竜妃レイア・イディーとニーベモイ
リュミエール城の一室に王を始め、国の重鎮が集まっていた。異世界日本に転移した魔導士から帰還の知らせが届いたのだ。
リュミエールが北の魔王テルセイロが治めるノルテと戦争になり早十年。最初のうちは互角に戦えていたが、徐々に劣勢となり今や敗北寸前である。
そんな中、南の魔王カンテイロが治めるスウから密かに使者が訪ねてきたのだ。そしてある魔術が提供された。
異世界召喚術と転移術。永年禁止されてきた、この二つの術をスウが復活させたというのだ。スウは既に、異世界に人を送り、現地で協力者を得ているという。リュミエールはすぐさま飛びついたのだ。提案された条件も、リュミエールにとって有り難い物であった。
帰還用の魔法陣から光が溢れ出す。皆が固唾を飲んで見守る中、グラース王が口を開いた。
「皆の者、これで我が国は救われるぞ」
異世界人は高位の精霊や竜と契約出来るという。ある意味それは事実である。しかし、グラース王の言葉を幸守が聞けば“契約出来なくなったのは、自業自得だろう”と鼻で笑うだろう。
「リーリオ・カナル、ただ今戻りました。異世界人十三連れて来ました」
リーリオに続いて出て来たのは神選学院高等部校長の神谷栄。神谷はグラース王に前に跪くと、大袈裟に頭を下げてみせた。
「グラース王、お会いできて光栄でございます。サカエ・カミヤ、ドールマスターと契約(コントラ―ト)済みです」
神谷はそう言うと一枚のカードを王に差し出した。カードは銀色に輝いており、左上にSR、右上には5と書かれている。
「スーパーレアとの契約者……初めてみたぞ」
「しかもカードに文字が入って色も付いておる。正式に認められたという証じゃ」
室内が一気にざわつく。戦争中という事もあり、リュミエールでは契約者が不足していた。見つかってもN+しかおらず、その中でも正式な契約を結べるのは、三割もいないと言う。
「王様、SRで驚かれては困ります。コントリ、王にお前のカードをお見せしろ」
続いて出て来たのは、魔法陣の調整していた女性と貧相な少年。少年の目つきは暗く、失望の溜め息が洩れる。高位の神霊やドラゴンは見目が良い者を好むと伝えられているのだ。
「クラタ・コントリです。インキュバスプリンスデゼージョと契約しました……フヒヒッ」
根鳥の不気味な笑いを掻き消す歓声が上がる。カードにはSSRと書かれており、金色に光っていたのだ。左上の数字は4である。
「他の者には、まだカードを渡しておりませんが、皆高位の者と契約が出来ると思っております」
リーリオの言葉に合わせるかの様に続々と少年少女が姿を現す。その誰もが容姿が整っており、自然と周囲からため息が漏れる。
そんな中、一人の少女に注目が集まった。
「夏空陽向……転生前はジゼル・エクレールと言いました。光の神ルス、PRです。契約階級は3です」
契約階級は、契約主との親密度を現す。親密度が高ければ加護も豊富になり、強力な魔法が使える様になる。
「勇者様だ……勇者様がお戻りになられたぞ」
「転生しても階級が変わらぬとは流石だな」
周囲の反応を陽向は冷ややかな目で見ていた。どの顔にも覚えがある。自分をそそのかし、危険な戦場に向かわせた奴等ばかりだ。
「ジゼル……今はヒナタと言うのか。リュミエールの為、頼むぞ」
グラースだけが陽向の変化に気付いていた。昔なら声を掛けただけで、尻尾をふるかの様に喜んでいたのに、今は驚く程冷淡だ。
「馬路と巴が来ないな……大空っ?」
新た現れた異世界人を見て、部屋にいた全員が驚く。そこにいたのはTシャツと短パンというラブな恰好をした糸目の少年。しかも犬を連れており、どう見ても散歩中に巻き込まれた様にしか見えない。
「……い、異世界人ならそれなりの契約が出来よう。皆にリュミエールに来てもらったのには訳がある。今、我が国は邪悪な魔王テルセイロと戦っておる。もし、テルセイロを倒せば、汝らの願いを叶えよう……何事じゃ!」
王が仰々しく宣言した途端、爆音と共に壁が崩れたのだ。
「異世界人を召喚したって聞いたから、見にきたのよ。古い友人の気配も感じたしね。異世界の皆様、初めまして。私の名はレイア・イディー。ワーカミという国の王妃よ」
現れたの妖艶な美女。艶々とした黒髪が人目を惹き付ける。普通なら、兵士が襲撃されても文句の言えない行為である。しかし、部屋にいる騎士は微動だにしていない。いや、動けないのだ。
「よ、四英傑の竜妃……黒竜レイア様ですね。用がおありなら、事前に言って欲しいですな」
かろうじてグラース王だけが口を開いた。レイア・イディー、五英傑の一人。竜人であり、そのブレスは数千の軍勢を灰燼に帰したという。もし、騎士がカハラに攻撃していたら、骨も残さず灰になっていただろう。
「召喚術に四英傑……これだけで私達に喧嘩を売ってるようなものなに、良く言えるわね。ニーベモイ、ジョウとシ・カータに報告しなさい」
鬼王ジョウ・シュロスに精霊帝シ・カータ。どちらも五英傑であり、一国の王である。
「はい、母様。行ってきます」
カハラの背後から現れてたのは、燃える様な赤い髪の美少女。ニーベモイと呼ばれた少女は、壊れた壁へと向かっていく。その向こうに見えるのは、青空だけである。しかし、ニーベモイは気にする様子を微塵も見せずに歩みを進めていく。
普通なら、このまま行けば転落してしまう。
「幸守、あの子を止めなくちゃ。駄目よ。そっちに行ったら落ちちゃうから」
誰も止めようとしない中、ニーベモイを抑えたのは幸守の姉千鶴であった。
「君、優しい猿人だね。僕、気に入っちゃった。でも、大丈夫だよ。僕はドラゴンだから……」
ニーベモイは千鶴に嬉しそうに話し掛けた後、壁の向こうへと飛び降りた。
「ド、ドラゴン?」
次の瞬間、千鶴の目に飛び込んできたのは5メートルを超すレッドドラゴン。レッドドラゴンは一度千鶴の方を振り向いたかと思うと、大空へと消えていった。
「さてと、私もお暇するわ……面白いお土産話も聞けそうだし」
レイアはそう言うと幸守の方を見て、意味ありげな笑みを浮かべる。そして娘と同様に壁の向こうに飛び降りた。
現れたのはニーベモイの数倍はある巨大なブラックドラゴン。
部屋からは、さっきまでの賑わいは消え失せお通夜の様に静まり返っていた。
「と、取りあえず客人を部屋にご案内しろ」
グラース王の命で、騎士が我に帰りようやく動き出した。
◇
幸守は姉千鶴と妹雀と同室になった。そして陽向の口添えもあり、こげ丸も同室である。部屋は三人が泊まっても、余裕のある広さがあった。内装も豪華で普段は客室として使われているのであろう。
「後程お呼びに参りますので、それまでごゆっくりして下さい。では……」
騎士が部屋を後にしたのと、同時に幸守は部屋に結界を張った。部屋の前から護衛の騎士の気配を感じ取ったのだ。
「さて、なんでこんな馬鹿な真似をしたんだ?日本と違ってここに基本的人権なんて存在しないんだぞ」
姉妹だからこそ、幸守が本気て怒っているのが分かった。
「こっちに来れば乙女ちゃんの行方が分かるって言われたの。乙女ちゃんに一人じゃ心細いから一緒に来てってお願いされて……」
雀はドラゴンを見たショックもあり、幸守の問い掛けに素直に応じた。乙女の父親は数年まえから行方不明になっているとの事。そしてリーリオが“私の生まれた国には凄い占い師がいるんですよ”と誘われたそうだ。
「……占い師か。日本の事を占える奴なんていたか?それで姉さんは?」
幸守の予想では占い師の話はリーリオの出任せである。
「私は雀が心配で……」
千鶴は幸守の気迫に飲まれていた。いつもの弟とは比べ物にならない威圧感があるのだ。
「まあ、主殿。二人は騙されたような物なのですぞ。この世界の先達として、優しくアドバイスを送るべきです」
そんな二人に助け舟を出したのは大空家のペットこげ丸。
「こげちゃんが喋った?」
「嘘でしょ?聞き間違いよね」
当たり前であるが、姉妹は大いに驚いた。
「某と主は元々この世界の住人でございます。ですから人語も話せるのです。コミュニケーションもばっちりなスーパーペットこげ丸でずぞ」
ふんぞり返るここげ丸をしり目に姉妹が幸守に詰め寄る。
「幸守、全部話してもらうぞ」
「あーにき、何を隠してたのかな?」
その後の幸守は姉妹の尋問により、陽向と一緒に転生した来た事など、様々な事を話す羽目になった。