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まだ夜は明けない

 その夜、珍しく先輩から電話がかかってきた。電話の内容は、今日一緒に帰れなかったことを詫びるもので、余程残念だったのか、「明日は一緒に帰ろうな」と何度も何度も念を押された。それから先輩は生徒会役員に対する愚痴を少しばかりわたしに聞かせたあと、電話を切った。愚痴を言ってしまったことに先輩は後悔していたようだったけれど。……別にいいのに。生徒会長って大変ですね。ああでも、もうすぐ解放されますよ。もうそろそろ、引退の時期が近づいていますから。良かったです。生徒会のことで色々と先輩が悩んでいるのを見ているのは辛かったから。

「……明日は一緒に帰ろう、かぁ」

 きっとまた侑は怒るだろう。それでもわたしは先輩と帰るのだけれど。

「ごめんね、侑」

 わたしは一人で部屋にいるので、その言葉が侑に届くはずもなく。それでもわたしは、その言葉を呟かずにはいられなかった。




 先輩からの電話はホントに珍しくて。……だからだろうか?その夜わたしがあの懐かしい夢を見たのは。





 狭い教室だった。小さなわたしと先輩が隣に並んで座っている。二人で顔を近づけて真剣な顔で、机に向かっている。

 場面が切り替わる。あの小さなわたしたちは消え、高校生になったわたしたちが代わりにそこにいた。これは、先輩がわたしに告白しているシーンだ。だってほら、桜が咲いている。何本も何本も。薄紅色の桜の花が風に吹かれて次々と散っていく。美しい光景。この光景を忘れられるはずがない。

 わたしが先輩の告白に「はい」と返事をしたのだろう。

 先輩は今までで一番美しく、そして喜びに満ちた表情で笑っていた。



 夢が終わるのがわかった。急速に現実に引き戻される。待って、まだ。まだこのままでいたいの。あともう少しだけでも。ねえお願い、お願いだから。

「せん、ぱい……」

 夢から醒めたわたしは泣いていた。ぐっしょりと汗をかいている。

 ――まだ、夜は明けきらない。





 あんな夢を見てしまったら否応なしに思い出してしまう。わたしと先輩の、もう戻れない過去を。






 先輩とわたしが初めて出会ったのは、わたしが小学四年生、先輩が小学五年生のときのことだ。学校は違ったのだが、たまたま同じ学習塾に通うことになったのだ。わたしの親はなぜだかとても教育熱心だった。特に、亡くなった父親のほうが。自分で言うのもなんだが成績は良いほうだったので、正直塾は必要ないと思っていた。でも今は、塾に入れてくれた親に感謝している。だってあんなに綺麗な顔をしたヒトに出会えたのだから。

 あのときわたしがあの塾に入らなければ。あのとき両親があんなに熱心にあの塾を勧めてくれなければ。そしてあのときわたしがあの塾に入ることを決断していなければ。わたしと先輩は一生赤の他人で終わったのだろう。先輩と出会えた今、そう考えるととても悲しい。

 


 先輩の顔に一目惚れしたわたしはその日から嬉々として塾に通うようになった。そしてこっそりと先輩の顔を眺めるのがいつの間にかわたしの楽しみになっていった。

 先輩はわたしの視線に気付いていたらしく、あるときわたしに話しかけてきた。

『何かわからない問題でもあるの?僕でよければ教えようか?』

 わたしは先輩に問題がわからなくて助けを求めている子、だと思われていたらしい。わたしたちが通っていた塾では、学年が上の子が下の子に教えることは珍しいことではなかった。小さな個人塾で、別にやり方も授業形式ではなかったし。それでもその塾は有名で、地元の難関進学校に何人もの合格者を輩出していた。

 先輩の勘違いにより、わたしたちはだんだんと話すようになっていった。わからない問題をおしえてもらうという口実でわたしは先輩に話しかけた。ほとんど問題の解説だけだったけれど、時々先輩とするたわいない話が好きだった。そんな話をもっとしたくて、わたしはまた、先輩に話しかけた。

 お陰で成績は上がった。たぶん勉強を頑張るようになった動機は誰よりも不純なものだったけど。でも他のヒトはそういう理由でわたしが勉強しているなんて知らないから、先生も両親も、そして先輩も『よく頑張ったね』と褒めてくれた。それがまた、嬉しかった。



 先輩は頭が良かった。そして努力家だった。それこそ血の滲むような努力をして、先輩はそこに立っていた。先輩はそんなことひとかけらだって見せなかった。先輩はわたしの憧れだった。わたしはそんな先輩の後ろ姿をただひたすら追いかけていた。



 

 

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