[5]序
意外にも早く終わるんですね
実はこの章でこの小説終わりになります!長らくの間お疲れ様でした!あともうひと踏ん張りですよー
さて…ここで話しても誰得なのでね。とっとと本編行きましょう。
最終章「序」ごゆっくりとお過ごし下さい。
エレインたちが就院してからおよそ5ヶ月ほどが経った頃。
久々に彼に会った。
「エレイン!」
「…ラスコー、お前か?」
「そそ、あの時のラスコーだ」
検問を通過し、こちらの市民権や居住地を決定するのに時間がかかったらしい。永住亡命になるため期間亡命のフォレジア人よりは信頼されたそうだが、やはり敵国の人間ということもあり周囲からの目も厳しかったらしい。
「まあ、そんなこともあって下の名前を変えた。僕は今日からラスコー・K・セオルティスだ」
「わかった。覚えておくよ」
それから世間話をしつつ師院の近くまでやってきた。彼は政府からある話を持ちかけられ、その関係で半分VIPのような待遇を受けていた。魔術師が敵に苦戦する最大の要因は魔術師の「人間性」にあると見た政府は、「魔術を使える機械」を開発することを決定したらしい。
これについては魔術師に対する箝口令は敷かれていないらしく、詳細に話してくれた。
「それを使って魔術を幇助する訳ではないんだ。その機械自身が魔術を使えるようにするらしい。フォレジアが最近開発した技術で、[人工知能]っていうものがあってね。これを使って機械を自律的に行動するように作る予定だ」
「意思を持つ機械ってことか?」
「平たく言うとそれに近いかな」
「さすが工業国だ…随分進んでるな」
師院付近に研究所が建設された、とのことだったのでそこへ行くことにした。ラスコーに所長権があるので進入は楽だった。
内部には見たことのない空間が広がっていた。フォレジアから持ち込まれた技術がふんだんに使用された最新機器が並び、館内に絶えずアナウンスが鳴り響く。数百年後の未来のようだった。
[AIMDへシステムメッセージ、試作機の自己判断実験が終了。至急回収願います]
[機体魔装部門へ中央伝達、F2第38ブロック5番実験棟にて魔力漏洩を検知。直ちに実験を中止しなさい]
言っていることの詳細などエレインにはわかるわけもなかったが、僅かばかり残っていた少年の心を突き動かされた。
一番奥にあるのがラスコーの部屋。最近は居住地も兼ねているという。金属板で作られた円筒の部屋の壁をモニターや計器がびっしりと埋め尽くしている。
「あっちの…共和国の頃の部屋を再現したかったんだ」
「やっぱり…故郷って感覚はなくならないよな」
「ああ…今じゃ敵国だってのに、あの国の風景を見るだけでも感慨に襲われるよ。全くひどい非国民だ」
自嘲気味に笑って席につく。
モニターには大きな機械が映っている。
「こいつが僕の愛機になる予定の奴だ…人工知能までは開発出来たんだが、まだ魔力を持たせるのは出来てない。ユクシオンの人間以外は皆魔術が使えない。だからこれが成功したら、きっと[魔術の一般化]が進むと思うんだ…戦争が終われば、の話だけど」
「魔術の一般化…じゃあ、世界中に魔術師がいる世界が来るかも知れない…ってことか?」
「多分ね。人々がどれだけ関心を示すかって問題もあるけど、きっとそんな世界になる。その時は、ユクシオンが[魔術先進国]として世界を牽引していくことになるだろうね」
「なんか…ちょっと楽しみだな」
そんな少し先の未来のことを考えながら、人工知能の元へ向かう。
「彼」は厳重な警備に守られていた。大きな立方体には線が数多く付けられ、こちらを向く面の中心に青く光る球体が埋め込まれている。
「こいつが…人工知能…」
《ラスコー博士、認証します》
無機質な男性の声が告げる。
「彼は[キサラギ]。軍用箱型人工知能」
「キサ…ラギ?どこの言語だ?」
「これ、僕のお祖父ちゃんの祖国の言葉なんだ。その国はここから遥か東にある国で、その軍人たちの国への忠誠心は世界一だったそうだ。[スメラミクニ]っていう風な名前だったと思う」
「へぇ…で、何だっけ、ああ、キサラギっていうのはその言葉で、どういう意味なんだ?」
「2月って意味だな。ただ単にこいつができたのが2月だからって話なんだけどね」
ラスコーはキサラギの真横の操作板を動かし始める。キサラギは青い光(目、と形容してもいい)で床を淡く照らしながら黙っている。エレインの登録が完了し、戻ってくる。モニターの中に棒人間が映し出される。
なかなかに滑らかに動く棒人間が会釈をしている。
《エレイン=クラッド氏、認証します》
「宜しく…お願いします…」
とりあえず会釈を返した。
数日後の話だ。
国内の全戦闘可能人員が宮城に集められた。エレインはここに入るのは初めてだ。
正式には「エルミティエラ・ユクシオン城」と名前が付いているその優雅な城は、ユクシオン公国のほぼ中央に位置する。城壁が地上に設置され、その壁の要所要所には塔があり、その中にある防御魔石によってシールドが張られている。
城の周りだけが淡い青の幕に覆われていて、さながら円形要塞に支えられた卵のような形をしている。地元住民たち(大半が貴族)はその形から、親しみの意を込めて「ラフィシーダ(命の源)」と呼んでいる。
次々と卵の中に人々が入っていく。師院の面々もそれに続いて門をくぐった。
空中に浮く岩石の基盤の上に白亜の壮麗な城がある。その非日常感に一同は息を飲んだ。
「こんな所があったなんて…」
「いつの間にこんな技術を…?」
「この前浮遊城加工したばっかりだよねぇー」
「えっ…主任、その情報はどこから…?」
「あれ?エルモンド君にも言わなかったっけ?師院の方にも連絡が来たって…」
「して…ないです…よね」
「あ、そうだった?ゴメンゴメン」
「主任…」
内部には巨大なホールがあった。部屋の中央に大きな円卓がいくつかあり、それぞれの組織が割り当てられた場所に着席する。この部屋は天井が特殊な形状をしており、機密機構が使用されて部屋全体に前方の声が届くようになっている。部屋全体は薄暗く、各所に間接照明がある。床には緑や青に光る線が走っている。
〔本日皆様にご出席頂いた理由は、知っての通りとある重要な伝達があるためです〕
声が天井から降ってくる。
〔我々は先日、ある事情から魔術庁の長官となっていた人物を罷免し、尋問を行いました。その結果、彼は実のところフォレジアの諜報特殊工作員であったことが判明しました〕
会場がざわめく。この国の実質的ナンバー2が敵国の犬であったことがかなり衝撃的だったと見える。
〔静粛に願います。そして彼にさらに尋問をかけたところ、公国内からフォレジア国内に安全に侵入するルートを発見し、そこから秘密裏に諜報員を派遣しました。彼らが持ち帰った録音テープをお聞き下さい。フォレジアの政府官邸で録音された音声です〕
「…奴らの動向は…」
「…依然として我が共和国軍は防御を突き崩すことができず…」
「…そうか…ならばいい、こうしよう…」
「…はいっ…?」
「…次の軍事侵攻に全戦力の2/3を投入しろ…お前は確かに言ったはずだ。数がありさえすれば勝てると…」
「…しかし、それは…」
「…失敗すればもう侵攻は不可能だ。損害を最小限に抑えろ。最悪の場合あれを使うことも厭わない…」
「…重力爆弾は…あれは未だ実験段階である上にあまりに非人道的過ぎます…」
「…構わん…」
「…し、承知致しました…」
〔この記録からもわかるとおり、恐らく次の侵攻は奴らの実力が存分に発揮されることが予想されます。既にこちらにその侵攻についての情報はあります〕
「侵攻はいつなんだ!?」
「その情報も持ってるだろうな!?」
怒号に近い恐怖の叫びと人々のどよめきが響く。
〔敵の侵攻は恐らく、来週の金曜日…つまり4月13日です〕
絶望にうちひしがれたような声が上がる。極南地方防衛隊の面々だ。彼らはフォレジアの圧倒的な軍事力と無慈悲さを身をもって記憶した数少ない人々だ。
彼らの頭の中では数年前のあの日の光景がフラッシュバックしているに違いない。
〔そして皆様に問いたいと思います〕
司会者は声を張り上げた。
〔ここにお集まりの組織の皆様の中で、この迎撃作戦に参加して下さる方はどれだけいらっしゃるでしょうか〕
場が静まり返る。
挙手したのは、魔術師院のみ。
他の組織は皆恐怖に怯えた表情で俯いたり、頭を押さえて震えたりしている。
エレインの目に映ったその景色はあまりに異様だった。
これから祖国が攻め落とされようとしているのに、この場にいる者たちはその事実から目を逸らそうとしている。
愛国心の欠片も無いのか…?
ただ単に奴らが怖いだけか…?
人間は目を逸らしても構わない。だが逸らしただけでは逃げ切れない、そのうち覆い被せられれば終わり…
前方にいた男が声を上げた。
「ふざけるな!お前らはなぜ手を挙げないんだ!?貴様らには愛国心という物がないのか!?」
近くにいた組織が反論に回る。
「黙れ!お前たちだって挙手していないではないか!」
「煩い!我々は慈善組織だ、開発補助のみが専門だって言うのになぜ戦争に動員されなくてはならないんだ!?」
「だがお前たちが[自衛目的]として武装組織と同じくらいの魔術武装を行っているのも事実だ」
「あれは自衛目的として最低限の量であり戦争向きでは…」
面倒なことが起きている。
司会側も鎮圧できなくなっている。あれはもう言論ではない。単なる喚き合いだ。野蛮人のように騒ぎ立てている。
人間は結局こんな生物だったのか、と絶望する。
自分のことを棚に上げて他人を叱り始めた彼はどういう神経をしているのか、はっきり言って理解できなかった。
やがて事態は収束させられず、解散させられた。
「もうこの国も終わりだな」
「全くだ…」
そんな会話をしつつ城を出ていく彼らも挙手などしていない。
階段や道でもまだいがみ合っていた彼らの醜さだけが、エレインの脳裏に深く焼き付いた。
その夜、エレインは不眠に苛まれた。
綺麗な三日月の夜だ。これが見られるのは今日が最後になるのかも知れない、と考えると情けなくなる。あまりにも馬鹿らしい。自国民の臆病さによる自滅。そんな国家の最期など聞いたことがない。
「お前もか」
エルモンドも後ろにいた。
「見苦しい物を見たな」
「はい…本当に」
「結局人間こんなものか、などと思ってしまうが…」
北風が通り抜けた。
烏が飛び去った。
黒猫が金の目を光らせる。
「どうして…この世界は…」
「うん?」
「なんだか、色々なことを考えてみたら…色々なことがわからなくなりましたよ…」
エレインは屋上の縁に座り込んだ。目の近くを見られないように項垂れる。
「まるで牢獄みたいですよ…こんな世界」
月を見上げる。
一筋の線がエレインの頬を縦断する。
「…確かにそうだな」
エルモンドも縁に座り込む。
「行き先もわからず、苦行を背負わされ、明日自分がどうされてしまうのかもわからない…まさに牢獄だ」
「……」
「だがな、エレイン」
立ち上がり、エレインの目を見る。
「これだけは覚えておいてくれ」
「……」
「この世界は牢獄だ。酷い境遇を背負わされる拷問牢獄だ。だが、そこは決して独房ではない」
エレインの顔が上がったのがわかった。
「お前だけじゃない、師院の皆だって、市民だってみんな囚人だ。私だってそうだ。この世界に生きる人間たちの間には鎖どころか鉄格子すらない」
「補佐官…」
「牢獄から出ようと思うな、むしろ私たちでこの牢獄を攻略してやろうじゃないか…例え周りの囚人たちが動かなくとも、私たちだけで」
そのエルモンドの顔は笑っていた。少年が何かを企んでいる時のあの無邪気ながらも決意に満ちた笑みだった。
「…でも…そんなことが可能でしょうか…?」
「やれるかやれないかじゃない。大切なのは、勇者になれるか否かだ」
「勇者になれるか…ですか」
「少なくともこの師院の者たちは、きっと勇者たちだろうな」
エレインの髪をかき回しながら笑って言い放った。
「お前のあの迎撃への決意に満ちた表情、非常によかったぞ」
「…ありがとうございます…なんだか行ける気がしてきました」
「それでこそ、天才の孫だ」
不眠が安心感に変貌し、その夜はゆっくりと寝ることができた。また月を見る日を夢見て。
この章だけ3段構成くらいになると思いますよ。いやマジで。
本当に戦争って長いですからね。難関大二次試験数学の図形の証明並みに時間かかりますからね。
根気よく続けていきましょーかねー
ではまた後日。
なるべく早く上げますが。