再生
「な、この後フケて。教会に歌を聴きにいかねぇ?」
殆ど雪の降らなかった年の、二月のことだった。先生の言葉が終わり、みんなが上履きから体育館シューズに履き替え、ある者は連れ立って、ある者は一人で移動し始めた時、竹内くんは私にそう耳打ちした。
「どうして」
「どうしてもこうしても。お偉い方のどエライ話なんて、もう聞き飽きたろ。耳タコだよ、なーんも覚えてないけど。てな訳でさ」
竹内くんは机に腰をかけて足をブランコの様にゆっくりと前後に動かしながら、この世の中に面白いことなんて何もないというような顔をしていた。
「でも、バレたら」
「嫌とは言わないんだな。うちの学長は善良なクリスチャンだって話だし。何とかなるって」
私は膝丈のスカートに視線を落とし、逡巡した。両親の、特に母親の勧めで入ったキリスト系元女子高の共学校。
「どこにあるの、教会」
「そうこなくっちゃ」
何か今までに感じたことのないような高揚感を抑え込み、足音を殺しながら。私と竹内くんは視線を合わせ、最早誰もいなくなった教室から逃げ出した。
「手が寒い、耳も寒い」
「冬だからね」
私はマフラーを巻きながら、竹内くんが屈伸運動をするのを見ていた。
「懲戒処分、自宅謹慎。けしからん、けしからん」
変な節をつけて言葉を繋いで、竹内くんは笑った。
「まさかとは思うけど、竹内くん。教会にゲーム機でも持ち込むつもりじゃないでしょうね」
「あのな、オレ元聖歌隊」
「……」
「まじのまじのまじだから、これ」
散った後の茶色い落ち葉は、湿ってしまって音も立てない。私は竹内くんに導かれるまま、歩道ともそうとも言えないようなところを歩いた。
「はい、到着」
奥まったところに立つ学園のそのまた奥の、しんと静まり返った場所にそれはあった。古ぼけていて、しかし白くきちんと清潔な感じのする建物。
「ここに毎土曜日通ってたんだなぁ、こんなひらひらっとした服着てさぁ」
ほお、という感じで竹内くんは白い息を吐いた。私はただ黙って、彼を見ていた。
「入っていいの」
「良いとも、教会は誰も拒まない。誰でも来ていいところなんだ。何人にも、扉は開かれている? そんな感じ」
渦のような装飾の施されたドアノブを掴み、竹内くんは扉を押した。
私さえ生まれて来なければ、世界は上手く回ったのではなかったか。そんなことを考える日々だった。
「きれい……」
こんな美しく貴い場所なのに、誰のことも受け入れてくれるの?いつの間にか私と竹内くんは手を繋いでいた。気がついたらそうなっていた。
「神は信じられない。けど救われたいんだよな」
竹内くんのすべてを知っているかのような声色は、澄んだ空気の中で振動し、霧散した。
「愛されたい、救われたい。すべて赦されたい」
「生きていることが罪。それでも生きていかなくちゃいけない」
そんなようなことを口走った。私はあの日、確かにもう一度生まれた。
竹内くんはあの日救われたのか、何を赦されたかったのかは今となっては知る術はない。でも彼も、もう一度生まれたような気がするのだ。あの冬の日に。