第十二話 料理の半分以上は愛情
不名誉な神秘を一つ仮定した所でクーはうふふと笑って部屋を出ていった。
あいつ、絶対俺を挑発して楽しんでるな。俺は更なる鋼鉄の精神を持たねばならないだろう。
決意を新たに大熊を解体する。
仰向けに寝かせ、腹から手足と毛皮を剥いでいくと中は肉は十分な柔らかさを持っており捨てる必要がある部分は少なかった。
「こりゃ食いでがあるなぁ!」
一体しかないので心配だったのだが皆が腹いっぱいになるくらいには何とかなりそうだ。と言っても今日一日分だ。明日は明日で食べ物を探す必要があるだろう。
ならば今日腹いっぱいに食べてもらい、明日の力にすればいい。
「よぉしっ!楽しくなってきたぁ!」
額に汗を滲ませながら肉の解体を完了させるとクーや起きてきた他のハーピー達が入り口でこっちをじっと見ていた。
クーに言い含められているのか群がるような事はしないがソワソワしている姿を見るとなんとも言えない気持ちになる。
「よー。助けてくれてありがとなーお前達暖かくてまたよかったら一緒に寝ような!」
礼と簡単に挨拶をすると皆がピィピィ鳴き始め、合唱コンクールのようになる。だが頭の痛くなるような騒がしい音ではなく、心地の良いハーモニーを奏でるオーケストラのようだ。
気分が乗って集中して作業を進めて1ポンドステーキにする。
次はオーモの実を皮と果実を分けていき、皮は千切りにしてオーモの実は中華鍋に水を張って肉と共に沈める。熊肉は野性味が強いジビエなので柑橘系との組み合わせが非常に良く合う。
中華鍋はハピ子が皿にしようと持ってきたので取り上げた。
惜しそうな顔をしても駄目だ。これは俺のだ。
肉は水に軽く漬ける事で余計な油が落ち、さっぱりとさせることができる。
この時水は少しぬるめにしておく。熱すぎると肉が加熱されボイル状態になり、旨味が抜けすぎてしまうし、冷たいと肉が締まり硬くなってしまう。
料理先はステーキとして焼くのでボイルも、硬くなるのも駄目なのだ。
ここが食べてもらう相手に対する小さな工夫。美味しいものを食べてもらいたい。ではどうするか?無いなら無いなりにあるもので工夫し、美味しく仕上げる。これが料理は愛情の愛だと俺は思っている。
残念ながら材料があれば風味付けはせずに果実でソースを作って掛けるタイプにしたかったがまたいつかだ。ソース…ジュレ…スラ蔵さん…貴方が居てくれたら…
次々と作業を進め、ハーピー達から材料を貰って火を起こそうとするとクーは風と火魔法が使えると言って一瞬で火をくれたので助かった。後でお礼をしないとな。
料理を置く皿代わりはどうやら大きめの葉や木の皮だったのでそれを並べていく。
「おーい。もうすぐ出来るから皆皿の前に並べー!」
声をかけると歌をやめてワラワラと集まってくる姿に思わず顔が綻んでしまう。
「嬉しそうな顔ですね~?」
「当然だろ?食事ってのはな、皆で食うと更に美味しくなるんだよ。それに見ろ、皆が俺の料理を楽しみにしてくれるんだ。想像するだけでわくわくするし、幸せな気持ちになるってもんだ」
軽くクーの頭を撫でてしまった。
長に対して流石に良くなかったかと思ったがクーはハピ子のように手に擦り寄って気持ちよさそうにしているのでまぁ…いいだろう…ハーピーの癖なのか?
洋パンでステーキを焼き上げていき、オーモの皮と岩塩を削って味付けをしていく。
ジュワジュワと良い音を立てて肉が焼かれるとふんわりとさわやかなオーモの匂いが漂い始め、誰の音かゴクリと喉が鳴っていた。
「ははは!楽しみか!お前達ぃー!」
『『『『ピュイイイ!』』』』
「腹減ったかぁー!」
『『『『ピュイイイイ!』』』』
「お待ちどうさまだお客様あああああ!」
『『『『ピェエエエエ!!』』』』
ライブコンサートのMCのようにオーディエンスを沸かせながら肉を焼いていき皿に並べるとハーピー達はどんどん食べて行く。
当然、肉は彼女達が掴みやすい大きさなのだが簡単に噛み切れるように深く切り目を入れてある。
俺が勝手に切り分けてから出しちゃうと彼女達の足では掴みにくいからだ。
一仕事終えたところで俺はずっと気になっていた事を済ませるために席を立ち、入り口に佇むリリの元に向かった。
「リリ…」
「ミ…ドウ…ザマァ!うっ…うぅ…!うあああああん!ごめ…ご…ごめんなざいいいい!」
声をかけるとリリは綺麗な顔を涙でグシャグシャにしながら飛び込んで泣き始めた。
男は女の涙に弱いと言うが、どうしたものか…
「なんだ、またリリは泣いているな?俺はこの通り元気だぞ?」
「ちが…違うんでずぅ!私、わだじいいい!」
「ははは。よしよし、話は後でゆっくり聞くから、な?飯食おうな」
有無を言わさずリリの手を引いてハーピー達の中に入って行き、座らせると周りのハーピー達が慰めている。
うんうん。頼んだぞ?
「まだ食い足りないよな?みんな!まだまだ焼くからなぁ!」
モノ欲しそうな顔をしている子達にどんどん肉を焼いていく。まだまだ肉はあるのだ。
リリには最優先で焼き、クーやハピ子にも持っていくと今まで気がつかない振りをしていたがどうしても気になる事があった。
「うーん。今はどうしようもなかったから出来なかったが、そのうちハーピーも上手く使える道具を作ってやりたいな」
「どういうことですかぁ?」
クーに耳聡く聞かれていた。
「慣れているかも知れないが足だと食べにくいだろ?だからそのうち羽にでも取り付けて上手く食事が摂れる道具をって話だ」
「まぁ!まぁまぁ~!なら今はミドウさんが食べさせてください~」
そういってクーは桜色をした形が良い口を小さく開いて目を閉じている。
「何やってんだ」
「だからですね~食べさせてくださいよ~」
「なんでだ?」
「ミドウさんの欲しいんですぅ」
「その言い方をやめろ」
「ください~」
こいつ、諦めないな。はぁ…
「今回だけだぞ?」
「くださいぃ~」
聞いちゃいない。やっぱりハーピーだと認識を改める。他のハーピーに比べて流暢に話すし、ちょっとは期待していたんだが。
仕方ないので一口サイズに切るとそれを摘み、彼女の口へと運ぶ。
「ちゅっ…あっ…」
「おい、俺の指を舐めるな」
クーは俺の指を口の中に含みずっと指先を舌で転がしていた。
「だってぇ勿体無いじゃないですか~」
「やめてくれ…頼むから…」
引き抜いた指先は粘度のある液体が糸を引き、彼女の唇と俺の指先を怪しく濡らしている。
はぁ…とため息をついてまだ肉は焼くかな?と周りを見渡すとハーピー全員とリリがこっちを見ていた。
うっ…視線が、怖い。
「どうか、したか?」
『『『『ピエピエ』』』』
ハーピー達は幼児退行を起こした。
「なんだぁ!?」
「あらぁ~私に餌付けをしたので~子供達もお願いしたいみたいですよぉ?」
「お前…!」
なんて事をしてくれるんだと言いかけようとするとハーピー達が周りに集まってきて口を開けて目を閉じている。
なんて事だ…いけない!相手は子供?だぞ!
冒涜的だ!
「よーし、順番だぞ?喧嘩するなよ?」
可愛らしい子供がご飯を待つ光景に思わず表情筋が緩む。
だが一つ違うものを発見してしまった。
「リリ、お前まで…何してるんだよ…」
指摘を受けたリリは顔を真っ赤に染めると俯いてプルプルと震えだしたのだった。




