます。
ギラついた猛獣に、まだ駄目だと視線を交わして荒熱を取る。
「そろそろか。皿の用意は…万端みたいだな…」
包丁で切り分けて皿の上に乗せていき、ソースをかける。
卵の濃厚な香りにソースの柑橘臭が混ざり合い、食べたばかりだと言うのにぐぅと腹を鳴らした。
「食べるぞ!」
いい終わると一瞬でプリンは全ての皿の上から消え去った。




