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はいぶらすっ! ー磯斗高校マーチングバンド部ー

マーチングバンドプレイヤーによる、完全なる趣味と自己満で執筆されたものです。

作品を書くのはこれが初めてですので、お見苦しい点があるかもしれませんが、是非ご閲覧ください!

投稿頻度はまちまちです。また、文章量も左右されると思います。

 ーーあれは、俺にとって最後のバスケの試合だった。

 中体連の決勝戦、東橋中学校との試合。

 あの体育館中に広がる選手たちの汗の酸っぱい臭い、スコアが入るたびに響き渡るホイッスル。

 点数を取られた時に相手選手を励ましていた東中の生徒の声まで鮮明に記憶に焼き付いている。

 それほどまでに、あの日の試合は、俺にとって忘れられないものだった。


 試合は第1から第2クォーター後半までずっと点を取っては取られのいたちごっこで進んでいた。

「時間がない、ボールを出せ!後ろだ!」

 第2クォーター後半、残り時間が20秒を切ろうとしていたときに、俺はボールを持っていたメンバーの元へ素早く駆け寄り、パスの指示を出した。

 相手選手と膠着状態になっていた味方の斜め後ろへつき、バックハンド・パスでボールを受け継ぐ。

 時間ギリギリの中、俺は左脇から全速力のドリブルで上がっていってレイアップシュートを相手ゴールに滑り込ませた。

 審判の鳴らしたホイッスルのけたたましい音がコート中を駆け巡り、同時にタイマーも制限時間が経ったことを告げるブザーも響いた。

 

 コートから出る際に目を向けたタイマーのスコアは、こちらが若干リードしていることを示していた。

 視線を戻した時にちょうど相手のポイントガードと目が合ったが、同点の状況を打ち破られ、リードされているという焦りからなのか、送られてきたのは会釈ではなく、苛立ちすら見える鋭く睨みつけるような視線であった。


「第3クォーターは、東中の5番を空いたやつが積極的にマークしてくれ。相手はここから攻めを重点に置いてくるはず。二人がかりでのディフェンスを4回も突破しているあいつにボールを渡すな」

「わかった」「おう」

 ベンチに戻った俺たちは、次の作戦の指示を聞き、それぞれ水分を補給してから体を伸ばしたりして次のクォーターに備えている。

 ぬるくなってきたミネラルウォーターをさっさと流し込み、アキレス腱を伸ばしていた俺のもとにメンバーの一人がやってきた。

「相手のガード、さっき方向急転換したときに少し足を捻ったみたいだぜ。柔軟がなってねぇよな」

「センターの奴なんか後半スタミナ切れで走れてなかったから、走り込みとかサボってきてたんだろうよ」

「このまま行けば第3クォーターで点差をつけれる。相手はもうピークだ、だけど気は抜くなよ、南雲」

「わかってる。去年先輩が勝てなかった東中にリベンジしてやろうぜ」 

 準備運動をしつつ敵の状況を話していると、第3クォーターの始まりを告げる甲高いホイッスルが鳴り響いた。


 --今年は、勝つ。雪辱を、晴らす。

 その思いを胸に秘め、縦28m、横15mの小さな長方形の戦場へと再び歩を進める。

 この時のクォーターで起きた事件が、今後の俺の人生を大きく変えることになるとは。


 当時の俺には、まだ知る由もなかったーー






 [一章]


 柔らかな春の日差しが窓を閉め切っているブラインドの隙間をすり抜け、

 薄暗い俺の部屋を照らしている。

 起床したばかりでうつろな俺の目には眩しすぎる日光の槍が突き刺さる。

 やかましくベルの音を鳴らし続けている目覚まし時計を乱暴に止めると、俺はベッドから立ち上がった。


「......おはよう」

 誰に言う訳でもなく一人呟くと、一階から自分を呼ぶ声がした。

「なぐ兄?そろそろ起きないと遅れるんじゃないのー?」

「ああ、今行くよ」


 目を数回擦った後に大きく伸びをする。まだ眠気は取れそうにない。

 軽くふらつく足取りで一階に降りてくると、贅沢にも黄身が二つの目玉焼きやらトーストやらがテーブル に並べられていて寝起きの俺の空腹を痛いほどに刺激する。


 リビングに目をやると、ソファーに座ってヘアゴムで栗色の長髪を束ねている制服姿の少女がいた。

 彼女が作ったであろう豪華な朝食たちは、出来たてであることを誇るかのように堂々と湯気を放っている。


「おはよ、朝から楽器の手入れか」

「うん、大事な相棒だからね」

 彼女は髪を結い終えると、卓上に置かれていたトロンボーンのスライドを手に取り、

 手入れを再開し始めた。

 美しいラッカー塗装で仕上げられたトロンボーンは、太陽に照らされて

 その真鍮の体をこれでもかと輝かせ、自慢しているようにも見える。

 その楽器のパーツを、クロスでもくもくと拭いている彼女の名は、鷹上陽星。


 陽星は俺より二歳年下の妹であり、母譲りの明るい色の茶髪が印象的だ。

 俺は暗めな茶色なのだが、陽星は日に照らされると神々しく見えるほど綺麗な栗色の髪をしている。

 母が仕事でいない日などは二人で家事を分担するが、炊事はほとんど彼女が担当している。

 恥ずかしながら俺は料理が上手くはないので、台所は陽星に任せっぱなしである。


 程よく焦げ目のついたトーストを齧りながら、陽星に話しかける。

「吹部、今年はどうなんだ」

「部員たくさん確保して、今年こそコンクールで金賞取ろうってみんなやる気満々だよ。そういえば、なぐ兄が通う高校ってマーチングバンド部あるらしいじゃん」 

「確かパンフにも載ってたな、俺はヒナと違って音楽はやろうとは思わなかったから興味はなかったけど」

「やっぱり、何にもやらないつもりなの?中学からやってるバスケはもうやらないの?」


 その一言に、急に胸を刺されたような小さな痛みを覚える。

 バスケ。その単語を耳にするだけで忌々しい記憶が蘇る。


「俺はもうバスケはやらないよ。やる資格もやれる技術も、俺にはもうないからな」

「やっぱり、去年の決勝戦をまだ引きずってるの?

 あれは相手の選手が理不尽なファールをしてきたからーー」


 陽星の言葉を遮って、俺は再び口を開く。


「いいんだ。過程はどうであれ、俺はコート内で決して許されることのない

 暴力を振るったんだからバスケをやる資格なんてないんだよ」

「そんな......でも、なぐ兄はーー」

「ヒナが心配することじゃないよ、高校では勉強に励むとするさ」


 年下の妹にまで先々の心配をさせてしまうとは、情けないものだな。

 だけど、バスケはもうやらない、出来ない。


 一緒にコートを走った仲間達の凍てついた視線、鈍く朱に染まった拳、口の中に広がる鉄の味。

 両チームが互いに言い放つ罵詈雑言の嵐の中、俺は退場宣告を受けてコートを後にした。今でも鮮明に覚えている。

 ほんの一年前の、嫌な過去だ。


 ふと時計を見ると、時刻は8時を回ろうとしていた。


「俺、時間だから行くよ。出る時は鍵ちゃんと閉めてってな」

「...いってらっしゃい、なぐ兄」

 

 その口から発せられた言葉には、先程までの明るさは感じられず、

 気分が沈んでいるとすぐに分かるような重い口調だった。


「いってきます、ヒナ」

 鞄を背負って玄関へ向かおうとした矢先、妹はもう一度その口を開いた。

「なぐ兄、一緒に、楽器やろうよ」

「......楽器?」

 その口から発せられた言葉は、俺を驚愕させた。

「そう。死んじゃったお父さんの形見のトランペット、お母さんが保管してるから。それ使って一緒に音楽、やらない?」

 陽星の言葉を聞いて、俺の脳裏には幼き日の記憶が蘇っていた。

 

 父が愛用していたトランペットは鮮やかな光沢を放ち、見るものを魅了するそれは芸術品とも言えるだろうと、幼き頃の俺は思っていた。

 明るく、包み込むような優しい音色で動揺や流行りの曲をよく聞かせてくれたりした。

 試しに俺に楽器を持たせてくれたときには、顔が真っ赤になるまで吹いたが、結局音は出せなかった。

 体の一部であるかのようにそれを扱う父の姿を、俺はいつも眺めていた。


「俺は父さんの血を引いてるけど、楽器の才能はないよ。多分、それはヒナが受け継いだんだろうな」

「お父さんみたいにプロになるために始めるんじゃない。単純に、なぐ兄にも演奏する楽しさを知ってほしいから。それに、私だって才能があるわけじゃない、努力だよ」

 妹がここまで俺を根強く物事に誘うなんて、今までなかった。

 バスケを失ってしまった俺に、新しい世界を妹なりに示してくれようとしているのだろう。


「お前が俺を音楽の世界に誘ってくれるなんて思いもしなかった。

 ありがとう、考えてみるよ。新しい道を」

 

 そういうと陽星は、まるで最初から気持ちなど沈んでいなかったかのような

 満面の笑みで「やった!約束だよ!」と喜びの感情を全面に押し出してきた。

 笑顔の妹に踵をかえし、玄関に向かった俺は新調した靴の踵を直し、海外製の特徴のある扉を開ける。

 外に出ると、そよそよと暖かな春風が吹いているのを感じられる。


「俺が音楽......マーチングバンド部ね...」


 俺は一言呟くと、桜の花が舞い散る美しい道を一歩、歩みだした。

 

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