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真ん中の境界線

初の先輩視点で緊張しております……!

よろしくお願いします。


あと、今更ですがこの物語に大したオチはありません。すみません。

多分最後までこんな感じで進んで行きます。


最後までお付き合い下されば幸いです。

 もう少し、もう少しだけだから。

 彼女に背を向けて歩きながら、彼は繰り返す。誰にも聞こえないように、小さな声で何度も何度も。まるで自分自身に言い聞かせるようにして。

 ………――――――もう少しだけ、側にいて。お願いだから……。



 自分の中で、いつから彼女が特別な存在になっていたかなんて、わからない。最初は多分、妹みたいな存在で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 出会ってすぐは、とても勉強熱心なコだという印象が強かった。彼女がよく質問にきたためか、だんだんと仲良くなり、時々くだらない話をするまでになった。彼女はどうでもいいような話ですら、にこにこと笑って聞いてくれた。

 彼女の側は居心地が良かった。それは彼女が無条件に慕ってくれていたからだろう。彼女の好意はとてもわかりやすかった。彼女のその好意は、憧れのヒトにささげるようなもので、邪気のない視線はいつだって眩しくて、キラキラと輝いていた。それが少しくすぐったい時期もあったけれど、でも嬉しかった。自分は決して大した人間ではなくて、他人に比べると、飲み込みも遅く、要領も悪い。面白いことも言えないし、だから密かに悩んでいたのだけれど、それでもいいか、と思わせてくれたから。

 

 彼女は自分を好いていてくれはしたけれど、ある一定のラインから先は、決して踏み込もうとはしてこなかった。踏み込んでも、構わないのに。そう思うことさえあった。しかし、彼女は自分で引いた境界線を、決して超えようとはしなかった。



 塾をやめることになり、一番に浮かんだのは彼女のことだった。勉強熱心な彼女は、自分がいなくなったら次は誰に質問に行くのだろう? 自分のことを覚えていてくれるだろうか?

 二人とも、携帯なんて持っていなくて、だからここで切れる縁なのだと諦めた。

 かわいい、かわいい後輩。彼女がいたから、多分ここまで来れたのだと思う。

『さよなら、晶。……元気でな』

『? はい、先輩、さようなら』

 別れの挨拶は、結局上手く言えなくて、だけどそれで良かったのだろう。湿っぽいのは苦手だった。


 中学で再会したときは本当に驚いた。

『覚えていて下さったんですね』

 嬉しそうに彼女は笑ったが、彼からしてみれば忘れられるはずがなかった。彼女は知らないだろうが、彼にとって彼女はある意味で特別だった。いつか目にした彼女の眩しいくらいの微笑みは、いつまでも心に焼き付いて離れない。


 

『ごめんなさい、ごめんなさい……!』

 謝罪の言葉を口にしながら、彼女は泣いた。

『な、泣くな。頼むから……』

 嫌われた、と思った。

 彼女の理想を崩したから、泣かれたのだろうと思った。どう考えても今の自分は、理想の先輩ではなかったから。

 無理やり笑みを作ってみせても、隈はひどいし、髪もぼさぼさだし―――。

 ごめん、ごめん。頼むから幻滅しないでくれ。今この状況で、晶にまで見放されたら、ホントにどうしていいかわからない。

 無意識のうちに抱きしめて慰めようとして、すんでのところで思いとどまる。自分のせいで彼女が泣いているのだとしたら、逆効果ではないか。

 玄関先で立ち尽くし、ただじっと晶が泣き止むのを待っていた。

 結局その日は、晶はうちに、泣きに来たようなものだった。正直もう来ないだろうと思った。

 けれど次の日から、晶は毎日うちに来るようになった。

 以前と何一つ変わらない晶のままで。



 頑張り方を間違えていた。今なら素直にそう思えるのに、あの頃はただがむしゃらだった。結果を出さなければ、それだけが全てで。期待にこたえなければ捨てられる、そんな恐怖さえあった。

 結局そんなことはなくて、あとからたくさんのヒトに心配をかけやがってと、怒られた。

 手を抜くことを覚えたら、少しはラクになった。

 以前と変わらない生活に戻れたことが、嬉しかったけれど、時々寂しくなった。彼女が側にいないことが、寂しかった。

 彼女には彼女の生活があって、優先すべきものがある。高校生と中学生では生活サイクルも違う。ましてや自分は彼女の家族でもなければ、恋人でもない。

 あのときだけが、特別だっただけ。

 何度そう言い聞かせても、同じだった。すぐにでも切れてしまいそうな細いつながりでは満足出来なくて、もっともっと強固なつながりで、彼女を繋ぎ止めておきたかった。

 幸いなことに彼女は告白に二つ返事で答えてくれて、幸せを感じた。

 恋人という甘い関係になったにも関わらず、彼女の態度は以前となんら変わりなかった。もともと自分に対しては、一線を引いているような感じがあった。他の人間――――例えば修司や、静と話すときはもっと砕けた調子なのに、自分のときは堅い、とまではいかないが、どこか他人行儀なのだ。静はわかる。同級生だから、納得がいく。でも、修司は? 自分と同い年なのに。

 好意は見え隠れするのに、彼女は淡く微笑んで、いつもそれを曖昧にする。

 付き合って日が経つにつれ、だんだんと不安は募っていった。



 彼女は自分のことが、好きではないのではないか。そんな疑問が頭に浮かんだのは最近のことだ。

 彼女には弟が一人いて、それが義弟(おとうと)であることも知っていた。そんな義弟(おとうと)が彼女を好きであることも、出会ったときに向けられたむき出しの敵意で感じていた。

 彼女が面食いであることは知っていた。彼女と仲がいい人物なら誰でも知っていることで、だからこそ、ともすれば忘れてしまいがちなその事実が、自分をひどく不安にさせた。何故なら彼女の義理の弟は、並はずれた美しさを持っていたから。同性でも、思わず感心してしまうようなその美貌の持ち主が、四六時中側にいる。…………彼に惹かれたりはしないだろうか。

 心の狭い人間だと、何度自分を嗤っただろう。

 確かに彼女は、自分を好いてくれているのに。






 ―――――あの日、あの場所で、あの光景を見ることがなかったら、まだそんな、都合のいい夢を見ていられたのかもしれない。





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