老いた魔族
久し振りの連載になります。
太陽の女神ソゥは万物に光の恵みを与えてくれえると言う。人、魔族、動物、魔物正にも邪にも等しく光の恵みを与えてくれるのだ。
何故なら光を届け、命を育むのが、彼女の仕事なのだ。特に夏場は張り切って仕事をする。
その為、この世界でも夏は暑い。
東の魔王トレスが治める国オエステにも、夏が訪れようとしていた。
今日も見事なまでに晴れ渡り、うだるほどに暑い。
そんな暑さの中、一人の老いた魔族が必死に走っていた。鈍色の皮膚には汗が浮かび、背中から生えている小さな翼は上下左右にせわしなく揺れている。うだるような暑さも加わって、額どころか顔中に汗をかいていた。
その所為で深緑色のローブも汗でびっしょりと濡れているのだが、老いた魔族は気にもとめずせわしなく木靴の音を町に響かせている。
「おーい、枝爺さん、遅刻するぞー。急げ、急げ」
肉屋で働くトロルが、からかうような口調で老いた魔族に声を掛けてきた。
「分かっとるわい。それと儂の名はタラプじゃ……まずい、このままでは間に合わん」
老いた魔族の名はタラプ。体が枯れ枝のように細いので、町の者はガーリオ爺さんというあだ名で呼んでいるのだ。
タラプはオエステ城にある工房で二百年近く働いている。しかし、誰も彼の事を本名では呼ばずに、枝爺さんと親しみを込めて呼んでいるのだ。
タラプは馴染みの食堂に昼飯を食べに行ったら、つい話し込んでしまい遅刻寸前となっていたのだ。
「ガーリオ爺さんの翼もせめてガーゴイルくらいの大きさがあったら、空を飛べるのにな。あの小ささじゃ浮く事も出来ないしな」
トロルが同僚のリザードマンに笑みを浮かべながら話し掛けた。その笑顔は温かく、タラプを慕っているのが分かる。タラプは頑固そうな見た目と裏腹に面倒見が良く、町の住人から好かれているのだ。
「そう言えば爺さんの種族って何か知ってますか。ゴブリンにしては体が大きいし、インプにしては尻尾が短いでしょ」
タラプは二百年近くこの町に住んでいるが、誰も何の種族なのか知らない。
「さあな。猿人に滅ぼされた種族も少なくないから、案外その最後の一人だったりしてな。それなら、あの年で独身なのも頷けるし」
魔族に種族が多く、絶滅した物も少なくない。特にここ数年、魔族はその数を減らしていた。原因は猿人の国リュミエールとの戦である。
「猿人怖いな。王都にも攻めて来るのか?……あの方が生きていれば猿人の好き勝手にはさせないんだけどな」
現在、オエステの若者はリュミエールとの戦に駆り出され、町に残っているのは戦う力が無い者か怪我をしている者ばかりだ。ちなみにタラプは前者で、肉屋で働いていた二人は後者である。
◇
タラプは焦っていた。夏の暑さも加わり、体力の消耗が思ったより激しいのだ。
(まずい、このままでは確実に間に合わん。昼休みが終わる前に、工房に入っていないと減給されてしまうではないか)
枯れ木のように細くなった手足を必死に動かすも、悲しいくらいにスピードは上がらない。
(サービスで出された苺を堪能したのがまずかったな。やはり包んでもらうべきだったか。よし、誰も見ておらんな……加速)
タラプが魔法を唱えると、一気に走るスピードが上がった。スピードはどんどん加速していき、馬より早くなっている。魔法が得意と自認する魔族を余裕で上回る速度だ。
第一、ある程度の身体能力がなければ、速度がついていけず足がもつれてしまう。
しかし、タラプはスムーズに走っており、その姿は空中を飛んでいるかのようである。そしてこれだけ高速で走れば木靴の音が盛大に鳴り響くはずなのに、全くの無音であった。
町の住民が、今のタラプを見たら驚くであろう。タラプは自ら魔法も戦闘も得意ではないと言っているのだ。
「セーフ、セーフ。タラプ選手見事に盗塁を決めました」
加速を使用した事もあり、余裕で間に合ったのだ。それをアピールするかのようにタラプは腰をかがめ両手を真横に広げてみせた。昔、異世界二ホンから召喚された友人から教えてもらったポーズである。
軽く息を整えて、城内にある工房を目指す。もう少しで工房に着くと言う所で、同僚がタラプに声を掛けてきた。
「タラプさん、少し待った方が良いですよ。オーク歩兵隊のショラール隊長が工房の入り口で待ち構えているんですよ」
声を掛けて来たのは、デビルのカンテイロ。カンテイロは未だ独身のタラプと違い、戦地で猿人の女性を救い結婚している。その仲は睦まじく、もう少しで子供が生まれるそうだ。日に何度も男の子ならチリオ、女の子ならリーリオと名付けると語り同僚を辟易させていた。
「しかし、遅刻したら減給だぞ。それに用事があるとしたら、工房長じゃろ」
タラプはそう言うと、止めるカンテイロを残し工房へと近づいていく。見ると二メートルをゆうに越すオークが肩を怒らせながら、工房の入り口に立っていた。
「うん?なんだ、ガーリオか?お前の工房で作った斧なまくらばかりじゃねえか」
オークはそう言うと丸太のように太い腕で、タラプを殴りつけたのだ。枯れ木では丸太に、太刀打ちできるわけなくタラプは見事に吹っ飛ばされてしまった。
「いきなり殴るなんて酷いじゃないですか?私達も乏しい物資でやりくりしているんです。分かって下さい」
オエステとリュミエールとの戦争はもう五十年も続いている。昔はオエステが有利な時もあったが、リュミエールの勇者が現れてから、劣勢を強いられるようになっていた。当然、物資も少なくなりなまくらの斧を作るのが精一杯なのである。
「ふん!猿に負ければ物資どころか国がなくなるんだぞ」
オークは吐き捨てるように叫ぶと、肩を怒らせながら帰って行った。
そしてタラプはオークの姿が見えなくなった途端に立ち上がり、姿が見えなくなったオークを威嚇しだした。
「猪め、命拾いしたな。儂はかつて五本指に入ると言われた魔族だぞ」
タラプはよく自分は五本の指に入る魔族だったと言う。しかし、なんの五本の指かは言わないのだ。五人しかいない所で五本かも知れないし、弱い順の五本かも知れないのだ。
「戦闘員の皆さん苛立っていますね。今回現れた勇者は女性なのに、凄く強いって言いますもんね」
勇者の名はジゼル・エクレール。名前こそ可愛いが、その戦闘力は驚異的であった。鉄柱のような剣を片手で振り回し、多くの魔族や魔物を肉塊へと変えているだ。魔法で対抗しようとしても、剣の一振りで掻き消してしまう。
ジゼルはその凄まじい戦い方から敵である魔王軍だけでなく味方からも、ジェノサイド勇者、クラッシャージゼル、脳筋勇者、破壊の申し子と恐れられていた。
「勇者は昔から強い。そいつだけが特別ではないわい。第一、本物の勇者と認定さてれないのだろ?リュミエールの奴等が勝手に勇者だと持ち上げてるだけじゃわい」
タラプは長生きしているだけに、勇者の事も良く知っている。猿人だけしかも一国しか認定されていない者を勇者と認める気はないのだ。
「北の魔王様は援軍を寄こしてくれないんですかね?」
魔王は現在四人おり、東西南北に別れて国を治めている。その中で北の魔王が一番強大な戦闘力を保有しているのだ。オエステの国民は北の魔王が援軍を送ってくれる事を待ち望んでいた。
「無理じゃ。テルセイロ王が大切なのは一にも二も自分の身内じゃ。テルセイロ王は最近生まれた娘に首ったけと聞く。火中の栗を拾うような真似はせんよ」
ちなみに南の魔王が治めるスゥは他人種の国とも積極的に国交を結んでおり、中立の立場を取っている。逆に北の魔王が治めているノルテは、他の魔王との交流を拒んでおり、援軍が望めないのだ。
「竜妃様や精霊帝様は助けてくれないのでしょうか?」
竜妃レイア・イディーと精霊帝カ・シーダは生ける伝説とも呼ばれている英雄である。かつてオエステとも交流を持っていたが、今は疎遠となっていた。
タラプは苦笑いを浮かべながら、静かに首を横に振る。
「トレス様が鬼王に無礼を働いたから無理じゃよ。五英傑の絆は太いからの」
五英傑のうち生存が確認出来ているのは竜妃と精霊帝、そして鬼王ジョウ・シュロスの三人のみだ。
カンテイロは顔を曇らせるが、なぜかタラプは嬉しそうに微笑んでいた。
同時に昼休み終了の鐘が鳴り響く。タラプの遅刻が決定した瞬間である。
朝の七時に二話を登校します。そこから何日か毎日投稿をします