『あたりまえの日常』
「ど……どうも。はじめまして。近藤千夏っていいます。よろしく……お願いします。」
全ては、この時から始まった。
高校2年の春。私は、父の仕事の都合で、ここ『私立都西高校』に転校してきた。
人生で初めての転校である。緊張のあまり、顔から火が出そうになった。
人前で自分のことを話すのは、かなり苦手だった。
「先生、もうちょっと近藤さんのことが聞きたいな。」
担任の五十嵐由香子が、千夏の顔を覗き込むようにして言った。
『うわぁ……。何を話せばいいんだろぉ……。』
千夏は色々考えては、頭なの中でボツにしていった。
「じゃあ近藤さん。あなたの趣味は?」
五十嵐は痺れを切らし、質問をした。
「え?!あぁ……えぇ……。ひ……ひ……」
”ひ?!ひって何よアタシ?!あぁ……どうしよう……ひ……ひ……ひぃ???”
「ひ?」
五十嵐が追い討ちを掛けてきた。
「ひ……と……りごと?」
”うわぁ!!何言ってんのアタシ!!それは趣味じゃない!!つか変態じゃん!!”
教室が一瞬静まった。
その後、どっと笑いがたちこめた。
五十嵐は、笑いながら千夏に、
「あはは。面白い子ね近藤さん。でもそれは趣味じゃないわね。」
と言った。
「はい。。」
”わかってるよ。もういいでしょ。アタシを開放して。。。”
と、顔面を真っ赤に染めて、返事をした。
「じゃあ近藤さんの席は、あそこね。」
五十嵐は、窓側で後ろから2番目の、1つの空席を指を刺しながら言った。
それを見ていなかった千夏は、
「え?どれですか?」
と言い返した。
五十嵐が指を刺した席と、他にもう2席空席があった。
「あそこよ。菊池さんの隣。」
と、もう一度空席に指を指しながら言った。
はい。と返事をし、その席へ急ぎ足で向かった。
座るとすぐ、”隣の菊池さん”が、元気で大きな声で話しかけてきた。
「初めまして!私、美香!よろしくね!!」
そう言いながら、握手を求めてきた。
千夏はとまどいながら、
「あ……え……あぁ〜。よろしく。」
と答え、握手に応じた。
菊池美香は、とても元気がいい感じの女の子だった。
「ねぇねぇ!千夏って呼んでいい???」
また、元気で大きな声で話しかけた。
「う……うん。」
別に、名前で呼ばれる事に抵抗はない。
前の学校でも、周囲から名前で呼ばれていた。
”なんでもいいから、今は話掛けないでよ……。。。”
内心そう思いながら、心でため息をついた。
「わかった!じゃあ私のこと美香って呼んでね!」
万遍の笑みで、訴えてきた。
「わ……わかった。」
今出来る、精一杯の笑顔で美香に答えた。
「ねぇ!どっから来たの?!」
美香の質問は終わらなかった。
とにかく、元気がいい。
「ほ〜ら!美香!!ホームルーム始めるよ!!」
五十嵐は、もう耐えられないという仕草で美香に訴えた。
「は〜い。」
ぷくっと頬を膨らませ、美香は答えた。
”やっと開放される。。。”
千夏は安心した。
「じゃあ出席と……」
と、五十嵐の言葉を遮る様に、
”ガラガラガラ”
と音を立て、教室の前の扉が開いた。
「どうも。」
一人の男が入って来た。堂々と、前の扉から。
右手には、大きめで、薄く長方形の形をした黒い布の袋を持っており、
よく見ると、左手の人差し指に包帯を巻いていた。
「どうもじゃないぞ!遅いぞ!遅刻だぞ!」
五十嵐は、”またか”という感じで、呆れた様に言った。
男はチラッと腕時計を見て、
「どうやらその様だな。」
と、堂々と言った。
「なんで君はいつも、そう偉そうなのかねぇ……。。。って。指、怪我してんじゃない。どうしたの?」
五十嵐は、指の怪我に気付き、男に言った。
男はまたも堂々と、
「もちろん、階段で転んだんだ。」
と、言い放った。
”も……もちろん?!”
千夏は、”え〜〜〜〜〜?!”といったような、呆気に取られた顔をした。
周りを見ても、何の反応もなかった。
千夏は、”これが普通なのか。この男の人は。”と、直感で悟った。
五十嵐は呆れた様子で、
「もちろんってあのなぁ……。。。まぁいいわ。とりあえず座りなさい。」
と言い、男を席へ促した。
”うい。”と返事をし、男は席に着いた。
男の席は、廊下側の一番端の前から2番目。千夏の席からは遠い場所だった。
”まぁ関わることはないだろう。”と、思い千夏は何故か安心した。
そう思っていると、美香が小声で話し掛けてきた。
「あの人は、藤代友喜。何かよくわかんない人。いつもあんな感じなんだ。」
”やっぱりね。”と思いながら、
「そうなんだ。変わった人だね。」
と返事をした。
「じゃあ、改めて出席を〜。ってまぁ。横田以外みんな来てるなぁ?」
五十嵐は、空席をチラっと見て、皆に言った。
「は〜い!!!」
と、一番大きな声をあげたのは、もちろん美香だった。
「よっしゃ。じゃあ今日は別に伝えることもないから、ホームルーム終わり〜。」
と言って、五十嵐は教室を後にした。
五十嵐が教室を出てすぐ、千夏は女子に囲まれた。
「ねぇねぇ!!!千夏はどこから来たの??」
質問攻めの先頭バッターは、美香だった。
「うんうん!知りたい知りたい!」
「髪綺麗だよねぇ!ストパーとか掛けてるの?」
「ちょっと髪の毛茶色だね!染めてるの?ってか、セミロングが超似合うぅ!!」
「目大きいし、顔が整ってて羨ましい。。。」
「身長どれくらいなの?160くらいかな?」
「独り言が趣味ってホントなの??」
千夏に一斉に質問が飛んでいった。
「ちょっとぉ!!そんなに一斉に質問したら千夏が答えられないじゃん!!一人ずつ!!」
と、美香が助け舟を出した。
「って事で、私からね♪」
万遍の笑みで、美香は言った。
「え〜!ずる〜い!!」
他の女子は美香に抗議したが、美香は、
「隣に座った人が優先と、昔の人は言ったのよん♪」
と、受け流した。
”そんなの絶対言ってないよ。。。”
と、千夏は心の中でつっこんだ。
が、周りは納得した。
それに対し千夏はまた、”え〜〜〜〜?!”と、心で叫んだ。
そして、美香の万遍の笑みを見ながら、千夏は答えた。
「えっとぉ……元は福岡に住んでたよ。あっちなみに、独り言ってのはもちろん冗談。」
「え〜!!福岡から来たのぉ?!すごーい!!」
美香は驚いた様な仕草を見せた。
が、”……絶対興味ないだろ。おい。”と、千夏はまた心の中でつっこんだ。
答えた後すぐに、
「髪綺麗だよねぇ!ストパーとか掛けてるの?」
「顔が整ってて羨ましい。。。」
「独り言が趣味ってホントなの??」
と、また質問が飛んできた。
それを振り払うように、千夏は
「あ……あ……あのさ!!横田さん?だったっけ?その人いつも来てないの?」
と、誰かに質問をほうり投げた。
その質問をキャッチしたのは、美香。
「うん。いつも来てないよ。1年の最後の方はもう見なかったなぁ。」
「そうなんだ。何かあったの?」
千夏は、更に質問した。
「私もよく知らないんだ。何か噂では、付き合ってた人が死んだとか、
悪魔に取り付かれたとか、部屋から出る方法をわ・す・れ・たとか。」
美香は、冗談めかして言った。
「いや。ドアを開けるだけじゃん。」
と、千夏は思わず口にしてしまった。
”は!”っとした時にはもう遅く、千夏に目線が集まっていた。
あせった千夏は弁解しようとした。
「いやいやいやいや!違うの違うの!ほら!ひとりご…」
「おおおおおお!!!」
と、千夏の言葉を遮るように、集まった女子の間で少し歓声が沸いた。
千夏は両手を合わせ、美香に謝ろうとした。
「ごめんな……」
「つっこみが現れたぁ〜!!!!!」
その謝意すら遮って、美香は嬉しそうに、合わせた千夏の手を握った。
”え?”と思っていると、
「美香よかったね!」
と、似非感動のような感じで美香を撫でていた。
「このクラスには、私につっこむ人は何故かいなかったのよ!!」
と、目をキラキラさせながら、千夏に訴えてきた。
「は……はあ。」
呆気に取られた感じで、千夏は答えた。
千夏は周りを見渡すと、何故か納得できた。
「今日から私たちは、マブだよ!!」
と、美香は言った。
「マブ?!古っ!」
と、千夏はつっこんだ。
「お〜!!それでこそマブ!!!」
そういって、美香は千夏を抱きしてた。
「痛い痛い。あ〜わかったわかった。ヨシヨシ。」
と言って、千夏は美香の頭を撫でた。
そんな、和やかなムードで転校初日を終えた。
次の日の朝、美香より先に学校に到着した千夏は、席に着き、また少し緊張を感じた。
慣れていない学校での朝に、一人席に座るのは緊張するものだ。
”落ち着け……落ち着け……”と心の中で、何度も一人繰り返していた。
「お〜〜は〜〜よ!!!!!」
後ろから声がした。
この元気な声の主は、美香だとすぐに気付いた。
「あ。おはよう。朝から元気がいいねぇ。美香は。」
と言い、ふと美香を見ると、美香は目を輝かせ、こちらを見ていた。
”え?なに?”と思っていると、
「美香って呼んでくれたぁ〜!!!」
と言って、美香は抱きついてきた。
「あ〜そっか。昨日は一回も名前呼ばなかったもんね。お〜ヨシヨシ。イイコイイコ。」
と言って、美香の頭を撫でた。
「うんうん!」
と、美香は猫の様に千夏の胸で甘えていた。
そんな感じで、朝の時間を過ごし、ホームルームが始まった。
ふと、周りを見渡すと、やはり空席が2つあった。
”今日も来てないんだ。”と思ったが、別に気にはしなかった。
五十嵐は、またあの適当な出席を取り終え、教室を出ようとした。
その時、
”ガラガラガラ”
と、前の扉が開いた。
千夏は、”来た。”と直感で思った。
やはり、来た。扉を開けたのは友喜だった。
五十嵐と目の合った友喜は、昨日と同じように堂々と言った。
「どうも。」
五十嵐は、呆れた様子で、
「君は時間内にこれないのかい?」
と、友喜に言った。
友喜は当然の如く、
「そうだな。今は無理とでも言っておこう。」
と答えた。
”あなたには、無理じゃなくなる日が来るのかい?”
と、千夏は心の中でつっこんだ。
一時、五十嵐と友喜の会話が続き、友喜は席に着いた。
その日の午後、千夏は学校を無事に終え帰宅しようとしていた。
校門を入ってすぐのところに、自転車置き場がある。
学校まで自転車に乗って来る生徒は、そこに自転車をとめることになっている。
その横を通り過ぎる時に、自転車置き場の方から声がした。
「おい。転校生。」
”自分の事だ。”と、すぐに気付き、ふと横をみた。
そこに立っていたのは、友喜だった。
思っていたより早く来たコンタクトに、びっくりしながら千夏は答えた。
「な……なんですか?」
「俺、友喜。よろしく。友喜って呼んでくれ。」
と、友喜は自ら自己紹介をしてきた。
「え……あ……はい。アタシは近藤千夏です。よろしくお願いします。」
と、千夏は何故か敬語で答えた。
「これでジュース買ってきてくれないか?」
と、言いながら握りしめた手を差し出してきた。
”え?おごってくれるの?”と思いながら、思わず手を出してしまった。
友喜から受け取った物を見てみると、
何かの鍵だった。
「チャリはそこにあっから。」
と、言いながら1台の自転車を指差した。
「え?」
千夏は、どういう事かわからなかった。
「いや、だからジュース。もちろん千夏の分も買っていいから。」
と、堂々と千夏に言った。
”いやいやいやいや!パシリですか?!おごってくれるんじゃなかったんですか?!”
と心で思いながら、
「何で私が買ってこなきゃいけないんですか?」
と、友喜に言い返した。
友喜は”ん?”といった表情で、
「硬いことゆ〜なよ。ほら。頼んだぞ。」
と、言いながら、千夏の背中を押し、自転車まで誘導した。
それは、変な自転車だった。レトロ風な自転車と言うべきだろうか。
”ま。ジュースくらいいいか。次からは絡まれないようにしよう。”
と、思いながら自転車の鍵を開けた。
自動販売機の場所も知らないのに、自転車をこぎ始めた。
”あれ?自販機ってどこだ?”と、思い、ふと周りを見渡そうとしたら、
あった。
目の前に。
”ちっか!!!”
と、心の中でつっこんだ。
それは、自転車のあった場所から、10メートルと離れていない場所だった。
そこで、ジュースを適当に買った。
自分の分のジュースも。
もちろん、自分のお金で。
帰りは、友喜の所まで自転車を押して帰った。
自転車をとめ、友喜にジュースを手渡した。
「はい。」
「おう。」
友喜は、当たり前のように受け取った。
”ありがとうとか言えないのかよ。”
千夏は少しいらだちを覚えた。
でも、それも少しの我慢と思い、耐えた。
「千夏は、福岡から来たんだろ?」
友喜が話しかけて来た。
そうだ。何かが引っかかっていた。
”なぜいきなり名前で呼ばれているんだ。”
まずそこだ。
いくら抵抗はないとは言え、それは友人間での話し。
何のコンタクトもなしに、いきなり呼ばれるのはさすがに抵抗がある。
しかも、相手は男だ。
「どうした?」
何かを考えごとをしている千夏に、友喜は話掛けた。
「え。あ。いや。なんでもないです。はい。福岡から来ました。」
”まぁいいや”と、心の中で解決をして、千夏は答えた。
「そうか。福岡ってどういうとこ?いいとこ?」
更に友喜は質問をしてきた。
”そんなに聞いてどうすんだよ。”と、思いながら、
「はい。いい所ですよ。」
と、簡単に答えた。
「そうかそうか。」
と、友喜も簡単に答えた。
続けて、
「何でこっちに来たんだ?答えにくかったら答えなくていい。」
と、聞いてきた。
「別に特別な理由じゃないです。親の転勤でこっちに来ました。」
「そうか。じゃあ今親元から通ってんのか。」
「はい。」
「そうか。」
「はい。」
「家は近いのか?」
「そこそこ。」
「そうか。俺の家も近くだ。兄弟は?」
「いません。」
と、そっけない会話が一時続いた。
気付けば、友喜のジュースはなくなっていた。
缶をグシャっとつぶして、友喜は言った。
「これご馳走さま。俺、財布無くしてさ。金がなかったんだ。今度借りを返す。」
「いえ。結構です。それでは。」
と、言い残し、そそくさと自転車置き場を後にした。
”なんだよ。財布なくしてたのか。そうならそうと言えばいいじゃん。”
と、千夏は少し苛立ちを覚えた。
”アタシ、あいつ苦手だ。”
そう思った。
そうして、1ヶ月の時が過ぎた。
そろそろ学校にも慣れ、友達もかなり増えた。
代表として、
菊池 美香。言わずと知れた、元気っ子。裏表がなく、いい子だ。
池田 智子。かなりの天然キャラだ。天然なだけに、何をしても怒る気にはなれない。
この2人が、席が近かったこともあり、良く話すようになった。
友喜とは、あれ以来一度も話さなかった。
と、いうよりは少し避けていた気がする。
友喜は、朝の遅刻は欠かさなかった。もはや日課である。
どうせ夜遅くまで遊んでいて、朝起きれないとか、そんな理由だろう。
「千夏ちゃん。」
さっそく、智子が話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「見て。買っちゃった。」
「なになに??」
「マイマヨネーズ♪」
「……へ?」
「だって私マヨネーズ好きじゃない♪」
「いえ。初耳です。」
「え〜!!そうだったっけぇ??ん〜。。。ごめんねぇ。。。」
「いやいや!謝らないで!全然悪くないから。マヨネーズ好きなんだね。」
「そうなの♪大好き♪もう、なんていうかね、この…フォルムがたまらないの♪」
「……形ですか?」
「え?はい。」
「あ〜……。。。うん!かわいい!」
「わかるぅ?!もうたまらないの♪」
”ごめんなさい。アタシには全くわかりません。”
この様な会話が、智子との一般会話である。
もう。憎めない。
そこに大体、美香が元気に割り込んできて、ワイワイと会話が進んでいく。
この流れは、もう定着しつつある。
だいぶ、学校生活も落ち着いてきた。
そんなある日の午後、下校しようとしていた時、
駐輪場の前に友喜がいた。
が、いつもの様にそんな事はお構いなしで通り過ぎて校門を出た。
友喜は、学校が終わればすぐに教室を出て、すぐに帰ってしまう。
学校に来るのは遅いくせに。
千夏も、教室を出るのは早いほうなので、よく駐輪場の前で友喜を抜き、
校門を出た所で、自転車の友喜に抜かれる。
今日もまた、校門を出たところで友喜に抜かれた。
すると、友喜ズボンの後ろポケットから何かが落ちた。
友喜は気付いていない様子だった。
すぐに拾って、呼びかけたがそれすら気付かなかった。
拾った物を見てみると、
”財布”だった。
しかも、年季の入った。
開けては悪いと思ったが、財布を開いてみた。
するとそこには、汚れた学生証と、一枚のレシートと、少しのお金が見えた。
さすがにお金はチェックしなかったが、カードはどこの店かわからないポイントカードと、
学生証だけだったし、レシートはそれだけがペロンと出ていたのですぐにわかった。
よく見ると、レシートに日付が書いてあった。
『2007.4.12 17:20』それは、まさにジュースをおごったあの日だった。
”あの野郎!!”と思ったが、本当に財布がなくなると困るだろと思って、まだ近くにいるだろうと近場を探すことにした。
家も近いと、あの時の会話で言っているのを思い出した。
運が良ければ、家も見つかるだろうし、見つからなくても明日学校で渡せば良いと思った。
だから、軽い気持ちで探しに出かけた。
千夏の家の近くには、今川という川が流れている。
川の幅はそこそこ広く、深さも結構ある大きめの川だ。
そのあたりを探してみた。
時刻は5時半くらいで、夕焼けが綺麗だった。
すると、一台の自転車があった。
よく見ると、それは見た事のある形をしていた。
あのレトロ風の自転車だった。
”あいつがいる。”と、思いその河川敷を探してみた。
すると、”あいつ”がいた。
川原で何かをしていた。
近くに寄ってみると、絵を描いていた。
千夏は、全く絵なんてわからなかった。
だが、それが”上手い”ということだけは、体で感じ取れた。
「あの。藤代くん。」
「ん?」
友喜は、作業の手を止め、振り返った。
「ちょ!うお!!何してんだよ!!」
ものすごい勢いで、絵を隠しながら言った。
「いや。あの。財布。落ちてましたよ。」
友喜は、バツが悪い顔をした。
「無くしたって言ってたやつじゃない?学生証が入ってたよ。」
友喜は”え?気付いてない?”という顔をした。
財布を受け取って、
「あ……ありがとな。」
と、つぶやいた。
「いいよ。財布の中を勝手に見てごめんね。」
「いや……いいよ。」
「絵上手いね。」
「いや……そんなことねぇよ。」
「アタシ絵の事なんてわかんないけどさ。上手いって思うよ。」
「そうか。つかそんな事より、俺が絵を描いてたなんて誰にも言うなよ!」
「なんでよ。いいじゃん別に。」
「ダメだ。誰にも言うな。」
「まぁ別にいいけど。」
「絶対だからな。財布ありがと。じゃあまたな。」
「うん。それじゃあね。」
そう言って、千夏は家へ帰って言った。
財布の事はあえて触れなかった。
真面目な顔して、一生懸命絵を描いている姿に怒る気を奪われたのだ。
その変わり、”120円分の貸しはきっちり返してもらわねば。”と思っていた。
数日後、千夏はたまたまいつもより少し朝早く起きた。
その流れで、少し早く家を出た。
すると、ちょうど隣の家から男の人が出て来た。
”あっ”と思った。それは、友喜だった。
友喜も同じ様な顔をしていた。
「まさか隣だったとはな。」
友喜が話しかけてきた。
「そうだね。びっくりしたよ。」
「今日は早く学校に行く日か?」
「そんな日はないでしょ。いつもより早く起きれたから、その分早くいくだけ。」
「そうか。じゃあな。」
「じゃあなって。どこ行くのよ。藤代くんもたまたま早起きできたなら、遅刻せずに学校来ればいいじゃない。」
「俺は遅刻しないと、一日が始まらないんだよ。」
「なにそれ。」
「気にするな。じゃあな。」
そう言って、友喜は足早に去って行った。
早々と学校に着いた千夏は、あるものに気付いた。
校門の隅に咲いていた、今にも枯れそうな小さな花である。
「あんた水がほしいの?」
と、花に話しかけ、少しの水を手で組んで、花に掛けてあげた。
「ほら。いっぱい飲んで元気だしな。」
”って。こりゃホントにひとりごとが趣味になるかもしれんな。”
なんて思いながら、教室に向かった。
その日の朝も、きちんと友喜は遅刻して来た。
五十嵐と、友喜の会話も聞きなれたものになった。
五十嵐から何か言われるたびに、
『もちろん迷子だ。方向音痴だからな。』
など、つまらない事を自信満々に堂々と言う。
その日のお昼に、いつもの3人でご飯を食べながら友喜の会話になった。
「藤代くんってやっぱ変わってるよねぇ。」
言い出したのは、美香だった。
「うん。変わってるぅ。」
次いで、智子が言った。
「いや。智子もかわってるよ??」
冗談めかして、千夏が言った。
「変わってないよぉ〜。」
智子は、自信満々な顔で答えた。
それに賛同するように美香が言った。
「智ちゃんは変わってないもんねぇ〜♪」
「ねぇ〜♪」
智子は答えた。
「へいへい。アタシがわるぅござんした。」
千夏が、バツの悪い様な顔をして言った。
「藤代くんってさ、普段なにしてるのかな??」
美香が、笑顔で聞いていた。
「あいつはぁ……」
と、千夏は言いかけて、この間の事を思い出した。
”約束してたんだ。”
「あいつはぁ……そのぉ……あれだよ!ほら!きっと家でゲームとかしてるんだよ!!」
「あ〜。わかるかもぉ!!そんな感じがするぅ!!だからあんなに帰るの早いんだよ!!」
美香は元気に答えた。
「かもねぇ。」
千夏は簡単に答えた。
「千夏は何でいつも早く帰るの?」
美香にそう聞かれた時、千夏は”はっ”とした。
始めは、学校にいるのが気まずいから、学校が終わればすぐ家に帰っていた。
でも、今は学校に慣れている。早く帰らなきゃいけない理由はない。
「なんでだろうね?」
千夏はそう答えた。
「自分でわからないのぉ??あはは。千夏変わってるぅ!!」
美香は笑いながら言った。
「変わってるぅ〜。」
智子が賛同した。
「お前ら……。。。そうですよぉ〜。アタシはどうせ変わってますよぉ〜。」
と、皮肉を込めた感じで千夏は言った。
「嘘!!嘘嘘!!ごめん〜千夏ぁ〜!!」
と、嘘泣きをしながら、美香が千夏に抱きついた。
「しょうがないなぁ〜。許してやろう。ヨシヨシ。」
そう言って、美香の頭を撫でた。
学校が終わり家に着くと、母親からおつかいを頼まれた。
スーパーは、橋を渡ってすぐの所にあって、近いので引き受けた。
橋を渡ろうとしたとき、またあのレトロ自転車があった。
”また絵を描いてるのかな?”
と思い、ふと立ち寄ってみた。
すると案の定、友喜は絵を描いていた。
こっそり近づいて、絵を見てみた。
やはり上手い。どこがどうとかはわからない。
だが上手いのだ。
「また今日も描いてるの?」
千夏は、不意に話しかけた。
「んおぉ!!」
びっくりした様子で、また絵を隠した。
「いいじゃん隠さなくても。ってかもう見たよ。」
「勝手にみんなよ!」
「アタシに気付かない藤代くんがわるい。」
「うるさいなぁ。つか、友喜って呼べっつったろ。」
「あぁ。なんか言ってたね。忘れてた。」
「忘れてんじゃねぇよ。藤代って呼ばれるの好きじゃねぇんだよ。」
「なんで?」
「いいだろ何でも。」
「秘密が多い人だなぁ。」
「ほっとけよ。とりあえず、友喜と呼べ。」
「わかった。」
「よし。」
「友喜は何で絵を描いてるの?」
「何ででもいいだろ。」
「また秘密っすか。」
「そうだ。」
「友喜、けちっすね。」
「うるさい。」
「あ。アタシおつかい頼まれてるんだった。行かなきゃ。」
「おう。行って来い。じゃあな。」
「うん。じゃあね。」
そう言って、その場を後にした。
次の日の朝、千夏は自ら少しだけ早起きをした。
例の”花”に水を上げるためだ。
早々と用意を済ませ、家を出た。
すると、また友喜に出くわした。
「あら。おはよう。」
千夏から話しかけた。
「おう。おはよ。」
「もしかして、いつもこんなに早いの?」
「違うよ。」
「……ほんとぉ???」
「違うっつってんだろ。たまたまが2回続いたんだよ。」
「へぇ。あ、ねぇ?」
「なんだよ。」
「今日、どこに行くか着いて行っていい??」
「ダメだよ。来るな。」
「いいじゃん。友喜は不思議に包まれてるし、秘密多いし。少しでも解明しなきゃ。」
「ダメだ。来るな。」
「ダメって言われても、着いて行くもん。」
「……勝手にしろ。」
そう言うと、友喜は自転車で走り出した。
「ちょっと待って。ずるい!!」
千夏は走って追いかけた。
2人の家から少し離れた所に、1件の家が建っていた。
友喜は、その家の前に自転車をとめた。
千夏は、ゼェゼェと息を切らせて、頑張って着いて来ていた。
誰の家かと、表札を見てみるとそこには、
『横田』と書かれてあった。
”あれ?どこかで聞いた名前だなぁ……。”と、千夏は思った。
友喜は、迷いもせずその家の敷地に入って行き、チャイムを鳴らした。
千夏も、肩で息をしながら、友喜に着いて行った。
玄関からは、40〜50代の女性が出てきた。
その女性が友喜に話しかけた。
「あら友喜くん。毎朝毎朝ごめんね。どうぞ。…あら?今日は女の子と一緒に来たの?」
「はい。最近ここら辺に越してきた子なんです。」
「あらそうなの。初めまして。横田実の母の楓です。」
「あ。こちらこそ初めまして。近藤千夏と申します。」
”横田実?知らないぞ?
誰だ?アタシは勝手にあがっていいの?”
と、思っていると、楓から手招きをされて、自動的に入る事になってしまった。
そのまま2階へ通され、あるドアの前で立ち止まり、ドアを背に友喜は座った。
「入らないの?」
と、友喜に聞いた。
「ここでいいんだ。」
そういって、そのドアをノックした。
「おう。来たぞ。おはよう。」
友喜はドア越しに誰かに話しかけた。
しばらくして、返事が返ってきた。
「おはよう。毎朝すまないな。」
「いいんだ。それより、ほらまた描いてきたぞ。」
と言いながら、ドアの下の隙間から、一枚の紙を入れた。
「お前の絵はいつ見ても上手いな。」
「そんなことねぇよ。」
友喜は、昨日描いた絵を、そのドアの隙間に入れたのだ。
「友喜さ、描いてくれるのは嬉しいんだけど、金がかなりかかってるんじゃねぇのか?」
「大丈夫だ。お前はそんな心配しなくていい。」
「そうか。ならいいんだけど。」
「それよりどうだ。そろそろ学校に来てみないか?」
千夏はずっと黙って2人の会話を聞いていた。
そして、ここでようやくわかった。
横田実はあの、残りの空席の1人だと。
不登校になっている、人だと。
千夏は、『横田』を勝手に女だと思い込んでいた。
それ故に、なかなか一致しなかったのだ。
「俺はあそこにはいけない。行きたくないんだ。わかってくれよ。」
「それはわかってる。でも、もうそろそろ来なきゃな。おばちゃんも心配してる。」
「わかってるよ。でも、俺は学校へ行けば、あいつの事を思い出す。耐えられないよ。」
「俺がいつでもお前のそばにいる。だから心配するな。」
「……無理……だよ。俺には出来ないよ。」
「始めから無理と決め付けるな!そんな事言ってたらいつまで経ってもお前は…」
「わかってる!!!!分かってるよ。。。そんなこと。。。でも……無理なんだ。」
「分かった。また明日来る。明日こそは頑張ろう。」
「うん。ごめん。ありがとう。じゃあね。」
2人のドア越しの会話が終わった。
友喜は立ち上がり、
「帰るぞ。」
と、一言つぶやいた。
おばちゃんに別れを告げ、横田家を後にした。
友喜は自転車を押して歩いた。その後ろから、千夏が続いて歩いた。
しばらく歩いて、千夏が口を開いた。
「毎朝、今の説得で遅れてたの?」
「……そうだ。」
「そっか。」
「……。」
「毎日絵を描いてるのは、実くんに絵を渡すため?」
「……そうだ。」
「そっか。」
「……。」
「お金…なかったのも、絵の具のせい?」
「……そうだ。」
「そ……っか。」
「……。」
「今日も遅刻だね。」
「お前もな。」
「あっ。そうだね。」
「……今日はもう学校いいか!ちょっと休憩しよう!」
「え?ダメだよ!ちゃんと学校行かなきゃ。」
「いいよ一日くらい。それに千夏、朝っぱらから走って疲れたろ。」
「……うん。……まぁ。」
「ならいいじゃん!たまにはさ!な?」
「……う……うん。」
2人は、学校を休むことにした。
そして、2人は今川の河川敷に腰をおろした。
「アタシ、学校をこんな風に休んだの初めて。」
千夏が話しかけた。
「俺もだ。遅刻は常連だったけどな。」
「仕方ないよ。」
「まぁな。」
「これも、いつもの”秘密”?」
「もちろんだ。」
「秘密の多い人だなぁ。」
「千夏は、秘密を暴く人だな。」
「あはは。言えてる。何個秘密を知っちゃったんだろ。」
「それも秘密だ。」
「なにそれ。あはは。」
「お前、俺の前で始めて笑ったな。」
「え?あぁ……そうかもね。正直、ちょっと避けてたもん。友喜のこと。」
「まぁそうだろうな。大体みんなそうだ。」
「ごめんね。」
「謝らなくていい。」
「うん。ありがとう。」
「そうだ。そっちの方がいい。ごめんなさいより、ありがとうのが気持ちがいいからな。」
「そうだね。実くんって、昔からの友達なの?」
「そうだ。あいつとは長い。マブってやつかな。」
「古いよ。」
「うるさいな。」
「別にいいけどさ。アタシにもマブがいるから。」
「あぁ〜。え〜っと。なんつったか?あの……ほら……。」
「美香。それに、智子もだよ。」
「そうそう。」
「ホントに分かってる?」
「嘘付いた。わからん。」
「菊池と、池田だよ。」
「おぉ!それならわかるぞ!!」
「分からない時は、分からないっていいなさい。」
「分かった。」
「よろしい。あのさ、なんで実くん学校に来なくなったの?」
「……それは。その……。まぁいい。皆知ってることだ。……あいつの彼女が死んだんだよ。」
「え?あの噂は本当だったんだ。」
「何だ。噂程度なのかよ。俺の中じゃすっげぇ真実なんだがな。」
「あぁ。そうだよね。ごめん。」
「謝るな。」
「ありがとう。」
「そうだ。」
「いや……それは違うくない?」
「……そうだな。」
「あはは。ごめんごめん。それで、彼女さんが亡くなって、同じ学校だったから、思い出がありすぎてきついってこと?」
「そうだ。」
「そっか。それは辛いね。でも、その事で学校に行かなくなったって彼女さんが聞いたら悲しむよ!」
「そうだな。だから、俺はあいつを学校に連れ戻そうとしている。」
「……うん。」
「また今日も俺はここで、絵を描いてあいつに持って行く。それで、少しでも気を和らげてもらって、学校へ来れるようにしてやる。」
「やさしいんだね。」
「そんなことはない。まぁマブだからな。それに、あいつは俺の絵を上手い上手いって褒めてくれるんだ。」
「そっか。でも確かに、友喜の絵は上手いよ。」
「そうか。ありがとう。」
「おっ。やっと素直にありがとうって言ったな!」
「うるさい。やっぱり撤回だ。」
「認めません。」
「認めろ。」
「却下します。」
「……わかったよ。ありがとう。」
「よろしい。あっ。ねぇねぇ。アタシにも絵、教えてよ!」
「それはかまわないが。」
「じゃあじゃあ早速教えてよ!!」
黒い袋から、友喜はスケッチブックを取り出した。
2人は、スケッチブックに向かった。
「どんな絵を描きたいんだ?」
「友喜と一緒でいいよ。」
「じゃあ水彩画だな。」
「水彩画?」
「そういう名前なんだ。」
「へぇ。」
「まず、鉛筆で下絵を描くんだ。それをデッサンって言うんだ。」
「あ。聞いたことある。……かも。」
「なくてもいい。書け。これはとても大事な作業だから、気を抜くなよ。」
「う〜ん……。。。」
「お前……。。。下手だな。」
「うるさい!!ここからだもん!!」
「そうか。まぁそれが出来上がったら、着色だ。」
「うん。」
「まず、画筆っていうこの筆をたっぷりぬらして、一回雑巾とかでふくんだ。」
「うん。」
「それで、それから絵の具をつけて、」
「うん。」
「……。。。チョモランマ。」
「うん。」
「聞いてるか?」
「うん。」
「……そうか。」
「うん。」
何とか、友喜に怒られながら絵を完成させた。
「出来た!」
「お…おう。」
「上手い?!」
「下手だ。」
「なんだよぉ。そこは冗談でも上手いって言っとけよぉ。」
「申し訳ないが、お世辞にも上手いとは言えないな。」
「ずばっと言うなぁ〜。」
「お互い様だろ。」
「あっ。明日もまた、アタシ付いていく!実くんの家に!」
「いいよ来なくて。」
「行くの!明日はアタシにも紹介してよね!実くん!」
「お……おう。わかった。」
「そして、明日はいつもより15分早く起きて用意すること!」
「何でだよ。」
「そしたら、遅刻しないでしょ。」
「そうか。わかった。」
次の日から、千夏が同行する事に決まった。
毎朝、毎朝、実の家に向かった。
15分早く起きたが、それでも遅れそうな日があった。
その時は、自転車を2人乗りで急いだ。
そんなある日。
「実、来たぞ!」
「実、来たぞぉ!」
「何でお前が実って呼んでんだよ。」
「いいじゃん別に。気にしない気にしない。」
「2人とも最近元気がいいね。」
実は眠そうな声を、ドア越しに響かせた。
「何、眠そうな声出してんだよ。」
「昨日は寝つきが悪かったんだ。」
「そうか。それは仕様がないな。」
「実くん……今日は……行こうよ。」
「あ。千夏ちゃん。おはよう。今日か……。」
「無理なのか?」
友喜が追い討ちを掛けた。
「無理だよ。ごめん。」
「わかった。」
「あ、友喜?」
実が思い出したように言った。
「なんだ?」
「お前もう手大丈夫なのか?」
「……おう。その事は言うな。」
友喜は、小声で言った。
「何のことかしら??」
千夏は聞きのがさなかった。
「え?知らないの?友喜、手を怪我してたでしょ?」
千夏に聞いた。
「あぁ〜。言われてみれば、包帯巻いてたね。」
「あれ、俺のせいなんだ。」
実は言った。
「え?」
「もういい。やめろ。」
友喜は止めたが、千夏に促された。
「あれね、友喜が部屋に入ろうとしたんだ。そしたら、体が勝手に……。
ドアを押し返してて。。。ドアに手をはさんで大怪我だったんだ。」
「そうなの?」
千夏は友喜に聞いた。
「……そうだ。」
「もちろん階段だ。って言ってたよねぇ〜。」
千夏は笑いながら、友喜に言った。
「言うな。」
友喜は照れながら、千夏の口をふさいだ。
「本当にもう大丈夫なのか?」
実は、心配そうに言った。
「本当に大丈夫だ。実。手の傷が治るように、心の傷も治るんだ。傷跡は残るかもしれない。
でも、痛みは消えるんだ。だから、お前も大丈夫だ。ゆっくり治していこう。」
「うん。ありがとう。」
「じゃあ俺らは学校に行って来る。いつか、お前も一緒に3人で登校しような。約束だ。」
「わかった。約束な。」
「そして、卒業するんだ。これは一緒にってわけにはいかないかもしれないがな。」
「わかった。」
「じゃあな。」
「実くんまた明日。」
「うん。じゃあね。」
学校に行く途中の道、今川と平行した場所に、アパートの建設工事が始まっていた。
「こっちの風景は一時描けなくなっちゃったね。」
「仕方ないさ。違う風景を描けばいい。」
そんな会話をしながら、登校するのが最近の2人の日課だ。
「じゃあ学校が終われば、あの河川敷で待ってる。」
「うん。あっ。今日は筆を買いに行きたいな。」
「わかった。行こう。」
「ありがとう。」
その日の昼休み。
「千夏、あんた最近藤代くんと仲良いよね。何かあったの?」
と、美香が話しかけてきた。
「もちろん秘密だ。」
千夏は、友喜の真似をしながら言った。
「何それ??誰かの真似?」
「それも秘密だ。」
「ちょっと何よ。教えなさいよ。」
美香が、腰をこしょぶりながら言った。
「ちょっと!やめてよ!!無理無理!!そこホント弱いから!!」
美香を阻止しながら、こしょぶったそうに言った。
「じゃあ白状しなさい!!何があったの?!」
攻撃の手を休めない美香。
「わかったわかった!!言うから!!」
美香は攻撃をやめた。
「何もないよ。ただ、最近趣味の話が合うだけ。」
美香は目をまん丸にして言った。
「独り言?」
「そう。」
千夏は、はっきりと答えた。
「意味わかんないぞぉ〜!!!!」
また美香は攻撃し始めた。
「あはは!!ホントだったば!!やめてってばぁ!!」
美香は一時その攻撃を続け、あきらめて別の話を始めた。
学校が終わり、千夏と友喜は河川敷に集まった。
「じゃあとりあえず、画筆買いに行くか。」
「うん。行こう。」
画材屋は、河川敷をまっすぐ行った所にある。
つまり、千夏と友喜の家の奥、学校からは逆方向にまっすぐ行った所だった。
「着いたぞ。」
「結構歩いたね。」
千夏は着かれた顔をして言った。
画材屋の名前は、『イマガワ画材屋』と書いてあった。
2人は中に入った。
「これが画筆だ。」
友喜が案内した場所には、たくさんの画筆があった。
「うわ〜結構あるんだね。」
「そうだな。始めはこの、『6号の丸筆』1本あればいいかな。」
「あぁ。これいつもアタシが使ってたやつ?」
「そうだ。」
「わかった。」
「慣れてきたら、用途に合わせて色んな画筆を買っていけばいい。」
「へぇ。わかった。」
「それで、これが絵の具だ。」
「これまたいっぱいあるね。」
「そうだな。始めは12色程度でいいんじゃないかな。使いたい色が出来たら、また増やせばいい。」
「わかった。これとこれの違いは?」
千夏は、2つの絵の具セットを手に取って、友喜に聞いた。
「それは、チューブ型か、固形かって違いだ。固形は、持ち運びに適している。」
「あぁ。なるほどね。まぁ、チューブでいいや。」
「そうだな。」
その後、2人は店内を色々と物色し、『鉛筆、練りゴム、用紙』などを選んだ。
そして、レジへと行った。
「ありがとうございます。2,800円になります。」
千夏は、清算を済ませた。
「こちら、ポイントカードですので、次回から提示してくださいね。」
「あっ。」
思わず、千夏は口にしてしまった。
「なんだ?」
「いや、これ友喜の財布の中に入ってたやつだって思って。」
「あぁ。そうだな。」
「へぇ。」
「なんだよ。」
「いや別にぃ。」
2人は、イマガワ画材屋を後にした。
いつもの場所へ帰りながら、2人は話をしていた。
「なぁ。」
「ん?なに?」
友喜が質問をしてきた。
「千夏が嫌じゃなかったらさ。」
「何よ?」
「あのアパートが完成したら一緒に住まないか?」
友喜は、河川敷にある、まだ工事中のアパートを指差しながらいった。
”えっ?!”
千夏は、心臓が突き出すくらいに、”ドキッ”っとした。
「それって……さ。付き合おうってこ……と……?」
「まぁそうなるな。」
千夏は、少し考えた。
そして、
「まぁ…。うん。いいよ。」
と、答えた。心臓が破裂しそうだった。
「そうか。よかった。ありがとう。」
「うん。」
こうして、2人は付き合い始めることとなった。
毎朝、実の所へ行って、
学校が終われば、毎日の様に川原で一緒に絵を描いた。
そして、1年の月日が流れた。
周囲には、公認の仲と呼ばれるようになっていた。
高校3年の始めの日。
「千夏ぁ〜!!!!」
美香が元気に話し掛けてきた。
「うおっ!出たな元気印の娘!!」
「何よそれ!私から元気をとったら何も残らないみたいな言い方!!」
「何が残るのよ?」
「そりゃぁ……!!ほら!!この美貌が♪」
美香は、下手なセクシーポーズをした。
「あら。ほんとね。今まで気付かなかったわ。」
「んまぁ!!この私の美貌に気付かない人なんていたのね!!」
「周囲は誰も気付いてないわよ?」
「え?!そんなはずはないわ!!」
美香は周囲をグルングルン見渡した。
「あはは。嘘嘘。美香から、元気を取り上げても、たくさんのものが残るよ。」
「あら。たまには良い事いうじゃない。」
「たまにはね。」
「3年になっても、千夏と同じクラスになれてよかった。」
「そうだね。」
「それにほら。ダーリンもいるわよ。」
美香は、友喜を目で見ながら言った。
「あぁ。うん。友喜も一緒だね。」
「何よ。もうちょっと喜びなさいよ。」
「喜んでるよ。たぶん。」
「たぶん?!」
「あはは。嘘嘘。」
その話に割るように、智子が話し掛けてきた。
「2人とも私を忘れるなんてひどいよぉ。」
「あ。智子。忘れてないって。」
千夏は、智子をなだめながら言った。
「うんうん。智ちゃんがいて、千夏がいて、私がいて。それでこそマブだよ!!」
「そうそう。」
千夏は、賛同した。
「ありがとう♪それより見て!!NEWマヨネーズ!!!!」
新しいマヨネーズを手に、智子は嬉しそうに言った。
「智子……。ずっと言おう言おうって思ってたことがあるの。」
千夏が、呆れたような顔で言った。
「なあに?」
「その趣味……わからないわ。」
千夏は、笑いながら言った。
「あはは。そうだね。」
美香も笑って答えた。
「え〜!!!なんでよぉ〜!!!ほらこんなに、可愛いじゃん!!!」
「だからわからないって。」
千夏は、更に笑いながら言った。
こうして、高校3年がスタートした。
そのクラスには、また1つ空席があった。
実のものだった。
ある日の午後、友喜が絵を描きながら、
「明日、町の方に行って、絵を売ってみようと思うんだ。」
と、言ってきた。
「おっ。いいねぇ。」
千夏も絵を描きながら答えた。
「お前の絵も見れるようになってきたから、一緒に並べるぞ。」
「え?!アタシのも?!」
千夏の手がとまった。
「そうだ。」
「アタシのはまだ……そんな……人に見せれるほどの物じゃ……」
「”実”は、気に入ってるぞ。」
「あれはお世辞でしょ!!」
「いや、お前は上手くなった。」
「う……うん。」
「明日のために、今日何枚か書いとけ。」
「わかった。」
”明日”は、土曜日だった。学校は休みなので、朝から行く事になった。
町と言うのは、千夏たちが住んでいる場所から、電車に乗って2駅の所にあった。
ここよりはにぎわっている、程度のものだった。
だが、買い物は皆その町に行ってすることが多い。
次の日、朝から電車に乗って、町に着いた。
ある程度人通りはあった。
”ここにしよう。”と行って、友喜は店を広げた。
小さな小さな、2人のお店の第1号店だった。
2人の絵は売れることなく、時間だけが無常に過ぎていった。
「まぁ。こんなもんとは思っていたが、現実になると辛いな。」
「そうだね。見て行ってくれる人はいるけど、買ってはくれないね。」
もう、日が傾き始めていた。
「今日はもう帰るか。」
「そうだね。そろそろ帰ろうか。」
2人は、片付けの準備を始めた。
その時、
「見て行っていいかな?」
と、一人のサラリーマン風の男が立ち寄った。
「どうぞ。」
友喜は無愛想に答えた。
「へぇ。水彩画かぁ。上手いね。君が書いたの?」
「それは俺です。」
「これはってことは、彼女さんのものもあるのかな?」
「あ……。はい。」
千夏は、驚いて答えた。
「ってなると、こっちかな?」
「……はい。」
千夏は、おそるおそる答えた。
「……なるほど。じゃあ少年が、彼女さんの先生ってわけか。」
「そうなるな。」
「いい先生だ。ちゃんと指導されてるなぁ。」
「いえ。」
「じゃあこれ一枚もらおうかな?」
サラリーマンは、友喜の絵を指差して言った。
「え?!本当ですか?!」
千夏は、驚いて言った。
「あぁ。いくらかな?」
「300円です。」
友喜は言った。
「300円かぁ。わかった。」
と、言ってサラリーマンは1000円を手渡してきた。
千夏が、おつりを出そうとした。
「えっとじゃあおつりを……」
「いや。おつりは結構だよ。今日はそれでご飯でも食べなさい。」
と、おつりを探す千夏を止め、サラリーマンは言った。
「え?!いいんですか?!ありがとうございます!!」
「いやいやいいんだよ。それじゃあね。」
「はい!ありがとうございます!!」
千夏は、元気に言った。
友喜も、”どうも”と、頭を下げた。
「よかったね!友喜!売れたよ!」
「おう。売れたな。」
「よし!じゃあもう今日は私のおごりだ!」
千夏は、偉そうに言った。
「いや、お前。さっきの1000円だろ。しかも、さっきのは俺の絵だ。俺に感謝しろ。」
友喜は、さらに偉そうに言った。
「えへへ。そうだね。ありがとうございます。」
千夏は頭を下げながら言った。
そうして2人は、その1000円で、ご飯を食べて帰った。
月曜日、いつものように実の家に行った後、遅刻することなく、学校へ着いた。
高校も3年になったこともあって、進路相談の話が出てきた。
千夏は、進路のことなんて全く考えてなかった。
来週の月曜日までに、進路の希望を記した紙を出さなくてはならなかった。
千夏はふと、友喜を見た。
友喜は、進路希望の紙をじっと見つめていた。
その日の放課後、川原で友喜といつものように落ち合った。
「友喜、進路どうするの?」
千夏は、絵を描きながら言った。
「……。」
「何か今日、じっと進路表見ながら考え事してたね。」
「……。」
「どうしたの?」
千夏は、筆を止めた。
「俺……。」
「ん?」
「福岡の芸術大学を受けようと思ってるんだ。」
「……え?」
千夏は戸惑った。
「ずっと行きたかったんだ。福岡の芸大。」
”だからか。”と、千夏は思った。
転校してすぐに、友喜が話しかけてきたとき、福岡の話をよく聞いてきた理由がわかったのだ。
「でもお前を残して、一人ではいけない。」
友喜は続けた。
「え。いや。ダメだよ!行きたいんなら行かなきゃ!!」
「……。」
「アタシの為に諦めるなんて許さないよ!!」
「……。でも千夏とは、一緒にアパートに住むって約束だし。」
もうすぐ完成するアパートを見ながら、友喜は言った。
「それは……。でもそんなの、友喜が大学を卒業してからでいい!!」
「……そうか。」
「だから、友喜は行きたい大学へ行って!」
「分かった。ありがとう。」
その後、その日は特に会話もなく終わった。
家に帰って、千夏は考えていた。
”どうせ、行きたい所なんてなかったし、アタシも友喜と同じ大学へ行こう。”
そう、決めた。明日会って友喜に伝えようと思った。
すると、千夏の携帯電話が鳴った。
知らない番号からだった。
「……はい。もしもし?」
千夏は、おそるおそる出た。
「あの……千夏さんですか?」
女性の声だった。
「はい。そうですけど。」
「私は、友喜の母です。」
「え?!あ…初めまして!!挨拶にも行かないですみません!」
「いえ。そんな事より友喜が……」
千夏は、心臓が止まりそうになった。
友喜が交通事故にあったという知らせだった。
今、病院のICU、集中治療室に寝ていると。
病院に来てくれませんか?と言う内容だった。
千夏は、病院へ急いだ。
慌てて出たため、両足の靴の種類が別々だった。
病院へ着いた千夏は、急いでICUへ向かった。
部屋に入ると、友喜の家族の人だろうと思われる、人達がいた。
その中には、”実”の姿もあった。
1人の女性が、ベットに案内してくれた。
おそらく、友喜の母だろうと思う。
ベットの上の友喜は、何事もなかったかの様に、静かに眠っていた。
千夏は、友喜の手を握った。
千夏はただ眠っているだけだろうと、思った。
息をしていた。心臓は動いていた。
体はまだ、温かかった。
千夏は安心していた。
そして、部屋の隅の方に立っていた男性が話しかけてきた。
「君が千夏さんかな?」
「あ。え〜と。はい。」
「私は、友喜の父です。」
「あ。初めまして。近藤千夏と申します。」
千夏は席を立とうとした。
「いや、そのままでいいよ。」
友喜の父は、千夏をまた座らせた。
「ありがとうございます。」
「君の話は、妻共々、友喜から色々聞いているよ。」
「あ。そうなんですか?」
「あぁ。とても楽しそうに話していた。」
「はあ。そうなんですか。」
千夏は、友喜の顔を見た。
「本当はこんな事を言いたくはないが、友喜と別れてはくれないだろうか?そして、友喜の事を忘れてはくれないだろうか?」
”え?”っと、千夏は思った。
友喜の母も下を向いて何も言わなかった。
「なぜですか?!嫌です!」
「……。」
「アタシの事が気に入らないなら、気に入られるような女になります!!」
「……。」
「それにアタシ、もう友喜くんと同じ大学へ行こうって決めたんです!」
「……。そうか。」
「はい。もう決めました。友喜くんが起きたら、話すつもりです。」
「……。本当に別れてはくれないんだな?」
「はい。別れません。何があっても。」
「分かった。」
「わがままな事を言ってしまって、申し訳ありません。」
「いいんだ。しかし、君には酷ことを言わなければならない。」
そういうと、友喜の母が泣き出した。
「え?」
千夏は、何も分からず、ただ友喜の父を見つめた。
友喜の母をなだめながら、父は口を開いた。
「……。友喜は……。もう死んでいる。」
「え??何言ってるんですか?ほら!だって、ちゃんと息してるし、こんなに温かいし!」
実 も下を向いた。
「え??言ってる意味がわからないんですけど?」
「友喜は今、機械によって生かされてるんだ。」
「え?」
「機械を止めれば、友喜はもう……。病院の先生のはからいで、そうしてもらっている。」
「……え?何かの冗談で……すか?ですよね?ねぇ?実くん?」
「……。」
”実”は、下を向いたまま何も言わなかった。
「病院に運ばれた時には、もう手を付けられなかったそうだ。すまないが、受け止めてくれ。」
友喜の父がそういうと、母は声を大きくして泣いた。
「そんな……。ねぇ!友喜!!嘘でしょ?!ねぇってば!!!!!」
千夏は、友喜の体をゆすった。
その千夏を、実が抑えた。
「千夏ちゃん。もうダメなんだ。分かってあげてくれ。」
実は千夏に、震える声で言った。
「嫌だよ!!!そんなの絶対嫌だよ!!!!」
千夏は叫んだ。
その時、病院の医師が入ってきた。
「そろそろ、お時間です。」
「はい。わかりました。」
友喜の父は、医師に答えた。
千夏は、右手を握らせてもらえることとなった。
その後ろには、実がいた。
反対側には、友喜の両親がいた。
しっかりと手を握っていた。
「それでは。」
そういって、医師は機械を止めた。
”ピッ……ピ……ピ……ピーーーーーーー”
電子音が鳴り響いた。
医師は、呼吸をさせていた機械も止めた。
同時に、友喜の呼吸はなくなった。
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
千夏は泣き叫んだ。
大声で泣いた。
”友喜、友喜!!!”と何度も呼んだ。
だが、友喜からの返事は返ってくることはなかった。
千夏は、恥じらいや、その全てを捨て、大声で泣いた。
実も千夏の後ろで、静かに泣いていた。
次の日、葬儀が行われた。千夏は学校を休んだ。
その次の日も、その次の日も。千夏は学校を休んだ。
美香と、智子が心配して来てくれた。
「千夏?入るよ?」
美香が、千夏の部屋のドアをノックし、2人は千夏の部屋に入った。
「千夏?大丈夫?」
美香が千夏に話し掛けた。
千夏は、布団にもぐり、出ようともしなかった。
「千夏ちゃん。残念だったね。」
智子は言った。
「……。」
千夏の反応はなかった。
「ねぇ千夏?いつまでも、そうして塞ぎ込んでちゃだめだよ。」
美香は言った。
「……のよ。」
「え?」
美香は聞き返した。
「あんたに何がわかんのよ!!」
千夏は、起き上がり、美香に言った。
「……。ごめん。わからないよ。でもね、そのままじゃダメだよ。」
「……もういいよ。……ダメでいい。」
「ダメでいいなんて、ダメ!藤代くんだって、そんな顔をした千夏見たら、悲しむよ!!」
「……。今、友喜の名前を出さないで。お願い。」
「……。ごめん。でもね、千夏?きっと、こんな事望んでない。」
「……。」
「だからお願い。元気を出して。」
「……もう嫌だよ。何で死んじゃったんだよぉ!!!」
そう言って、千夏は泣き始めた。
毎日泣いていた。もう涙は出ないと思うくらいに。
ずっと、ずっと泣いていた。
それでも、涙は出てきた。
そんな千夏を、美香は抱きしめた。
美香は、千夏の頭を撫でながら、無言で抱きしめ続けた。
そして、千夏は泣きつかれて寝てしまった。
そのまま、美香達は帰った。
金曜日の朝、友喜の家の自転車が出される音がした。
千夏は驚いて、飛び起きた。
”友喜?!”
急いで家を出て、友喜の家を見た。
そこには、一人の男性が立っていた。
「友喜!!!」
千夏はそう言って、その男性に走り寄った。
その男性は振り返って、
「あ。千夏ちゃん。」
と言った。実だった。
「……実……くんか。」
千夏は、がっかりして言った。
「あぁ。この自転車借りることにしたんだ。」
「なんで?」
「俺は友喜と一緒に登校しなきゃならないからな。」
よく見ると、実は制服を着ていた。
「え?実くん……学校……行くの?」
「あぁ。それがあいつの最後の意思だったからな。俺はあいつを裏切れない。どんなに辛くても、頑張る。
それがあいつとした約束だからな。」
「……。」
「でもな、その約束には、この自転車だけじゃダメなんだ。」
「え?」
「3人で登校するって約束だからね。」
「……。」
「あぁ。そうだ。これを渡さなきゃいけない。」
そう言って、一枚の手紙を手渡れた。
「……なに?……これ?」
「あいつから、千夏ちゃんへの手紙だよ。あいつが死んだ日。死ぬ直前に俺に渡された。」
「……何が……書いてあるの?」
「さぁ?読んでないから分からないよ。読みたくなければ、そのまま捨てればいい。」
「……。」
「その手紙は、友喜が大学へ行ってから、千夏ちゃんに渡すように頼まれてたものだよ。」
「……。」
「じゃあ俺は……学校へ……行ってくる。」
「わかった。ありがとう。」
「おう。じゃあね。」
「あっ実くん。頑張ってね。」
「……。おう。でも、次は千夏ちゃんの番みたいだな。」
「……。うん。」
「月曜。迎えに来るよ。今度は俺がね。」
「わかった。」
「じゃあな。」
「うん。」
そう言って、”実”は学校へ向かった。
千夏は部屋に戻り、手紙を見つめた。
意を決し、封筒を開けた。
『千夏へ
思い立ってから、すぐに書いたよ。
この手紙は、俺が福岡に行ってから渡してもらおうと思っている。
今見てるって事は、俺は無事に福岡に行けてるみたいだな。
おそらく、俺が福岡に行くまでに、千夏の事だから、俺に何度も着いて行くと言ってるだろう。
でも、それを俺は断り続けただろう。
この手紙を読んでるってことは、そういう事になる。
千夏。お前は、俺に着いて来て福岡に来ても、きっとお前の為にならない。
だから断っていたんだ。
千夏は何で絵を描いてる?
興味や、趣味か?
俺と一緒にいすぎて、何で描き始めた分からなくなってないか?
それで、4年間絵を大学で絵を学んで、結果ただの趣味だったってなったらどうする?
俺には、そんな責任は取れない。
ただ、俺と一緒がいい。なんて、理由で大学を選んでたら、千夏に絶対に無理がくる。
だから、お前はここに残れ。
俺が行った後、それでも絵を描きたかったら、
描けばいい。
学びたかったら、学べばいい。
でも、それは一度俺と、千夏が離れないとわかないことだ。
1年くらい、どう過ごしたって何てことはない。
金なら、俺とお前で働いて、両親に返せばいい。
もし、千夏が働き口がなかったとしても、俺が絶対に養ってやる。
安心しろ。
もし千夏が、それでも俺の後を追ってきても、追い返しはしない。
その時は、千夏も本気で勉強をしに来たと思う。
だから、また一緒に絵を描こう。
千夏。離れて過ごすのが辛いなら、俺のことを忘れてもかまわない。
だけど、俺は福岡に行っても、絶対に千夏のことを忘れない。
だから、俺が大学を卒業して、そっちに帰った時。
まだ、俺を好きでいてくれたなら、 その時は、一緒に暮らそう。
約束通り、あのアパートで。
そんでさ、最終的に、一緒に店を出さないか?
町でさ。絵を売ろうよ。
あっ。そうだ。俺の通う大学の名前を教えとく。
福岡美術大学だ。
それと、あ〜。
やっぱこれは、千夏と俺が再会した時に言うよ。
気にするな。
じゃあな。
友喜 』
千夏は、号泣していた。
途中から、涙で字が読めなかった。
だが、最後まで読んだ。
「何、勝手において行ってんだよ……。」
「何、勝手に大学に受かった気になってんだよ……。」
「何、もう叶わない約束してんだよ……。」
「最後に、何を言おうとしたんだよ……。」
「……バカ友喜。」
千夏は、泣きながら、笑顔になっていた。
そして、千夏は、進路希望を書く紙にこう書いた。
『福岡美術大学』
「仕方がないから、アタシが変わりに行ってきてやるよ……。」
「いや……。本気で勉強しに行ってくるよ。約束だから。」
「それで、町に店を持つよ。絶対に。今度は、私がサラリーマンに絵を売るんだ。」
「あ〜もう。友喜のせいで、独り言の趣味を出しちゃったじゃん。バカ。」
そして、封筒の中にもう一枚、ハガキサイズの紙を見つけた。
その紙には、絵が描かれていた。
友喜が描いた千夏の似顔絵だった。
千夏はその絵を抱きしめて、
「ありがとう。友喜。大好きだよ。」
と言った。
その紙の裏には、
”ジュースの借りだ。”
と、書かれていた。
そして、小さな、本当に小さな字で
”好きだ。”と書かれていた。
月曜の朝が来た。
実が、家を訪れた。
「迎えに来たぞ。」
「うん。行こう。」
「もう大丈夫なのか?」
「……大丈夫。もう大丈夫だよ。」
「そっか。」
「さぁ!友喜との約束を全て果たしますか!!」
「おう!」
そういって、2人と友喜の自転車で学校へ向かった。
実が学校へ行ったのは金曜日だから、学校に来た事で驚かれたのは千夏ほ方だった。
「千夏ぁ〜!!!!」
半べそをかきながら、美香が抱き着いて来た。
「お〜ヨシヨシ。アタシはもう大丈夫だよ。ほら、美香ももう泣かないよ。」
と、言いながら、美香の頭を撫でた。
「うん〜。やっぱこっちのがいいな。」
頭を撫でられながら、美香は言った。
その後、千夏は大学の受験のために勉強に励んだ。
千夏の親は、福岡の大学へ行く事に、何の抵抗も示さなかった。
”それが千夏のやりたい事なら、精一杯がんばりなさい。”と、言ってくれた。
大学受験は、推薦枠をもらえることになった。
そして、絵を描いて、推薦を受けた。
人前で話すのは苦手な千夏。
それでも、やりたい事の為にがんばった。
結果見事に合格を果たした。
そして、高校は卒業式の日を迎えた。
「い〜や〜だぁ〜!!!!千夏とは離れ離れになりたくない〜!!!!!」
美香はおお泣きをしていた。
「お〜ヨシヨシ。また4年後戻ってくるからね。っていうか、休みの間とかも戻ってくるから。ね?」
と言って美香の頭を撫でた。
「うん〜。。。」
美香は納得した様子だった。
「千夏ちゃん。」
千夏の後ろから声がした。
振り返ると、実が立っていた。
「あ。実くん。」
「おう。卒業おめでとう。福岡に行っても頑張ってね。あいつの分まで。」
「うん。ありがとう。頑張ってくるよ。実くんも頑張ってね。」
「うん。俺も後1年間頑張るよ。それまでは、友喜の自転車は借りとくよ。」
「そうだね。高校卒業したらどうするの?」
「さぁ?まだ考えてないな。まだ1年あるし、ゆっくり考えるよ。」
「そっか。」
「それじゃあまたね。」
「うん。」
そして、卒業式が終わり、千夏は福岡へと発った。
大学の生活がスタートした。
大学での始めの授業に戸惑った。
知らない事の方が多かったからだ。
改めて、友喜のすごさを知った。
授業が終わり、一人の講師に呼ばれた。
「はい。なんでしょうか?」
「あぁ。君は私を知っているかね?」
「えぇ〜っと。すみません。今日初めてかと……。」
「私は君を知っているんだ。」
「え?」
「私は、推薦の時の講師だよ。」
千夏は思い出した。
「あ!」
「思い出してくれたかな?」
「はい。それで、どうかしましたか?」
「推薦の時以外にも、一度会ってるんだ。」
「え?」
千夏は頭の中の記憶を探した。
だが、ヒットしない。
「えっとぉ〜。どこででしょうか?」
「君は、絵を売っていた。」
千夏は”はっ!”とした。
「あの時のサラリーマンの?!」
「あはは。サラリーマンか。まぁスーツを着ていたからね。」
「あの時は、絵を買っていただいてありがとうございます!」
「いやいや。あの絵は実に上手かった。今でも持っているよ。それより、君の絵もかなり上達しているね。」
「ありがとうございます。」
「あの時の無愛想な彼は、今も絵を描いているのかね?」
「……友喜は、亡くなりました。交通事故で。」
「あぁ。それは辛い事を思い出させてしまったね。すまない。」
「いいえ。大丈夫です。」
「とにかく、君には期待しているよ。頑張ってくれ。」
「はい!ありがとうございます!」
この大学では、3年になったら、ゼミという少人数クラスで別れて、それぞれの分野で勉強するという仕組みがあった。
そこで千夏は、例のサラリーマン先生のゼミを選ぶことにした。
大学3年に入り、ゼミがスタートした。
「近藤君。君の絵には何が足りないか分かるか?」
サラリーマン先生が言ってきた。
「いいえ。」
「自分らしさだよ。」
「自分……らしさ?」
「君は、絵を何かにとらわれて描いていないか?」
千夏は絵を描くときお事を思い出した。
”友喜ならどう描くかな?”
と、考えながら描いていた。
千夏は、”はっ”とした。
「わかったかい?そう。君は彼の絵を再現しているんだ。」
「……はい。」
「でも、絵というのはそれじゃダメなんだ。」
「……はい。」
「君らしい絵を描く事に集中しなさい。」
「わかりました。」
そう言われても、全く分からなかった。
”今まで書いて来た、全ての絵はアタシの絵ではない?”
そう思っていた。
その後、自分の絵とは何かと、ずっと考えた。
すると、全く絵が描けなくなってしまった。
何を描いても、気に入らなかった。
そのまま、先生は何も言わずに1年が過ぎた。
4年になり、先生が1枚の紙を見せてきた。
「これに好きな絵を描いて応募しなさい。」
と言って、手渡してきた。
その紙には、『第16回 絵画コンテスト。テーマ”願い”』
と書いていた。
応募にはまだ時間があった。
ずっと何が自分の願いかを考えた。
そして、千夏はゆっくりと書き始めた。
それから3年が経った。
「この荷物どうしますか?」
業者が言った。
「あ。その辺に適当にお願いします。」
部屋の隅を指差しながら言った。
千夏は引越しをしていた。
あの友喜と約束したアパートに。
引越しも完了し、一息ついた。
友喜の書いてくれた、千夏の似顔絵は、棚の上に綺麗に飾った。
「さぁて。行こうかな。」
千夏は電車に乗った。
そこは、電車で2駅ほどいったところだった。
「あっ。店長おはよう。」
「もっと敬意を持ちなさい。実くん。」
千夏は、お店を開いていた。
友喜と約束をした、この町に。
あの時、第一号店を出した場所に。
名前は、『第2号店』と名づけた。
「店長。昨日10枚も売れたよ。」
「おっ。ホントに?なかなかの売れ行きね。」
「今じゃ結構人気だからね。」
そういって、2人で話していた。
その店の入り口には、大きな鏡張りのショーケースがあり、その中に一枚の絵が飾ってある。
その絵には、
川原で1人の男の子と、1人の女の子が一緒に
絵を描いている姿が描かれていた。
題名『あたりまえの日常』
作画『近藤 千夏』
『第16回 絵画コンテスト テーマ”願い”
大賞受賞作品 』
と、書かれていた。
小説を書いたのは、これが初めてでした。
2日間で書き上げたこともあって、誤字脱字はあるかもしれません。
知識不足による、日本語の間違えなどもあるかと思います。
その点を先に、お詫び申し上げます。
物語をどう進めるか。という、根本的なものは一切ありませんでした。
その時その時で、考え、書いて、まとめていました。
なるべく、全ての話をリンクさせましたが、リンクしていない部分もあると思います。
※友喜サイドのストーリーが完成いたしました。
よろしければ、
『伝えたい想い』〜友喜のストーリー〜 http://ncode.syosetu.com/n4748d/
も、ご覧になられてみてください。
ここまで読んでくださった方。
本当に、ありがとうございました。