人生何が起きるかわからない
先輩は完璧なヒトだ。いや、正確に言うならば、常に完璧であろうと努力し続けているヒトだ。もともと優秀なヒトだし、真面目なヒトだから周りからの期待も大きい。でも誰も、先輩がその大きすぎる期待に苦しんでいることなんて知らない。だって先輩は綺麗に笑ってそれを隠しているからね。
先輩は中学二年生になると、塾を辞めた。わたしはそのことを塾長から聞いた。きっと、先輩は塾に来る暇もないくらい忙しくなってしまったのだ。わたしはそう、結論づけた。先輩が何も言ってくれなかったのは悲しかったけれど先輩には先輩の考えがあるのだろうとわたしは深く考えないようにした。それでもやっぱりあのとびきり美しい顔を忘れることが出来なかったわたしは、時々先輩のことを思い出しては、溜息をついていた。
もう二度と会うことはないだろうと思っていた先輩とは、わたしが中学二年生になったときに再会した。母親が再婚し、母親の再婚相手、つまりわたしの義父の家に引っ越すのに伴いわたしは転校した。その転校した中学に先輩が通っていたのだ。
先輩もさすがにあれだけ質問にきた後輩のことは覚えていたようで、廊下ですれ違ったときには『……晶?ひさしぶりだな』と柔らかく微笑んでくれた。その破壊力といったらなかった。
以前より話す機会は少なくなったものの、先輩は時々図書館でわたしに勉強を教えてくれた。テスト前は先輩はとあるクラスメイトに勉強を教えるのに必死で、わたしの勉強は見てくれなかった。でもそれはしょうがないことだと思う。彼の成績は酷かった。その酷さは見ていて眩暈がするほどだった。そのどうしようもないクラスメイトというのが、何を隠そう、井上先輩だった。……今考えると、井上先輩よく先輩と同じとこ受かったなぁ。きっと井上先輩の担任はびっくりしたはずだ。だって井上先輩、地元で一番難しいとこ受かったからね?『先輩志望校どこですか?』と訊いて『オレ?棗と同じとこ』っていうあの返事が返ってきたときの衝撃をごめん先輩わたしは一生忘れません。