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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第二十話 どうせなら俺はそっちを選ぶ

踏み砕いたのは頭ではなく床だったおかげでギルド内には湿り気を帯びた音もなければ鉄の臭さもない。


勿論わざと外したわけではない。寸でのところで横槍が入り、男の体が引き抜かれたのだ。


おかげで床には大きなクレーターを作り、カウンターも衝撃で壊れている。


弁償しろとか言われたらどうしよう…


「はーい、そこまで。君、強いね」


「誰だ?」


「ここのギルドマスターって言えばわかるかな?」


自分でボスです、と言った男はリエラ嬢と同じ緑の髪なのだがサラサラのロングヘアーだ。しかも耳まで尖っている。


「ひょっとして、エルフ?」


「だったら何かな?」


「いや、始めてみたものですから」


「ぷ。君、いきなり言葉遣いが丸くなったけどどうしたの?」


「そこに転がっている奴みたいにいきなり礼を欠く相手には相応の対応をしているだけ、と言う事です」


「ふーん、じゃあ楽にしていいよ。堅苦しいのはボクも嫌いだからね」


「わかった。じゃあそうさせてもらう」


「うんうん。冒険者はそうじゃなきゃ」


「俺は冒険者じゃないぞ?手続きを邪魔されたからな。そこの受付嬢もしっかり対応してくれなかったし」


え?それマジ?という顔でリエラ嬢を見るギルドマスターと目を反らすリエラ嬢。


「って事は、あれかい?君は立場的に一般人で冒険者の彼がそんな君に剣を向けたと」


「それだ。冒険者って誰でもなれるわけじゃなく、しかもなろうとする一般人を妨害し、剣を向けて殺しても許される職業なのか?」


ギルドマスターは顔を青くしてブツブツと何か考え込んでいる。


「ちょっと着いてきてもらえないかな?」


「このギルドの人間を信用しろって?無理だ」


不用意に敵を作らないほうがいいとは思う。この世界で俺は後ろ盾がないからな。森に逃げ込んでもいいが、それは最終手段だ。


だからと言ってお互いゼロから築くはずの関係であったギルドと俺の信用はマイナス方向であり、俺が破壊したギルド内の賠償や命の危険性について考えると言うことを聞く気にもなれない。


「そう言わないでさ、頼むよ。娘がした事についても聞きたいし」


「娘?」


「君の受付をした子、どうだい?可愛いだろう?」


「あぁ、そうなのかもな」


こちらの警戒を解こうと軽口を叩いているのだろうが、そんな事はどうだっていい。

問題は彼女の行動に問題があったかなかったか、だ。


「なぁ、それで?正直言って俺は大切な連れを侮辱されて、自身の職も貶されている。正直ここが不快で仕方ないんだ。来てください、わかりましたって付いて行って攻撃されない保障がどこにあるんだ?」


「それは、すまない事をしたね。止めるのが遅くなって申し訳なかった」


「下が犯した失敗は上が贖う。正しいが正しくない、俺はそれを求めていない。本人のミスは本人が贖えば十分だ」


「君は面白い人間だね」


「フジ ミドウだ」


「おっと、これは失礼したね。私はエイル・オルディスだ。エイルと気軽に呼んで欲しい」


「わかった。それで、エイルさん。俺をどこに連れて行って何の話しをしたいんだ?」


「何かをするつもりはないよ。ただ何故こんな事になっているのか、と言う話が聞きたいだけなんだ」


「証明は?」


「出来ない、だが…娘を奴隷に落とそうかと思う」


何を言っているんだ?正気か?

それだけの覚悟があるって事なのか?この世界の常識がわからないからそういった対応を取られても気分が悪くなるだけなんだがな。


「はぁ、わかった。付いていこう。だが奴隷にはしなくていい今はな。話が終わった後でそれは決めればいいだろう」


「…ありがとう」


「子供を持つ親の気持ちはわかるからな」


実の子ではないが従魔契約を結んだハーピーやラミアは既に娘みたいなものだ。俺だって自慢したいくらいだからな。


「そうかい…じゃあすまないね。こっちだ」


そういって壊れかけたカウンターの横から上がれるようになっている螺旋階段を上って三階まで行く。

二階は医療室や仮眠室となっているらしい。


「ここだよ。さ、入ってくれ」


「お先にどうぞ」


「信用されてないねぇ」


「される何かがあったか?逆ならあったが」


「ははは…」


嫌味だとは思う。だが俺は敵対した相手に容赦しない。

下手な情で絆されたりもしない。腹を空かせて生きるための行為なら元の原因は取り除いてやれるから別になるけどな。


エイルの後に俺とリリが続く。


正面に拵えられた大きな机の上には書類が山積みとなっており、壁には剣やらドラゴンの頭の剥製やらが飾られており少し物々しい。


上等そうなソファーに挟まれた長テーブルは木の質感がよく出ており、相当拘って作られているのが感じられる。


「いい机だ」


「そこ?!でもわかっちゃう?ボクの里の木を切り出してきて作っててね。お気に入りなんだ」


「わかるさ。流れるように滑らかな年輪は生きた重みを主張しつつ、それでいてうるさくない。一見使いにくそうに見える波打つ形状は柔らかく、生き物のようにしなってソファーに座った人間との距離感を保ちつつ空間に温かみを与え、表面は木材の味を生かした仕上げとなっている。見事だ」


「あ、あぁ。そこまで言ってくれてボクも嬉しいよ…あぁ、ごめんね。どうぞ、座って」


なんだ?滅茶苦茶いい机じゃないかと褒めたつもりだったんだが…


まず先に俺が座り、その横にくっつくようにリリが座った。


「仲がいいんだね」


「見ての通りだ」


「奴隷じゃないの?」


「面倒ごとを避けるためにそういった体を取っていたが、次に言ったら出て行かせてもらう」


「あぁ、ごめんね。すまなかったよ。つい珍しくてね」


同じ人だろうに。エイル自身はそういった嫌悪感がないようなので気にするほどでもないのだが。


「それよりも本題に移ろう」


「そうだね。それじゃあまず、何があってああなったのかを教えてもらないかな?」


俺はリエラ嬢と冒険者登録の件から話し始めたのだが次第にエイルの顔は険しくなっていく。


「とまぁそういう事だ」


「はぁ…」


「他の冒険者がどうかは知らない。あの冒険者に対しても戦意を失ったあたりで見限った。だが剣を抜いた時点でどちらかが死ななければそれは戦いじゃない、遊びだ。戦いとはそういうものだろう?」


「そう、だね。ミドウ君の言う通りだ。そして冒険者同士の基本諍いにギルドは関与しない。だが、現時点に於いてもミドウ君は登録完了していないので一般人だ。いくら強くてもね。だから止めなければならなかったはずなんだ。これは冒険者ギルドという存在全てに対する信用と信頼の問題だ…」


だろうね、としか言いようがない。俺は戦えたがこれが戦えない一般人ならば一方的な暴力になる。そうしたら冒険者ってのは何もしない一般人に危害を加えるならず者ということだ。


誰がそんなところに依頼をするのだろうか?村に魔物が出たから倒してくださいと言って来てもらったらその魔物を倒す力を持った更なる魔物のような奴らがやってくるのだ。おちおち寝てもいられないだろう。


「俺はこれをネタに強請るつもりがないからそこは安心してくれ。自分の力でやる事に喜びを感じるんでな」


「そう、かい…」


エイルさんや。もう問題が大きくなりすぎたからってこっちを疎かにしないでもらえませんか?いや、苦悩するのはわかるよ?俺も同じ立場だったらそうなるだろうからね。


「それと、まぁ一つの提案だ。リエラ嬢の罰則はなくていい」


「それは出来ないだろうね」


「まぁ聞いて欲しい。確かに俺の受付を担当したのは彼女だ。でも、そういう制度があるかは知らないが彼女は俺の専属じゃない。だから誰の所に並んでも同じ対応を受けたかも知れない。そうなれば受付嬢はあの場に三人居た訳だから誰かが止めなければいけなかった。だが誰一人として止めていない、つまり連帯責任ってやつになる。そうなると誰がそんな受付をしたい?誰もいなくなるだろう。だから、彼女達の罰則はしないほうがいいって話だ」


「うーん…一理、あるか…」


「本音を言えば、俺は奴隷ってのが好きじゃない。だからそういうのは視界に入れたくないってところだけどな」


「ははは、君は正直だね」


「もっと言えば俺は腹の探り合いが嫌いだ。エイルが何を画策しているかは知らない。だが一つ教えておこう。俺は敵対するものに容赦はしない。それは小細工をした本人が決める事ではなく、された相手が決めることだ。言ってる意味わかるよな?」


「あぁ、わかったよ。そうなると君はなるべく貴族の前に出ないほうがいいかも知れないね」


「だろうな。関わりたくもない」


史実を読んでも小説を読んでも貴族ってのは面子が大好きな生き物だ。エイルの話からも元の世界とこちらでも違いはないのだろう。


「それで君は何が望みかな?お詫びも兼ねて個人的に出来るだけ、応えたいと思うんだけど」


「ない」


「え?」


「ない。そもそも、もう冒険者ギルドに関わるつもりがない、と言っているんだ」


「えぇ?でもお金を稼ぎたかったんじゃないの?」


「錬金ギルドがあるだろう?」


「でもあっちは研究職みたいなものだよ?」


「料理も研究みたいなものだしな。彼女、リリから聞いたが魔石の買取に関しては錬金ギルドでも出来るそうじゃないか」


「うーん…痛いなぁ」


「それは俺の知った事じゃない。エイルさんを恨んでるわけじゃない。ただ、関わりたくないんだ」


「でも強力な魔物と戦うには仲間がいるだろう?」


そうくるだろうとは思ったが強力な仲間、というか家族が居るからな…別に困ったりはしないと思う。

それにAランク上位なら死にかけたが一人で倒しているのだ。囲まれたら流石に無理だろうがそんなのがゴロゴロしているところに一人で行ったりするつもりはない。そんな場面に出くわした時点でパーティーを組んでても蹂躙されるだけだろうし。


とりあえず一人でも戦えますよと牽制しておこう。


「俺が狩って手に入れた魔石だ」


「かなり、大きいね…Bランクくらいかな?」


「オークグラップラーだ」


「?!リリ君も戦えるのかい?!」


「それはミドウ様がお一人で倒されました」


「えぇ?!」


「ちなみに、タイラントマッドグリズリーもお一人で倒されています」


「はいぃ?!何か証明できるものはないのかい?」


「持ってないな」


「あります」


えぇ?!リリさん?いつの間にそんなものを?


リリが取り出したるはレモン電池ならぬオーモ電池によって破壊された大熊の角。


「いつの間に…」


「戒めに、と回収させてもらってました…勝手にすみません」


「いや、いいんだけどさ」


「ちょっと検分させてもらっても?」


「俺はいいけど、今はリリの持ち物だから本人に聞いてもらえる?」


「私は構いません」


「ありがとう、じゃあちょっと待っててね」


そう言って角を持ったままエイルは俺達を置いて退出したのだが、普通ほったらかして行くか?

何か怪しいんだよな…俺とリリの会話を盗聴する可能性を考慮するべきだろう。


「あの、ミド…」


彼女が何かを問いかけてきたが今は喋らないほうがいい。


彼女の唇に手を当てて静かに、と伝える。


クーの盗聴魔法…じゃなくて風魔法はかなりクリアに音を拾っていたので声を小さくしても無駄だと思い、今は喋らないようにする。


しばらくすると、エイルはごめんごめんと謝って戻ってきたがどこか怪しく見えてしまう。


「いやぁ本当にタイラントマッドグリズリーの角だったよ。何か他の素材はないのかい?」


「食べたからない」


「え?」


「食べたんだよ、全部な。美味かった。俺は料理の食材を集めるのに便利そうだと思ったから冒険者を選んだだけだ。だから毛皮以外は骨まで喰う。だから魔石と毛皮以外は売るような素材は残らない。金に困ったら売るかも知れないが、そうじゃないなら喰う。だから錬金ギルドでも十分だ」


暗にお前らの所に素材を卸すつもりはない、とだけ言っておく。

エイルが嫌いなわけじゃないし、怒っているわけでもない。ただ、怪しい真似をするなと言ったのに疑われるような事をしたりするのだからマイナスの信用が戻ろうにも戻らないのだ。俺の誤解だったとしても今はそうとれるような行動は控えなければいけない場面でしているのだから仕方ないよな。

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