第二十四話 砂糖よりも甘い一日
気色の悪い笑いと濃厚な投げキッスを寄越してリリを連れて行ったエドは引っ切り無しに表に出てきては興奮した様子で素材の良さを褒め称えている。
職人は変なタイプが多いと言った事もあるが、ここまで強烈なのはなかなかいない。しかし、良いものを見つけた時の喜びが理解してしまえるのは同じタイプの人間として共感できる。
「すごいわぁん!いいわよぉ!もっともっと!そーれ!そーれ!」
いったいリリに何をさせているのか…
「リリ、無事か?」
「アンタは黙ってなさい!今いい所なのよ!」
「すみません…」
目を血走らせるエドの強烈な気迫に思わず謝ってしまったが何がいい所なんだ?
今は見守るしかないだろう。
しばらくするとエドが肌をツヤツヤさせながら満足そうな顔をして出てきた。
「ふぅ…素晴らしいわ。パーフェクトよ?思わず女のアタシでさえ惚れちゃいそう…」
「えっ」
お前男だろ?何言ってんだ?と思ったのだが射殺すような鋭い視線に言葉を飲み込んだ。
「リリちゃん、魅せつけておやりなさぁい!」
どこかのちりめん問屋の護衛のように魅せやれと言う言葉の後に続いて出てきたリリに思わず息を飲む。
薄い紫の髪は綺麗に梳かれ、流れるように肩口で結ばれており、一見黒っぽく見える髪に白いフリルのついた紐で纏められているためコントラストがよく映える。
クリーム色のワンピースの上に薄緑のボレロを纏い、白皙の肌と赤の瞳が相まって深窓の令嬢と言った所だ。
「どう…でしょうか?」
「き、綺麗だ…とても…」
もともと綺麗なのだが、そうとしか表現出来ない己の語彙力を恨むばかりだ。
「あ、ありがとうございます…」
そういって透明感のある肌を朱に染めると両手で顔を覆ってしまう。
「あら?駄目よ。アナタの美しさは魅せる価値があるのよぉん?隠すなんて美への冒涜よ!」
エドの言う意味もわかる。それほどまでに綺麗なのだ。
「一種の宝石みたいなものだな」
「あらぁ?アンタ、わかってるじゃない。そういえば名前聞いてなかったわね?」
「あぁ、申し遅れた。俺はフジ ミドウ。ミドウと呼んで欲しい」
「ミドウね、わかったわぁん。アンタからは私と同じ臭いがするのよねぇん?」
「まぁ、似たようなタイプだろうなとは思う」
「まぁいいわぁん。アタシも満足させてもらったし、銀貨5枚でいいわよぉん?」
「ありがとう。また頼むよ」
「あと、いくつか動き易い服もサービスしてあるわよん?うふっ」
恐らく俺が冒険者で外に出る事を話したのだろう。
「ありがたい。はい、これ」
「銀貨5枚ね。今度はサービス無しよぉん?後は、わかってるわねん?」
金貨を渡して釣をもらう。
恐らく次も楽しませろと言うことだろう。店内の客は俺とリリしかいない。
大きい店舗を構えれば自分で出来る事が減り、従業員のためにも『売れる』商品を考えなくてはいけない。たとえそれが自分の主義に反していようともだ。
だからエドはこじんまりと店舗を展開しているのだろう。
エドは未だ顔を真っ赤に染めるリリの耳元でファイトよっと言っている。そんな事を言わなくても俺はリリを大切に思っているさ…
カランと音をさせて店を出ると太陽はまだ頭上を照らしていた。
「あー、その…手でも、繋ぐか?」
「はい…」
結構慣れてきたと思ったんだが、どうしてもドキドキしてしまった固くなる。
俺の手の湿り気は嫌じゃないだろうか?などと色々な事を考えてしまう。
「その、なんだ。あ、改めて、綺麗だ。よく似合ってる」
「ありがとうございます…凄く…嬉しいですっ…!」
俺とリリの間に流れる空気は昨晩舐めた精製糖よりも甘い。
噴水の広場があるカフェで昼食を取り、日が暮れるまで散策をし、商人ギルドや錬金ギルドに行く予定などは頭からすっぽりと抜け落ちていた。
楽しかったかどうかを聞きたい衝動に駆られたが、リリの顔を見れば一目瞭然だろう。
「そろそろ宿へ戻ろうか」
「もう少しだけ…」
「そうだな…」
夜の帳が下りる王都は店が閉じてもそれなりに人の気配がある。
俺とリリは噴水の淵へ腰をかけ、二人で夜空を眺めていた。
「私、凄く幸せです」
「そ、そうか…」
「なんですか?それ」
くすっと笑われてしまった。
改めて言われるとどうしても恥ずかしくてしかたない。
「いや、その。慣れてなくて」
「ミドウ様の国の人は見る目がありませんね」
「俺の見る目がないとはよく言われたけど、逆を言われたのは初めてだ」
「私はちゃんと見てますよ?相手の事をいつもしっかり考えてくれてます」
「そうなのかな…料理ならまだしも、プライベートはな…」
「自分を知るのって難しいんです。だから、外から見た私がそう感じていると言うのが大事なんです」
「リリは、大人だな」
「子供も作れますよ?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味ですか?」
そろそろ、俺も意思を決めるべきか。
彼女はそうなるべくして努力を積んだ。それに比べて俺はどうだ?時間が解決すると先延ばしにして彼女に辛い思いばかり強いて来たのではないか?
情けない。
「俺の国では16歳から女性は結婚でき、男は18歳から結婚できる」
「ここはミドウ様の国ではありませんよ」
「そうだな。だけど、このまま子供を作ったとして君が安全だと言えるか?」
「それは…」
「出産は体力を使う。血もでる。そうなると二つの命が危ないんだ。わかるだろう?意味もなく16歳なのではない。十分な体力があり、その機能が体に十全に作られるから16歳なんだ」
「では私はどうしたら…」
「そうだな。それは時間が解決するしかない。でも、遅くなったが俺も君の覚悟に応えよう」
「じゃあ!」
男を見せろ藤 御道!砕かれ続けた男のプライドを欠片でも組みなおせ!
「い、今は…これだけだ…」
「あっ…」
自身と比べれば小さな彼女の体を抱き寄せると桜色の小さな唇へ自分の唇を重ねる。
目を閉じ間近に感じる互いの生の息吹。
触れた唇は薄く、そして熱したフライパンよりも熱かった。
噴水から噴出す水は気持ちを表したように喜びの飛沫を飛ばし、熱された体を冷まそうとするも猛る二人の熱の前では意味を成さない。
数時間のように引き伸ばされた数瞬。互いの熱が交じり合ったヴェーゼ。離れ離れに引き裂かれる姫と騎士の恋愛譚のように唇は名残惜しそうに最後まで結びつき続けた。
「こ、これ以上は…三年後だ…」
今はそれが精一杯。
「ミドウ様…もう、離れません」
「あぁ。離れないでくれ」
縁に置かれた白磁のように滑らかなで彫像のような彼女の手を取り指を絡める。
強い弾力を残すプディングが二つ胸元へと押し寄せた。
「ミドウ様…」
「ん?」
「クーちゃんやミラさんも幸せにしてあげてくださいね?」
「え?」
まさかリリからそんな事を言われるとは。まだ一夫一妻の思いが残る俺としては、少し尻込みしてしまう。
「ミドウ様が皿、私達が料理、料理人は世界ってのはどうですか?」
「ははは…リリも、言う様になったな…」
「見てましたから」
「そう、だな。わかった。あいつ等も裏表がないってのはよくわかってるし、どっちつかずなのは失礼だよな」
「そうですよ。皆、大好きなんですから」
「ありがとう…俺も好きだよ」
「大好き、ではないんですか?」
「あんまり苛めないでくれ」
「ふふっ。いつもとは逆ですね?」
「ははは、そうかもな」
どれほどそうしていたのか。周囲を包み込む夜の闇は一層深くなり、夜空には二人と同じく紫と金の月が寄り添うように煌き、世界を儚く照らしていた。




