表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、元魔王軍従業員。幼馴染み、元勇者  作者: くま太郎
第一章 日本編
11/26

不穏な空気

 夜七時、いつもならまだ明るい時間なのだが、雨が降っている所為なのか既に薄暗い。いつもは部活帰りの生徒の賑わっている神選学院の通学路も人影がまばらだ。そんな通学路に怪しい人影が現れた。レインコートを目深に被り、辺りを警戒する様に歩いており、左手には閉じたまま傘、右手にはリードを持っている。リードの先にはこげ茶色の犬の姿が見えた。


『主、自分だけレインコートを着てずるいですぞ。某の毛皮がずぶ濡れでござる』

 怪しい人影はこげ丸を連れた幸守である。傘を差さずにレインコートを着ているのは、犯人に遭遇した時の為だ。


『お前は元々野山を駆け巡っていた狼であろう……学の話では犯人が現れるのは、日が暮れてかららしい。何より夜になってからの散歩は、母さんや姉さんが許してくれんのじゃ。仕方あるまい』

 今日は傘を持って行かなかった雀を迎えに行くという名目で家から出て来たのだ。閉じたままの傘は雀の私物である。ピンク色で白い水玉が書かれた可愛らしい傘だ。ただ、野暮ったい風体の幸守には恐ろしいまで似合わっていない。

 幸守がこげ丸を連れてきたのにはちゃんとした理由がある。犬の姿をしているが、こげ丸は魔狼だ。力の強い霊や魔力を持った者がいれば、優れた嗅覚で嗅ぎつける事が出来る。


『確かに痴漢は卑劣で許し難い行為です。でも、主が出る必要があるのですか?主は元五英傑の一人なのですぞ』

 猿人の国では意図的にその存在を消されたが、それ以外の種族の国では幸守(プラータ)は未だに英雄なのだ。特に魔族の中では、復活を願う者が大勢いる。何しろ往時の幸守は大魔王をも凌駕する力を持っていたのだ。

そしてこげ丸は昔の幸守を知っている。往時の幸守は邪竜を一撃で屠り、魔法でアンデットの大群を一掃したのだ。その強大過ぎる力ゆえ大魔王からも煙たがられた程である。最も今の幸守は大空家の女性陣や陽向に頭の上がらない立場なのだが……。


『被害者の話では犯人の目を見た瞬間、身動きが取れなくなったそうじゃ。しかも、誰も顔は覚えていないという。この間のレイスもそうじゃが、何か気になるんじゃ』

 不思議な事に犯人は身体を触るだけで、それ以上は何もしていないらしい。被害にあった少女が口をつぐんでいる可能性もあるが、学が鑑定をしてみると誰も嘘をついていなかった。


『他者を動かせなくして、記憶の改鼠ですか。おっ、雀殿の匂いがしますぞ』

 かつては幸守以外には頭を下げなかったこげ丸であるが、今や大空家の立派な忠犬だ。雀の匂いを嗅ぎつけただけで、尻尾を高速で振り回している。


『雀がいたら、調査が出来ぬぞ』

 当然であるが雀は幸守の正体を知らない。もし、雀に正体がばれて距離を置かれでもしたら三日三晩は大泣きするだろう。


『そんな簡単に見つかるとお思いですか?それより、雀殿が雨に濡れて、風邪をひく心配するべきですぞ』

 幸守の抗議を物ともせず、こげ丸は雀の下へと歩みを進めていく。

 前世で暖かな家庭と縁のなかった幸守にとって、大空家の家族は何よりも大切な物である。特に妹の雀は自らを犠牲にしてでも守りたい存在なのだ。


「兄貴、それにこげ丸!迎えに来てくれたの?」

 幸守達の姿を見つけた雀が満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。頭に鞄を乗せて雨を防いではいるが、既に制服はずぶ濡れだ。


(下着が透けているではないか……幻覚(アルナサシオン)

 制服の惨状を確認すると幸守は、素早く魔法を掛けた。シスコンの幸守は可愛い妹が嫌らしい目で見られる事に耐えられないのだ。


「雨が降り出したら、こげ丸が騒ぎ出したんだよ。ほら、傘。天気予報で雨が降るって言ってただろ。こんなに濡らして」

 幸守は傘を手渡すと、ハンカチで雀の頭を拭いた。魔法で手の温度を上げて、髪を乾かす事も忘れない。


「あ、兄貴!ここ通学路だよ。友達に見られたら恥ずかしいよ」

 そう言いながらも雀は幸守の手を払いのけようとはしない。身体は成人女性に近いが、雀の性格は同年代に比べて子供っぽいほうだ。特に兄である幸守の前では甘え放題のお子ちゃまと化す。


「友達?近くにいるのか?」

 神選学院の生徒は送り迎え付きで通学している者が少なくない。雀も普段はスクールバスを使っているのだが、今日は部活が長引き乗り遅れてしまったのだ。


「うん、同じクラスの乙女ちゃん。僕より少し前に帰ったから追い掛けたんだけど、姿を見てないんだ」

 その時、少し離れた所から少女の叫び声が聞こえてきた。

「この声は乙女ちゃん」

 雀は幸守が止める間もなく駆け出す。


『主、こちらですぞ……この、臭いは?主、気を付けて下され……いますぞ』

 なにかの臭いを嗅ぎつけたらしく、こげ丸が注意を促す。その表情はいつになく真剣だ。


 

辿り着いたのは神選学院の裏手にある袋小路。三方をブロック塀に囲まれているので、人目に付きにくい場所である。


『主、人払いの結界でずぞ……気を付けてくだされ、何やら嫌な臭いがします』

こげ丸の言う通り、人払いの結界が張られていた。人払いの効果はあるが、加護を与られた雀には効果がなかったらしい。


『素人が見よう見まねで張った感じじゃな。魔力で回りを探知し、人気の少ない場所に結界を展開する。好みの女が通れば、引きずり込む……気色の悪い蟻地獄じゃ』

かなりずさんな術式であるが、魔力を持たない人間は近付く事すら出来ないであろう。

幸守は倉庫デポージトから咎を取り出して、レインコートのポケットに押し込む。


『主、いましたぞ』

 その光景は異様としか言いようがなかった。中年男性が少女の体を好き勝手にまさぐっている。しかし、少女は抵抗するどころか身動ぎ一つしない。瞳には光がなく、まるで糸の切れた操り人形のようだ。

 また男の方も異常であった。見た目は普通の真面目そうなサラリーマンだ。しかし、口から涎を止めどなく垂らし、目は赤く血走っていた。


「お、乙女ちゃんを放しなさいよ!」

 雀は男の異常さに怯えてはいるが、気丈に食って掛かる。


「来たー。また獲物が罠に掛かった。さあ、お嬢ちゃん。おじさんの目を見て……なぜ、きかない」

 中年男性の目が怪しく光るが、雀にはなんの変化は起きない。幸守の度を越した心配性が功を奏したのだ。


「雀、お兄ちゃんが突っ込む。お前は友達を連れて逃げろ。こげ丸が見回りをしている大人の所に連れて行ってくれる」

 幸守はレインコートのフードをさらに目深に被った。そしてポケットの中の咎を握り潰す。夜気より黒い霧が幸守を包み込む。

目深に被ったフードの中で、幸守の目が赤色に染まっていく。


「餓鬼が大人に逆らうのか?良いぜ。これでも昔はケンカで負けなしだったんだ。しかも力のお陰で、昔より強くなっている」

(加護持ちじゃと?誰と契約を結んだ?いや、どうやって契約を結んだのじゃ……今はそれより収穫(コリエイ))

 幸守はフードの中に小さな手を生やし、外れないように抑えつけた。これで赤くなった目を見られる心配はない。

 幸守の知っている範囲でしかないが、日本で加護を与えられるのは自分と陽向しかいない。しかし、目の前にいる中年男性は加護を与えられている。

 それは力を持った何者かが存在すると言う事だ。


「こげ丸、頼む!」

 幸守は一気に加速すると、中年男性に体当たりする。かなり勢いよくぶつかったが、男はバランスを崩しただけだ。さらにこげ丸が中年男性の足元めがけてぶつかっていった。


「乙女ちゃん、こっち。兄貴、無理しないでね」

中年男性が尻もちをついた隙に、雀が友達の手を取り、駆け出していく。そしてこげ丸もそれに続く。



「獲物が逃げた……みんな、俺を馬鹿にしやがって!この力があれば俺は神になれるんだ」

 随分自分勝手な言いぐさであるが、中年男性の顔に怒りの表情が浮かんだ。吐いた息が幸守の顔に掛かる。その息はむせかえる程に甘い。まるで腐りかけの果物のような嘔気を催す臭いだ。

(この臭いは夢魔か。しかし、なぜ夢魔がこんな男と契約を結ぶのじゃ……まさか?)

 幸守も前世で夢魔とも交流があった。しかし、彼等は目の前にいるサラリーマンの様な人間を嫌っており、契約はおろか近付く事すら嫌がるであろう。

 幸守の頭にある可能性が浮かぶ。もし、幸守の考えが当たっていれば、かなり面倒な事になるだろう。


「その力、誰からもらった?……汝に問う。その力を放棄する気はないか?今ならまだ間に合うぞ。警察に行って、全ての罪を告白しろ」

 このままでは早晩男は命を落とす。ろくに魔力が供給されないので、自分の生命力を使っているのだ。


「警察?行くか、馬鹿。この力があれば女に不自由しないんだぞ」

  中年男性は完全に加護に毒されていた。何より反省する気が毛頭ない。


「仕方のない子じゃの。“餓鬼が大人に逆らうのか”そう言ったのはお主じゃぞ。無理にでも反省させるのが大人の務めじゃ……収穫コリエイ

 幸守は咎を引き千切ると、今度はそれをサラリーマンの腕に無理矢理ねじ込んでいく。中年男性は恐怖と痛みで、気絶した。


「プラータ殿、大丈夫ですか?この男が犯人ですか?」

 やって来たのは学である。学は足元で気絶している男性を確認すると、警察に電話をした。


「邪な心に反応して、咎が神経を刺激するようにしておいた……どうにも面倒な事になりそうじゃ。こいつは直接、契約しておらん。誰かから又貸しで加護を与えれられたようじゃ。加護を与えたのは、欲に毒された夢魔じゃな。もっとも、やましい心があるから、付け込まれたんじゃ。自業自得よの」

 この時、幸守も学も気付いていなかった。ブロック塀の向こうで息を潜めている少年がいる事を。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ