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俺、元魔王軍従業員。幼馴染み、元勇者  作者: くま太郎
第一章 日本編
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暖かな空気

東京郊外の一軒家の窓辺で一人の少年が、空を見ながらぐっと体を伸ばした。黒髪、短髪、中肉中背、顔は中の中と平凡尽くしの少年である。

それこそ日本のどこにでもいそうな少年だ。特徴はきちん見えているのか分からないほど細い糸目くらいである。


「今日も天気が良いし、日本は平和。良きかな、良きかな」

 少し爺臭い事を呟いた少年は大空(おおぞら)幸守(ゆきもり)といった。幸守こそ老いた魔族タラプの転生体なのだ。

今年で中三になる幸守であるが、中身は三百年生きた魔族である。そのせいか言動は、両親よりも年寄り臭かった。当の幸守にしてみれば、クラスメイトのようにはしゃぐのが気恥ずかしいだけなのだが。

 幸守は成績も普通で、運動神経も人並みだ。ついでに容姿も冴えないと、際立った物が一つもない。当然、彼女もおらず、傍から見たら暗い青春だと言われるかも知れない。

しかしタラプは大空幸守の人生を気に入っていた。もし、既知の魔族に会ったら今が生きて来た中で、今が一番幸せだと胸を張って言うだろう。

 幸守が青い空を眺めていると、背後からドアが開く音が聞こえて来た。ちなみにドアにはしっかりと内鍵が掛けられている。ドアの音を聞いた幸守の額から冷や汗が滴り落ちる。その視線はドアではなく、充電中のスマホに向けられていた。


(まずい……昨日、チェックするのを忘れていた)

ドアを開けたのは泥棒でも幽霊でもない。それこそ生まれる前から知っている人物である。


「ゆー君!昨日の私のイン〇タに良いね押さなかったでしょ!約束したよね?私が投稿したら、良いねを押してコメントもするって」

部屋に押し入って来たのは幸守の幼馴染みにして、勇者ジゼルの転生体である夏海なつみ陽向ひなた。地味な顔立ちの幸守と違い、陽向は目の覚めるような美少女であった。肩まで伸びた黒髪、抜けるように白い肌。正に絵に描いたような清純系美少女である。


「その前に勝手に鍵を開けるなって何回も言っただろ!勇者の癖に、罪を犯すな」

 幸守と陽向は同じ病院で同じ日に生まれた。そして家も隣同士と言う事もあり仲が良く、お互い言葉遣いに遠慮がない。


「知らないの?日本では勇者が他人の家のドアや宝箱を開けても、罪には問われないんだよ。日本の国民的ゲームでもきちんと証明されています」

 そして脳筋娘も今や昔。陽向は頭の回転が速くなり、口も達者になっていた。


「ゲームと現実を一緒にするなよ……良いねを押さなかっただけで、魔法で開錠しなくても良いだろ」

 そう、陽向は部屋の鍵を魔法で開けたのだ。元勇者の陽向にとって、開錠魔法を使うくらい朝飯前なのである。幸守も対抗魔法を施してはいるが、とある事情によりそれも無駄な抵抗となっていた。


「幼馴染みの女の子が朝起こしにくるのは、日本の素晴らしい風習なのよ。あれほど、朝はベッドでスタンバイしていてねって言ったじゃない」

 元神官の幸守は朝に強い。神官修行時代は日が昇る前から起きる生活を送っていたのだ。だから、陽向に起こしてもらう必要はなかった。

 必要はなかったが、陽向の突撃を幸守が拒否した事はない。何故なら、幸守は陽向に惚れているのだ。分不相応な事は分かっているが、陽向の事を好きでたまらないのである。


「それは創作の世界限定だから……本当に、それだけに為に来たのかよ?」

 惚れた弱みと言うか、どうしても強気になれないのだ。人生経験は豊富な幸守であるが、恋愛の経験は全くない。三百数年生きて初めての恋なのだ。陽向と会話出来るだけ幸せで、仲の良い幼馴染みで十分幸せであった。

 友達から告白しろとアドバイスされる事もあったが、陽向がもてる事を知っているし、下手に告白して今の関係が壊れるのを恐れて現状維持に努めているのだ。


「ゆー君、おはよう。朝の挨拶が一番の用事だよ……夕べ、窓に明かりがついてなかったけど、馬鹿な事してないよね?」

 陽向が幸守の目をじっと見つめてくる。生まれてから毎日見ている顔であるが、陽向に見つめられるだけで幸守の胸は急速に高鳴っていく。見つめられていると言っても熱視線ではなく、疑いの眼差しなのだが、幸守はそれだけでドキドキしていた。


「ちゃんと部屋にいたよ。すばるから借りた本を読んでいたんだよ……千鶴姉ちづねや雀にバレたら、面倒だから、電気スタンドで見ていたんだ」

 幸守の視線の先にあったのは一冊の文庫本である。表紙には一人の少年を数人の少女が取り囲んでいるイラストが描かれていた。

 文庫本はいわゆる異世界ハーレム物のライトノベルだ。幸守にこの本を貸したのは、山参やまかすばる。昴は幸守と幼稚園から一緒の組で、腐れ縁の仲である。


「あの三枚目ピエロ!ゆー君に変な物を貸しやがって……ゆー君、ライトノベルは面白いのは認めるよ。でも、女を馬鹿にしたようなハーレム物は駄目!浮気はもっと駄目!分かった?」

 昴は見た目こそ二枚目であるが、普段の言動がチャラく、苗字の山参がさんまいとも読める為、三枚目ピエロと呼ばれている。

事実、昴は大道芸人を目指していた。昴が目指しているのはトークもこなすクラウンの方なのだが、中々ピエロとの違いを理解してもらえず不名誉なあだ名のままで呼ばれているのた。


「この本の世界が俺達の住んでいた世界と似ていたんだよ。昴は大道芸の修行が厳しいから、気分転換に読んでいるみたいだし」

 昴は小さい頃から親元を離れて、祖父母の家で大道芸人の修行をしている。チャラめの言動は、お客様との会話を想定してわざと使っているのだ。なまじ、顔が整っている分、軽薄にみられてしまう。


「異世界か……ゆー君は、元の世界に戻りたい?」

 

「頼まれても帰りたくないな。日本の方が平和で快適な生活を送れるし、大事な人が沢山いる。ひ……なにより、飢える心配が少ないし」 

 幸守は陽向もいるからと言おうとしたのだが、直ぐに諦めてしまった。顔に似合わない事を言って、大好きな幼馴染みにひかれるのが怖いのだ。


「本当に夢みたいな世界だよね。向こうにいた時は、お腹がいっぱいになれば幸せだったけど、日本だと自分の好きな物を食べられる。暑さや寒さに苦しめられる事もない……普通に暮らしていたら、戦う必要もないし……だから、自分から危ない事に関わらないで。何かあったら、私に任せなさい」

 地球にはマナが存在しないので、幸守も陽向も以前のように自在に魔法を使えない。しかし、光の女神と契約していた陽向は他人から向けられた正の感情を魔力に変換する事が出来る。SNSに投稿するのも、正の感情を得る為である。美人だがさっぱりした性格の陽向は同性からの人気も高かった。

 逆に元魔族である幸守は、殺意や嫉妬等の負の感情でなければ魔力に変換出来ない。陽向の言う通り、自分から厄介事に首を突っ込まない限り、魔力を得る事が出来ないのだ。


「俺が魔力を使うのは、大事な人が危険にさらされた時だけだよ……でも、千鶴姉や雀に危害を加える奴がいたら容赦しない」

 前世では親の顔すら知らなかった幸守にとって、この世界の家族は何にも勝る宝物である。


「千鶴さんや雀ちゃんが私にとっても大切な人よ。危害を加えられたら容赦しないわ……でも、あんなに加護を与えられていたら、よっぽどの事がない限り、危ない目には合わないわよ……本当に心配性なんだから」

 元魔族の幸守は契約((コントラート))を結ぶ事で、加護を与える事が出来る。幸守は必死に集めた魔力で、自分の姉妹に様々な加護を与えていた。敵意減少・嫉妬減少・欲心減少等々。本当はもっと強い加護を与えたいのだが、幸守が契約((コントラート))を結んだ人間は結構いるので魔力のやりくりにいつも苦労していた。


「危険な目に合わないのが一番だからな。さて朝飯を食べに行こう。遅れると千鶴姉にしかられる」

 陽向の両親は人気芸能人で仕事が忙しい為、幸守の家でご飯を食べる事が多い。家も隣同士という事も大きかったが、幸守の父親がテレビ局のプロデューサーなので持ちつ持たれつの関係なのだ。

 二人が食卓に向かうと二人の女性が迎えてくれた。


「陽向ちゃん、いつもありがとう。ほら、幸守、顔を洗ってきなさい」

 一人は幸守の母大空千鳥。元はタレントであったがまったく売れず幸守の父幸次郎と結婚した。売れなかったとは言え、元タレントだけあり容姿が整っている。その遺伝子は幸守ではなく、彼の姉妹にのみ受け継がれていた。


「幸守、朝食が終わったらきちんと勉強をするように。お前は受験生だと言う事を忘れるな」

 もう一人は幸守の姉大空千鶴、高校一年生。長い黒髪を総髪に結っている凛とした美少女だ。剣道が得意で都大会でも優秀な成績を残している。性格は生真面目で、中等部女子からの人気も高い。悩みは背が低い事で、大空家の中でも一番小さい。


「うん、頑張るよ。あれ?雀は?おっ、今日は卵焼きか」

 幸守は両親や千鶴と話す時だけ、妙に子供っぱくなる。タラプ時代の事を知っている者が見たら、かなり驚くであろう。


「こげ丸の散歩だ。そろそろ帰ってくるだろう」

 千鶴がそう言い終えると同時に、玄関から元気な声が聞こえてきた。


「ただいまー。ママ、お腹空いたー。兄貴、これちょうだい」

 声の主は大空雀、中学二年生。雀は立ったまま、幸守の卵焼きへと手を伸ばす。


「雀、外から来たら手を洗わなきゃ駄目だろ」

雀はバレー部に所属する元気な少女だ。髪はショートカットで、中学二年生とは思えない大人びた体つきをしていた。

雀は見た目こそは大人びており幸守より背も高いが、まだまだ甘えん坊である。

そして幸守も雀には甘く、手洗いを促しても自分の卵焼きを横取りした事は咎めなはしない。


『主、ただ今戻りました。今日も健やかなご様子で安心致しました』

 雀が食卓に着いたのと同時に野太い声が幸守の頭に響いてきた。声の主は庭先にいる大空家の愛犬こげ丸。こげ丸は金剛石(ヂアマンテ)(ローボ)シャアガーの転生体なのだ。


『こげ丸か。散歩はどうだった?』

 わざわざ聞かなくてもこげ丸は尻尾ぶんぶんと振っていて、ご機嫌だというのが分かる。


『大満足でござる。やはり、川沿いの道はワンコ心をくすぐりますな』

 こげ丸ことシャアガーが日本に転生して二年。今や身も心もすっかり犬となっている。


『お前も日本の暮らしに満足しているみたいだから安心だよ』


『マナがないのが不満ですが、ペットフードは美味しいですし、雀殿のブラッシングは極上でござる……欲を言えばもう少し早く転生させて欲しかったですな』

 シャアガーが転生するには、幸守が転生の術を使う必要があった。つまり魔族としての記憶を思い出さなくてはいけないのだ。

 幸守が記憶を思い出したのは、小学四年の時である。本来なら予め設定した年齢になるか、命に危険に晒されなければ記憶が戻らない筈であった。

しかし、庭を掃き掃除していた陽向が幸守を箒で小突こうとした時に記憶が戻ったのだ。しばらくは陽向のとの仲がぎくしゃくしたし、自分の事を儂と呼んで両親に心配を掛けてしまった。


『まさか魔力や触媒を集めるのに、こんなに苦労するとは思わなかったよ』

 記憶が戻った時、幸守はまだ小四なので人の悪意に曝される事は少ない。その上お小遣い制だったので、触媒を買い集める事が出来なかったのだ。

 魔族時代は味わう事が出来なかった暖かさが、幸守を包んでいく。


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