彼らの知らない彼女の心配
先輩とのランチは、正直気まずかった。
あんなことがあった後だったからか、会話もそこそこに先輩はただ黙々と箸を置くことなく食べ進め、あっという間にどこかへ行ってしまった。
食事の間先輩はずっと、何か覚悟を決めたような、そしてちょっと難しい顔をしていた。
先輩がそんな感じだったので、わたしもただ黙々と食べた。食べていたのだが、何故だか目の前の料理は依然として減らなかった。
ちょっと用事があるから。そう言って先輩が席を立った時、わたしのAランチはまだ半分以上残っていた。……しかし、食欲がない。
スプーンを握る右手は、完全にやる気を失くしている。……残してもいいだろうか、これ? 残念ながら、ギブアップだ。
「残すのか、それ?」
俯いていた顔を上げると、井上先輩がいた。
あらやだ、本日二度目の接触ですね。珍しい。
「……食欲、ないんです」
井上先輩が、わたしの真正面の席に腰かけた。一通りの食事は終えているようで、デザートと思われるアイスを食べ始める、井上先輩。
「そりゃあお前、そんなに辛気臭い顔してりゃあな」
そんなこと、と言いかけて、止めた。暗い顔をしてるのはなんとなく自分でもわかる。
「そんなにひどい顔、してます?」
「なんか疲れ切った顔。覇気がない、覇気が」
「覇気、ねぇ……」
そんなもの最初からないんですけど。
いいや、完食は諦めた。
井上先輩はこちらを見ようともしない。ああそういえば。わたしは井上先輩との賭けに負けたのだろうか? よくわからないからうやむやにしておこう。黙っておけば気付かないでしょう。
「晶!」
ぱたぱたと静がカフェテリアに駆け込んできた。わたしも井上先輩も静の方に向き直る。
楽しげな顔をして駆けてきた静は、井上先輩の姿を認めると、うげっとした表情を浮かべた。静の天敵は何を隠そう井上先輩だ。井上先輩が静に何かをするわけではないのだが、静は井上先輩が苦手である。
しかしまあ、そこは静だ。すぐにいつも通りの顔に戻って、爆弾を落とす。
「ねぇねぇ、今中庭で、棗先輩とおとーとくんが話してるの見ちゃったー」
「えっ?」
「なんか二人とも険しい顔してたよ? おとーとくんの方声荒げてたし、おねーちゃん早く行ってあげたら?」
心臓が嫌な音を立てる。
ひょっとしたら考えてるような展開ではないかもしれない。わたしの考えすぎかもしれない。
でも――――……。
「静、悪いけどこの食器片付けといてくれない? 今度お礼になんか奢るから」
「はいはーい。いってらっしゃい」
にっこりと花が咲くように静が笑って了承すると、わたしの足はもう止まらなかった。
晶が中庭の方に向かって走るのを、わざわざ廊下にまで出て行って確認してから、頼まれた食器を片付けようとカフェテリアに戻った。
半分以上手つかずで残っているAランチを、カフェテリアで働くヒトに差し出すときに気まずい思いをするのはなんでもないが、この男と一緒に取り残されるのは嫌だ。
行かせたのは自分だが、ここにこの男がいるなんて聞いてない。
知っていたらこの役目は小夜に押し付けていただろう。小夜がどんなに侑くんの方に行きたいのだと、そう言っても。
ま、いいや。とっとと退散しよう。
Aランチをのせたお盆を素早くつかんで、さりげなく離れようとした、ら。
「静」
低い声で呼び止められる。
どうしてそのバニラアイスに夢中になっていてくれなかったんですかねー? いいじゃないか。“斉藤静”の存在など忘れてくれていても。
どうせいつもは無視してるくせに。
「はーいなんですかー?」
それでも笑顔を浮かべて一応は取りつくろうのはどうしてだろうか。まあ静ちゃんは笑顔がデフォルトだからね。
「助け舟だすんだったら、もっとわかりやすく有用なアドバイスしてやれ。あいつらただでさえ考えすぎるんだから」
「……っ」
綺麗な綺麗な碧の瞳とかちあう。
偽物だとわかっていても吸い込まれてしまいそうな、そんな綺麗な瞳で。
ああ、本当に大っきらいだ。
わたしはいつだって、面白いことが大好きで、そのためならどんな犠牲もいとわない、そんな静ちゃんでいたいのに。
走る、走る。ただひたすら、中庭に向かって。
まだ、食事を済ませていない生徒が多いのか、廊下にはあまりヒトがいない。だから、あまり人目を気にすることなく走ることが出来た。
足は遅いし、日頃の運動不足がたたってか呼吸は荒い。こんな情けない姿を目撃されずに済むことに、全力で感謝したい。
それにしても、先輩と侑は何をしているのだろう。あの二人が、一対一で会話しているところなんて見たことがない。先輩は侑に嫌われていることをうすうす感づいているので、神経を逆なでしないようにと、なるだけ侑に近寄らないようにしているし、侑は言わずもがな。
そんな二人が二人きりで会話? 何かある。何かある。絶対に何かある。
ああああああ。わかってるんですよ。わたしが悪いって。
侑に好かれているのを知っていて、そして知らないフリをした。
先輩の真意がわからなくて、でもずるずると曖昧なままひっぱり続けて。
侑を傷つけて、先輩を、傷つけて。
ああもういい。もういいです。先輩に会ったら訊いてみよう。なんで別れたんですか? なんで別れたのにわたしの側にいるんですか? ――――――わたしのこと、まだ好きなんですか?
全部聞いてしまって、そして言うのだ。
――――――わたしはまだ、先輩が好きですよ。って。




