1話
一点の曇りもない白い壁。
5m四方の小さな立方体の中に俺はいた。
部屋の中には二つの椅子が対面するようにポツンと部屋の中心に置かれていた。
「……どこだここ」
とりあえず状況を整理しよう。
俺の名前は犬飼 渉。
とくに特徴がないことが特徴、とでも言わないと特徴がないぐらいには平凡な17歳だ。
まあ強いて言うなら……人より少しばかり動物が好きなぐらいか。
過去の最高記録では犬を5匹、猫を8匹、鳥を3羽、兎を2羽。
他にもいろいろいたが、合計で32頭の動物を飼っていた。
さすがに親に止められて今では犬が2匹、猫が1匹だけどな。
っと、話がそれたが、俺はいつも通り高校に行って、適当に勉強して、家に帰ってからは飯食って風呂入って課題をやってといろいろした後普通に寝た。
で、目を覚ますとこの状況だ。
「うん、わからん」
記憶をたどれば何かわかるかも、と思ったけどいつも通りに過ごしただけで何も変わったことはしていなかった。
俺がなぜこの部屋にいるのかは依然として謎のままだ。
そもそも、他にもおかしな点がある。
俺が目を覚ました時、なぜか俺は普通に立っていた。
地面に寝っ転がっていないとおかしい。
それにこの部屋……扉がない。
扉だけじゃない。窓もないし、部屋の中央に置いてある椅子以外なにもないのだ。
明らかに異常だ。
待てよ……? こんなおかしな状況、考えられるのはあれしかない。
「なんだ夢か」
「夢ではありませんよ」
「え?」
誰もいないと思っていた背後から透き通るような女性の声が。
振り向くとまるで最初からいたかのように佇む美しい女性が立っていた。
「うおっ!?」
その女性は並々ならぬ雰囲気をまとっていた。
緑色の長い髪。純白のドレス。優しげな笑みを浮かべる顔。
神秘的なその姿に俺は一瞬見とれてしまった。
「初めまして、犬飼 渉さん」
「えっ……。あ、は、はじめまして……?」
思わず返事をしたが、なんでこの人は俺の名前を知っているんだろう。
それにいつの間に俺の後ろに?
俺の困惑はよそに、女性は椅子の方に手を向けてこういった。
「とりあえず、座ってください」
「えっと……、とりあえずここってどこなんでしょうか……? あとあんたは一体?」
やや警戒気味に質問する。
ただ椅子に座っているだけなのに女性の姿はとても美しかった。
「ここは次元の狭間に私が作り出した世界です。即席で作り上げたので、こんな小さくなりましたけど……」
いきなりわけがわからない。
質問の答えが分からないって本末転倒じゃないか。
「そして私はイザベラ。創造神イザベラです」
その答えを聞いた瞬間俺は頭を抱えた。
正面にいる女性、イザベラは心配するようなそぶりを見せる。
「ど、どうかしましたか? ここでは病気など起きないはずなんですが……」
「違います……。俺がこんな痛い夢を見ているという現実を受け入れたくないだけです……」
確かに俺は異常なほど動物好きだよ。
漫画やアニメに出てくる猫耳や狐耳なんて見ているだけで1日つぶせるよ。
でも別に中二病じゃねえよ俺は……!
「この世界夢じゃないんですけど……。まあいいです」
イザベラは呆れるように溜息をつく。
「あなたを呼んだのは私が作り上げた世界『イザベラ』を救ってもらうためです」
「ずいぶん安直な名前だな」
名前を突っ込むとイザベラは恥ずかしさを紛らわせるかのように咳払いをする。
「とにかく、今その世界では人間と獣人の抗争が続いており、このままでは破滅の一途をたどってしまいます」
「……それで、俺に人間と獣人を仲直りさせろと?」
若干めんどくさがりながら聞くと、イザベラは首を横に振った。
「いいえ、それだけではありません。もうじき魔王が復活します。人間と獣人が争っている今、魔王を止めるすべはありません」
「つまり?」
「あなたにやってもらいたいことは大きく二つ。まず第一に人間と獣人の関係を良好にすること。そして第二に魔王を倒すこと」
「一つ質問があるんだが……もしそっちの世界で俺が死んだ場合はどうなるんだ?」
「と、言いますと?」
「俺が死んだとき、元の世界で目が覚めてまたいつも通りの日常を送るのか、それともそのままあの世いきなのかってことさ」
その質問をしたとたん、イザベラは顔を暗くした。
「渉さんがこちらの世界にいる間は地球での時間は止まっているので、魔王を倒したあともどっても何ら影響はありません。ですが、もし道中渉さんが死んだ場合、つじつま合わせとして地球で渉さんは『存在しなかった』ことになります」
と、なると……戻るためには魔王を無事に倒すしかないのか。
「あの……」
「ん?」
俺が考え込んでいると、イザベラが声をかけてきた。
「先ほど夢だと言っていた割には随分真剣ですね」
「いや……冷静に考えたらこんな鮮明な夢があるかよって気づいてな……」
「そ、そうですか……」
この状況も十分現実離れしてるけどな……。
「でも信じてくれるのなら話は早いです。犬飼渉さん、どうか、私の世界を救ってください」
「ったく……そんなに頼まれたら断るものも断れないっつーの」
「っ……では!」
「いってやるよ。いって、世界を救ってやる」
そう言うとイザベラは嬉しそうに笑顔になる。
その笑顔を見て俺は少しだけ心を痛める。
「ありがとうございます……! 詳しいことは向こうの者が教えてくれるでしょう。では……」
そう言って何やら呪文のようなものを唱えるイザベラ。
すると俺の体が徐々に青白い光を帯びていく。
まさか俺が異世界に行くことになるとはな……。
しかし、イザベラにばれてはないだろうか。
俺の目的が獣人で、魔王なんて眼中にないこと……。