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[4]前編

今回から真面目に戻りました、如月でございます。


この章はちょっとサスペンス風味になっていくのかな。捜査が主体になっていきます。

さらにここである重要人物が登場します(暴露)。

ちょっぴりツンデレ風なあの子、注目です。


それでは、前編。

姿勢を崩して読んで下さい。

『肆』




「ですから問題ないと申し上げているではありませんか!!」


エルモンドは魔術庁長官、レイザの蔑んだような目を睨み付けていた。


「どこにそんな根拠がある…彼女が魔力の塊でしかないことはお前が最もよくわかっているはずだ」


「それでも…それでも彼女は人間です…!」


エルモンドの「人間」という単語を、レイザは鼻で笑った。


「あれを人間だと?笑わせるなエルモンド…あれはただの魔力の塊であり、もはや生命体ですらない」


レイザが部屋を出ながら吐き捨てた。


「あれは副産物だ。人ではない」


エルモンドは激しい憤りを感じながら、それでも何も手出しできない現実を直視した。自らの無力さ、勇気の無さを呪った。




エレインは一昨日の疲労を完治させ、師院敷地内にいた。近頃敵の襲撃が止んだため、常に注意はするものの戦闘がない日々が続いた。このあと大規模攻撃が来ることは間違いないと見られていた分、日に日に上層の緊張感が増している気がした。

門番兵などは毎日が拷問だろう。いつ門に軍が殺到するかわからない状態で働くのだから。


ふと、ある区域を発見した。


師院は恐ろしく広い敷地を持ち、建物もかなり高層に作られているため未だに地形は網羅できていない。

今のところ主任の計らいで魔術師たちが入れないエリアは無い状態になっているが、主に使う部屋以外は知らないことがよくある。


そしてエレインも今、未開のエリアの入り口に立っている。

[C-94-N]

と書かれた看板はまだ見かけた覚えがない。


新たな区域に足を踏み入れる。


第3北棟エリア94。


いつか魔術師たちが生活するのであろう部屋が空のまま放置されている。[入居者未定]のような札がズラリと並ぶ。

十字路に差し掛かる。交差点は円形で真ん中にオブジェがあり、真上は吹き抜けになっている。天井はドームになっている。


何のオブジェかはわからなかった。ただ、人であることは間違いなかった。背面には「St.Valastelef」の文字。全く知らないが、像が立つほどの凄い人なのだろう。

十字路の右の通路を見た時だ。


何かが通った気がした。


この後やることもないし、この先で行く場所もないので追うことにした。

次の曲がり角を左、その次を右、その次を右。

正確に記憶し、誰もいない廊下を歩き続ける。

次の十字路で見失った。


[誰?]


脳内に直接声が響く。


「えっ…!?」


[目の前、オブジェの上。]


気付けば、先ほどのオブジェまで誘導されていたのだった。相手はこの区域をよく知っているようだ。


[君、ここに来るの初めて?]


オブジェからふわりと降りてきたのは、一人の少女だった。普通の服を着てはいるが、魔術師院の印である十字架が胸元にあり、その十字架の中に[Uria]と印字されている。


「君は…?」


[私は、ユリア。]


「ユリア…」


ユリア、という名前だけは聞いたことがあった。

昔、ユリア・ネローという魔術学者が魔力伝達の効率を上げるために魔力を物質化した存在、「魔力塊」を精製しようとする実験を行った、という話は有名だ。

実験は魔術師7人を犠牲にしたものの精製には失敗し、研究室は閉鎖されたと聞いた。


今目の前に居るのが、そのユリアなのか?


「君は…あの研究者なのか?」


[私は、ユリア=イクス。魔力塊実験の副産物。]


「副産物って…あの実験は失敗して何も生まれなかったと聞いたが?」


[私は隠蔽された。物として破損してるから。不安定な存在。]


「不安定な存在…?」


[まだ私は魔力の塊でしかない。偶然人の形をとっただけ]


彼女は表情一つ変えずに、声を脳内に再生し続ける。人に心を開かないような、そんな感じがする。まるで予め作られた定型文を再生するような。


「君も…一人なのか?」


[ずっと一人だった。だから今、少し怖い。]


「怖い?」


[君が怖い。人が怖い。]


ずっと一人だったということは、このエリアの状態から考えて「異常生成物」として隔離されてきたのだろうか。

彼女は一定の距離を保ち、近付こうとする素振りを見せるとすぐに一歩後ずさる。


[君は…この前の新人?]


「うん、俺は…」


[エレイン=クラッド、だね?]


「何で名前を…?」


[エルモンドが言ってた…物凄い新人が入ったって]


「ああ、あの人か。そことは繋がりあるんだ」


[うん。顔は見たことないけど]


「えっ?会ってるんじゃないのか?」


[扉越しに話した。絶対に人間には会わないようにしてたんだけど。]


ということは、エレインが久々に出会った人間ということになるのか。


「それで…怖いのか…」


[君は安全?]


「安全…って?」


[私を傷付けたりする目的で来てない?]


「俺はただ単に、暇だったから歩き回ってただけなんだけど…」


[暇になると歩き回るの?]


「まだ師院の中でも知らない部分があるから…そういう部分に行ってみたいだけだ」


[そっか…]


少しだけ、体勢に安心感が見えた。表情が緩み、少し笑ったように見えた。


[ちょっとだけ、安心した。]


「そ、そう?」


[うん。安心した。]


彼女は背を向けて歩き始めた。エレインのほうを見て手招きしている。

心を少し開いてはくれたようだったので、ある程度近寄ってみる。後ずさることはなかった。


[あっ、あんまり近寄らないでよね、別にまだ完全に安心したわけじゃないんだからね…]


「う、うん、わかった」


ある程度の距離をとって、彼女の後をついていく。




最も奥のエリアにたどり着く。

そこにある少し大きめの扉は、随分前からそこにあるような古びた姿をしていた。扉の真ん中には「Uria=EX」と書かれている。

「ここが、君の部屋…」


[入って。]


「いや!?それ大丈夫なの?」


[大丈夫だから…ほら早く入って。]


「いやでもさっき、完全に安心したわけじゃないって…」


[いーいーかーらー入れー!]


促されるままに部屋に入る。

真っ白だ。ベッドと小さなテーブル、椅子、本棚しか置かれていない。灯りはないが、部屋の中はかなり明るかった。


「お…お邪魔…します…」


[話したいから、ここに。外は危ないの。]


「危ない?」


[外にいる限り、他の魔術師に見つかる可能性があるから。]


「そっか、見つかっちゃいけないんだな」


[だからこうして二人だけ隔離するのよ]


「隔離って…」


確かにこの部屋には窓もなく、扉もユリアにしか開けられないように封じられているようだった。隔離と言えばそうだろう。


[とりあえず、外の様子が知りたいの。戦争のことを。]


「俺が教えられることなら、全部教えてやれるよ」


[じゃあ、お願いね。]


それから、外の様子についての質問に答え続けた。街はどんな様子か、魔力塊実験は続けられていないか、領土は狭くなっていないか、主任は元気か、エルモンドとはどういう者なのか、隣国はどれくらいの頻度で攻めてきているのか。

様々なことを訊かれた。

訊かれたことについては正確に教えた。自分が知る全てを彼女に伝えた。


いつしか、彼女の表情が変化するようになってきた。


「いや、本当に大変だったよ…主任がまさかああいう風に言い出すなんて…」


[昔から変わらない…相変わらず自由な人だ]


笑っている。目を細めて笑っている。定型文ではなく、普通の言葉で話している。


心を許してくれただろうか。


やがて、ユリアの半生の話になった。彼女は学者、ユリア・ネローの真実も明かした。


[私が魔力塊として生まれた時、他の研究者は私に刃を向けた。魔力塊が意思を持った、とか、我々が滅ぼされる、とか喚き立てながら震える手でナイフを持って私に突きつけた。でも、ユリア博士だけは違った。宙に浮かぶ私に近寄り、頬を撫でて前髪を除けた。そして一言、「かわいい」って言った]


博士は研究者たちにユリアを傷付けないよう警告したという。さらに、ユリアを自分の「娘」として引き取った時期もあったというのだ。幸せに「人」として生きていけると思っていた頃、ある事故が起きた。


[私と博士の自宅に、強盗が襲ってきたことがあった。どれくらい前のことか覚えてないけど、その日は鮮明に覚えてる]


強盗は博士と鉢合わせになった際、近くにあったガラスを叩き割って破片を武器に恐喝を行ったという。ユリアはその時間部屋にいたが、博士はユリアの存在を強盗に知らせるまいとして一人で戦ったという。かといって魔力を行使する訳にもいかず、ナイフで戦闘した。左の頬を切られた辺りでユリアがその状況を目撃し、自分の「母親」が血を流しているのを見て怒り狂った。


[私は怒った。怒りに任せて魔力を解放した。博士が何か叫んだけど、何も聞こえなかった。私は奴の首を掴んで博士から引き剥がし、逆方向に投擲して魔力砲を使い続けた。とにかくこの醜い男をこの世から消し去りたかった。それが、殺すことこそが私の本質だったから]


家どころではなく辺り一面が半壊するほどの力を使い、その男の存在をこの世から消滅させてしまった。それ以降彼女には全身を縛るように拘束帯が付けられ、魔術師院から出ることを禁じられた。


結局それから博士はユリアには会いに来ていないという。それどころか、博士はその後行方不明になってしまったのだ。


[私に原因があることはわかってるの…でも、あの時一つだけ思い出せないことがあって]


「思い出せないこと?」


[敵の右手に何が握られてたのか、そもそも敵は誰だったのかってこと]


「ガラスは左手だったのか?」


[ガラスは左手にあった…右手に持った何かを私に投げ付けて、そしたら歯止めが効かなくなったの]


「右手に持ってた物…何か裏がありそうだな」


[やっぱり、そう思う?]


「詳しく調べていきたいところだな…」


[でも私はここから出られない。だから思考を重ねるだけしかできない]


埋もれた記憶を蘇生させる方法が無いわけではないが、この施設から出られないことにはそれも不可能だ。


「補佐官に直談判してみよう」


[問題はもっと上にあるの。私をここに縛り付けてるのは魔術庁…とても対等に渡り合える相手じゃない]


「それでも…何とかしてあげたいんだ」




エルモンドを説得するのには時間がかかった。最初はユリアへの接触は慎むように、といった主旨の警告が行われたが、自身の考えをぶつけると案外簡単に協力してくれた。


「確かに…奴らに彼女は安全であることを証明できるチャンスかも知れないな」


エルモンドは決意に満ちた目でエレインを見た。夕陽の朱が部屋に差し込む。


「慎重に事を進めよう…奴らに勘付かれれば、一巻の終わりだ」


「…勿論です」




まず、彼女の記憶を取り戻す事から始めた。次の日の朝方、シオンを連れてきた。彼女の遠い親戚の家系は代々特別な魔術を伝承するしきたりがあり、その魔術の中に「失憶紡声」というものがある。失われた記憶を取り戻す魔術だ。シオンはそれを教えてもらったことがある、ということだった。

彼女たち二人だけを部屋に取り残し、完了を待つ。


「なあエレイン」


「はい…」


「お前は怖くないのか」


「何がです?」


「上に計画がバレる事だ。昨日も言った通り、発覚すれば未来は閉ざされるぞ…?それでもいいのか」


「いいんですよ…今は彼女を救えれば」


エルモンドはやれやれといった感じでため息をついた。


「全くお前は…それだから否応なしに善人になるんだな」


「善人…ですか」


「少なくとも俺の目にはそう見えている」


「俺は…ただ…」


「偽善だ、とでも言いたいのか?」


「…はい」


「善というものはあまりにも扱いにくい。自分がそうであると定義もできるし、他人からその善人の称号を押し付けられることもある」


窓枠に青い鳥が止まる。

風が木の葉を揺らす。

黒猫が鳥を見て伸びる。


「結局のところ、自分から働き掛けて善行を積む者の中でも、それ自体によって満足している限りは偽善ではないと考える。偽善ならば目的はその先にあるのだから」


「偽善の目的は…その先…」


エレインは自分の状況を省みた。今の自分の目的は何だ?その先には何があるんだ?そもそも自分は何故こんなことをしているんだ?

答えの出ない問いが、頭の中で沸騰した。




記憶を取り戻すことには成功した。ここからはある程度歩みは早くなると思われた。

彼女の記憶を辿ると、まず敵はクヴェイアという男であり、彼はユリアと何度か会っているという。「母親」とも面識はある。さらに右手に持っていたものは投擲式の「狂怒薬」だったと判明した。狂怒薬とは、名の通り自我のコントロールが効かないほど対象を怒り狂わせる凶異魔薬で、国際法で使用が禁止されている物だ。


「狂怒薬の形は…多分これで」


ユリアが差し出したスケッチをエルモンドが注視する。そのスケッチはほとんど形以外は表せていないようなもので、多少の特徴は見てとれるものの素人には見て品種がわかるものではなかった。


「なるほど…ザレック系か…」


「えっ、エルモンドさん、わかるんですか!?」


「ああ。昔補佐官になる前に魔薬については研究の道に半身浴したことがあってね」


さらに分析を続ける。


「ザレック系…第3種…ゼロノイトの可能性が高いな」


瓶のラベルを指差す。

かすれたような文字が写し取られている。


「ここ…ゼロノイトのスペルに合致するかもしれない」


「言われてみれば…確かに」


ゼロノイトは生産の為に特殊な器具を必要とし、しかもその生産にはかなり高度な技術を必要とする。その主な産地は隣国、ベルネス王国の西部に位置する湖沼地帯。


現在ベルネス王国は内戦や政治上の問題も起きておらず、至って平和になっている。また国王命令でゼロノイトの生産を禁じており、現在は入手する方法はおろか生産方法までも失われてしまっている。


「ユリア、この廃墟は今どこにある?」


「家は…確かリオレタリアに」




リオレタリア。

ユクシオン公国東部の小さな街だ。文献を紐解いてみると、確かに4年前に大規模な爆発事故が起きていることがわかった。さらに、その事故は魔術庁によって捜査を打ちきりにされ、住民たちはその日「眠らされていたために1日無駄に過ごした」ことが判明した。捜査阻止、記憶改竄。明らかな隠蔽工作だ。


「やはり隠したがってますね」


「情報は満足には手に入らないだろう…現地に行くしかないな」


「これだけ必死に隠蔽してますから…跡地があるかどうかもわかりませんよ?」


「それでも構わない…そうだ、彼女が間もなく到着する」


「彼女?」


少しして、ノックの音がした。

文献室の扉が開かれる。


「待たせたな、エルモンド」


「婆ちゃん…」


「話は聞かせてもらったぞエレイン」


ストリアはいつもの冷静かつ鋭い目付きで二人を見た。


「本気なんだな…?」


「これについては犯罪も疑われるから…やらなきゃいけないと思った」


彼女はその無表情を少し崩して笑った。


「そうか…うん、わかった」


エレインに歩みより、背伸びをして自分より背の高いエレインの頭を頑張って撫でた。


「昔から変わらん、いい子だ」


その光景が、少しだけ微笑ましかった。いつもは真面目で冷静なストリアの違う一面を見られたことが、少し嬉しかった。




翌朝、師院を出発した。

ユリアはシオンと共に部屋に残っている。師院からリオレタリアまでは大体3時間。

極東地方防衛隊の管轄区ゆえ、中央地域から来た者は皆関所を通る。道の真ん中にある門は華美な装飾があしらわれ、戴冠式の王宮のような様相を呈している。


「ここで止まりなさい」


地面に白線が引かれている位置で止められた。


「どこから来た者だ」


「王立魔術師院だ」


「代表は名と身分を言え」


「エルモンド・フォン・オライヴァレット、魔術師院主任補佐官」


周囲がざわついた。

やはり名は浸透している。


「どこへ行くつもりだ」


「リオレタリアに」


「リオレタリアだと!?」


門番兵たちが飛び上がった。一人がエルモンドの腕を掴み、その血走った目でエルモンドの目を見た。


「やめておきな…今あんなとこに行くってんなら軍隊を連れてこい!」


「おい…あそこで何があったんだ?誰か死んだのか?」


「いや…マジであのエリアはヤバいッスよ!」


「あの町は今立ち入り禁止になってる。亡霊害域だってことがわかったんだ…」


亡霊害域。

数十年に一度場所不定で現れる謎の領域で、その場の中に入ると亡霊による襲撃を受ける可能性がかなり高く、この国家内でも軍隊の出動が要請されるほどの「最高厳重警戒態勢」をとられることが多い。

戦闘のプロである軍隊であっても、攻略作戦には毎回40%を超える損害を出す。亡霊たちの戦闘能力は未確定であり、彼らの能力限界もわかっていない。自分たちは謎に包まれた存在が占領している地域に足を踏み入れなければならない。しかしその事実が3人を怖じ気づかせることはなかった。


「それでも行くのか…?あんたらは…」


「構わない、進ませろ」


「正気じゃねぇよ全く…わかった、好きにしてくれ…」


彼らは青い顔をして門を開けた。曇り空を眺めて深くため息をつく。


「冥福だけは祈っといてやるぜ…せいぜい奴らの仲間にはならないようにな…」


「…ああ、お気遣いどうも」


エルモンドは彼らに皮肉を言って馬車を走らせた。



まだ前編。


まだ前編。



まだ前編。


後編は現在急ピッチで制作が行われています。

非常に大変ですけども…頑張ります。はい。

ではまた、後程お会いしましょう…

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