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[5]真

本当に、怒るって怖いですね。

何もかも押さえがなくなるんですよ。


それが御国の為というなら特に。

翌週まで、真実を知る人々は最後の日々を愛おしむように生活した。口外する者はいなかった。だが、参戦は相変わらず魔術師院と魔術庁、そしてユクシオン近衛隊のみだった。


敵が攻め込むはずの日が来た。

4月13日金曜日。

連合軍は南部地域と西部地域に比重を置いて概ね中央に多く分布していた。

地方防衛隊組織全体にも厳戒態勢を指示し、来るべき時を待つ。基本的に武器は剣か槍だ。魔術銃は完成が間に合わなかった。


皆の完全武装を見たのは初めてだ。魔術師はその兵装によっていくつかの兵種に分かれる。

例えばエレインは長剣を持つ兵種、「ウォーリア」。また、シオンのように短剣で武装した兵種は「アサシン」、エルモンドは盾と槍を持つ「レンジャー」。


大体ウォーリア部隊が先に行き、レンジャーをはじめとする後方部隊が後から到着する。アサシンたちは随時自分たちのタイミングで秘密裏に到着する。


全員が通信魔術によって通信を行うため、常に想陣を展開する形になる。その分攻撃魔術の使用の迅速化も行われている。


中央地域南側で連絡を待つ。


「…はぁ…はぁ…」


シオンの息が上がっている。


「…大丈夫?」


「うん…でも…ちょっと苦しい…かな…」


エレインの方を見た彼女の顔は笑っていたが、目からは確かに戦争への恐怖が感じ取れた。


「エレイン君は…怖くないの…?」


「…怖くない訳じゃないけど…」


「その割には随分落ち着いてるね…」


「…何とかして恐怖を取り除こうとしてるよ。今も手のひらは汗だくだよ」


エレインは彼女を安心させる意味も込めて笑いかけた。


「…あのさ、エレイン君」


「うん?」


「出る時間になるまで…手、触ってていい?」


「えっ…まあ、いいけど…」


「この方が安心できるから…」




伝令が来るのは案外早かった。


『数分前に侵攻を確認、本隊は出撃願います』


「総司令部へ伝達せよ」


「了解!」


伝令との通信を切り、別の伝令兵に連絡を取り次ぐよう命令すると、作戦通り本隊を出撃させた。


「お前ら!行くぞ!」


「はい!」


「了解しました!」


馬車部隊が走り出し、本隊の交戦が開始される。

エルモンド分隊長を筆頭とする南部急行部隊が出撃する時。


「こちらエルモンド・フォン・オライヴァレット南部急行部隊。これより戦闘地域へ向かいます」


『こちら中央司令部、了解。健闘と生還を祈ります』



駐屯兵たちはその戦闘を予期していたこともあり、数で圧倒的に勝る共和国軍を前になかなかの健闘を見せていた。確かに防衛線は2つ突破されてはいたが、恐らく予期せぬ戦闘だったら被害はもっと大きかっただろう。


「南部急行部隊、ただいま到着した」


「お待ちしておりました、エルモンド分隊長」


「経過報告を頼む」


司令室に座るエルモンドの表情はいつもとは違っていた。

エレインはストリアが言っていたことを思い出す。


「あいつはね。いつもはフィガロに付きっきりであんなのになってるけども、戦争になると目が変わるんだ。ワタシには、あれは[虎の目]に見えた」


経過報告を聞くその目は真剣そのもので、そこにはいつもの好青年はいない。熟練の司令官が鎮座しているのみ。

あれが虎の目だと言うのか。


虎ではない。竜だ。

これから巣を襲わんとする愚かな兵士たちに業火を放つであろう飛竜の目だ。


作戦指示を終え、共に前線へと出る。




あちこちに塹壕がある。

土塀や柵は破壊されかけているものの、十二分に敵の進行を阻止したようだ。


向こうには銃兵の大軍がいる。

戦車をはじめとする装甲車が地平線を埋めつくし、彼らの唸り声と破裂音、そして爆発音が響き渡る。


「エレインとシオンは私に付け」


「はい」


「はい!」


エルモンドがシオンとエレインを連れて突撃をかける。想陣を展開し、各々の武器に力を付与する。




敵の眼前に最初に現れたのはエルモンド。

銃口が彼に向く頃には彼の掌から放たれた炎が視界を焼き尽くしていた。さらに左手で魔弾を形成し、陣営の奥に投擲する。

魔弾は数えきれないほどの敵兵を巻き込んで爆発した。


「補佐官ってそんなに戦えたんですね!?」


走りながらエレインが驚愕すると、エルモンドは少しドヤ顔で笑いかけた。


「まあ、一応これくらいは、な」


荒野の戦場の中を、敵の陣営を突っ切る形で殲滅していく。

今のところエレインとエルモンドの無双状態。他の兵たちは敵味方問わず二人について来られなかった。




後方では彼女たちが到着していた。


「待たせたな、エレインはもう行ったか?」


ストリアの登場にその場がざわめく。ラスコーとユリアも到着していた。


「僕も前線に出させて下さい」


[私も出ます]


「ご協力ありがとうございます、最前線へ向かわれますか?」


「はい。彼女と一緒にお願いします」


「では準備が完了するまで暫しお待ち下さい」


二人は陣営の建物の中で準備完了を待った。




[あなたは…この戦いのこと、どう思うの?]


「僕?僕は…そうだな」


ラスコーは小銃を抱えながら床を見つめた。


「ここで、何もかも終わりにできると思う」


[そう…今日は勝てる、って確信してる?]


「…うん。絶対勝てる。そういう風に思わないと…怖くて外に出られなくなっちゃいそうだよ」


[きっと…あなたは強い人なんだね]


「えっ?」


ユリアは隣に座るラスコーに微笑みかけ、窓の外を見る。


[自分が臆病だって思ってるのに、それでも勝利を予測してる…きっとあなたは強い]


「あはは、そうなのかな…」


ラスコーは笑っていたが、下を向いた時には少し心の底が見えた気がした。小銃を慈しむような目で眺め、銃身を優しく撫でた。


「僕は弱いから、こいつに頼って生きてるんだ。君みたいに強くはない…」


少しの沈黙の後、彼はまた笑って言った。


「でもね、一つだけ。それでも勇気を奮い立たせる方法があるんだ。お祖父ちゃんから教えてもらった方法」


[どんな?]


「僕のお祖父ちゃん、実はフォレジア人じゃないんだ…遥か東にある国。お祖父ちゃんはそこを[皇御國]って呼んでた」


皇御國。

この地域では伝説上の国とされている国家だ。主君に対する絶大な忠誠心と、それを実行するだけの底知れない勇気を持った地上最強の軍隊を持っていたという。


「それでね、そこの言葉で一つ、自分の国への忠誠を表すために叫んだっていう言葉があるんだ。僕、それを叫んだら何でもできるような気持ちになれるんだ」


[ほんとに…!?なんて言うの?]


「『万歳』って言うんだ。歩兵銃を持ってね」


彼は暗さを抱えた笑顔を見せた。歩兵銃を持つ手が少し震えて見えた。


「準備が出来ました…こちらへ」


前線に向かう鉄道が伸びる。

一両編成のこぢんまりした列車に乗り、前線に近いエリアまで向かった。




エレインは包囲されていた。

敵の勢力が少々多すぎた。

右を守れば背をとられ、背を守れば袋叩きに遭った。


「畜生…人が足りない…」


エルモンドは先ほど袋叩きに遭って両足を撃ち抜かれ、自分の身を守ることで精一杯になっていた。


「エレイン!援軍が来るぞ!」


エルモンドがシールドを張りつつ指差した方を見ると、三人の人間がこちらへ走ってくるのが見えた。


「バンザァァァァァァイ!!!」


少年と少女がそう叫びながら敵の塊に殺到する。さらに後方に魔術師の大軍を率いて馬に乗る人が見えた。彼女は魔術師を敵に突撃させてエレインの横に馬をつけた。


「婆ちゃん…!?」


「到着が遅れたな、すまない」


「他には誰が…?」


「ユリアとラスコーは既に戦闘に入っている。フィガロはあと数分で到着する」


「ありがとう…」


「何、これくらいのこと…ほら立て、戦争はこれからだぞ」


ストリアに手を引かれてよろよろと立ち上がると、体勢を立て直してエルモンドの方を見る。


「補佐官が足をやられた。救護するよう指示して」


「救護班の所まで彼を!」


「了解!」


エルモンドは馬車に乗せられ、一瞬エレインの方を見た。


「後は…頼んだぞ…」


「はい…必ず」


エルモンドが乗る馬車を見送り、土埃で阻害された視界に軍勢を捉える。


「これだけの量か…ワタシもそろそろ本腰を入れようかな」


「頼むよ」


ストリアの周囲にひし形と正方形が現れ、何重もの円が彼女を囲い、周囲の空気が帯電する。突如、空から青い一筋の閃光が彼女の身体を包み込んだ。

光の中に立つ彼女の背後には見慣れない想陣が焼き付けられ、近寄り難い気迫を感じる。

そしてその目の奥には、青い六角形があった。




後方の馬車が騒ぎだす。


「何だあれ…!?」


「おい、何があったんだ?」


エルモンドは両足の痛みに耐えながら光を見た。


「あれは…」


ふと、軍医が彼に尋ねた。


「あの光が何かご存知なのですか?」


「あれが…史上最強の魔力解放」


その目には強い思念が込められていた。


「スカイブルー・エチュード」





「"青い練習曲"が現れました」


フォレジア側の陣営も騒然としている。


「構わん…ただちに重力兵器を準備しろ…」


大佐の自信に満ちた笑みが、部下には少し不気味に見えた。




ストリアの強さは並大抵の魔術師とは一線を画していた。

想陣を展開することなく魔術を使用し続ける。全てあの背中のスカイブルー・エチュードによる魔力供給のお陰だ。


スカイブルー・エチュードは従来の想陣のように生命力や気力などの内因的な物質を根元とせず、その空間に存在する魔力を吸収する想陣だ。つまり彼女は今、大自然の力を味方につけているということだ。


左手から火を吹きつつ、地を強く蹴って氷の棘を発生させる。

右手で雷を呼び寄せ、身体の周囲に展開したシールドを帯電させて側撃を狙う。さらにそのシールドをあり得ない速さで拡大して敵軍を次々と感電させていく。


「すごい…たった一人であの軍勢を一方的に…」


エレインは僅かに生き残った奴を始末する程度で、ほぼやることが無くなっていた。それほど彼女の戦闘能力は高すぎた。


敵の後方から何かが打ち上がるのが見えた。ミサイルより大きい。球形の砲弾。

それがストリアの上空から一直線に落ちてくる。明らかにストリアを狙っている。


「婆ちゃん!!上だ!!!」


その叫び声に反応してか、上に向けてシールドを張った。


信じられない光景が繰り広げられた。


先ほどまであれだけ無双状態だった彼女が、一瞬ではあるがよろめいた。

その顔はその力を信じられないかのような驚愕の表情だった。明らかに必死になって、本気でシールドを張っている。


しかし、数秒間耐えた後に砲弾が紫色の爆発を起こした時に全てが終わった。


巨大なクレーターを残して彼女の姿が消えた。上空に跳ね上げられ、力なく地面に叩きつけられた。


「ストリアさん!!」


「婆ちゃん!!」


エレインが駆け寄り、他の兵がその護衛につく。

彼女が敗北する瞬間を見ることになるとは、夢にも思っていなかった。あの兵器の正体が何かはわからないが、とてつもない絶望感だけが雰囲気を形成していた。


「エレ…イン…」


一撃にして満身創痍になった身体を擡げるも、また倒れてしまう。身体の制御もつかないほどのダメージを受けていた。


「婆ちゃん…嘘だろ…!?救護班呼んでるから…もう少しだけ生き延びてくれ…!」


「大丈夫だ…瀕死以上には行かないだろう…ありがとう…」


彼女は身体が動かないことをわかっていながら何度も起き上がろうとした。エレインにとってストリアのこの姿は脳裏に焼き付けられるに容易い姿だった。


「エレイン…あの力は…ダメだ、お前も恐らく通常状態では耐えられない…」


「…婆ちゃんが使っても耐えられないなんて…どんな力だったんだ!?」


「間違いない…重力だ。重力を操っている…」


「重力を…!?」


「…ワタシは無理だったが…エレイン、お前なら…」


確信の眼差しをエレインに向ける。辛うじて持ち上がった手でエレインの頬を撫でる。


「こないだ教えたな…まさかこんなに早く実習することに…なるなんて…」


「でも…まだ未完成だ…」


「大丈夫…自分を信じろ…いや」


ストリアは目を細めつつ力なく手を下ろした。


「…過信しろ…お前の力を…!!」


「わかった…やってみるよ」


ストリアはもう目を開けていなかった。救護班が狼狽した顔で彼女を搬送する。


雲が流れる。

焼けた旗が棚引く。

持ち主を失った剣は、冷たく地面に突き刺さる。刀身に冷酷な反射光を宿す。


「…許さない」


旗が翻る。

共和国の旗が祖国を嘲笑っている。


少年の目が変わる。

静かに俯いて立ち上がる。


何もかもを破壊できる衝動が走る。そう、そうだ、あんな外道民族なんて。



滅んでしまえばいいのに。



銃弾が空中で止められた。

少年にとって銃撃など意味はない。周囲の影響さえ拒絶した。


自分の記憶の風景が彼の意識の全てだった。

もはや、それ以外は現実でありながらそうなり得なかった。



彼の叫びが轟く。


全ての物が呼吸を止める。


風や雷さえもう沈黙していた。


彼こそ、世界の中心だった。


少年が足を踏み鳴らすと、足元の地面は大きく崩壊した。

彼の周りには何もない。


その感情は、少年から恐怖を強奪した。

もう何も怖くなくなった。

何でもできてしまいそうな、

そんな感覚を覚えた。


青い閃光が迸り、少年の周りに幾何学模様が現れた。

背中にそれが写し取られ、少年はその本当の姿となった。


「許さない、許さない…絶対に…確実に…」


少年の声は、いつしか別人の物となっていた。

少年の本性が現れた。


「…根絶ヤシニシテヤル…!!!!」



発見された手記より抜粋




私は恐ろしくなった。

こんなものが人の手に渡ったことが、この世の終焉のように感じた。

だが、これがあれば世界をも変えられる。そう思えた。

私はこの驚くべき、恐るべき発見を、周囲の人間たちに「凄い物」と悟られないよう、


ここにこの想陣を「スカイブルー・エチュード」と命名し、我が研究を終了する。


(魔術庁研究員ユリア・ネローの研究ノート、P182より)



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