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俺、元魔王軍従業員。幼馴染み、元勇者  作者: くま太郎
第一章 日本編
14/26

変りゆく日常

七月、既に夏真っ盛りで歩いているだけでも汗が滴り落ちてくる。幸守も、こんな日は無理に外出せずにクーラーの効いた部屋でのんびりしていたい。しかし、それを許さぬ者がいた。


『主、夏を感じながらのお散歩も乙ですな。犬小屋に帰って、程よく冷えたワンちゃん用スープでも飲めば最高ですぞ』

 こげ丸である。今日も朝からワンコの権利を駆使して、幸守を散歩に連れ出したのだ。


『こげ丸、お前は暑くないのか?』

 前世で厳しい修行に耐えた幸守でも、東京の暑さは辛いのだ。


『某は荒野の覇者金剛石狼ですぞ。このくらいの暑さは平気でございます。主は文明の利器に慣れて、弱ったのでござらぬか……この匂いはペスッ?』

 こげ丸は尻尾をピンと立てて臨戦態勢に入る。


「あっ、大空君だ。おはよー。こげちゃんもおはよ」

 幸守とこげ丸に声を掛けきたのは、大型犬セントバーナードを連れた癒し系の美少女。お団子にまとめた髪が、彼女の愛らしさを引き立ている。


「茂野さん、おはようございます。今日も暑いですね」

茂野撫子、幸守と同じクラスで四神花の一人。そしてこげ丸が敵視しているペスの飼い主だ。


「クラスメイトなんだから、敬語じゃなくて良いよ。僕もその方が気楽だし」

 四神花に選ばれるだけあって、撫子はもてる。彼氏はいないが、撫子自身がもてる事を自覚していた。告白された事は数知れず、スカウトされた事は一度や二度ではない。

 しかし、高校でクラスメイトになった目の前の少年は撫子に全く興味を示さないのだ。

 彼の友人である愛星竜也なら現役アイドルなので、自分に興味を示さなくても理解ができる。撫子は幸守に興味はないが、ここまで無関心な態度を取られると、少し面白くないのだ。


「クラスメイトと言っても、そこまで親しくないですよ」

 一方の幸守は、陽向以外の異性に興味がない。正確に言うと術を用いて興味が出ない様にしているのだ。転生前の予定では戒律に乗っ取って、誰にも恋をするつもりはなかった。しかし、記憶を取り戻した時点で、既に陽向に恋をしていたのだ。

 

「それじゃ、これから仲良くなろ。そうだ、大空君はラノベとか読む?……もしファンタジーな異世界に行けるとしたら、何を持って行く?大空君のアドバイスが聞きたいな」


「アドバイスですか……身も蓋もないですけど“行かなくて良いなら、異世界に行くな”ですね。それでは学校で……こげ丸行くぞ」

 答えとしては、何の面白みもない答えである。しかし、これが異世界から転生して来た幸守のベストアンサーなのだ。もし、姉妹や親友が異世界に行くと言ったら、幸守は殴ってでも止めるだろう。

 幸守を見送った撫子がポツリと呟く。


「行かなくて良いなら行くなか……でも、僕は自分の意思で行くんだ。ペス、絶対に僕が治してあげるから」



 神選学院では部活動が盛んだ。放課後ともなると、校庭や体育館に活気のある声が響く。しかし、幸守は部活に入っていない。本当はバイトをしたいのだが、理事長まなぶが許可してくれないのだ。


「ゆっきー、一生のお願い。一緒に武道場に来て」

 放課後帰り支度をしていた幸守に、昴がすがりついてきた。


「嫌だよ。武道場に行ったら千鶴姉に掴まるし」

 千鶴は幸守を自分が所属している剣道部に勧誘している。そんな中、武道場に行ったら、千鶴の思う壺で、確実に練習に参加させられるのだ。


「ゆっきーは、良いよなー。家に帰れば三闘姫の千鶴さんと、四神花の雀ちゃんがいるじゃん。うちなんて爺ちゃん婆ちゃんと猫だぞ。それにお前は、毎朝四神花の夏空さんとイチャコラ登校してるだろっ!少しは、俺にも幸せを分けろっ!幸せ独占禁止法で逮捕するぞ」

 教室で騒ぎ立てる昴に冷ややかな視線が注がれる。入学当初、昴は竜也と女子の人気を二分していた。しかし、その残念過ぎる性格が知れ渡るに連れて、面白いお友達の地位に固定化されてしまったのだ。当の本人も千鶴以外の女性には興味がないので、直す気は毛頭ない。


「千鶴姉と雀は姉妹なんだから、家にいて当たり前だろ……陽向は、幼馴染みだから付き合ってくれているだけだし……」

 顔を赤らめながら幸守が呟く。それを見た男子は嫉妬し、女子は深い溜め息をついた。陽向と幸守が両想いなのは、クラスの誰もが知っている。二人を見てれば嫌でも分かるだろう。


「おいおい、その細い目で何を見ているんですかー?事務所の仕事を手伝う為に放課後になると、急いで帰っている夏空さんを独占している癖に……酷い、酷いわ、ゆっきー。そうやって幸せを独り占めするのね」

 昴はわざとらしく嘘泣きをしながら、床に倒れ込む。いつもなら竜也が止めに入るのだが、今日は新曲のレコーディングの為に午前中で帰ってしまったのだ。


こいつが悪ふざけするのはクラウンの修行でもあるけど、辛い家庭環境を誤魔化す為でもあるんだよな)

 老婆心ならぬ老爺心が幸守を突き動かす。さっき昴は美人に囲まれて羨ましいとは言ったが、両親と暮らせて羨ましいとは言っていない。


「少し見たら帰るぞ。今日は家の手伝いをする日なんだからな」


「さすがゆっきー、話せる。よっ、魅惑の糸目君。善は急げ。武道場にレッツ、ゴー!」


 神選学院の武道場は校舎と別棟にある。校舎と渡り廊下で繋がっている建物には、柔道・剣道・弓道・空手・ボクシング等様々な部活の練習場が入っているのだ。

 幸守と昴が武道場に着くと、不審人物がいた。線の細い少年が渡り廊下の入口を、何度も行ったり来たりしているのだ。渡り廊下の前を通る度に、チラチラと武道場を覗き込んでいる。


「ゆっきー、あれ馬路じゃね?あいつ、何してるんだ?」

 昴が不思議がるのも無理はない。馬路は学力こそ高いが、運動は苦手である。


「この時期に入部は考えにくいよな。馬路は誰かさんと違って、純粋だし」

 幸守はそう言うと、横目で昴の事を見た。武道場には昴の様に、三闘姫や三武王がお目当ての生徒が結構来ているのだ。


「おいおい、ゆっきー。俺程、純粋な中々人間はいないぞ。山参昴君はどぶ川の様に、澄んだ心の持ち主なんだぜ」

 昴は親指で自分の事を指しながら、どや顔を作って見せた。そしてじっと幸守の事を見ながら、突っ込みを待っている。


「……そうだな。昴は大道芸の修行に真面目に取り組んでいるし、地底湖の様に澄んだ心の持ち主だ。未だに千鶴姉に一途だしな」

 そう言うと、幸守はどや顔をしている昴をスルーして馬路の下へと近付いていく。


「あれ?幸守君、これは放置プレイかな?いつの間に、そんな高等テクニックを……ゆっきー、恐ろしい子……待てよ、俺を一人にするな」

 

「馬路、どうしたんだ?武道場にいる先生に用か?」

 幸守が声を掛けた途端、馬路も顔が真っ赤になる。耳の付け根まで真っ赤だ。


「お、大空君!な、なんでもないよ。ただの散歩だから気にしないで」

 あからさまに動揺した馬路は脱兎の如く、武道場から走り去って行った。


「あっ、またもやし眼鏡が来てたよ。巴お姉様の幼馴染みだからって、厚かましい」

 それを見た柔道部の前にいた猪虎巴の取り巻きが騒ぎ出す。他の部活の見学者も集まり始め、幸守達にも冷たい視線が注がれる。

 居たたまれなくなった幸守達も、その場から走る様に逃げ去って行った。



 その日の夜、幸守の携帯に学から電話が掛かってきた。


「プラータ殿、今時間よろしいでしょうか?学校の周囲に嫌な空気が流れています。動いてもらえませんか?」

 学は鑑定こそ使えるが、戦闘能力は皆無に等しい。


「そろそろ咎が心許なくなってきたので、むしろ助かりますよ。自転車で行くんで具体的な場所を教えてもらえませんか?」

 加護を維持するだけなら、当面の心配ない。しかし、昴の弟北斗に掛けられた呪いを解くには、力を取り戻す必要がある。それには大量の咎が必要なのだ。


「お願いします。柔道部の生徒がまだ残っていますので」

 日は暮れていたが、外気にはまだ暑さが残っていた。風も凪いでおり、生暖かい空気が体に纏わりついてくる。

(これは霊気?レイスの次は何が出るんだ?)

 神選学院が近付くいてくると、生臭さが鼻につきだした。その中に、霊の気配も混じっていたのだ。

 幸守が神選学院の正門に着き辺りを見回していると、一台の自転車が近付いてきた。


「あれ?大空君?何してるの?」

 幸守に声を掛けてきたのはクラスメイトの馬路明である。


「ちょっと忘れ物をしたんだよ。馬路は新聞配達の帰りか?」

 幸守は怪しまれない為に、予め学に仕込みをお願いしていた。生徒の落とし物として、幸守が机に置いていった筆箱を警備員に届けておいて貰ったのだ。


「そうだよ……大空君と夏空さんって、仲良いよね。羨ましいな。僕にも幼馴染みがいて、神選学院に通っているんだけど、昔みたく話し掛けられなくてさ」

 “明は神選に行くんだろ?(ともえ)の尻に敷かれそうだな” “あっ、またもやし眼鏡が来てたよ。巴お姉様の幼馴染みだからって、厚かましい”幸守の頭の中で、東木と取り巻きの女生徒の声が再生される。


「俺も陽向と学校が違ったけど、あいつが良く家に飯を食いに来てたから、疎遠にならずに済んだんだよ」

 正確に言うと疎遠にならないよう常に陽向が動いていたのだが、鈍感な幸守は全く気づいていない。


「来るな!なんで人形の癖に動くのさ」

 二人の間に奇妙な連帯感が生まれようとした時、女性の叫び声が聞こえてきた。それと同時に周囲に濃い霊気が漂ってくる。


「この声は巴ちゃん?」


「馬路、こっちだ」

 幸守は猪虎巴がどんな少女か知らなかったが、霊気の出元は確実に分かっていた。



「大空君、あれはなに?」

 馬路の目はある物に釘付けになっていた。一メートル位の大きさのある人形(ドール)が、少女を襲っているのだ。


「人形を利用したゴーレム……いや、人形に魂を封じ込めたリビングドールか……馬路、俺が間に割って入る。お前は彼女を連れて逃げろ」

 幸守は馬路の返答を聞かずに、巴とリビングドールの間に割り込む。青い髪の人形でアニメをモチーフにしているのか、小振りな顔に対して瞳はアンバランスな位に大きい。


「大空君……待ってて、誰か呼んで来るから。巴ちゃん、こっち」


「学君?でも、俺でも勝てない奴だよ」

 それまで不安げであった巴だが、馬路の顔を見ると安堵の表情を浮かべた。


「そいつは不審者扱いされても、あんたと話したかったらしいぞ……ここは俺が何とかする。お代はこの事を秘密にする事だ。ほれ、とっとと行かんか!」

 幸守は二人を逃がしながら、咎を握り潰す。一方のリビングドールは、魔人と化した幸守を無視して巴を追い掛けようとしていた。その無機質な瞳に、幸守の姿は映っていない。


「自ら動くのではなく、馬路の幼馴染みを襲う様に命令されとるのか……近くに術者はいないの……お前が誰か知らんし、誰が命令したのかも儂は興味がない。咎をもらうぞ」

 リビングドールは、巴を追い掛け様とした恰好のままその場に崩れ落ちた。



 同刻、陽向は事務所の応接室で珍客を出迎えていた。


「リーリオさん、大事な話なら学校ですれば良いじゃないですか」

 訪ねて来たのは転校生のリーリオ・カナル。普段なら同級生と言えども、事務所に招き入れる事はない。しかし高等部の校長から電話があったのでは対応しない訳にはいかない。

「大事な話ですので。陽向さん……いいえ、勇者ジゼル・エクレール様。今、リュミエールは北の魔王テルセロイと戦っております。もう一度力を貸してもらえませんか?グラース王もまた会いたいとおっしゃられていました」

グラース・リュミエール。リュミエールの王にして、陽向ジゼルと共に東の魔王トレスを倒した英雄。そしてかつての陽向ジゼルが恋焦がれた男性。グラース王は自分の名を出せば、直ぐに応じるとリーリオに伝えていた。

確かにジゼルなら、尻尾を振って応じていたかも知れない。


「きもっ。グラースって、もう三十過ぎてるでしょ?三十の親父が高校生に会いたいなんて、日本じゃ通報物だって。それに十何年も放って置いた女が、まだ自分を好きだと思ってる訳?私にとっては黒歴史だってのに」

 しかし、今はジゼル・エクレールではなく、夏空陽向なのである。一考の余地すらない。


「夏休みの間だけでも良いんです。リュミエールを助けてもらえませんか?」

 リーリオは必死に懇願する。かつての勇者が参戦すれば国民の戦意は大いに上がる。簡単に諦める訳にはいかないのだ。


「残念ながら、夏休みは予定が詰まってるの。それに私は現役を離れて何年も経つのよ。役に経たないって」


「向こうにいる貴女の家族の命がどうなっても良いのですか?それに貴女と親しい人物も転移に応じているんですよ……大空幸守さんでしたっけ?彼に話を持ち掛けましょうか?彼を動かす手駒は沢山持ってますし」

 リーリオの話を聞いていくうちに陽向の顔色が変わっていく。


「ゆー君は巻き込まない。それが条件よ……それとグラース王には会わないから」

 陽向の返事を聞いて、リーリオは満足気に頷いた。


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