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俺、元魔王軍従業員。幼馴染み、元勇者  作者: くま太郎
第一章 日本編
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咎狩り

 昨夜、幸守は遅くまで受験勉強を頑張っていた。なのて何時もより遅い時間に起きる予定だった。しかし、目覚めたのは早朝である……正確に言うと起こされたのだ。


『主、お散歩のお時間ですぞ。今日も見事に晴れ渡り絶好のお散歩日和でござる』

 声の主は庭の犬小屋にいた大空家の愛犬こげ丸である。こげ丸の散歩は大空家の子供達が日替わりで担当しており、今日は幸守の番なのだ。

『シャアガーよ……もう少しだけ寝かせてくれぬか?』

 幸守は敢えてこげ丸を旧名で呼んだ。金剛石狼だった頃は、主である幸守に忠実で異論を唱える事等決してなかった。


『な、なんと嘆かわしい事を……ワンコにとってお散歩は心の拠り所ですぞ。こうしている間に二丁目のペスが、電柱にマーキングをしているかも知れませぬ。あ・る。じ、ワンコをお散歩に連れて行くのは飼い主の責務ですぞ。某は嘆かわしゅうございます』

 こげ丸はあ・る・じの所で起用に前足でリズムを取ってみせる。

 結果、幸守の方が折れた。あのまま行くとこげ丸は大声で吠えかねない。姉妹や陽向はまだ寝ているし、ご近所迷惑だ。何より散歩は勉強の良い気分転換にもなる。


『やはり朝の散歩は格別ですな……主、勉強も大事ですが、根の詰め過ぎでは駄目ですぞ。志望校には余裕で合格出来ると思いますが』

 こげ丸の言う通り、幸守は志望校に余裕で合格出来る成績を維持している。でも、油断は禁物だし、受験勉強をサボったら姉の千鶴に叱られるのできちんと勉強をしているのだ。


「あれ、大空君だよね。おはよう」

 幸守に声を掛けてた来たのは眼鏡を掛けた真面目そうな少年。彼の名は馬路(うまじ)(あきら)、幸守のクラスメイトである。


「馬路は新聞配達か。朝早くから偉いな」

 幸守は中学三年生であるが、その実年齢は三百歳を超えている。馬路のような真面目な若者を見るとつい応援したくなるのだ。


「うち、貧乏だから僕も頑張らないと……成績が良ければ神選学院に特待生でいけるし」

 神選学院は私立高校で、様々な人材を輩出している。特に今の理事長に代わってからは、生徒の新しい才能を次々に発掘しており倍率も高くなっていのるだ。


「神選か……校風も自由みたいだし、馬路なら絶対に合格出来る。頑張れよ」

 幸守は神選学院について詳しく知っていた。何しろ姉の千鶴が神選学院の高等部に通っているし、妹の雀と幼馴染みの陽向は神選学院の中等部に通っている。ただ、幸守だけ都立の中学に通っていた。決して親の依怙贔屓ではなく、千鶴は剣道の特待生で、雀はバレーの特待生なのだ。


「大空君は工業高校希望だよね」

 馬路の言う通り、幸守の希望高校は工業高校である。最初は中卒で就職しようと考えていたのだが、両親に反対されたのだ。大学まで進んで欲しい両親と、今すぐにでも自分の食い扶持を稼ぎたい幸守。

 そこへ姉の千鶴や妹の雀、そして陽向まで加わり、議論をした結果、就職に有利な資格を取れる工業高校が選ばれたのだ……しかし、幸守は知らなかった。幼馴染みの陽向がある計画を練っている事を。


「ああ、高校に入ったら俺もバイトをしようと思っている。こいつの餌代も稼ぎたいし」

 こげ丸は大空家の愛犬であるが、転生させたのは他ならぬ幸守自身だ。バイト代では自分の食費や学費を賄うのは難しいかも知れないが、こげ丸の餌代くらいは稼げる。


「お金持ちなのに偉いね。その子は秋田犬?」

 幸守の父幸次郎はテレビ局のプロデューサーだけあり、稼ぎが良い。その上姉妹は特待生だし、息子の幸守は何かをねだると言う事がなかった。


「雑種だよ。秋田犬と柴犬の雑種さ」

 幸守の言葉を聞いたこげ丸が不満そうな表情を浮かべる。


『主、言葉に気を付けて下され。某はハーフ……いや、秋田犬と柴犬の血を引くダブルなワンコでずぞ』

  雲一つない青空にこげ丸の遠吠えが響く。多分、今日もうだるような暑さになる。幸守はそんな気がした。


 ◇


 幸守が登校すると、教室の前に人だかりが出来ていた。その大半が女子で、皆目をキラキラさせながら誰かを待っている。無論、お目当ては幸守ではないので、スムーズに教室に入れた。


「ゆっきー、グーッモーニン!今日も元気にハッピーに行こうぜ」

 ハイテンションに絡んできたのは、山参(やまか)(すばる)


「昴おはよ。今日竜弥は来ないってのに、良く集まるよな」

 女子のお目当ては愛星竜弥と言う少年である。竜弥はアイドルグループ『プリエ・アムール』の一員で全国的に人気が高い。


「先生達の間でも竜弥が登校するかどうかは、シークレットなんだぜ。俺達が登校情報を知っているってバレたらパニックさ」

 竜弥も昴と同じく幼稚園から幸守と同じクラスであった。人気アイドルの竜弥が素で話せる同性の友人は、幸守と昴の二人だけなのだ。


「この風景も、もう少しで見納めか……神選に行ったら竜弥の事を頼むぞ」

 神選学院はセキュリティーが万全な為、有名人の子供や現役のアイドルが大勢通っている。当然、人気アイドルの竜弥は神選学院を希望していた。


「俺に任せておけって。中学までは運動神経が良い奴やイケメンが人気だったけど、高校生になれば面白い奴も人気になる。大道芸人(クラウン)昴のモテモテ伝説の始まりさ」

 現役アイドルの竜弥には負けるが、昴の容姿はモデル並みに整っている。毎日大道芸の訓練をしているから、身体も引き締まっていた。黙ってさえいれば、竜弥と人気を二分していただろう。


「あれ、馬路じゃないか?なにしてんだ?」

 竜弥目当ての集団から離れて所で、馬路が数人の男子生徒に囲まれていた。制服をだらしなく着ており、髪も染めている。いわゆる不良だ。不良がたむろしているだけなら、幸守も気に留める事はなかったが、真面目な馬路が一緒にいると違和感がある。中でも髪を金髪に染めてる生徒はがたいも良く、悪い意味で目立っていた。


歩良(ふよし)暴猪(ぼうい)と、その手下さ。確か歩良は馬路と同じ小学校だぜ。あんまり見てると絡まれるぞ」


 ◇


 その日の夜、幸守が受験勉強に勤しんでいると、スマホの着信が鳴った。普段ならサイレントにしているだが、今日は陽向が投稿する日なのだ。


(……馬路か。珍しいな)


「大空君、直ぐに電話を切って……」

 ゴツッと鈍い音が電話の向こうから聞こえてきた。


「よお、お前の家金持ちらしいな。こいつが怪我させたくなかったら、今直ぐ金を持って来い。四丁目の倉庫だ。忘れんなよ……もし、逃げたら、お前の美人の姉ちゃんや可愛い妹を襲っちゃうぜ」

 電話の主はそう言うと、一方的に電話を切った。普通の少年なら義憤に駆られるか、恐怖におののくであろう。しかし、幸守の顔に浮かんだのは狂喜とも言える表情であった。


 ◇


 薄暗い倉庫に数人の不良が集まっていた。その中心にいるのは歩良暴猪。棒猪の足元には馬路明が転がされていた。


「明、新聞配達の給料をくれただけじゃなく、あんな美味しいカモを紹介してくれるなんて、やっぱり持つべきものはダチだな」

 馬路にしてみれば、身勝手極まりない言いぐさである。給料もスマホも、歩良が強引に奪い取ったのだから。

 歩良達の笑い声が倉庫内に響く。その笑い声が終わると、同時に低くしわがれた声が聞こえてきた。


「馬路の給料を奪い取ったのか……餓鬼の癖においたが過ぎるの……さて、質問じゃ。なんで、馬路の給料を奪ったのじゃ?」

 背中に寒気が走るような不気味な声である。言い知れぬ恐怖が歩良達を襲う。声は老いた魔族タラプそのものであった。


「そんなの金を持っていたからに決まっているじゃねえか。弱肉強食、弱い奴が、強い奴の言う事を聞くのは当たり前だろ」

 歩良も手下の手前虚勢を張っているが、その足元は震えている。恐怖もあるが、倉庫全体の温度が鳥肌の出るくらい寒くなってきていた。


「そうか。なら遠慮なく頂けるの」

 現れたのは黒髪の青年。声とギャップがある姿に、倉庫にいた全員がたじろぐ。


「大空君?……似ているけど違う?」

 馬路が戸惑うのも無理がない。容姿こそ幸守と似ているが、青年の目は切れ長で大きい。幸守の一番の特徴である糸目とは真逆だ。

 何より同性をも、ゾクリとさせる色気があった。青年は幸守であって幸守ではない。魔族の力を取り戻した幸守、言うならば魔人である。


「まずは一人頂くとするかの」

 幸守は一人の少年に近付くと、そっと顔に触れた。そして、なにかを掴んだかと思うと、強引に引き千切ったのだ。

 同時に倉庫に絶叫が響く。何かを引き千切られた少年は痛みに耐え兼ね、床を転げ回っている。


「傷害が二件、窃盗が五件と言ったところか。万引きは、犯罪なんじゃぞ」

 幸守は手に持った黒い塊をしげしげと見ながら呟く。塊は野球のボールと同じくらいの大きさで、不気味に蠢いていた。


「おい、何をした?血も出てないのに、東木(とうき)はなんであんなに苦しんでいるんだ?」

 歩良の言う通り、もがき苦しんでいる少年からは血が一滴も流れていない。しかし、耐え難い痛みに襲われているらしく、床を転げ回っている。


「当然じゃ。(とが)を狩ったからの。普通の人間なら、豆粒のように小さくて取られても、大した痛みがない。じゃが、ここまで育つと生爪を剝がされたのと変わらん……そして次は耐え難い罪悪感に苛まれるんじゃ」

 幸守がそう告げると、痛みに苦しんでいた東木が幼児のように泣き出した。恥も外聞もなく、手放しで泣いているのだ。その姿はまるで母を求める赤子のようであった。仲間が話し掛けても、返事をせずにただ打ち震えている。


「なんで?なんで、こんな事をするんだ?あれか罰ゲームとか断罪ってやつか」

 歩良の叫びを聞いた幸守はニヤリと笑った。


「悪ぶっても可愛いもんじゃの。罰ゲーム?断罪?漫画の読み過ぎじゃ。……お前の言葉を借りると『そんなの咎を持っていたからに決まっている』からじゃな。弱肉強食、弱い奴が、強い奴の言う事を聞くのは当たり前なんじゃろ?さて、他の奴等からも咎を頂くとするかの……収穫(コリエイ)

 幸守が手に持っている咎を握り潰したかと思うと、床から銀色の手が何本も現れた。銀色の手は、海中の水草の様にユラユラと蠢めきながら歩良の手下達に襲い掛かる。そして、再び倉庫に絶叫が響き渡った。


「あ、悪魔だ……」

 一人残された歩良は、顔を青くしながら震えていた。歩良が恐れるのも無理はない。幸守の瞳が紅く光っているのだ。


「お前等、猿人はいつもそうじゃ。自分の味方でなければ、直ぐに悪だと決めつける。正義や悪がなんだか考えた事もない癖にの……さて、お前の咎も貰うとするか」

 じりじりと距離を詰めていく幸守。

 そのプレッシャーに耐えられなくなったのか、歩良が幸守に殴り掛かる。その目には涙が浮かんでおり、表情は悲壮感に満ち溢れていた。

 分厚い布団を叩いているような鈍い音が倉庫内に響く。しかし、幸守は痛がる様子すら見せない。その顔には微笑みをすら浮かんでいた。

 殴る程に歩良の恐怖感が増していく。歩良は自分では目の前の化け物にダメージを与えられないのは分かっていた。しかし、殴るのを止めた瞬間、化け物に襲われるような気がしてならないのだ。


「もう、観念せい。自分の犯した罪が痛みとなって返ってくるだけじゃ」

 幸守はそう言うと歩良の咎を強引に引き千切った。三度、倉庫に絶叫が響き渡る。


「ごめんなさい、ごめんなさい。もう悪い事はしませんから」

 歩良は壊れたテープのようにひたすら謝り続けている。


「阿呆が、自分の犯した罪を償う方法を考えるのじゃ……このまま騒いでいては、近所迷惑になる。親でも兄弟でも良い。誰かすがれる人間に電話を掛けて、来てもらうんじゃな。そこの眼鏡も家に帰れ」

 幸守はそう言い残すと闇へと消えていった。馬路も悪夢から覚めた様な顔になり、脱兎の如く倉庫から逃げ出す。

 幸守と馬路がいなくなった倉庫に小さな光が現れた。見る者の心を癒す優しい光である。最初は小さかった光だが、どんどん大きくなり馬路達を包み込んでいった。


 ◇


 家に着いた幸守は、音をたてないように静かに自転車を停めた。姿は糸目(ふだん)の幸守に戻っている。コソ泥の様に、足音を忍ばせながら薄暗い玄関を目指す。

 幸守が玄関の扉に手を掛けた瞬間、パッと電気がついた。恐る恐る扉を開けると、姉千鶴が仁王立ちしていたのだ。


「幸守、どこに行っていた?お前はまだ中学生なんだぞ!夜遊び等もっての他だ」

 千鶴はそう言うと、幸守の耳をギュっと掴んだ。


「ち、ちょっとコンビニに……」

 敵意を向けられない限り、幸守の戦闘能力は人並み以下である。剣道小町と呼ばれる姉千鶴にはどう足掻いても敵わない。何より千鶴は幸守の事を思って怒っているのだ。その手には正の感情が宿っており、幸守を弱体化させてしまう。


「嘘をつくな!私がどれだけ心配したか分かっているのか?」

 何より誰かが心配して怒ってくれる事が幸守は堪らなく嬉しくて、逆らう気にはなれないのだ。



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