先輩は壊れました
井上先輩が先輩の席に座ってしまったので先輩が座る席がなくなってしまった。他に空いている席がないため、先輩は立っているしかない。井上先輩は席を譲ろうとしないし。……食事中だから仕方ないか。でも先輩を立ちっぱなしにさせるわけにもいかないでしょう?と、いうわけでわたしは先輩に席を譲ろうとした。譲ろうと、した。……なのに何故、こんなことになっているのだろう?
「おい、棗、お前何やってんの?」
井上先輩はAランチを食べる手を止めて、呆れたように尋ねた。井上先輩もびっくりだが、わたしが一番びっくりしている。そして周りにいる人々も皆。
今、わたしは先輩の膝の上に座らされている。逃げ出そうにもがっちりガードされていて逃げ出すことは不可能だ。先輩席譲ります、と言ったら、じゃあこうすれば二人とも座れるよね?といつの間にか先輩の膝の上に座ることになっていた。
先輩は本格的におかしくなってしまったらしい。こんなことをするヒトではなかったのに。先輩とはもう長い付き合いになるが、今まで手すら繋いだことはなかった。今になってスキンシップが激しすぎるよ、先輩。せめて付き合ってるときにしようよ、こういうことは。
「何って……見てわからないか?」
「わからねえから訊いてるんだよ。……お前ホントに四条棗かよ。キャラ変わったな」
「うるさい」
どうでもいいから早くわたしをここから解放していただけませんか?恥ずかしくて死にそうです。ここが大勢の人たちが利用するカフェテリアだということを、認識していらっしゃるのでしょうか?
……必死で羞恥に耐えていたわたしは、だから知らなかった。この光景を、一番見られたくないヒトに見られていたことを。
「ただいま」
「おかえり、晶」
家に帰ると義弟の侑がリビングでくつろいでいた。四年前、わたしが中学二年生のとき母親の再婚によって出来た一つ下の義弟はこれまたびっくりするほど整った顔立ちをしている。顔のタイプ的には先輩と似ているが、先輩よりも体つきが細く、繊細な顔をしたのが侑だ。
先輩はさらさら黒髪のいかにも真面目そうな感じのイケメンだ。視力は悪いが、メガネではなくコンタクトを使用している。顔立ちは美しいが、女性的ではない。そして性格も良い。完璧じゃないか、先輩。ホントなんでわたしの彼氏やってたんでしょうね?
対する井上先輩は、金髪のチャラいイケメンだ。もちろん地毛ではない。校則で染めるのは禁止じゃなかったのか。瞳は碧。多分カラコン。自前だったら驚きである。だって彼の両親は生粋の日本人だ。本人がそう言っていた。彼には一滴たりとも異国の血は混じっていなかったはず。
平凡なわたしの周りに、何故こんなに美形がいるのか。眼福だからいいけどさ。美形万歳!それは置いといて。
ソファーに寝転がって漫画を読んでいた侑が、漫画から顔を上げて口を開いた。
「……今日さぁ」
「ん、何?」
「あいつと帰ってきたの?」
「……まさか、別れたんだよ?わたしたち」
一緒に帰っていないのは本当だ。ただしその理由は、別れたからではなく、先輩に生徒会の用事があったからだ。先輩は一緒に帰りたがっていた。
「ふぅん、そっか」
そう言う侑の声はいつもと違って冷たかった。血は繋がっていないが、わたしと侑は仲が良い。先輩と別れたあの日も侑が近くにいて慰めてくれた。
「そうだよな。あいつと晶は別れたんだよな」
「……そうだよ」
その言葉の続きはなんとなく想像がついた。
侑は射抜くような目でわたしを見ている。
「でもオレ見ちゃったんだけど。晶があいつの膝の上に座ってるとこ」




