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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第二十二話 初魔法の感動は一入

ギルドの重厚なドアを開けて外に出ると日は暮れ始め、空は茜色に染まり始めていた。


「はぁ~どっと疲れたな。そろそろご飯でも食べに行こうか?」


「はい。エイル様より良さそうな宿を聞いております」


リリさんってば本当にしっかりしている。本当に13歳か?冗談だろ?


そう思ってしまうくらいには手際がいい。

しかも俺はステータスに集中していて聞いていなかったが冒険者ギルドの制度についてもリリはしっかりと聞き取りをしてくれていたので、後でランク制度や依頼について教えてくれるらしい。


「その、色々とありがとうございます…」


「ふふっ。お役に立ててよかったです」


鼻歌を歌いそうなほどリリの機嫌がいいのは初めてかもしれないな。


嫌な事はあったがこんな日が続くといいなと思う。

どうせもう厄介事を起こしてしまったし、奴隷のフリは辞めようと話をして足取りの軽いリリの後を追いながら歩いていくと王都の入り口方面へと戻っていく。


やっぱり奴隷だなんだってのは俺も嫌な気分だったしな。


「あ、あそこみたいです」


リリが指し示した指先を見遣るとそこにはこじんまりとした味のある木造建築、キイキイと人が出入りする度に音を鳴らすスイングドアの上には木の枝が描かれた看板が少しばかり温い風に吹かれて揺れている。


「いい雰囲気だ」


「ですね!」


スイングドアを軽く押し開け、中を覗くとウッドランプのようなオレンジ色の光が暖かく店内を揺らし、丸太を切り出したようなテーブルは店内の雰囲気と相まって落ち着きがありながら陽気に笑う客達によってアイシッリュのような空気がある。


すぅっと空気を吸うと木の香りとアルコールの混じった香りが鼻腔をくすぐる。


「これは、なかなか…」


「ですね!」


リリさん先ほどからですね!しか言っていないですよ。


いったいこの世界の料理はどんな感じなんだろうか?楽しみだ。


高校生くらいのウェイトレスが愛くるしい笑顔を振りまきながら人数の確認を取ってきた。


「お客さんは何名ですか?宿は一泊一部屋銀貨1枚、食事は銅貨2枚です!」


「二人で、一部屋宿も取りたいんだけど空いてるかな?とりあえず5泊で。食事はその都度お願いするよ」


「ありがとうございます!確認取ってきますので空いてる席にどうぞ!」


リリとは一緒に寝ていたし、昼間の報復を考えるとバラバラになるのはやめたほうがいいと考えていた。

異論は出なかったし問題はないだろう。


ウェイトレスはおかあさーんと元気な声を上げながら案内もそこそこでカウンターで帳簿を付けていた恰幅の良い女性の元へ向かって行った。


「じゃあ座ろうか」


「はい」


木製で円状の椅子と言うよりは丸太です、と言った造りの席に腰を掛ける。


少し尻が冷たいがクッションもないので当たり前か。しかし、ずっと座ってると痛くなりそうだ…


「お待たせしました!宿空いてますよ!ご飯にしますか?それとも先にお部屋に行きますか?」


「ご飯かな。リリもそれでいいか?」


「はい。大丈夫です」


「と言うわけで、それでお願いする。オススメはある?」


「今日はいいオーク肉が入ってますのでオークステーキがオススメですね!後はシャークラビットの煮込みですね!とろっとろになるまで煮込んでるので口の中で蕩けますよ!」


シャークラビット…?サメなの?ウサギなの?はっきりしろ!そんなどっちつかずな名前を出されたら頼まずにはいられないだろ?


「俺はシャークラビットの煮込みかな」


「では私はオークステーキでお願いします」


「畏まりましたー!」


リリさん肉大好きだものね…


ウェイトレスの女の子はぴゅーっと女将さんの下へと向かって何かを伝えるとそのまま奥へ入って行った。


食事が来る前にリリが聞いていてくれたギルドの制度について話を聞いた。


エイルが言っていたランクと言うのはS~Eまであり、最初は皆Eからのスタートになる。


Eは初心者、Cで熟練、Aで英雄、Sは伝説と言われるらしい。


同様に依頼にもランクが設けられている。

ギルド側が調査し、規定された魔物の強さでランクが決まっており討伐ランク、生態環境の苛酷さと周囲に生息する魔物の強さが関係する採取依頼と言うものがある。


上下1ランクまでの依頼を受ける事ができ、ギルドのランクはギルド側の評価によってランクが上昇していくが、その評価ポイントはギルド側の独断で秘匿されるのでどのタイミングで上がるかは不明なようだ。流石にエイルも何でも教えてくれるわけではなかったか。


俺はステータスの開示で魔法が使えるようになったので部屋に戻ったら料理魔法を使って見たいと思う。ついでにリリに強さがどれくらいか聞いておこうと思っているとソースの甘い匂いと肉の脂の香りを漂わせながら料理がテーブルの上に置かれた。


「お待たせしましたー!宿泊費と合わせて銀貨5枚と銅貨4枚です!」


「お、ありがとう。はいこれでお願いね」


金貨でも大丈夫かと思ったがはいはいー!と元気よく金貨を握って行ったので大丈夫そうだ。


「銀貨4枚と銅貨6枚のお返しです!それと、部屋の鍵です。ごゆっくりどうぞ!」


「ありがとね。それじゃあリリいただこうか」


「はい!」


手を合わせて心の中でいただきますと言うとリリはそれを見ている。


「どうかしたか?」


「ずっと気になってたんですが、ミドウ様はいつも食事の前にされているそれは何なのでしょう?」


「あぁ、これは食材と、作ってくれた人に感謝を込めてるんだよ。心の中で『いただきます』と言ってるんだけどね?押し付けることじゃないし本当にそう思う事が大事だからこっそりやってたんだよ」


「そうだったんですね。じゃあ私も『いただきます』」


リリは手を合わせてそう唱えて食べ始めた。


シャークラビットの煮込みはビーフシチューのようで、ソースは薄い。

肉は言っていた通り噛むと筋繊維はトロっと蕩け、中には軟骨がコリコリとしている。


ウサギ肉は非常に鶏肉に近い淡白な味がするのだが癖が強い。しかしこの肉はそれほど癖が強くないので全体を通して味が薄い、と言う印象になる。


うーん、これは…あんまり…


リリはどうだ?と思って目を向けると彼女も少し微妙そうな顔をしていた。


「ミドウ様の料理の方が美味しいです…」


「リリ、駄目だぞ。そう言ってくれるのは嬉しいがそれは料理をしてくれた人に失礼だ。心の中に留めておきなさい」


レストランなどは思い出し易くし、リピーターを作る為に一品強めの味でインパクトを与え、毎日食べたりできるような食事処や宿は少し薄味にして飽きるのを防いだりと色々と考えているのだ。

しかし香辛料の問題か、それともスキル補正かわからないが食事は自分で作ろうと思える程度に味が薄かった。


申し訳ないと思いつつも早々に食事を済ませて階段を上り部屋へと引っ込んだ。


部屋の内装も丸みを帯びさせることで温かみを持たせておりなかなかいい感じだ。


ベッドは藁を敷き詰めて薄布をかぶせているだけの簡素な作りだが、地面で寝ていた俺達からしたら十分だ。


二人でベッドに腰掛けて一息ついた辺りでウェイトレスが桶に水を汲んで持ってきてくれた。タオルと言う名の薄布も一緒だ。

風呂は貴族くらいしか使わないらしく、一般的には水で体を拭くものらしいのでこれはサービスの一環なのだそうだ。

ありがたく使わせてもらおう。


「リリから体拭いてくれ」


「いいんですか?」


俺の汗臭い水を使わせるわけにはいかないので彼女から使ってもらうことに否はない。


ありがとうございますと体を拭いている間、俺は後ろを向いてやりすごし、明日はリリの服を買いに行こうな。と話をした。


服は特注になるかなと思ったのだが、飛鼠族の腕と腰を繋ぐ皮膜は自身の意思で消しておくことが出来るらしい。ただ、消しているとソナーの感度が落ちるので消す事は殆どないらしいが俺が居るので問題はないと言っていた。


リリは結構熱心に体を拭いており、まだ時間がかかりそうだったので鞄からビート糖を取り出すと料理魔法を使ってみようと考えた。

原材料があれば精製可能と書いてあったのでひょっとしたら黒糖か何かが出来るのでは?と考えていたのだ。


もし上手くいけばリリも喜ぶだろう。それにクーの卵を使って極上の卵焼きも…食べたばかりなのにゴクリと唾を飲み込んでしまう。


するといつの間にか体を拭き終えたリリ覗きこんできた。


「あの、ミドウ様?何をされているのですか?」


「ん?俺のステータスに料理魔法ってのがあってね。面白そうだったから使ってみようかと思って。ステータス」


リリなら問題ないだろうからステータスを開いて内容を見せる。

強さの確認もしたかったからだ。


「見たこともないスキルが多いです…やっぱりミドウ様は凄いですね!それになんですかこの攻撃力と魔法力!異常です!」


異常って酷いなと思っていると魔法力40なんて!とリリは慄きながら子供以下と言うことがわかってしまった。


魔法力は一般の子供で100前後、成長すると共に上昇するので一般男性で200~300程度はあるのが普通だとか。


そして魔法や攻撃のスキルは魔法力を使うって発動するものもあり、魔法力とはゲームで言うMP=攻撃力と言う事になる。


俺は格闘術があったがスキルは確認していなかったのでこれからはそれらを使いこなせば戦闘も多少は楽になるかもしれないが普通の魔法を使うことは難しいと…辛すぎない?めちゃくちゃ楽しみにしてたんだけど…


でもリリはユニークスキルは魔法力を消費しない事もありますから!と言うので試しに使って見る事にした。

使い方は簡単で、スキル名を唱えるだけで後は言い表せないが勝手に形になると言われた。

慣れるとクーのように無詠唱と言われる技術を用いてイメージで発動できるようになるらしい。


もし魔法力を消費するスキルだった場合は発動しないか、術の完成後に魔法力不足で気を失うと注意を受けてからビート糖を手に平に置き、気合を入れる。


「行くぞリリ…料理魔法:精製糖」


俺は料理魔法としか言ったつもりはなかったのだが勝手に精製黒糖と言葉が出ていた。きっとこれが形になると言うことだろう。


茶色く濁っていた砂糖の結晶が手の平の上でぐにゃぐにゃと生き物のように蠢いたと思うと一瞬で砕け散った。


失敗か?と思って見ていると今度は砕けた砂糖が逆再生のようにサラサラと戻っていくが、それは見慣れた白色をしていた。


軽く摘んで口へ運ぶと雑味がなく、強い甘味を残した砂糖が出来ていた。


「おぉ…これはまさしく精製糖だな。凄いじゃないか料理魔法!これで味噌とか醤油とかできるんだろうか?!あ、そうだリリも舐めてみな」


「では少しいただきます」


そういってリリは砂糖を摘むと小さな口へ運んぶと目を見開いて驚いている。


「どうだ?ビート糖とは違うだろ?」


「ミドウ様!なんですかこれ!なんですか!」


驚きで同じ事を繰り返し、凄い凄い!とはしゃいている。


その手は止まることなく砂糖を摘んでは舐めてを繰り返し、いつの間にか砂糖はなくなっていた。


「砂糖の舐めすぎは体に悪いぞ」


軽くリリを諌めておく。


魔法を使っても今のところ体に不調はない。

つまり魔法力を消費しないスキルと言うことだ。


そうとわかれば料理をする上でこれほどいいスキルはないだろう。色々試して作れるものが増えれば料理の幅も広がる。


残念ながら自分の強さがどれほどまでかはわからなかったがスキルの有用性は理解できたので満足だ。


「じゃあリリも満足したみたいだし、そろそろ寝ようか」


「は、恥ずかしいところをお見せしました…」


それに関しては今更だろ?と思わないでもない…

何故って?リリは服を着ていないからだ。地面ならまだしも一応布団があるのでずっと着ている貫頭衣のようなボロ布を付けて寝る事は出来ないと言って裸になっているのだ。


「と、とりあえず寝よう…」


俺の獣欲が目覚めないうちにな!


「あの、ミドウ様。お願いがあるのですが…」


「ん?」


「一緒に、寝てはいけませんか?」


イケません!とは言えないよな…最近はクーやミラ達がいて騒がしかったが今は二人しかいないのだ。一気に静かな夜が来れば寂しくなる。洞窟の生活だって思い出すだろうし、ましてやリリは13歳。この世界では成人と言ってもまだまだ子供で寂しいさかりだろう。


「仕方ないな。おいで」


「ありがとうございます!」


こういう反応は歳相応と言うか、いつもの艶っぽさとは違う無邪気さがある。


リリはするすると布団に入ってくると左腕ぴったりとくっつき鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。

体を拭いたとは言え、風呂に入ったわけではないので汗臭さは取れていないのだ。


「こら、リリやめろ」


「何故ですか?」


「ほら、その汗臭いだろ?」


「ミドウ様は良い匂いです。とっても」


そういって頭を首元へ近づけると歯を立てないように軽く噛んでいる。甘いものを食べたからだろうか?リリからはとても甘い蠱惑的な香りがする。シャンプーも石鹸もないので彼女の匂いだろう。おそらくそう言うフェロモンを分泌している、間違いなく。


「血が欲しいのか?」


「…はい」


「リリが血を飲みたくなるのってどういうときなんだ?」


「秘密です」


秘密ってなんだよ。前は血から水分を取れるって言ってたから砂糖を舐めて喉が渇いたのかと思ったが違うようだし、よくわからないな…そのうち話してくれるのを期待しよう。


二人で身を寄せ合い人肌の暖かさとギルドでの精神的な疲労からリリが首を舐めているむず痒さに意識をゆられ、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

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