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戦料理人は異世界も喰らう  作者: 世見人白洲
第一章 森の暮らし
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第十八話 ラミアさんは有能

まだ朝が白ずみ始めた頃に目を覚ますとラミア達は既に準備を終えていた。


「あら、おはようございます」


「あぁ、おはよう。待たせちゃったみたいだな」


「いえ、私達が楽しみで気が急いていただけですから」


「そうか。じゃあささっと皆で行っちゃおうか」


リリやハーピーたちにも挨拶を済ませて住みかに向かう。


位置的に住居は湖とハーピー達の住処の中間の辺りにあるらしい。


飛ぶハーピー達と滑るように高速移動するラミアに着いていけず、リリがリタイア仕掛けたが俺が背負って走り抜けるという強行軍になってしまったのはご愛嬌だろう。


半時もしないうちにラミア達が移動速度を緩め始め、森の中から場違いな薬草の匂いが漂い始めると少しだけ開けた場所に畑が見えた。


「あれが?」


「えぇ、そうね」


シュルシュルと俺の元までやってきたミラが肯定し、俺の手をそっと握ると誘導してくれる。


畑は小規模だが細かく区分けされており、様々な薬草やら野菜が実っている。だがやはり面積が大きくなく、数が少ないので食べるのに困るのは明白だった。


「なるほどな、下手に大きくすれば他の生物に目を付けられるし、開墾するのも難しい。苦労したな」


「そうね。他の子達が何とか凌いでくれたけど。やっぱり、ね?」


先ほど匂った薬草の匂いは魔物が嫌う匂いらしいのだがハーピー達はケロっとしていたのでクーに理由を聞くと風魔法を体の周りに循環させて匂いを散らしているからだとか。やはり便利すぎる風魔法…


俺は魔法を使った事はないが話を聞くと使いすぎると精神的に消耗するらしいので、そちらの心配をしたのだが彼女は飛ぶのと一緒です~と笑っていた。


ちなみに、薬草の匂いは薄荷のような匂いを発しており、俺は薄荷が好きなので気にならない。リリもいい匂いですねと言っていたので後で分けてもらって検分する事にしよう。


「俺は香草を見せてもらっててもいいか?」


「いいわよ。じゃあ私達は準備するわね。と言ってもそんなにものはないからすぐ済むでしょうけど」


「もし気になるものがあったらちょっとだけ味見してもいいか?」


「ちょっとだけ、ならね」


「ははは、わかってるよ」


じゃあまた後で、と簡単に会話を済ませてラミア達のハーブ畑をリリと見て回ることにした。


ここは素晴らしい場所だ。ラミア達が育てていたのは胡椒に唐辛子、ピートにトマト、オリーブに胡麻と料理に欠かす事のできないものばかりだった。


リリに植物の名前を聞いてみたが彼女も知らないと言うのでそのまま知っている味に名前を当てはめている。見た目も殆ど変わらないからな。

意外と近い生態系をしているのかも知れない。俺としては大助かりだ。


「熱心ね、そんなに面白いかしら?」


「最高だ!」


「そ、そう。それならよかったわ」


蛇の足は音を立てる事が全くないので気がつかなかったがミラは準備を終えて他のラミア達と俺の様子を眺めていたようだ。


しかも俺に褒められた事がよっぽど嬉しかったのか皆で顔を赤らめて背けているが口元が全員緩んでいるので丸わかりだ。


彼女達は森で静かに薬草類を育て、研究していたのだろう。そしてその成果が始めて他の誰かに認められた。その喜びは俺もよく知っている。


俺も自然と嬉しくなって笑ってしまった。


「ここは凄い。本当に。俺は宝の山だと思う。ミラ達ラミアの努力もな。これからはその努力を俺がもっと知らしめてやる。共同作戦だ!」


おー!と意気込むとリリは恥ずかしそうに小さく声を出し、クー達は歌い、ミラ達は泣いた。


人間種、獣人種、魔物。小さな世界の縮図が作られていく。それは料理人が皿の上に己の世界を表現するように、この森の中に世界が作られている。


長だなんだと言う垣根はなく、仲の良い姉妹のように今はどっと集まって来て泣く五人のラミア達。


ふと思うと、この集団はいつも誰かが泣いている。それが悲しく、辛い涙じゃない事を願い、これからもそんな事がないようにしなければと自分を戒める。


「私は、幸せですよ」


難しい顔をしてしまったからかそっと後ろからリリが背中にくっついて優しい言葉を掛けてくれる。


「ありがとう…」


背に隠れるようにくっつくリリの顔は見えない。


しかし、今は見ないほうがいいだろう。

いつもとは違う立ち位置に。この世界に孤独で居たかも知れない俺を救ってくれたリリに、皆の温かみに、助けられているのだ。


気がつけばミラ達は泣き止み、ハーピー達も地面に降りてこちらをじっと見つめている。


「どうした?」


「あら、旦那様はお気づきではないのかしら?」


「ミドウさん~怪我でもしました~?」


「ミドウ様…?何故泣かれているのですか?」


俺は気づかなかったが、涙を流していたようだ。


「いや、なんでもない。ちょっと嬉しい事があったからな」


何が?と皆はわかってないみたいだが、そのうちわかるさ。と誤魔化した。


本当は皆わかっているのかも知れない。


「もういいだろ?行くぞ」


多少無理矢理だったが皆ははいはい、と薄っすら笑いを浮かべている。そこはそっとしておくのが人情ってものだろう?恥ずかしいじゃないか。


ハーピーの住処に向かって歩き始めるとリリは俺の指を握り、ミラは反対側の腕にしがみつき、クーは背中に飛び乗ってきた。


「おも…」


指が折られそうなほどの圧、肩が外れそうな程の締め付け、エビ反りになりかける程のキャメルクラッチを喰らった。


命の重みだ。そりゃ重いよね!はははっ!


「お、俺は幸せものだナ~」


不用意な発言により俺は全身を痛め、鋭い視線を体に突き立てられながら辛い家路を急いだ。


皆で住処を開けてしまったが住処に戻るとハーピー達は部屋を見て回ったが流石は高位の魔物の住処なだけはあり、侵入者の形跡はないとの事だ。


「そうか、人安心だな」


「そうですね~それで~ラミア達の住む場所なんですけど~水辺の近くがいいというので~食料庫になりました~」


もともとあそこは殆ど空になっていたし、元気になったハーピーが狩った獲物は水がある部屋に運び込まれていたので特に問題はなさそうだ。


クーもミラも関係は良好。最初こそちょっとしたすれ違いはあれど今では家族も同然なのだ。


それに彼女達の薬草知識も素晴らしい。

少し様子を見に行ったら彼女達は流石は蛇と言った所で、土と水の魔法を使用できるらしく魔法を用いてあっという間に畑をこさえてしまった。


「凄いな。」


「あら、いらっしゃい。面積も広いし、いい場所を貰えたわ」


「よかったな。俺もミラ達のおかげで色々できるし、嬉しいよ」


食料庫は彼女達の元の住処の三倍以上はある。クーになんでこんなに広いのか聞いたら獲物は獲れるときに取れるだけ取るからとりあえず広く作っちゃったらしい。


あぁ、そうだね…としか言えなかったがそのおかげで畑を広げられて香辛料や野菜が手に入るのだ。運がよかったと思っておこう。


ちなみに元から植えてあったものは皆で摘み取って回収済みなので今日はそれを使った料理にするつもりだ。塩と胡椒に加え、胡麻とトマトまであれば幅はかなり広がる。


彼女達が喜ぶ姿を思い浮かべると楽しみで仕方ない。


「料理、楽しみにしててくれよ」


「えぇ、楽しみにしてるわ」


水場に向かい体をさっと洗うとやっとコック服を着た。ずっと半裸だったからしっくりくる。


ふぅ、と一息ついて気持ちを落ち着けて下拵えを始めると入り口にリリが立っていた。


「どうした?」


「あの…私も、何かしたくて…」


そういえばリリ戦闘はできないのでずっと気にしていたようだ。とりあえず色々試すのは悪くない。

それにサハギンやリザードマンを解体した手際も悪くなかった。むしろファンタジー生物に対する知識が全くない俺と比べれば十分すぎるほどだった。


「それじゃあ、今からリリを補助に任命しよう。俺は厳しいぞ?」


「はい!」


ミラ達の文化水準は高く、木の革で作った器などを貰い受けていたのでその中にトマトを潰して塩を振ってピューレを作った。


薪に火を起こし、鍋を掛けるとサハギン肉やリザードマン肉をあぶり、塩と胡椒で味を整えピューレを軽く炒め、胡麻やオリーブでソースを作りに入る。


生胡椒なので芳醇な香辛料の匂いが吹き抜けの洞窟内を駆け抜けると皆がぞろぞろ集まってきた。


「さぁリリ。空腹さんが大量にやってくるぞ!」


「私もお腹空いてきちゃいました…」


「ははは、そんなもんだ。でも俺達は作り終わってからな?」


「うぅ…辛いお仕事なんですね…」


「それを吹き飛ばす程のものが、これにはあるんだよ」


「どういうことでしょうか?」


「そのときになればわかるさ」


こればかりは人によるからな。でも、リリならばわかってくれると思う。


楽しみですと笑うリリに作業の再開を伝え、皿を並べるとサハギンのトマトソテーとリザードマンのマリネを盛っていく。オリーブ油の精製は俺の鍛え上げた筋肉と潰しに潰してラミアお手製の漉器で作った。と言っても効率のいいものではないので量は少ない。


「良い香りです~」


「ふぅ…こんなに良い香りなんて、お腹が鳴ってしまいそうだわ…」


「お、来たな。席に着いて待っててくれ」


はーいと他のハーピーやラミア達も思い思いの席に座っていく。


「じゃあリリ、配膳頼むな」


「わかりました!」


ふんっと荒い鼻息を放つリリに少し笑いが零れる。


リリのおかげで配膳も手早く済ませ、皆で食べ始めた。


ちなみに、ハーピー達が食べやすくなるような機器の製造をミラ達と考えていたのだが、クー達の羽根はかなり繊細らしく、何かを取り付けるのはやめて欲しいと本人から言われたので翼を使って支えられるように三角コーナーのような器を作ってもらい、流し込むように食べている。


熱いときはどうやって冷ますのか聞いたら風魔法だそうだ。やっぱり便利すぎる…



「何これ…信じられないくらい美味しいわ…」


「ほぁぁぁ~」


そこかしこから笑顔と驚きが飛び交い、俺は少しボーっとリリを見遣った。


「どうだ?俺の言った事、伝わったか?」


「はい…なんか、こう。胸が温かくて、疲れや悩みなんて全部なくなってしまいました」


「ははは、そうか。リリならわかると思ってたよ」


「あの、ミドウ様。これからも私に料理をさせてもらえませんか?」


「んー?いいんじゃない?俺に確認とるようなことじゃないよ。思ったまま、感じたままでいいんだよ」


「ありがとうございます!でも、流石に私はミドウ様みたいに何でもは食べれませんけど…」


「まぁ、そこは人それぞれだ」


それぞれ、と言ったが料理の道は長く険しい。常に味への探求、食材への冒険をしなければ舌が慣れ、腕は落ちる。

駄目だとはいわない。だが…現実はそれほど甘くない。俺と共にいて料理に関わると言うことはこれからも何でも口に入れる事になると言うことだぁー!はーっはっはっは!


などと思っても口には出さない。

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