第十九話 俺はオーガではない
俺は今、洞窟に存在する全ての人から鬼気迫る表情で見つめられている。
それはビートを使った砂糖の抽出。つまり、甘味だ。
あれから数日経ち、だいぶ皆も落ち着いてきたのでこっそり試し始めたのだが匂いでバレてしまったのだ。
食後のデザートも考えていた俺はラミアの住処でビートを見つけたときにそういえば甜菜糖ってのがあったな。煮て、石灰処理を行うんだったか?何かで代用して作れないだろうか?などと考えていたので、洞窟内の水晶を石灰の代わりにしたらそれなりに形にはなってきたのだ。
「どうなんですか!ミドウ様!」
「旦那様?」
「ミドウさん~?」
「ミドー!」
「落ち着けお前達。急いては事を仕損じる。そんなに睨まれても駄目だ!」
ミラ達お手製の漉し器を使い、結晶をのみを取り除き、小さな結晶を皆に渡していく。
甘い匂いがたち込め、誰のものか、ゴクリと喉が鳴った。
「お待ちかねの実食だ…!」
言うやいなや、皆はそれをペロっと舐め始める。
「甘いです~」
「はぁ…ふふっ」
「美味しいっ!」
「オいシー!」
俺も舐めたのだが精製された砂糖を知っているとどうしても強いエグ味が残るこの砂糖は満足できるものではなかった。
駄目だ!こんなんじゃ!と思っても幸せそうな彼女達のいる前で言う事はできない。
うーん…課題だが、機材もない現状ではできないし何より機材があってもそれを活かせる知識がないからな…
まぁ研究してなんとかこれを活かせるデザートを考えるべきだな。
気持ちを切り替えてそろそろ後回しにしてきた事をすることにしよう。
「それでだ、ここも落ち着いたし皆もしばらくは生活できるだろう。なので俺は街へ向かおうと思う!」
反応は様々だったが元から言っていた事なのでそこは諦めてもらうしかなく、ちゃんと迎えに来るからと宥める事で納得してもらった。
江戸時代の薬箱のような作りになっている鞄をラミア達からもらい、ハーピー達に抱えられて森の外まで運んでもらった。
クーはいつの間にか卵を産んでおり、お弁当として3つ鞄に入れてくれた。ありがとうな。でもクーさんよ、生の卵はお弁当にはならない。
見送りは絶対にすると言うので俺はクーに抱えられて運んでもらった。
「ありがとなー!」
「ありがとうございました」
「ピィ!ミドー、寂しイ!」
「待ってますよ~」
ハピ子は最近あまり構ってあげられなかったのでクーの前なのにスリスリと摺り付いて泣いている。可愛いやつめ。でも漏らすのはやめろ。
ハーピーのおかげで早く着けるとリリから聞いているので少しくらいはいいだろう。
ピイピイと泣くハピ子や他の子供達をあやしてからまたなと別れて街道に出る。
太陽は高く、蒼く澄み渡る空が続く。気持ちのいい天気に気分も高まる。
「王都にはどんな料理があるんだろうな?」
「ミドウ様程美味しい料理を作れる人はいませんよ」
「ありがとう、嬉しいよ。でも、上には上がいるし競うことで技術があがり、美味しいものが作られていくんだ。慢心しないことが大事なんだよ」
「そう、ですね。心に刻みます」
ははは、固いよ。なんて説教染みた話をしながら歩き続けると数時間と言った所だろうか。
日が少し傾き始めた頃、遠目に巨大な囲いに覆われた建物が見え始めた。
「ミドウ様、あれが王都です」
「おぉー流石にでかいな!」
防壁は高くその周りを囲むような堀がある。中は川が流れており、用水としても利用されているそうだ。
王都へ入る道は橋が掛けられており、そこで検問を行っていた。
近づくにつれてリリは口数が少なくなり、表情も強張っている。
「リリ、大丈夫か?ほら、手」
「ありがとう、ございます」
差し出した手をいつものように摘むのではなく、指を絡めてしっかりと握る。恋人つなぎと言うやつだ。
手に滲む汗から彼女の緊張が伝わる。
亜人族の国でもない限り人族が多く住む都市と言うのは多種族に対しての風当たりが強いと言うことは聞いていたので今は彼女が満足するまで握らせていよう。
王都の検問には幌馬車や腰に剣を佩いた人など様々な格好をした人達が並んでいた。
見たところ殆どが人間族のようで、剣を佩いた人達の中にチラホラと獣人種の人達が見える程度だ。
「やっぱり、人間族が多いんだな」
「そう、ですね。ミドウ様。私はこれからミドウ様の奴隷として振舞わせていただきます」
「…わかった」
基本的に奴隷は持ち主の意向無しに危害を加えてはいけないらしいので要らぬ争いを起こさないため事前に打ち合わせをしていたことだ。
だが気持ちのいいものではない。それに俺は自分が思うほど寛容ではないのだ。
多少嫌な気分になったが門番の元へ行くと簡単な挨拶を済ます。
「ようこそ王都シュルトベルグへ。入場一人銀貨1枚となります。ない場合はお貸し致しますが5日以内に返金ください。もしそれを過ぎますと捕縛の上、最悪奴隷落ちとなります」
「わかりました。申し訳ないが貸してもらえないでしょうか」
「わかりました。それではこちらが貸付証とお金になります」
「ありがとうございます。そうだ、ギルドの場所を教えてもらえませんか?」
「ギルドは噴水の広場から王城の方を見て右側が冒険者ギルド、左側が錬金ギルドです」
一応お金の目途は立っている。オークグラップラーの魔石だ。リリ情報ではこれを売れば金貨2枚程度にはなると言うのだ。捨てるところがないって素敵な生物だなオーク!
ありがとう、それじゃ!と挨拶を済ませて王都に入ると街は活気があり、まさに中世ファンタジーだ。
整備された道の両脇にはテントが張っており、吊るし売りされている肉に見たこともない野菜。かと思えばそのままホウレンソウや柿のようなものが吊るされていたりと少し不思議な感覚だ。
「今朝入ったばかりのオーク肉があるぞー!」
「こっちは取れたばかりの新鮮なジュエルビーンだ!」
「レッドベリーが甘いよー!」
朝市のような活気のある売り子の声。
だが今は金がないのだ。冷やかしは出来ない、耐えろ…!
「俺も早く魔法使いたいな」
そんな話をしながら歩いていると噴水がある広場に出た。
「右手が冒険者ギルドで左手が錬金ギルドだったな」
「はい」
道の確認を取って右手へと進むと他とは少し違う建物が見え始める。
アールヌーヴォー調の豪奢な建物。趣があってなかなかいい。
「あれが冒険者ギルドか?」
「そうだと思います」
「よし、じゃあ行こうか」
ドアを開けて中に入ると正面にはピシっと制服を着こなした美しい女性が三名ほどカウンターに立っておりその前に並ぶ男達。
右手側にはバーのようなカウンターがあり、ウェイトレスが元気に歩き回っている。
その反対には木で作れらた円形のテーブルがいくつも置かれ、待合場所のようになっており壁際に立てられた大きなボードの前には人だかりが出来ていた。
「おぉ…これが冒険者ギルドかぁ!」
思わず声が出てしまったが騒がしいギルド内の喧騒に掻き消されて聞かれてはいなかったようだが、リリの耳にはしっかりと聞こえていたようだ。
「ふふっ。ミドウ様子供みたいですね。可愛いです。あっ…失礼しましたご主人様」
今更遅いぞ。なんて思いを込めてリリを見ると薄く笑っていた。
少しは緊張が取れたみたいだな。
気を取り直して開いていたゆるいウェーブのかかった緑の髪の受付嬢がいるカウンターへ向かう。
「いらっしゃいませ。本日のご用件はいかがされましたか?」
「冒険者登録をしたいんだが」
「えっ?」
「だから、冒険者登録をしたいんだが」
「え、あ、はい!失礼しました。職業はいかがされますか?」
「職業?俺は料理人をしているので料理人で」
「はい?料理人、ですか?」
「そうだが、問題が?」
「問題といいますか、その…」
なんだ?要領を得ないな。料理人は冒険者になれないのか?はっきりしてくれよ。こういうカウンターは手間を取ってしまうと後ろで待っている人からのプレッシャーが凄まじいんだ。ほら見ろ!めちゃくちゃ怒ってるじゃないか。現代人はこのプレッシャーに弱いんだよ!
「おい、てめぇ何リエラちゃん困らせてるんだ?」
ほう、この手際の悪い受付嬢はリエラと言うのか。
振り返るとキレ気味に話しかけてきたのは胸にブレストプレートを付けた屈強そうな男。冒険者と言うよりは山賊と言った方が正しいだろう。
それよりも言葉遣いがなってないやつだ。初対面でいきなりそんな喧嘩腰なのはよくないぞ?威圧外交か?
「困らせてると言うか、困ってるのは俺なんだが。冒険者登録したいだけなのに渋られたんでな」
「あぁん?てめぇみたいな変な格好をした野郎が冒険者にだぁ?ここは遊び場じゃねーんだよ!」
なんだ?森の中ではほぼずっと上半身裸だったが今はコック服を着ている。おかしい所は何もないはずだぞ。ひょっとして裸じゃないから?そんなはずないよな…
「これは戦闘装束だ。俺は料理人だからな」
「あぁ?料理人如きが何舐めた事言ってんだ。しかも獣人なんて連れてやがって。くせーくせー。お前みたいな獣人くせー奴の料理なんて不味くて誰も食うわねぇよ!」
「安心しろ。俺は食べて欲しい人間に食べてもらえれば幸せなんでな、お前のような人間には頼まれても頼まれなくても料理を作る気はないからな。それよりも、リリを侮辱した事を取り消せ。彼女は良い香りだ。それと、俺の事はどうでもいいが料理人如きって事もな。」
「ミドウ様…」
リリさんや、照れるところが違うだろう?しかもご主人様、じゃなくてミドウになってるぞ?しっかり!
「あ?それに料理人なんてのは魔物を倒すことも出来ない、俺達が稼いだ金をむしり取り、俺達が居なければ魔物の食材すら手に入れられない奴らだぞ?しかも獣人に謝るだぁ?ぎゃはははは!笑わせんなよ!ここはママゴトする場所じゃないんだよ!」
冒険者ってのはこんなんばかりなのか?ミラ達の住処を襲ったやつらに絡んでくる奴ら。
しかも受付は仲裁しようともしない。
うんざりだな。
「はぁ…」
「なんだ?ため息とかナメてんのか!」
「いや、ここが厨房じゃなくてよかったなってお前を哀れんだだけだ」
「んだと!?死ねやぁ!」
腰の剣を抜いていきなり斬りかかってきたぞ?
なんて短気な奴なんだ。それよりもここまでしても止めないとかどうなってんだ?俺はまだ冒険者じゃないんだぞ。いいのか?一般人に剣を振りかざしても。
「ここは俺の戦場じゃないんだが。お前、マズそうだし」
「あぁ?!てめぇ何わけわかんねーこといってんだ!」
「ここが厨房ならお前を既に殺してるって言ってるんだ」
「やれるもんならやってみろやああああ!!」
やっちゃっていいの?料理人を馬鹿にした事やリリを侮辱した事で俺も既に限界だったんだ。
本人からお墨付き貰っちゃったし、ヤっちゃうよ?止められてないし。
本来ならばリエラ嬢に問題の有無について確認を取って置くべきなのだろうがこの子は職務放棄しているようだし何より一般人に剣を振りかざしたのだ。今すぐヤってしまおう。
「リリ、これ持ってて」
「お気をつけて、ミドウ様」
「ありがとう」
興奮して目を血走らせている冒険者はフーフー言いながら様子を見ていたのでテンガロンとコック服を脱ぎ、リリに渡す。
「じゃあ始めようか。ほれ」
カーンと中華鍋を叩いてゴングを鳴らす。
「なああめやがってええええええええ!」
相手の得物は博物館で見た事があるシンプルな作りのロングソードのようだ。
ヒュンヒュンと音を鳴らして振りぬかれる剣は鋭く、そこそこ強い。
だが、純粋な強さで言えばグラップラーの方が強いだろう。
「へぇ、結構やるじゃん」
「てめええええええ!」
俺は素手なので剣を当てられたら斬られてしまうから打ち合う事が出来ない。
回避に専念していると相手も少し余裕が出来始めたようだ。
「避けるばかりだなクソザコがああああ!その腰のはおもちゃかああああ?」
「包丁は武器じゃないからな」
お前は武器がなくても倒せると思われたのだろう。更にエキサイトし始めた。
様子を見て誰か止めてくれるかと思ったがその様子もない。
避けるのも面倒になってきたし、そろそろいいだろう。
「オーガって生物がいるだろう」
「なんだぁ?いきなり。それがどうした!」
「鬼ってのはな、俺の国で人を食う生物らしいんだ。読み物の知識だけどオーガは鬼にそっくりでな。つまり人間ってのは食材ってわけ。だから、見方を変えればお前はただの肉だ。お前を殺した後は魔物の餌にしてやるよ」
「やってみろやああああああ!」
攻撃は激しさを増すが怒りすぎではないか?煽ったつもりはなかったのだが怒りで振りが単調になっている。
「うるせぇよ。戦いの最中にベラベラ喋るな」
首を狙った大降りな一撃に合わせて腰を落とし相手の懐に踏み込み震脚でで足を砕いた。
「ぎゃああああ!」
「死ね」
「ひぃい!ごめんなさい!ちょっとしたおふざけだったんですぅ!料理人様の事を馬鹿にした事も獣人の事も謝りますからぁ!」
足を砕かれただけで戦意を失いやがった。マジか?
だがもう手遅れだ。今ここで謝られてもそれは謝罪ではない、単なる延命処置だ。
中途半端に生かしても殺してもその仲間や本人から逆恨みされるのだ。ならば戦いの摂理として殺す。その覚悟を持って剣を握っているはずだと俺は信じているからだ。
「お前はなんで剣を握ったんだ?」
「それは…」
「まぁ答えられないだろうな。お前には覚悟がなかった、何かを殺す際のな。俺はある、だから食材に感謝をして殺し、殺したからこそ食べる。だが、今から俺がやるのはただの殺しだ。お前を生かす事で俺の大切な人や何かを傷つける可能性があるから殺す。やった後の立場がどうのじゃない、やらなくて後悔するくらいなら俺はやって後悔する。わかるだろう?」
言っている意味を理解したのだろう。今は情けなく涙を流し、骨が飛び出た足を抱えて震えている。
「うぅ…う…」
じゃあな、と頭目掛けて足を踏み下ろした




