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俺、元魔王軍従業員。幼馴染み、元勇者  作者: くま太郎
第ニ章再び異世界へ
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プラータの過去

 そこは正に聖地と呼ぶに相応しい場所であった。鏡の様に磨き上げられた床、冬の早朝を思わせる静謐な空気、墓所を守り抜く様にそびえたつ大樹。

 幸守達がやって来たのはワーカミの王族が眠る王家の墓。巨大な木々に囲まれた墓所は、荘厳な空気に包まれていた。


「厳かな空気だな。厳か過ぎて、咳をする事さえためらってしまう」

 千鶴の言葉に皆声もなく頷いた……ただ一人を除いてだが。


「これはこれは先王殿。お久しぶりでございます。その時はお世話になりました。おお、そこにいるのはデオン様ではないですか。しばし、お邪魔させてもらいます」

 神官である幸守は霊魂を視れるし、会話も出来る。幸守にとって墓所は亡き人を思い出す場所ではなく、旧交を温める場所なのだ。


「ねえ、兄貴誰と話しているの?」

 しかし、霊が見えない者にとって、その行動は奇異に映る。妹の雀が不思議そうな顔で問い質す。


「ああ、お前には視えないもんな。神官時代に世話になった先代の王スムーテン様と話していたんだよ……ええ、転生先の妹です」

 事も無げに話す幸守であったが、それはここに幽霊がいると言っているのと同じだ。

 自然と雀達の顔が青ざめていく。


「……もしかしなくても、兄貴って視える人?」

 雀が恐る恐る確認する。もしかしたら家にも幽霊がいるのではと思ってしまったのだ。


「安心しろ。家にも何重にも結界が張ってある。悪い霊は近づく事も出来ないから」

 心配性な幸守は、大事な家族に咎が及ばない様に自宅に結界を張っているのだ。

(雀も竜也と一緒で、幽霊が苦手だ。このまま、先王に帰って頂けば過去がばれないで済む)

 幸守はワーカミの先王スム―テンには幼少の頃より世話になっていた。その付き合いはレイアより長い。


「それでそこにいるのは,お前が世話になった方なのか?……幸守、私も挨拶をしておきたい。会話を出来る様にしてくれ」

 幸守は大事な事を失念していた。姉千鶴は何より礼儀を重んじる人間。弟が世話になったと聞いて、黙っている訳がない。


「そ、それは難しいかな。ほら、調整とか間違えると大変だし」

 なんとか誤魔化そうとしているが、霊視の力を授ける事くらい幸守には造作もない事であった。


「主、この後の戦いの事を考えますと、霊体を視えた方が得策だと思うのでござる。もしあれならスーパーできるペットこげちゃんが、霊視の力を授けても良いでのですぞ」

 こげ丸は千鶴に撫でてと言わんばかりに頭を差し出す。


「もしかして、ゆっきー何か隠してね?昔お世話になったって事は、ゆっきーの黒歴史や失恋も知ってる訳じゃん?」

 昴は失恋のワードにだけ妙に力を込めながら、陽向の方を見る。

 山伏の家系で育っただけあり、昴は霊を恐れていない。ましてや現役時代にリッチとも戦った事がある陽向は、霊なんてへっちゃらなのだ。

 千鶴、陽向、昴三人の視線が幸守に注がれる。


「ゆー君、私に言えない過去なんてないよね?神官なら霊視の力を授けられるよね……私と契約コントラートして、霊視の力をちょうだい!」

 効果は覿面であった。そしてついでに契約コントラートも迫る陽向。


「ほら、霊視の力を欲しくない人もいると思うし……り、竜也は欲しくないよな。それにスム―テン様もお疲れだと思うし」

 強面の竜也であるが、幽霊が大の苦手である。それにかこつけ、霊視の話を何とか阻止しようとする幸守。


「でも、視えた方がまだ安心だよ。あの子みたいに怖くない幽霊だっているし」

 竜也は心霊ロケで自分のファンであった少女の霊に会っている。そのお陰で前よりは心霊に対する恐怖が少なくなっていた。


「ほお、今のプラ坊は随分と周りから好かれておる様じゃな。結構、結構」

 しわがれた優し気な声であった。ただ声量は、とてつもなくでかい。


「兄貴、僕なんかおっきなドラゴンが視えているんだけど」

 そこにいたのは10mは優にある巨大なドラゴン。下顎から髭が生えており老いている事が分かる。


「スム―テン様の霊体だよ。向こうが透けて見えているだろ。亡くなったワーカミの王族は、ああして王家の墓をお守りされておられるんだ」

 龍の鱗や牙は貴重品で、墓を荒らそうとする者は少なくない。その為ワーカミの王族は次代の王が亡くなるまで、霊体となり墓を守るのだ。


 ◇

 年寄りは話好き。この世界でも同じなんだなと幸守は実感していた。


「プラ坊と初めて会ったのは、坊がまだ9歳の時じゃったな。アイリーン様に連れられて、これから廻国の修行に出ると挨拶に来たのじゃよ。まだ小さく顔立ちも幼い癖に、口を真一文字に結んで、しかめっ面を作っておったわい」

 皆が話に聞き入る中、幸守だけは穴に入りたい気持ちになっていた。逃げようにも千鶴と雀がしっかりと手を握っているし、背後は陽向に抑えられている。


「9歳で一人旅ですか?宿代とかは、誰が払ってくれたんですか?幸守、誰が幾ら払ってくれたか、覚えている?」

 千鶴が目を丸くして驚く。同時に姉としてお礼を言いに行かねばと責務を感じていた。


「それは心配ないよ。咎狩りの神官は、基本野宿なんだ。廻国の修行は、地理や風土を覚える為の物であると、同時にサバイバルの修行も兼ねているんだ」

 日本なら虐待と騒がれる案件であるが、赤子の時から神殿で育った幸守はなんの疑問も持たなかった。

 むしろ、ようやく一端の神官になれたと喜んだのを覚えている。

 話を聞き終えた千鶴は、握っている手に力をこめた。可愛い弟の手を包み込むように、力をこめ直した。


「野宿って、テントかとかに泊まったの?兄貴、ご飯はどうしていたの?」

 都会生まれで甘えん坊の雀にしてみれば、想像も出来ない世界である。


「テントは個人の所有物になるから禁止。木のうろや洞窟に寝てたんだよ。俺の翼便利なんだぞ。包まれば寒さをしのげるし」

 咎狩りの神官は尊敬されると同時に恐れられている。特に町の有力者は自分を裁きにきたのではと、警戒するのだ。

 どうしてもと言われ泊まった宿で、寝込みを襲われた神官は少なくない。だから幸守達咎狩りの神官は野宿をするのだ。

 雀は大好きな兄の手をギュッと握り直した。大好きな兄貴が遠くに行かない様に力をこめ直す。


「プラ坊、良い家族を持ったの……いや、良い家族と友人を持ったんじゃな。ここは安静の地。勝手な願いじゃが、ならず者から守って下され。それと皆様、プラ坊の事を頼みましたぞ」

 スム―テンは、そう言うと虚空に姿を消した。


「ゆー君、これからどうするの?アンデットを率いてくるんなら、襲撃は夜だと思うよ」

 陽向は元勇者だけあり、戦いの経験が豊富だ。そしてアンデットの厄介さも知っている。


「俺がなんでサンドゴーレムを足代わりにしたか分かる?……砂に戻りて、地を覆え」

 幸守の言葉に反応したゴーレムは砂へと、床を覆っていく。

 砂が満遍なく床を覆ったのを確認した幸守は倉庫デジポートから杖を取りだし、魔法陣を描き始めた。


「あー、王家の墓に魔法陣は描けないもんね。砂ならまたサンドゴーレムにすれば回収も楽だし」

 昔の幸守なら平気で魔法陣を描いていただろう。しかし、日本人となり気遣いを知った幸守は、戦いの後まで考慮していたのだ。


「そういう事。昴、竜也テントを張ってくれ。姉ちゃんはご飯支度をお願い。こげ丸、雀と一緒に水を汲みにいってくれ」

 幸守は倉庫デジポートからテントやバケツを取り出し、指示を出していく。

 その後も何個もの魔法陣を描き足していく幸守。


 ◇

 それは月が深夜二時を迎えての頃であった。急に周囲の空気が生ぬるいものへと変わったのだ。

 むろん、テントの中にいては気がつかない変化である。

 しかし、幸守は敏感に気配を察し、目を開く。


「昴、竜也来たぞ。くれぐれもテントから離れるなよ」

 テントの周辺には防御系の結界が張っており、攻撃を無効にするだけでなく姿も見えなくする。


「数は多いみたいね……でも、私とゆー君がいれば怖い者なし。さあ、やるわよ」

 幸守がテントから出るのと同時に陽向も起きてきた。その顔は往事の勇者を彷彿させる物であったという。


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