親友の秘密
数回に渡る家族会議(陽向を含む)の結果、幸守は神選学院に進学する事になった。
しかし、理事会で幸守を特待生として認めるかどうかで大いに揉めたという。学の理事長権限をもってしても、目立った実績のない中学生を特待生として入学させるのは難しかったのだ。
そこで特別試験を受けて合格出来れば、特待生として入学出来る事になった。これでもかなりの特例扱いなのである。陽向と竜也の事務所からの後押しが功を奏したのだ。
どちらの事務所にも現役の神選学院の生徒や卒業生が大勢いる。その関係で多額の寄付金が支払われているのだ。
しかし、今の幸守では若干不安が残るので、猛勉強の開始となった。幸守は二月の一般入試に照準を合わせていたので、学力の底上げと追い込みが一遍にやって来たのである。毎日のように寝る暇も惜しんで勉強していた。今日は日曜日でこげ丸の散歩当番なのだが、雀が率先して代わってくれていた。雀だけでなく、家族全員が幸守の受験をバックアップしてくれている。
「幸守、そこ違うぞ。きちんと読めば分かる筈だ……正解だ。この調子なら問題ないと思うぞ」
ちなみに幸守の勉強を見てくれているのは、姉の千鶴と陽向である。二人共成績が優秀なので、教える事が可能なのだ。特に千鶴は教え方が上手く、何より幸守の扱い方を良く知っていた。陽向も幸守の事を熟知しているのだが、どうしても教え方が甘く、脇道にそれてしまうのだ。
「姉さん、ありがと。上手くいけば正月は爺ちゃんの家に行けるね」
大空家は年末年始を父幸次郎の実家で過ごすのが恒例となっていた。幸次郎の実家は青森にあり、祖父はリンゴ農家をしている。果物好きの幸守はリンゴ食べ放題である帰省を楽しみにしていた。
「ああ、冬だから雀も青森に行くと言っている」
雀は大の虫嫌いなのだ。蛾を見ただけで大騒ぎし、幸守に助けを求めてくる。雀の自室にGが現れた時は、陽向の家にプチ家出したくらいなのだ。幸次郎の実家は豊かな自然に囲まれており、虫も沢山いる。その所為か雀はお盆の帰省を毎回渋っていた。帰っても日がな一日スマホを弄り、頑なに外へ出ようとしない。
「姉さん、色々ありがとう。頑張るよ」
幸守が再び机に向かおうとした時、玄関でチャイムが鳴った。大空家は幸次郎の仕事の関係で宅配便が来る事が多い。しかし、やって来たのは宅配便ではなく、意外な来訪者であった。
「幸守、昴君のお爺ちゃんが見えてるわよ」
母親の声に従い、幸守が玄関に向かうと一人の老爺が立っていた。白髪ではあるが、壮健そうな老人だ。老人の名は山参天魁。昴の祖父でプロの大道芸人である。
大道芸をしているだけあり、腕や足の筋肉は衰えておらず張りがある。幸守も記憶が戻る前、昴の悪戯に巻き込まれ拳骨を頂いた覚えがあった。
「やあ、幸守君。突然すまんの」
天魁は人の良さそうな笑顔を浮かべながら、幸守に話し掛けてきた。
「山参さん、ここでは何なので、おあがりになってはいかがですか?」
幸守の母千鳥が家にあがるよう促すも、天魁はゆっくりと首を横に振る。
「お気遣い頂きありがとうございます。幸守君、ちょっと付き合ってもらえないか?」
◇
幸守が天魁に連れられてやって来たのは、こげ丸お気に入りの散歩コースである川沿いの道。天魁は土手に腰をおろすと、幸守に隣へ座るよう促した。
「幸守君が、神選学院の理事長と知り合いだと言う噂を聞いたのだが本当かね」
普通に考えれば、一介の中学生と学校法人の理事長が知り合いである可能性は極めて低い。神選学院の生徒ならともかく、他校の生徒を理事長が覚えている事は稀である。
「……誰から聞いたんですか?」
最初は幸守もはぐらかすつもりであったが、天魁はわざわざ自宅まで訪ねて来たのだ。何がしからの根拠がなければ、連絡もなしに受験生の家を訪ねて来る訳がない。
「神選学院の理事に知人がいてね。知人と言っても、仕事関係で知り合った人なので、そこまで親しくはない。でも、その薄い縁にすがって昴の事をお願いしていたんだ。その人から理事長が強固に特待生として入れようとしている少年がいると聞いたんだよ……頼む、理事長に口添えしてもらえないか。昴を神選学院に入れてやりたいんだ」
天魁はそう言うと幸守に向かって頭を下げてきた。孫と同い年の幸守に頭を下げ懇願してきたのである。
「弱ったな。確かに知り合いですけど、なんでそこまで神選学院に拘るんですか?」
昴の成績は決して悪い方ではない。他にも進学出来る高校はいくらでもある。
「情けない話なんだが、私には昴を高校に入れてやれる金がないんだ。その点、神選学院の特待生になれば授業料を免除してもらえる。あそこの学校はスポーツや勉強以外でも特待生として招きいれている。身勝手な頼みだとは分かっている。頼む」
天魁の言う通り、神選学院には一芸入試に近い制度がある。そしてその生徒は卒業後、華々しい活躍をしていた。種を明かせば学が鑑定で才能ある生徒をスカウトしているだけのなだが。
天魁も昔は大道芸人として活躍出来ていたが、寄る年波には勝てず仕事が激減していた。このままではいつ引退してもおかしくはない。天魁は藁にもすがる思いで、幸守を訪ねてきたのだ。
「天魁さんの稼ぎって?昴の親は何もしないんですか?」
幸守は昴との付き合いが長いが、両親の顔を見た事がない。お盆や正月に実家に帰ったと言う話を聞くくらいである。
「昴はなにも言ってないか……あの子には弟がおるんじゃが、原因不明の病気に掛かっているんだよ。息子や嫁は弟の看病と治療費を稼ぐのに、精一杯なんだ。だから昴は小さい頃から、うちで面倒を見てるのさ」
幸守の心がざわめきたつ。昴は幼い頃から、大道芸人になる為に爺ちゃんの家にいると言っていた。恐らくは昴の両親がそう言い聞かせてきたのであろう。そしてクラウンのように辛さは隠し、明るく笑ってみせていたのだ。
「随分と都合の良い話じゃな。両親は昴の気持ちを考えた事はあるのか?あいつは優しい性格だから、親や弟を恨んだ事はないじゃろうが、子供の優しさに甘える親なぞ気に食わん。若造、儂に任せておくが良い」
普段の天魁なら幸守の無礼な物言いに激高していただろうが、今の幸守には逆らい難い威厳がある。
結果、幸守は合格目指し一層勉強に励む事になった。
◇
皆の協力もあって、幸守は無事神選学院に合格した。
理事長室で学から直々に合格通知をもらったのだ。学は合格通知を渡すと、同時に指令も下した。
「プラータ殿、早速ですがお願いがあります。痴漢を退治してもらえませんか?近頃、うちの生徒を狙った痴漢が出没しているんですよ」
学の話によると、先生や警察も見回りを強化しているが、一向に被害が減らないとの事。それどころか見回りをあざ笑うかの様に被害が増えているそうだ。
「儂に頼むという事は、人ならざる者が関わっている可能性が高いんじゃな。それとこの件を解決すれば山参昴の事を頼む」
人ならざる者が関わっていれば見回りの目をかいくぐる事は容易だ。
「変わりましたね。昔なら危険なのを知っていて出歩く奴が悪いと仰ってたのに」
プラータ時代の幸守は自分にも他人にも厳しかった。実力を認めた者以外に決して心を開かなかったという。
「あの頃は戦時中で、一人の勝手な行動で町が滅んだ事もあるんじゃぞ。それに今の儂には姉妹がおるからの。家族に被害が及ぶ前に痴漢を捕まえる必要があるんじゃ」
捕まえると言っているが、自分の姉妹に害が及んだら幸守は躊躇なく攻撃するであろう。
「くれぐれもほどほどに。入学前に退学になられたら困りますので……そう言えば幸牙の家族と連絡が取れましたよ。今度、取りに来るそうです」
幸牙と学は神選学院の同級生であった。しかし、幸牙は地方から進学して来たそうだ
「それは良かった。そう言えば幸牙はどこの生まれなんじゃ?」
「青森ですよ。そう言えばプラータ殿のお父さんも青森の方でしたよね」
父さんの従弟で、皆からみんなに好かれる奴がいたんだ。でも、そいつはある日突然行方不明になった。先日の父の言葉が幸守の脳をよぎった。