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俺、元魔王軍従業員。幼馴染み、元勇者  作者: くま太郎
第一章 日本編
15/26

再び…

神選学院も、あと数日で夏休みである。いつもなら幸守もテンションを高くして、夏休みの到来を楽しみしていた。


『主、テンションが低いですぞ。今日は楽しい日曜日。そしてもう少しで夏休みではござらぬか』

 しかし、今年の幸守のテンションはあまり高くない。むしろ落ち込んでいると言った方が近い。散歩中に何度も溜め息を漏らしてしまい、こげ丸にまで心配をされていた。


『うむ、分かっておる。分かってはおるのだが……』

 幸守のテンションが上がらない理由は、夏休みにあった。陽向を始め親しい人物の夏休みの予定が埋まってしまい、このままでは寂しい夏休みを送るはめになってしまうのだ。

 バイトをしようにも、学が長期の出張に出てしまい許可を得る事が出来ないのである。このままでは確実に暇な夏休みを送る羽目になってしまうのだ。


『陽向殿に夏休み中放っておかれるのが、そんなに寂しいでござるか?いつまでも気持ちを伝えずに、うじうじしているからですぞ。他の五英傑の皆様が見たらさぞ呆れるでしょうな』

 こげ丸は溜め息を漏らしながら、幸守をジト目で見ている。前世では妻帯者であったこげ丸は、恋愛に奥手過ぎるゆきもりを歯がゆく思っていた。


『そうは言ってもだな。どうも踏ん切りがつかんのじゃよ』

 戦争中とはいえ、陽向は大勢の魔族を殺している。その多くは幸守の知り合いなのだ。戦死した彼等の事を思うと一人だけ、幸せになる事が気が引けてならないのだ。


『そう言えば、ペスも浮かぬ顔で散歩してましたな。この匂いは……主、家の方から怪し気な臭いがしますぞ』

 幸守の家まではまだ数キロあるが、こげ丸の鼻は何かを嗅ぎつけていた。

 そして家が近付くにつれて、邪気が漂ってきくる。


『この気配は……こげ丸、急ぐぞ』

 家に近付くにつれて、邪悪な気配は濃くなっていく。

(ほう、気配の発生源は我が家か……良い度胸をしてるではないか)

 芸の細かいことに、幸守の家には人払いの結界が張ってある。


「ただいまー。あれ、お客さん?」

 玄関に見慣れぬがあり靴があり、家の中は邪悪な気配で満たされていた。同時に濃いマナが幸守を包み込む。その濃度は幸守が、魔人になれる程の濃度になっていた。


「ユキモリ、オカエリ。チヅルトスズメガ、ナツヤスミ二リョコウ二イクコトニナッタノ」


「コノカタガ、ツレテイッテクレル」

 居間にいたのは虚ろな目の両親と中年の男。男の口からは鋭い牙が覗いていた。体格の良い男で、身に纏っているスーツが弾けそうになっている。

 幸守の両親はなぜか床に座っていた。一方の男は足を組んでソファーに座っており、どちらが家の主か分からない状態である。


「ほう、ヴァンパイアか。儂の母親に催眠を掛けるとは、良い度胸をしておるの……血を一滴でも吸っておれば、命の保証はないぞ」

 両親の催眠状態はかなり深い物で、幸守むすこが魔人になっても気付かないであろう。

  

「へえー、良く私がヴァンパイアだと分かりましたね。ユキモリ……大空家の長男幸守君ですか。リーリオめ、こんな逸材を見落とすとは……所詮はハーフか。幸守君、私の目を見て下さい」

 ヴァンパイアはそう言うとじっと幸守の目を見つめてきた。


「阿呆が、そんな程度の低い催眠なぞ効くか。真祖が誰かは知らぬが、楽には死ねると思うな」

 幸守は左手に爪を伸ばすと、ヴァンパイアの首筋に当てる。

 しかし、ヴァンパイアは焦る様子を見せずに不敵な笑みを浮かべた。

 

「ほう、不思議な術を使いますね。しかし、哀しいかな、無知だ。ヴァンパイアは不老不死なんですよ。ましてや私は日光を克服しました。真祖?確かに私はヴァンパイアと契約しましたよ。でも、今や私の方が上だ」

 男は身体を薄い魔力で囲っており、日光を防いでいるようだ。

お互い腹の探り合いをしており、二人ともあまり表情を変えない。

 

「利用されているのも分からぬとは、哀れよの。契約の条件も、ヴァンパイアが不死を保てる条件も聞かされておらぬのじゃろ?」

 幸守はそう言うと、男の身体に爪を突き立てた。すると、男の体が見る見るうちにやせ細っていく。一分も経たないうちに貧相な体になり、スーツもブカブカになっていた。


「ち、力が……このままでは力を与えてくれたグラース様に申し訳がたたない」


 ヴァンパイアから普通の人間となった男は、床に崩れ落ちていく。

 

「お前は加護でヴァンパイアになっていただけじゃ。身体の魔力を抜いてしまえば、加護を使えなくなる。そんな事も知らぬとは、正式な契約をしてないのか。しかし、グラースか。確か、リュミエールの王子の名じゃな……偶然の一致か。それとも……これは?」

 幸守の目にとまったのは、異世界旅行に関する誓約書と書かれた紙。旅行に行くのは姉千鶴と妹雀。既に両親のサインが記されていた。


「見てろよ。再びヴァンパイアの力を取り戻せば、お前を倒してやる……その誓約書は無効に出来ないからな」

 男の言う通り、誓約書には魔力が籠められており裁判所に訴えても無効には出来ない。


「この文字は魔文字か。色々繋がった感じがするの。行先は異世界リュミエール?たかが一国が世界を名乗るか……忙しくなるの。さっさと去れ……財布を置いていけば、命だけは助けてやる」

 出発は明日。現在対象者は神選学院の合宿所に泊まっているとの事。

対象者は夏空陽向・大空千鶴・大空雀・山参昴・愛星竜也・茂野撫子・馬路学・猪虎巴・猫柳乙女・置糸晴武・源朝香・根取倉太の十二人。

 

「あれ、お客様は?……大変よ、幸守!お姉ちゃんと雀が遠い世界に連れて行かれるの」

 男が出て行ったのと同時に両親の催眠が解ける。


「大丈夫だよ。俺が二人を連れ戻すから。それとお客様は今頃報いを受けているはずさ」

 幸守は男から魔力を吸い取る際、ヴァンパイアの日光に弱い特性だけを残した。今は身体を守る魔力も残ってないので、悶え苦しんでいるだろう。


「大丈夫って……お前も異世界に行くのか?それは許さんぞ」

 父幸次郎は真剣に怒ってくれており、それだけで幸守は満足であった。


「大丈夫だよ。俺の名前は幸守、姉さんや雀の幸せを守ってみせる。それに……俺には秘密があるんだ」

 それから幸守は前世の話をした。自分が前世で魔族だった事。家族が欲しくて転生してきた事。普段なら一笑にふす話であるが、直前まで催眠術に掛かっていたし、息子ゆきもりの目は赤く輝いている。


「……約束だ。お前も生きて帰って来い。幸守って、名前は自分の幸せを守れます様にって付けたんだからな。原因は俺にあるに……すまん。千鶴と雀を頼む」

 幸次郎の話によるとヴァンパイアになった男は元芸人で一時期は売れっ子だったそうだ。しかし、不祥事を起こして干されてから、人気は下落。番組で使って欲しいと幸次郎に頼んできたそうだ。それを断った事で、逆恨みされていたとの事。


「大丈夫だよ。必要な物を買いに行くから、車を出して。それと母さん、姉さん達の衣類や日用品をまとめておいて」

 幸守はヴァンパイアの財布から現金だけ抜き取ると、財布を倉庫デポジートにしまう。

 財布の中には十万近い現金が入っており、必要な物を買う事が出来た。

 米・塩・醤油・味噌・砂糖・胡椒・ミネラルウォーター・お菓子類・缶詰・ペットフード・テント二張り・寝袋六個・座布団・漫画・ラノベ・作物の種・酒類・サングラス・手品グッズ・長靴六足・リュックサック六個。


「調味料は分かるけど、漫画やラノベは必要か?それより、ライターやランタンとかの方が必要じゃないか」

 幸次郎が疑問に思うのは当たり前だろう。漫画やラノベはかなりの量なのだ。


「それは贈り物だから。ライターは魔法でなんとかなるし、あまり明るいと目立ってまずいからね……こげ丸、それを持って行くのか?」

 幸守が家に着くと、こげ丸がお気に入りの皿を持って待機していた。


『これは雀殿がお小遣いを貯めて買ってくれた大事な物でござる。主、五英傑の力見せてやりましょうぞ』



 合宿所に着いた時には日が暮れていた。闇の中を蠢く影が二つ。


「馬路……こっちだ。父さん、二人を頼む」

 影は馬路学と猪虎巴の二人であった。


「大空君……でも、そっちに行けないんだよ。壁みたいのがあるんだ」

 そういうと学は何もない空間を叩いてみせる。


「……二人共、契約書は持っているか?」


「持っているもなにも、捨てても付いてくるんだ。俺は良いから学だけでも、助けてくれないか?」

 巴の目は真剣そのものである。ドール事件の後、二人はお互いの気持ちを確かめあい、恋人同士になっていたのだ。


「これで良い。早く行け……父さん、母さん今までありがとう。大空家に生まれて幸せでした」

 幸守は誓約書の名前を書き換えると、両親に深々と頭を下げた。


 木陰に潜んでいる幸守達の目の前で転移の準備が着々と進んで行く。


『主、そろそろですぞ』

 転移の準備が最終段階に入ったのを見て、こげ丸が合図をおくる。


「ああ、突っ込むぞ」

 異世界より転生してきた老いた魔族は、日本で大切な家族を得た。そして再び生まれた世界へと戻って行った。




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