プラータの過去
そこは正に聖地と呼ぶに相応しい場所であった。鏡の様に磨き上げられた床、冬の早朝を思わせる静謐な空気、墓所を守り抜く様にそびえたつ大樹。
幸守達がやって来たのはワーカミの王族が眠る王家の墓。巨大な木々に囲まれた墓所は、荘厳な空気に包まれていた。
「厳かな空気だな。厳か過ぎて、咳をする事さえためらってしまう」
千鶴の言葉に皆声もなく頷いた……ただ一人を除いてだが。
「これはこれは先王殿。お久しぶりでございます。その時はお世話になりました。おお、そこにいるのはデオン様ではないですか。しばし、お邪魔させてもらいます」
神官である幸守は霊魂を視れるし、会話も出来る。幸守にとって墓所は亡き人を思い出す場所ではなく、旧交を温める場所なのだ。
「ねえ、兄貴誰と話しているの?」
しかし、霊が見えない者にとって、その行動は奇異に映る。妹の雀が不思議そうな顔で問い質す。
「ああ、お前には視えないもんな。神官時代に世話になった先代の王スムーテン様と話していたんだよ……ええ、転生先の妹です」
事も無げに話す幸守であったが、それはここに幽霊がいると言っているのと同じだ。
自然と雀達の顔が青ざめていく。
「……もしかしなくても、兄貴って視える人?」
雀が恐る恐る確認する。もしかしたら家にも幽霊がいるのではと思ってしまったのだ。
「安心しろ。家にも何重にも結界が張ってある。悪い霊は近づく事も出来ないから」
心配性な幸守は、大事な家族に咎が及ばない様に自宅に結界を張っているのだ。
(雀も竜也と一緒で、幽霊が苦手だ。このまま、先王に帰って頂けば過去がばれないで済む)
幸守はワーカミの先王スム―テンには幼少の頃より世話になっていた。その付き合いはレイアより長い。
「それでそこにいるのは,お前が世話になった方なのか?……幸守、私も挨拶をしておきたい。会話を出来る様にしてくれ」
幸守は大事な事を失念していた。姉千鶴は何より礼儀を重んじる人間。弟が世話になったと聞いて、黙っている訳がない。
「そ、それは難しいかな。ほら、調整とか間違えると大変だし」
なんとか誤魔化そうとしているが、霊視の力を授ける事くらい幸守には造作もない事であった。
「主、この後の戦いの事を考えますと、霊体を視えた方が得策だと思うのでござる。もしあれならスーパーできるペットこげちゃんが、霊視の力を授けても良いでのですぞ」
こげ丸は千鶴に撫でてと言わんばかりに頭を差し出す。
「もしかして、ゆっきー何か隠してね?昔お世話になったって事は、ゆっきーの黒歴史や失恋も知ってる訳じゃん?」
昴は失恋のワードにだけ妙に力を込めながら、陽向の方を見る。
山伏の家系で育っただけあり、昴は霊を恐れていない。ましてや現役時代にリッチとも戦った事がある陽向は、霊なんてへっちゃらなのだ。
千鶴、陽向、昴三人の視線が幸守に注がれる。
「ゆー君、私に言えない過去なんてないよね?神官なら霊視の力を授けられるよね……私と契約して、霊視の力をちょうだい!」
効果は覿面であった。そしてついでに契約も迫る陽向。
「ほら、霊視の力を欲しくない人もいると思うし……り、竜也は欲しくないよな。それにスム―テン様もお疲れだと思うし」
強面の竜也であるが、幽霊が大の苦手である。それにかこつけ、霊視の話を何とか阻止しようとする幸守。
「でも、視えた方がまだ安心だよ。あの子みたいに怖くない幽霊だっているし」
竜也は心霊ロケで自分のファンであった少女の霊に会っている。そのお陰で前よりは心霊に対する恐怖が少なくなっていた。
「ほお、今のプラ坊は随分と周りから好かれておる様じゃな。結構、結構」
しわがれた優し気な声であった。ただ声量は、とてつもなくでかい。
「兄貴、僕なんかおっきなドラゴンが視えているんだけど」
そこにいたのは10mは優にある巨大なドラゴン。下顎から髭が生えており老いている事が分かる。
「スム―テン様の霊体だよ。向こうが透けて見えているだろ。亡くなったワーカミの王族は、ああして王家の墓をお守りされておられるんだ」
龍の鱗や牙は貴重品で、墓を荒らそうとする者は少なくない。その為ワーカミの王族は次代の王が亡くなるまで、霊体となり墓を守るのだ。
◇
年寄りは話好き。この世界でも同じなんだなと幸守は実感していた。
「プラ坊と初めて会ったのは、坊がまだ9歳の時じゃったな。アイリーン様に連れられて、これから廻国の修行に出ると挨拶に来たのじゃよ。まだ小さく顔立ちも幼い癖に、口を真一文字に結んで、しかめっ面を作っておったわい」
皆が話に聞き入る中、幸守だけは穴に入りたい気持ちになっていた。逃げようにも千鶴と雀がしっかりと手を握っているし、背後は陽向に抑えられている。
「9歳で一人旅ですか?宿代とかは、誰が払ってくれたんですか?幸守、誰が幾ら払ってくれたか、覚えている?」
千鶴が目を丸くして驚く。同時に姉としてお礼を言いに行かねばと責務を感じていた。
「それは心配ないよ。咎狩りの神官は、基本野宿なんだ。廻国の修行は、地理や風土を覚える為の物であると、同時にサバイバルの修行も兼ねているんだ」
日本なら虐待と騒がれる案件であるが、赤子の時から神殿で育った幸守はなんの疑問も持たなかった。
むしろ、ようやく一端の神官になれたと喜んだのを覚えている。
話を聞き終えた千鶴は、握っている手に力をこめた。可愛い弟の手を包み込むように、力をこめ直した。
「野宿って、テントかとかに泊まったの?兄貴、ご飯はどうしていたの?」
都会生まれで甘えん坊の雀にしてみれば、想像も出来ない世界である。
「テントは個人の所有物になるから禁止。木のうろや洞窟に寝てたんだよ。俺の翼便利なんだぞ。包まれば寒さをしのげるし」
咎狩りの神官は尊敬されると同時に恐れられている。特に町の有力者は自分を裁きにきたのではと、警戒するのだ。
どうしてもと言われ泊まった宿で、寝込みを襲われた神官は少なくない。だから幸守達咎狩りの神官は野宿をするのだ。
雀は大好きな兄の手をギュッと握り直した。大好きな兄貴が遠くに行かない様に力をこめ直す。
「プラ坊、良い家族を持ったの……いや、良い家族と友人を持ったんじゃな。ここは安静の地。勝手な願いじゃが、ならず者から守って下され。それと皆様、プラ坊の事を頼みましたぞ」
スム―テンは、そう言うと虚空に姿を消した。
「ゆー君、これからどうするの?アンデットを率いてくるんなら、襲撃は夜だと思うよ」
陽向は元勇者だけあり、戦いの経験が豊富だ。そしてアンデットの厄介さも知っている。
「俺がなんでサンドゴーレムを足代わりにしたか分かる?……砂に戻りて、地を覆え」
幸守の言葉に反応したゴーレムは砂へと、床を覆っていく。
砂が満遍なく床を覆ったのを確認した幸守は倉庫から杖を取りだし、魔法陣を描き始めた。
「あー、王家の墓に魔法陣は描けないもんね。砂ならまたサンドゴーレムにすれば回収も楽だし」
昔の幸守なら平気で魔法陣を描いていただろう。しかし、日本人となり気遣いを知った幸守は、戦いの後まで考慮していたのだ。
「そういう事。昴、竜也テントを張ってくれ。姉ちゃんはご飯支度をお願い。こげ丸、雀と一緒に水を汲みにいってくれ」
幸守は倉庫からテントやバケツを取り出し、指示を出していく。
その後も何個もの魔法陣を描き足していく幸守。
◇
それは月が深夜二時を迎えての頃であった。急に周囲の空気が生ぬるいものへと変わったのだ。
むろん、テントの中にいては気がつかない変化である。
しかし、幸守は敏感に気配を察し、目を開く。
「昴、竜也来たぞ。くれぐれもテントから離れるなよ」
テントの周辺には防御系の結界が張っており、攻撃を無効にするだけでなく姿も見えなくする。
「数は多いみたいね……でも、私とゆー君がいれば怖い者なし。さあ、やるわよ」
幸守がテントから出るのと同時に陽向も起きてきた。その顔は往事の勇者を彷彿させる物であったという。




