第十六話 同族?いいえ、違います
ラミア達はホクホク顔で肉を抱えている。
クーも来ると言いだしたのだが住処や群れをどうするんだと小言を言って何とか宥めたのだがまたしても俺はコック服をモノ質に取られてしまったのでテンガロンを被った半裸男だ。腰に包丁を佩き、洋パンを腰に掛ける。中華鍋は直当てが嫌だったのでリリに背負って貰った。
ブーツをギュッと鳴らして準備は整った。
「行くぞ!」
気合十分に言ったはいいがハーピーに抱えられないと住処の外に出るのも大変なので大変締まらない始まりとなった。
恥ずかしくて顔で肉が焼けそうだ…
「大丈夫ですよ、ミドウ様。格好よかったですから」
「やめて…リリ、やめて…お願い…」
優しさが今は辛い。
「改めて、出発だ!」
ラミア達はクスクスと笑い、リリは静か立っている。
好きなだけ笑うがいい!
ラミア達に先導を任せてハーピーとリリに広域警戒をお願いする。
そしてハピ子はリリの護衛だと言うのに俺の背中にガッチリホールドをキメている。
ハピ子の温もりが随分久しぶりに感じるが、実質一日しか経っていない。基本ハピ子はクーがいないと騒がしいから久しぶりに感じてしまうのだ。
ハピ子も俺の背中が懐かしいのか激しく体をこすり付けている。嬉しいが肌が剥けそうだから止めて欲しい。
「結構遠いのか?」
「そうでもないわよ。」
「そうか…」
足が蛇だからか、それとも早く帰りたいのか彼女達の移動速度はかなり速い。気付いているかはわからないが俺とリリは既に小走り状態だ。
それから早々にリリはリタイアとなりハーピーに掴まって飛んで移動し、俺は走った。
おかげで太陽が頭上を通り過ぎる事には目的の場所に着けたのだがラミア達も息を切らしているので急いでいたのだろう。
気持ちはわからんでもないが…
「もう着くわよ。でもサハギンもリザードマンも居るから私達は近づけないわ」
「わかった。俺一人で行くから大丈夫だ。ここまでありがとうな」
「なによ…帰れって言うの?」
「帰らないのか?」
「案内だけして後はほったらかして帰るつもりはないわ」
「付き合わせて申し訳ない。でも危ないと感じたら逃げてくれよ?」
「当然よ」
いつの間にか赤ラミアが代表のようになっているが仕方ないだろう。緑の子は静かだし、任せきっているようだ。
「ミドウ様、確かに近くから反応があります」
リリソナーにも何かが反響しているらしい。
茂みから顔を覗かせると森の中にはぽっかりと開けた場所があり、射し込んだ太陽の光が湖に反射し、キラキラと輝いている。
ほぉ~と感嘆が漏れた。
湖の規模はそれほど大きくない。しかし遠目でもわかるくらいに水は透き通っている。
「こりゃいい場所だな」
「あれがなければ、ですよね?」
「そうね、あれがなければね…」
「そうですね…」
そう、そんな美しい湖を蹂躙する視界の暴力。
「あれって…あれだよな…?」
「アレですね…」
「アレよ…」
「アレです…」
サハギンとリザードマンの交尾。お前ら全員オスじゃないの?オスとメスなの?もうわからないよ…
頭が魚、体はところどころに鱗を貼り付けた半漁人のサハギン。
太い尻尾を生やした二足歩行の爬虫類。トカゲ、立たせてみました。と言わんばかりのリザードマン。
その種族は、ある所ではサハギンがリザードマンの上に馬乗りになり、またあるところではその逆と言うおぞましい構図を作り出し、美しい湖の畔で情事に溺れていた。
お前ら魚だろ?溺れるなよ。
本来ならば生命を生み出す美しい行為なのだろうが、生理的に受け付けなかった。そういうのは人目につかないところでシッポリと行って欲しい。
「はぁ…吐きそう…」
俺が人間不信をこじらせる原因となった浮気現場を目撃してしまった気分の悪さを思い出し、胃液がこみ上げる。
「ミドウ様…」
「なに?どうしちゃったの?」
「さぁ…」
ラミア達は俺の拒絶反応にうろたえ、リリが優しく頭を抱きかかえてくれた。
いつもなら少し嬉しいのだが今は目の前が明滅し、リリの優しさでさえ気分が悪くなってしまう。
「リリ、ごめん…」
「いえ、私の方こそ…」
リリは物分りよく、自ら離れてくれた。何か埋め合わせしないといけないな…
「どうしちゃったのよ?そんなんで戦えるの?」
「大丈夫ですか?」
ふーっと息を吐き気持ちを落ち着ける。
「ちょっと色々あってな。もう大丈夫だ」
「ならいいけど…」
ラミア達もなんだかんだと心配してくれているようだ。
あいつらは魚だと自己暗示を掛けるように暗唱して気合を入れ直す。
「じゃあヤっちゃいますか」
情事に耽る奴等を強襲するのは少しばかり気が咎めるが、こんなところで無防備にしている方が悪いのだ。野生はどうした!危機管理が足りないぞ!
リリに作戦を伝え、包丁を渡しておく。
茂みから飛び出すとギョ!と叫んでサハギンは驚きリザードマンはギャウギャウ騒いでいる。
ギョ!って魚だけにか?どんなダジャレだよ…だが掴みと精神攻撃はバッチリだ。やればできるじゃないか。
リリ情報ではリザードマンは単体でD~Cランク、サハギンはDランクの魔物らしいが見ての通り、群れるのでそれなりの脅威になるらしい。
つまりAランク上位と殴りあえる俺の敵ではないのだが油断は禁物だ。噛み付かれれば皮膚が割けるかも知れないし、血が出れば失血死だってするのだ。
湖からもザバザバと飛び出してきてざっと20匹。
大漁だ!今日は宴かぁ?!
「ミドウ様!」
「ちょっとミドウ?!」
S&L(サハギン&リザードマン)の援軍にリリとラミア達から情けない声が上がる。
「大丈夫だ。見てみろ!美味そうだ!」
俺の頭は勝てるかどうかの心配ではなく刺身にマリネにと料理の事で頭がいっぱいだった。
リザードマンの尻尾はどんな味がする?サハギンの鱗はチップスにでもするか?そんな事しか今は考えられない。
「「「はぁ…」」」
アレを見てもやっぱり食べるんだ…と今度は違うため息が聞こえたが気にならない。なぜかって?君達も食べるからだよ!
あ、そういう意味ではなくてね?
「「「ギョギョー!」」」
漁業はこっちの仕事だ。と突っ込みを入れ、飛び掛ってくるサハギンとリザードマンの腹に拳を突っ込む。
相手は大熊に比べると全てに於いて速度が遅く、攻撃に脅威を感じる事はなかった。
サハギンは進化しないらしいがリザードマンは上位種と言うのがいるらしく、そいつらは水の魔法を使うらしいが普通は物理特化で魔法を使う固体はいないらしいので安心して処理できる。
体の大きさは180センチの人間大だが鱗が重いのか中身が詰まっているのか鈍重な足取りで近寄ってくるリザードマンは打撃が効きやすく、メキメキと音を立てて拳が吸い込まれていく。
「はーっはっはぁ!ドンドン来いよ!大漁だあああああ!」
若干テンションがおかしいが入れ食いなのは釣りでもなんでも楽しくなっちゃうだろ?
一発拳をキメては死んだのを確認し、リリ達の方へと投げ飛ばす。
ハーピー達は木の皮を剥がし、それを乾燥させると獲物を笹ちまきのように包んでいく。
「じゃんじゃん行くぜえええええ!」
気がつけば周囲は静まりかえり、その場に立つのは俺一人となっていた。煌々と輝いていた太陽は中ほどに落ち、後半時もあれば森で見えないが地平線の先へと沈むだろう。
「ヤったな」
「ふふっ。ミドウ様楽しそうでした」
「ミドウって人間?」
ラミアに人間かどうかを疑われたが俺は立派な人間だ。多分な。
しかし、困った事に大漁に狩りすぎてしまった。
俺とした事が…
S&Lの動きはトロかったが魚は足が早い。早急に消費せねばならない。
そういえばハピ子達ハーピーと緑ラミアがいないがどこいったんだ?
「なぁ、ハーピーともう一人のラミアは?」
「ミドウ様が狩り尽くすと思ってクー様とハーピーちゃん達を呼んできてもらうようにお願いしました」
「あの子はお肉を持たせて長と他の子達をここに呼んでもらうようにお願いしたわ。ハーピーも二人護衛についてくれたから安心よ」
使うことがなかったから忘れていたが俺とクーって念話が使えるんだよな…
『あー、クーさんクーさん。聞こえますかー結局呼びだしちゃって申し訳ないな。気をつけて来てくれ』
『ミドウさんは心配性ですね~皆で向かってますから大丈夫ですよぉ?でも、もう少しかかりますね~』
いつの間にか皆がここに集まる事になっていた。こりゃ宴だな。
『ありがとう大漁だから楽しみにしててくれよ』
『はい~』
念話を切ってクーへのフォローも終わらせる。
リリには解体をお願いしてあったので各部が綺麗に切ってあるのでそれほど急いではいないのだ。
ただ、解体する事と下拵えを行う事は別の技術になるのでリリは解体はできてもそこまではしていない。
大漁にある魚肉と…トカゲ肉?を湖の水が飲料として大丈夫か確認してから洗って捌く。
「ふっ…ついに来たな。この時が」
「「!!」」
リリとラミアは忘れてなかったのか!という顔をして固まってしまったが、俺が忘れる事などありえない。
悲しい事にオーモの実は数個しか持ってきていないし、岩塩もポケットに入る程度しかないので本当に対した事ができない。胡椒とかハーブが欲しい…
「まずはリザードマンの尻尾だ」
二人はゴクリと喉を鳴らす。だが俺は知っている。これは美味しそうで鳴らす喉ではない。
喰うのか?それ本当に喰うのか?冗談だって言ってくれと目が物語っているからだ。
尻尾は硬い鱗でコーティングされていたので包丁を二本使って鱗を剥ぐと中からは赤身でも白身でもない中途半端な色合いの肉がプリッと姿を現した。
握った弾力は強く、ねっとりと手に絡みつく粘液がある。恐らくこれが鱗をくっつけているのだろう。ひょっとしたら蛇の鱗みたいにナノサイズの脂質を分泌しているのかも知れない。そう思うと実に食欲をそそる。
尻尾は太く、ぎっちりと詰まった硬さがあるかと思ったが反して柔らかく、弾力があるので切り開かずに輪切りにし、まずは生食だ。
「食うぞ」
「「……」」
なんか言えよ…二人はじっと俺を見つめている。
少し気恥ずかしいが大振りの尻尾肉に喰らいつく。
味は蛙のように淡白。白身魚のようだ。
雑味は少なく香辛料を乗っけてアクアパッツァなどにすればかなりイケる。
握ったとき、手を湿らせた油は嫌味がなくさっぱりとした味わいで、べたつく事無く舐めとれば綺麗になるほどサラリとしている。
噛めば噛むほど柔らかさと滑らかさを持った肉質は舌の上でトロリと溶けていき、極上のトロのようだ。
「美味い!」
二人はそれでも黙って見ている。
疑っているのか?口に叩きこんでやる。
両手に肉を持ち、嫌がる二人の口にねじ込むと二人は体をビクビクと跳ねさせたがそのうち余裕ができると肉を舌の上で転がし始めて味わっている。
肉の不思議感覚に驚き顔は少しずつ蕩け始めていた。
味付け無しでこれだからな、料理にしたら絶頂物だろう。その時が楽しみだなぁ?!
「次は鱗だ」
「「えっ?!」」
「食うぞ」
「「……」」
二人はまたしても黙り込んでしまった。いい加減諦めて楽になっちまいなぁ?
鱗は触った感じかなり硬い。
キリモミで火をつけると洋パンを熱し、尻尾肉を炙って油を出す。
尻尾肉はなかなか油を蓄えているようでジンギスカンのように大量の油を出したのでそれを利用して鱗を揚げてみるつもりだ。もちろん肉は食った。
油に鱗を入れると水色の鱗はほのかに赤身を帯びたのをみて閃いてしまった。これは、海老の殻だ…たぶんな。
木の枝を洗って箸代わりにし、チップスをあげていくと油がついているうちに岩塩を削り、まぶすと香ばしい良い香りが漂う。
っく…鼻腔を蹂躙するこの芳しい匂いは海老天!パチパチと音を立てる桜色のチップスは湯気を立てている。
「食べるぞ」
「「……」」
パキィッ…と甲高い音を立てさせ鱗チップスは割れた。噛む程口から鼻の奥へ突き抜ける香ばしさ。堅焼きせんべいのような食感は酒のつまみにいいだろう。
ピリッと塩味の効いたチップスをボリボリと齧る音が夜の帳が下り始めた湖畔に木霊する。
ふと、二人の顔を見ると驚愕したように目を見開いていた。
「美味いぞ」
「「……」」
俺は立ち上がり、嫌がる二人の口に鱗チップスを突っ込んだ。
「あっ…」
「えっ…良い香り…」
二人はいい塩梅のチップスをペロペロと舐めては端の方から齧っている。
ボリボリと豪快に食べるのいいが食べ方は個人の自由だ。
さて、最初の欲求が満たされたので他の子が来る前に準備しちゃいますかね。




