候補者
幸守達が神選学院に通う様になって一ヶ月が経った。陽向の協力もあり、幸守はそれなりにクラスに馴染めている。
工房での勤務経験があり実年齢より精神年齢がかなり高めの幸守にとって、孫の様なクラスメイトと波風を立てずに過ごすのは容易い事なのである。
「はい、幸守お弁当。今日も頑張ってね」
「母さん、有難う。頑張るよ」
幸守は母の作ってくれる弁当が大好きだ。味はもちろん美味しいが、彩りも綺麗で見ているだけで食欲をそそられる。姉妹の弁当より果物を多く入れてくれるのも嬉しい。
「いってらっしゃい。陽向ちゃんによろしくね」
これまでは一人で通学する事が多かった幸守であるが、今は陽向と二人で通学していた。この通学時間は幸守にとって至福の物である。前の日から何を話そうかと話題を探しているのだ。
「ゆー君、おはよう。昨日ラ〇ンで聞いたんだけど、今日うちのクラスに転校生がくるんだって」
それは陽向も同じであった。幸いな事に神選学院の女子は竜也や昴に目を奪われ、誰も幸守に注目していない。しかし、自分の大事な幼馴染みの魅力に気付く女子が現れないという保証はないのだ。
「この時期に?高校生で転校って珍しいし、一年生の五月に転校して来るって何があったんだろうな。詮索したり、変な噂を流したりする奴がいないと良いけど」
普通の男子高生なら、転校生が可愛い女子かどうかに興味を持つだろう。しかし、幸守はひ孫以上に年が離れている転校生の心配をしだした。
「留学生らしいよ。女の子だって……ゆー君、楽しみなんじゃない?」
陽向は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、上目づかいで幸守の顔を覗き込む。効果はてき面の様で幸守の顔は見る見る赤くなっていく。
「す、昴が騒がないか心配だな」
幸守にしてみれば留学生が可愛いかどうかより、陽向に変な誤解をされる方が一大事なのだ。
自然に二人の間に良い空気が流れる。
(暖かい家族に楽しい親友……何より陽向が傍にいてくれる。神選学院に進学して……転生して本当に良かった)
しかし、二人はまだ知らなかった。件の転校生が二人の平穏を壊す事を。
◇
その少女が入って来た途端、教室がざわついた。神選学院には現役のモデルやアイドルが通っており、みな美人や美少女を見慣れている。それでも、教室がざわついたのだ。
「リーリオ・カナルです。昔から二ホンに憧れていました。皆様、仲良くしてれますか?」
光に照らされて輝く金髪、翡翠を連想させる澄んだ緑色の瞳。顔立ちも整っていて、西洋人形のような美少女である。
(どこかで見た事がある顔だよな……でも、外人に知り合いはいないし)
クラスメイトが転校生の話題で盛り上がる中、幸守はリーリオに不思議な既視感を抱いていた。
「ゆっきー、転校生凄くね?綺麗なだけじゃなく、ボンッ、キュッ、ボンッだぜ。夏も近付いてきたし、テンション上がるよな」
興奮気味にまくし立てる昴。それを見た男子は失笑し女子は若干ひいている。しかし、幸守と竜也は小さな溜め息を漏らしていた。
昴はテンションが上がるとは言ったが、リーリオと仲良くなりたいとは一言も口にしていない。
昴は教室を盛り上げようとしだけなのだ。神選学院で昴の本質を知っているのは、幸守と竜也だけである。昴が好きなのは幸守の姉千鶴であり、さっきの発言はガヤの練習なのだ。
「山参、静かにしろ。来週、典具山でオリエンテーションがあるから忘れないように。カナルさんの席は茂野の隣になります。茂野、カナルさんの事を頼むぞ」
茂野撫子、四神花の一人で料理が得意な少女だ。そしてこげ丸が勝手にライバル視しているペスの飼い主でもある。穏やかな性格の美少女で、文系男子から絶対的な支持を得ていた。
クラスの誰もが昴のガヤを期待する。しかし、昴は顔を青くしたまま、押し黙っていた。
◇
昴はオリエンテーションが近付くにつれて、テンションが高くなりうるさい位にはしゃいでいた。他のクラスメイトも楽しみにしているが、昴のそれはどこか無理している様に見える。今もクラスの女子相手におどけていた。
「幸守、昴の奴なんか変じゃねえか?あれは絶対に無理して、はしゃいでいるだろ」
表向きキャラの竜也が幸守に話し掛けてくる。付き合いが長いだけに、幸守と竜也は昴の異変に直ぐ気付いていた。
「ああ、でも下手に聞いてもはぐらかされるだけだろ。原因はオリエンテーションだと思うんだけどな。お前は参加出来るのか?」
竜也は高校に入ってから仕事の量が増え、学校を休む事が多くなっている。神選学院にもファンが増え、四神雄入りは間近だと噂になっていた。
「多分、行けると思うぜ。部屋はお前や昴と一緒だから、ゆっくり休ませてもらうよ」
部屋割りは幸守が学に頼んで事もあり、三人が同じ部屋になったのだ。
それもあって竜也はオリエンテーションを楽しみにしていた。幸守と昴が相手なら素の自分でゆっくり休めるのだ。
「竜也、オリエンテーションに来れるのか……それならオリエンテーションの日、少し俺に付き合ってもらえないか?」
さっきまでとは違い昴の顔は真剣そのものだ。
「良いけど、学校の許可がいるだろ?」
金曜日から泊まり掛けで行くとはいえ、オリエンテーションは学校行事だ。勝手な行動は許されない。
「許可はもらっている。オリエンテーションで行く所、俺の実家の近くなんだよ。お前達の話をしたら、弟が会いたがってさ。弟、北斗って言うんだけど、病気で長い間入院しているんだ。だから願いを叶えてやりたくてさ」
あの子には弟がおるんじゃが、原因不明の病気に掛かっているんだよ、前に昴の祖父天魁が言っていた言葉が幸守の頭によぎった。
「見舞いか。弟さん、食べられない物あるか?」
「それなら新譜のCD持って行くよ。サイン付きだぜ」
二人の答えに昴の顔が自然とほころぶ。
◇
「ここが俺ん家だよ。さあ、上がってくれ」
昴の実家は古風な日本家屋であった。周囲を木々に囲まれている所為か、静寂に包まれながら佇んでいる。不思議な事に、所々に五芒星が施されていた。
「この模様って五芒星だっけ?」
幸守は記憶を取り戻してから、古今東西の魔術や呪法を調べていたので、それなりの知識がある。
「俺の先祖は山伏だったらしいんだ。でも、それじゃ食えないから爺ちゃんが大道芸を始めたらしい」
(昴は山伏の血を引いているのか。それなら、納得だ。山伏は軽業を見せて日銭を稼ぐ事もあったらしいから、大道芸人になっても不思議じゃない……でも、おかしい。山伏の家でこれだけ五芒星が描かれているのに、なんの力も感じない)
幸守は魔人にならなくても隠蔽されていなければ、ある程度の力を感じる事が出来る。しかし、昴の実家からは何の力も感じられなかったのだ。
家には誰もおらず、妙に寒々としている。幸守達が案内された昴の部屋の方がまだ生活の温もりが感じられた。
「それで病院にはどうやって行くの?車が見当たらないけど」
竜也の言う通り、昴の家には車が見当たらない。それどころか、生活の痕跡もあまり感じられなかった。
「今、タクシーを呼ぶよ。少し休んでてくれ」
昴が出て行ったのを計らうかのように、竜也が愚痴りだす。
「昴の親って、なにしてるんだろ?迎えにも来てくれなかったし」
芸能人の竜也は送迎される事に慣れている。何より幸守と竜也は、昴に頼まれてここまで来たのだ。
「天魁さん……昴の爺さんから聞いたんだけど、ご両親は北斗君の治療費を稼ぐ為に、働き詰めらしい。昴が親元を離れているのは、大道芸の修行もあるけど、生活費を浮かせる為もあるんだってさ」
幸守も竜也も自然に無口になる。そして昴が戻って来ると、オリエンテーションが近付いてきた時の昴の様に不自然なほど饒舌になった。
◇
昴の弟北斗が入院している病院は山の中腹にあった。周囲の自然を拒絶するかの様な近代的な病院である。
「北斗、兄ちゃんの友達を連れて来たぞ」
そこにいたのはやせ細った色白の少年。昴の話では中学一年になると言うが、小学校高学年位にしか見えない。
「凄い!本物の竜也さんだ。いつもテレビを見ています」
昴の弟北斗の病名は分かっていない。その為、治療法もないので日がな一日テレビを見て過ごしている。
(これは呪い?……なんで、北斗君に呪いが掛けられているんだ?)
日本の医師が治療法を見つけられなくて、当たり前である。北斗に掛けられている呪いは、幸守が元いた世界の物であった。
「ああ、竜也だ。北斗も俺のファンで、昴の弟なら病気になんて負けるんじゃねえぞ」
幸守は北斗が竜也との会話に夢中になっている隙に、解呪方を探す。しかし、どの方法も不可能であった。解呪に必要な触媒は日本にないし、力業で呪いを解く事も出来るが北斗の体力が持たない。
かつて最強の魔族と恐れられた幸守であるが、己の無力さを嘆くしかなかった。
◇
オリエンテーションは北斗が入院している病院から、少し離れた山に建てられたホテルで行われた。
「さすが神選学院だな。オリエンテーションに使われるホテルも豪華だ……うん、幸守どうした?俺がイケメン過ぎてビビってるのか?」
そう言っておどけてみえる昴の周囲には、多くの妖精や精霊が集まっている。昴は幸守が驚く程に、精霊の類に好かれる。
(相変わらず凄い人気だな。そういや昴はシ・カータと似てるよな……竜也の適職は騎士だけど、昴の適職は精霊使いかもな)
「おう、現役アイドルの隣でイケメンと言い張るお前にビビッてるよ」
三人の笑い声がホテルに響く。三人とも、さっきまでの暗い気持ちを吹き飛ばそうとしていた。
◇
オリエンテーションの終了日、リーリエはホテルのスイートルームにいた。
「それで向こうの世界に連れて行く候補は決まったか?」
リーリエに声を掛けたのは、高等部の校長と一緒にいた牙のある男。しかし、今は牙を隠していた。
「はい、これが候補者です。この者達と信頼関係を築き、向こうの世界に連れて行こうと思います」
そう言うと、リーリエは男に一枚の紙を渡す。そこには数人の生徒の名前が書かれていた。
夏空陽向・大空千鶴・大空雀・山参昴・愛星竜也・茂野撫子・馬路学・猪虎巴・猫柳乙女・置糸晴武・源朝香・根取倉太。




