第十話 オードブルは俺じゃない
あぁ、柔らかい…ふわふわしてて、いい匂いがする。人肌のような温もりも全身から感じる。
最高の羽毛布団に抱かれながら誰かと一緒にまどろんでいるような…
「と言うか暑い…」
意識がはっきりすると大量のハーピーが俺の体に群がり、折り重なって寝ていた。
体の傷が何故か良くなっている…この子達が何かしてくれたのだろうか?
寝言のようにピーピー言っていて可愛いがとりあえずハーピー達を起こさないように気をつけながら退かして周囲の確認をする。
喰われていないということは一緒に行動していたハーピーの仲間、だと思うんだが下手な事はしないほうがいいか。
「どうしたものかな」
「あらあら~?もうお目覚めですかぁ?」
姿は見えないがどこからか声が聞こえてくる。声音は柔らかく、とても耳障りが良い。
敵意は感じないが警戒するに越した事はないだろう。
だが、どうにも間延びした声を聞いていると緊張感が抜けると言うか、なんと言うか…
「あぁ。ところで、どこに居るんだ?姿が見えないが」
「そこにはいませんよ~。風魔法です~そこは子供達の部屋ですからねぇ。出歩いて良いので奥まできてくださいね~」
風魔法か、便利だな。空を飛ぶなら使えて当然なのかも知れない。ハーピーと戦ったとき使われなくてよかった。大熊戦で魔法が強力なのは理解したからな。風ともなると無味無臭で色もないだろうから気がつかないうちにサックリなんて事もありえるだろう。
っと、無視し続けるわけにはいかないか。
「わかった。お邪魔する」
「はぁ~い。お邪魔してくださぁい」
警戒していたのにまったく緊張感のないやりとりにずっこけそうだ。
体を温めていてくれた?ハーピー達はやっぱり痩せている。死んでるわけじゃないよな?ちょっと心配になって顔に耳を近づけて呼吸をしているのを確認するとちゃんと呼吸はしていた。
顔はやっぱり似ているが髪の長さや羽の色は色々あって個性はちゃんとあって助かる。でもってやっぱり服を着ていないので丸出しだ。
見ちゃ駄目だ!しっかりしろ、俺の理性!
剥き出しになりそうな己の獣欲を鋼鉄の理性を以って制する事には何とか成功した。
「ふぅ…」
ハーピー達を抱えては並べて寝かせ、壁にぽっかりと空いている穴へと向かうと風が通る音が聞こえてくる。
「奥ってどっちなんだ…」
構造がわからない以上、風が流れて行く方向が奥だと思うのだが吹き抜ける先がないとゴミとかは奥に溜まっていく事になる。となると風が流れてくる方が奥なのか?
「うーん。参った。道に迷って長く待たせるわけにはいかないしな…」
そんな事を考えながら顎をしごいていると風の音に乗って何かが聞こえてくる。
「何だ…?」
それは洞窟内に木霊するように響いてきた。
「ピェェェン!ピェエエエン!」
「お前かぁ!」
そう、そいつは他のハーピーとは違う。
俺があげたシャツを着た彼女は特別な存在…と言う訳ではなく、滂沱の涙を流しながら突っ込んでくるとまた俺の背中にくっ付きガッチリホールドをキメている。
「お前、俺の背中好きだな?」
「ピェッ!元気にナってよかッタ。ココが落ちツく!」
「そうか。よしよし、ありがとうな」
アホ毛をピョコピョコ動かしながら俺の頬に頭を押し付け抉ってくる。
頭を優しく撫でると気持ちのよさそうな声を出しながら翼を動かすのだが…あっ…ダメッそんなっ!らめえええええ!
「おい!翼を動かすな!」
「ッピ!」
「そういえば、お前達がここまで連れて来てくれたのか?」
「そうだゾ!」
「そうか。おかげで助かった。ついでに奥にきてくれって言われたんだが、連れて行ってくれないか?」
「ワかった!」
そう言うとハーピーは足で俺の体を固定すると翼をはためかせて飛び始める。
90キロはあるんだが結構重い物を持っても飛べるのか。
と言う事は空中遊泳も出来るのか…今度頼んでみよう。
そんな事を考えていると風に抗って進んでいく。
「やっぱり根元が奥だったか」
「?」
「こっちの話だ。気にするな」
それもそうか。侵入者がいた場合追い風の優位性も得る事が出来る。
彼女達ハーピーに取って元々飛行できるということはかなりの強みだ。
対抗手段となると弓矢とかになるだろう。ならば相手にとったら向かい風、ハーピー達なら追い風とよく考えられている。
洞窟内を見回すと蟻の巣のように天井やら横道に穴が空いていて飛ぶ事が出来なければ移動に苦労する事は容易に想像できる作り。
これも生きる為の知恵だろうがなかなかに頭が回るようだ。
自分で見て回る事も出来ないので頭だけ動かしていたのだがハーピーからしたら迷惑だったようだ。
「動くナ、重い」
「申し訳ない…」
自覚は少しあったけど…改まって言われるとぐっと来るものがある。体重の事ではなく、能天気なハーピーに叱られた事に関してだ。
「モう着くゾ!」
「お、そうか。重かったのにありがとうな」
お礼を述べるとハーピーはニコニコと可愛らしい笑みを浮かべ一層力強く羽ばたくと正面に空いていた穴ではなく上の穴へと入った。
なるほど、あっちが送風口且つフェイクの入り口なのか…油断すべきではないか。だが俺はあまり人を疑ってかかるのは好きじゃないからやめて欲しいんだが。
ハーピーが入った穴の先はかなりの大きさの広間になっており、部屋の隅には武具の類が詰まれており岩肌から水晶のようなものが生えている。
部屋は天井に空いた穴から僅かに光が差し込み、水晶に乱反射して全体を照らす仕組みとなっておりとても落ち着いた雰囲気がある。広すぎる事を除けば間接照明を使った小洒落たバーのような感じだ。
「広いのに、落ち着く部屋だな。結構好きな雰囲気だ」
「あらぁ~それはありがとうございます~」
相変わらず気の抜ける喋り方をした相手は暗くてよく見えなかったが奥からゆっくりとした足取りで現れ、まるでスポットライトに当てられた女優のようだ。他のハーピーが子供だとするなら成人した女性と表現するべきだろう。
髪は床に付きそうな程長く、頂点から毛先に掛けて白から翡翠色へとグラデーションがかかっている。
が、触覚のような長い二本のアホ毛がピョコピョコ跳ねている…目は少し垂れ気味で母性を感じさせ、その瞳は濃い緑。睫は白く、長い。顔立ちはすっきりとしていて美女、と言う言葉がよく似合う。
体は他のハーピー程痩せてはいないがやっぱり少し肉付きは薄い。胸はそれなりだな。俺はうなじ派なんだ、すまんな。
翼は燃えるような赤に見えるが光の当たり方で様々な色に輝いている。煌びやかなのだが目に悪いといった感じではなく、どこか上品に見える色合いだ。
「はぁ~…綺麗だ」
思わぬ美しさに感嘆が漏れてしまった。
「うふふ。ありがとうございますぅ」
「あっと、失礼しました。私も助けてもらったいですね。ありがとうございます」
どんな相手でも礼儀は大切だ。相手がいきなり礼儀を無視しない限りこちらもそれなりの対応をする必要がある。それは相手に関わらずだ。
「気にしなくてもいいですよ~私の子も殺さないどころかお世話までしてくれた見たいですしねぇ」
そういってチラっといつの間にか俺の背中に抱き付き直していたハーピーに目をやったのだが、その目は慈愛に満ちていた。
こちらが何かしない限り、何もするつもりはないと言ったところだろうか。
仲良くしていけるといいな。そのうち面白い食材があれば取引をしたいし。
「申し遅れました。私はフジ ミドウ。ミドウとお呼びください」
「これはご丁寧に~。私はハーピー達の長ですぅ。名前はありませんのでぇ好きなように呼んでください~。でもぉよかったら名前付けてください~」
名前付けてもいいのか?でも俺センスないって散々言われてたし、自覚もあるからな…
女王って言ってたからクイーンだよな…クー?美人だけどクーちゃんってか?ギャップがあって結構可愛いな、これでいこう。
「クー…とか…?」
やっぱり女性の名前を付けるのは少し気恥ずかしいので顔色を伺いながら聞いてみたのだが反応は悪くないようだ。
驚いたように目を開いたがすぐに柔らかい笑みを浮かべ始めた。
「うふふ。クーですかぁ。いいですね~これから私はクーと名乗る事にしますぅ」
「じゃあ改めて、宜しくお願いします。クーさん」
「はぁい。ミドウさん。それとですね~私は今の名付けでぇ…貴方と従魔関係を結んだ事になりますので~長い付き合いになりますよ~?なので楽にしてください~宜しくお願いしますねぇ?」
なんだ?従魔関係って。ひょっとして嵌められたのか…?やっちまったか?
だが今考えても答えは出ないだろう。それよりもリリはどうしたんだろうか。
「わかった。だが俺はそういうのは嫌いなんだ。何かを画策するのもな。だから次から小細工はやめてくれ。素直に求められたなら俺はそれに応える。だが、裏切る事は許さない。嫌なら嫌と言う事。わかったな?ところで、俺の連れ合いを知らないか?この…ハピ子に頼んで逃がしてもらったんだが」
ずっとハーピーって言ってても仕方ないからアイスみたいな名前になってしまったがハピ子と呼ぶ事にする。
名前を付けられたハピ子は名前が付いたのが嬉しかったのかミドーミドー!と俺の名前を呼びながらスリスリしているがそんな事をそ知らぬふりをして話を進めるクーは懐が深い…大人だな。安心したよ。
「あぁ~あの子はですね~泣き疲れて今は他の部屋で寝てます~。それと~タイラントマッドグリズリーも一緒に運んでおきましたよ~あんな凶悪な魔物、よく倒しましたねぇ~すごいですね~うふふ」
そうか、起きたら謝らないといけないだろうな…じゃないと大変な事になりそうだ。
と言うかクーは俺の話を聞いていたのだろうか?
何やら悪い笑みを浮かべているが小細工するなと言ったばかりなのに…結局はハーピーと言うことなのだろうか?
「何を考えてるんだ?」
「あらぁ~何も考えてませんよぉ?」
「小細工はするなって言ったばかりだろ…素直に白状しろ」
「本当ですよぉ。ただ、これなら強い種が貰えるかなぁ?って~」
「却下だ」
「そんなぁ~大事なんですよ~」
「駄目だ」
「でも~」
「駄目だ」
女ってのは相変わらず何を考えているのかわからない。
生物の本能として強い種を残す事はわかるが、俺はこう見えてロマンチストなのだ。決して彼女が嫌なわけじゃないのだがそれとこれとはまた別の話だ。




