第二十三話 強すぎる個性は味を殺す
ぱちっと目を覚ますと相変わらずリリは早起きをして俺の事を見ていた。
寝ている相手に何かするのはやはり気が咎めるのか、起きると体を寄せて吸い付いてくる。
タコか何かか?
「おはよう」
「おはようございます」
まだ朝早くのようで朝露に香る木の匂いと多少の埃っぽさが交じり合ったなんとも言えない臭いがするが、悪くない気分だ。
今日はリリの服を買いに行く予定なのだが攻撃スキルの確認もしておきたいし商人と錬金ギルドの二つも覗いて見たい。
一日で全てを終わらせる必要はないが早く用事を済ませて資金集めをしないと他の子達が押しかけてこないとも限らないからな…
「そういえば、どうやって時間を知ればいいんだ。リリは知ってるか?」
「王都は朝、店が開き始める時間と夜の店終いの時間に鐘を衝くそうですよ」
まったく、俺は抜けサクも良い所だな。殆どの事をリリに頼ってばかりだ。これではどちらが大人かわかったものじゃない。
ありがとな。とお礼を言うといつものようにお役に立てて嬉しいですと言ったその顔は晴れやかだった。
「それじゃあ、今日はリリの服を買いに行こう」
「本当にいいんですか?」
「勿論だ」
冗談だと思われていたようだが本気だ。既に宿泊費は払ってあるし、金貨を使いきっても良い。
宵越しの銭は持たねぇぜい?と江戸っ子魂をだしたわけではない。
「準備って言っても二人とも服を着るだけだし、門番に貸付金を返したら街をブラつきながら行こうか」
「はい、すぐ準備しますね」
上半身裸の俺とリリ。二人の男女が裸でベッドに入れば組んず解れつやる事は一つだとでも思ったか?残念だったな。俺達はプラトニックだ。
お互い服をささっと着ると包丁を腰に佩き、薬箱のような巨大鞄を背負う。
宿に荷物を置いていってもいいのかも知れないが、その足で王都の外へ行く可能性もあるし、防犯の面でも持ち歩くべきだろうと考えたからだ。
「それじゃあ行こうか」
「はい!」
キシキシと軋む階段を下りると女将さんは朝早くからカウンターに立っていた。
静まり返った店内は昨晩とは違い、客の姿は見当たらない。だが、静寂に包まれたこの雰囲気も嫌いじゃない。
「おはようございます、女将さん。早いですね。少し出てきます」
「あぁ、お客さん。いってらっしゃい。鍵は預かりますよ」
やはりまだ少し眠いのかボーっとしている女将さんに挨拶を済ませてドアを開ける。
知っている活気に溢れた街とは違い、今はテントの中には誰もおらず朝霧に薄くヴェールを被せられた道は白く、どこか見知らぬ土地のようだ。
そんな空気に飲まれたのかリリは手を軽く握ってきた。
「恐いか?」
「少し…すみません」
「いいよ」
前よりも少し、距離が近くなったリリの手をぎゅっと握り返して門へと向かう。
そこにはしっかりと鎧を身に付けた兵士が槍先を天へと向けて立っていた。
「おはようございます。これ、貸付証と代金です」
「確かに受け取りました」
はい、と銀貨2枚を返却する。
これで一つ予定は完了だ。来た道を二人で歩いていると香ばしい香りが鼻を突く。
ん?こんな時間でもやってるんだな。朝飯もまだだし、ちょっと覗いて見るか。
「リリ、良い匂いがするんだがちょっと覗いて見るか?」
「はい、行きましょう」
肉の気配に敏感なリリは興奮していた。落ち着いてください。
漂う匂いを辿るとそこには顔に大きな傷を付けた厳つい顔のオッサンが串を焼いていた。
俺もオッサンだって?ほっとけ。
「おはようございます。朝早くから精が出ますね」
「お、兄ちゃんに嬢ちゃん。ありがとよ。一本どうだい?」
「これは何のお肉なんですか?」
「秘密だ」
リリがうずうずと訊ねたのだが言うつもりはないようだ。つまり、食べて確かめて見ろと言うことだろう。
アジな真似をしてくれるじゃないか。
「二本貰おう」
「あいよ。銅貨4枚だ」
はい、と金を渡して串を受け取る。
肉は鳥のモモ肉のようにたっぷりと脂が乗っており、スパイシーな香りを漂わせジュワジュワと滴る肉汁は芳醇で、艶めく肉は漆器のようにトロっとしたソースでコーティングされている。
「「いただきます」」
「おう、いただいてくれ」
がぶり、と一口喰らい付けば口の中にブワっと広がるソースの味と濃厚な脂が弾け合う。
ぷりぷりとした触感の肉は程よく歯を押し返しながらも少し力を込めれば内包された肉汁を染み出させながら簡単に噛み切ることができ、しつこくない脂は肉を簡単に喉奥へ流し込んでくる。
「これは…美味いな」
「そうだろそうだろ。冒険者御用達ってな!これを食えば力倍増だってもんよ!」
「貴方も冒険者で?」
「まぁ昔は、な」
「野暮な事を言った。申し訳ない」
「いいって事よ!しみったれたのは性に合わねぇだろ?お互いよ!」
「そうかもな!」
オッサンはリリが獣人だろうとなんだろうと関係ねぇよと言ってわはははと笑い合い、良い出会いに感謝しよう。
俺も料理をする事を知ると肉の処理や方法、香草の類についてお互い話し込んでしまった。
気が付けば人通りも少し増えて来ており朝の鐘は既に鳴っている事をリリに伝えられた。
買い物に出て娘そっちのけで叱られる父親とはこういう気分なのか?頭が上がらない…
「悪い、今日はこれからリリと買い物をする予定でな。名乗り遅れたが俺はミドウだ」
「ゲイルだ。宜しくな、ミドウ。また料理談義しようぜ」
「あぁ。こちらこそ宜しく頼む」
じゃあまたな、とがっちり握手を交わしたのだがやっぱりゲイルは何かやっている。しかもかなり強い。
手の皮は分厚くタコが出来ており、何かしらの武器を握っていたのは間違いない。それに体のブレがない事から体幹もしっかりしており、その重心は地面に杭で打ち込まれているかのように重厚だった。
とんだ食わせ物だぜ。人の事を言うなって?俺は料理好きな一般人さ。
「じゃあリリ、行こうか待たせて悪い。暇だっただろ?」
「いえ、ミドウ様が楽しそうでよかったです」
なんていい子なんだ!いい子いい子!
紫の髪が煌く頭を軽く撫でるとふわりといい香りが漂い、その手触りは極上だった。
目を覚ましかける獣欲を押さえつけて手を握ると今度はリリがしっかりと握り返してきた。
そういえば服やってどこだ?またやらかしたなと思っているとリリは手を引いて先導してくれた。
どうやらゲイルと話している間に情報収集を済ませたようだ。
本当にすみません…不甲斐なくてすみません…
しかし、リリの顔は明るいのでこの雰囲気を壊すわけにはいかないよな。
こういうのは気持ちの切り替えが大事なんだ。
歳相応にはしゃぎ、眩しい笑顔を向けるリリに引っ張られながら道を進むと一軒屋のような建物に看板が掛けられている。ショーウィンドウなどはなく吊るされた看板がなければ店などとは思えないだろう。
ガチャリとドアノブを捻って中に入るとモノクルを付け、銀糸のような髪を撫で付けた老紳士が立っていた。衣類を取り扱う店にいるよりもどこかのお屋敷で執事をしているべきじゃないのか?そんな井出達のナイスシルバーだ。
「すみません。この子の服が欲しいのですが、もう店はやっていますか?」
「んまぁ!まぁまぁまぁ!素敵じゃないのぉ!いいわぁん?すんごぉくいいわよぉん?」
俺はぶっ倒れそうになった。
そんなナリをしていながらなんだその喋り方は!違うだろ!そうじゃないだろ!と叫ぶ寸前だ。
いや、見掛けで判断するのはよくない。だが、しかし…!
「なんでおねぇ系なんだよ!」
「あらぁん?アナタ、見かけで人を判断しちゃいけないって言われた事はないかしらぁん?」
「ごもっとも…」
あぁ!わかってるよ!だけどさ!
「面白い人ですね、ミドウ様?」
「そう、だな」
まだまだ俺も未熟だったようだ。リリの方が何倍も大人だ。
「まぁいいのよぉん?言われならてるしぃ?それよりもぉ…その逸材アタシに預けてもらえるのかしらぁん?」
不安しかない。こいつにリリを任せてもいいのだろうか…えぇい!ままよ!
「あぁ、予算は金貨一枚で。もしリリに変な事をしたら活け造りにするから扱いは慎重に頼む」
「そんな事するわけないじゃないのよぉ~いやぁねぇもう!じゃあリリちゃん?あっちでお・着・替・えしましょうねぇん?あ、アタシはここの店長兼店員のエドガーよ。エドお姉さんって呼んでねぇん?」
うふっと言う笑いに全身が総毛立ち、放心しているとエドはリリを連れて奥へと入って行った。




